第3話 『対等な協力関係』

 入口の方へ向かう途中、俺は3つほど気付いたことがあった。


 1つ目は、同期の留学生は、俺を除く全員が、今もなお入口付近にいるということ。俺たちは他の学園生や、教師が全員会場に移り終わってから移動を始めたため、必然的に留学生が入口付近に集まってから、パーティーが始まった。


 先ほどシュトロームの生徒会長、フィリップが言っていたように、各学園の生徒が所定の位置から逸脱して動くことができないのであれば、入り口付近にある学園ーーつまり、シュトロームとハインリヒの2校ーーが、留学生と交流する上で圧倒的に有利になってしまう。

 誰も異議を申し立てないということは、何か取り決めでもあるのだろうか。



 そして2つ目は、留学生と学園生との話の内容は、すべて学園に関するものである、ということだ。聞き耳を立てていると、彼らが話している内容は学園の研究内容やらカリキュラムやら功績やら、多岐にわたる。まるで学校PRみたいだ。


 そして最後3つ目は、おそらくだが、生徒会長の徽章には小さなクラウンが描かれているということ。まだシュトロームの会長フィリップと、シュテルンのルーン会長しか生徒会長だと分かっていないが、彼ら二つの徽章にはそれがあった。


 あ、クラウンってピエロじゃないぞ。


……え?所々寒いネタ挟んでくるお前の方がよっぽど道化だって?


 辛辣なコメントが聞こえたが、無視して話を進めることにする。



 結論ベースで言うと、重要なのは2つ目だ。


 仮の話だが、俺たちがどの学園に行きたいか、決定権を全く持たないとしたら、彼らは自分たちの学園について話すだろうか。いいや、きっと話さないだろう。


 俺たちと彼らは、留学生と学園生という関係の前に、全く異なる世界の住人同士。

 お互いの世界の話を聞きたくて堪らない、くらいが当然の反応だろう。転入生がやってきたら、根掘り葉掘り質問したくなるのと同じだ。

 そして、その状況に準なぞらえると、今の状況も容易く理解できる。


 例えば、身長が2mあるガタイのいい男子が転校してきたとなれば、運動部に所属している生徒たちは、質問などそっちのけで我先に、と部活の勧誘を始めるだろう。

 部活の実績や活動内容を紹介したり、その部活に入部するメリットを提示したりして。


 つまり、だ。



「このパーティーの役割は、俺たちに所属する学園を決めさせることだ」



……とまあ、俺の中では、ほとんど全貌が理解できたのだが、まだ少しパーツが足りない。

 他の学園の敷居にも足を踏み入れて、話を聞く必要がありそうだ。


 俺は踵を返し、他の留学生が全く見当たらない、会場の出入口から最も遠い方の学園を訪れてみることにした。




 俺が、胸に石の紋様の徽章をつけた学園に近づくと、急に辺りがざわつき始めた。



 ここは『エルツ魔術学園』の領域。その奥には、広く何もない空間がある。おそらくは、ノイモーントの領域になるはずだった場所なのだろう。


「こんにちは」


 俺が挨拶をすると、ここに明確な意思を持ってきたことが理解できたのか、生徒たちはそそくさと道の端に寄った。

 そして俺の前にできた一本道の先にいたのは、胸に王冠を模した徽章をつけ、硬そうな椅子に座った、座高・・が2mほどもありそうな大男だった。

 別に、彼の足が短いと言いたいわけではない。



『うひゃあ、本当に異世界なんだなぁ』



 彼らの耳に届かないように、俺は日本語で呟く。

 魔法だのなんだのと見てきたが、今まではなんだかんだ元の世界と大きな差異はなかった。しかし、今に限っては違う。



 ドワーフに巨人。誰もがファンタジーの中でだけ描く存在が目の前にいた。

 ひょっとしたら、エルフとかもいるんじゃなかろうか。



 そんなことを考えつつ、俺は何も言葉を発っそうとしない彼らの生徒会長、眼前の巨人に歩み寄り、声をかけた。


「はじめまして。俺は天野川銀河あまのがわ ぎんがと申します。以後お見知り置きを」


 俺は彼の手が俺の5倍ほどもあるのを見て手を差し出すのをやめた。握り潰されでもしたらたまったもんじゃない。


 挨拶をして俺は彼の方を見るが、何も話そうとしない。

 おかしいな。何故勧誘してこようとしないのだろうか。俺は続けて口を開く。


「エルツは土魔法に長けているそうですね。それにエルツ産の武器は質がいいと貴校の校長も仰っていました。詳しく聞かせても……」


「ナンノ冷ヤカシダ。」


 俺の話を遮り、腹の底に響くような低い声が響いた。

 いきなり不機嫌そうな対応をされて、俺は困惑する。


 (もしかしたら俺の推論は間違っているのか?)


 俺はさらなる情報を得るため、わざとらしくとぼけて言う。


「冷やかしって何がですか?俺は純粋にエルツのことを知りたいと思ったのですが」


「嘘、ツクナ。オマエ、サッキ、交渉成立の握手シテタ。時間ノムダ。失セロ」


 俺が握手したのは、ルーン会長のみ。エルツの席からシュテルンの席までは10mほど。

 きっと話している様子が見えたのだろう。しかし、会話の内容が聞こえるほど近くはない。


 俺は内心でほくそ笑んだ。


 邪悪な笑みを貼り付け、俺は彼に向き直る。

 そして、彼の言葉を待った。


「イイカラサッサト失セロ。『契約』終ワッテル奴ニハ、我ガ学園ノコト、教エルメリット、ナイ。ツマミダスゾ」


 なるほど、『契約』が鍵か。


「わかりました、つまみ出されたらたまりませんので、そろそろお暇したいと思います」


 そういって俺は一礼し、歩きだした。そして、5歩進んだくらいで立ち止まり、肩越しに振り返って彼らにこう言った。そうそう、とわざとらしく前置きを入れる。



「『契約』ってなんのことですか? 俺は自己紹介をして握手しただけです。なにか勘違いをしているのでは?」


 彼は石造りの椅子からグワッと立ち上がった。

 俺のこのセリフに、エルツの生徒会長は目に見えて狼狽えたようだった。


「オマエ、約束、交ワシテナイ? 契約マダ? ウソ、ツイタ?」


「さっき、俺は交渉だの契約だのと言いましたっけ? 笑っただけですよ。あまりに深読みしてくるのでね」


 俺は踵を返し、その後一度も振り返らずに進んだ。


 嫌にあっさりと重要な話を聞き出せてしまったことに、この時の俺は疑念を覚えることができなかった。




 シュテルンと一刻も早く『契約』とやらを結びたいのは山々だったのだが、エルツの生徒会長の様子を見るに、契約を済ませてしまうと他校に警戒されてしまうらしい。


 俺はそれを嫌って、出入口に最も近い位置に陣を構えるシュトロームに接触することにした。




「ギンガ! アンタどこ行ってたのよ!」


「おうシシリー、どこってすぐ目の前だよ。さっきエルツの生徒会長と話をしてた」


 シュテルンとヒメールの間を通り過ぎたあたりで、留学生仲間のシシリーに声をかけられた。


「それはアンタが来た方角から見たらわかるけど…… 会場に来て、すぐにどっかいっちゃったでしょ?」


「あー、なんだそのことか。俺はシュテルンの所に行ってた。誰よりも早く接触するのがいいと思ってな」


「そっか、アンタのお父さんとお母さん……」


「そ。そういうこと。んで、シシリーは今何してるんだ? さっきまではみんな揃ってシュテルンの所にいただろ?」


「たった今まで、ヒメールの話を聞いていたとこ。まあ、アンタには関係なさそうだけどね」


 ヒメール、確か自然系の魔法を得意にしているんだっけか。魔法体系なんてもんは、まだ習ってもないからよくわからないが。


「すっごい自然が豊かな所なんだって。森の中に学園があるくらいらしいから、不便かもしれないけれど環境としてはすごく良さそうね」


 魔術学園は完全寮制らしいので、外部とのコネクションの悪さはほぼマイナス点にならない。むしろ、森の中にある方が秘匿性が高く、国としても情報保護の点で安心できるだろう。


「でも、お前はハインリヒに行くんだろ?」


 俺はシシリー以外の誰にも聞こえないように囁いた。


「な! どうしてそれを!」


「ブラフだよ。シシリーがそうするってことは、やっぱり彼女・・はシュトロームに行くんだな」


 はぁ、とひとつため息をついて、シシリーは言った。


「アンタ、本当に食えないやつよね。もう全部お見通しってわけ?」


「んー、まだだ。あとは『契約』とやらの方法を知れればいい」


「……何ひとつ出し惜しみしないのね。それなら、アタシも腹を割って話そうかしら。選定前から繋がりがあるっていう利点は、アタシとしても利用しなきゃ」


「普通に協力したいって言えないのかよ」


「うっさいっ!」


 顔を若干朱色に染めて彼女は叫ぶ。


 異世界留学生に選抜されるというのは、全世界でも目を見張るほど優れていることの証。そんな稀有な存在である俺らは、基本的に他者と協力するという術を知らない。

 彼女もその例に漏れず、気恥ずかしくて協力を仰げないのだろう。


 ならば。


「じゃあシシリー。ここはいっちょ協力してくれないか?」


「仕方ないわね。貸しってことにしてやるわ」


「いや、どう見ても対等な協力関係だろ」


 俺は苦笑し、シシリーはニッと笑みを浮かべた。


 さて、本格的にこのパーティーを攻略しよう。

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