第2話 『パーティーの役割』

 セレモニーが終わり、隣の会場に移動する中途、俺は同期の留学生に小声で話しかける。


「なあシシリー、お前はどの学院がいいとか、希望はあるか?」


「それを聞いてくるってことは、やっぱりアンタも気づいてるのね」


 燃えるような赤い長髪を揺らし、振り向きながら彼女は言う。俺はそれに首肯した。


……それにしても、うーん、これじゃあ少し陳腐か。なら、血に濡れたように赤い長髪、くらいにしておくか。え?変わりないって?


__閑話休題それはさておき__



 シシリー=フラム。数奇にもほとんど全ての選抜試験を同じ組で受験したため、苦楽を共にしたと言えなくもない人物。

 試験は競争性の高いものが大半なため、双方の内定が確定するまではほとんど犬猿の仲だったのだが、今では互いの力量を理解しあっていて、気の置けない仲になっている。


 留学内定者は、ほとんど今日が初の顔合わせとなる。だから、俺とシシリーのように前々からコネクションがある奴らは珍しい。それ故か、お互いの力量を探り探りといった感じで、周りから聴こえてくる会話は、地球にいた頃の試験についての話が多い。


「ノイモーントの欠席を知らせた後、きっかり5分、俺たちはノイモーントを評価する時間をもらった。これで決定的になったな」


「思い返すと、他の学院も各々についてぴったり5分くらい話していたし。例外はあったけどね」


 シシリーは苦笑しながら言う。彼女はカルロス率いるシュトローム魔術学院のことを言っているのだろう。


 俺らは各学院の得意魔法分野や、カリキュラムなどを、各学校長から手短に紹介された。

 しかし、シュトロームだけは別で、俺らを脅かすだけで話が終わりになった。その所要時間は約1分。


「カルロスのおっさんはずいぶん引っかき回してくれたよな。お陰で目をつけられたかもしれん」


「それならアタシらも同じね。ねえ、リョーマ?」


 いきなり声をかけられて驚いたのか、少しびくっと肩を震わせて黒髪の生徒が振り向いた。


「え?あ、うん。でも、目を付けられたと言うよりかは、いい印象を与えたって感じじゃないかな。他の4人・・は動くことすら出来てなかったから。」


 カルロスのおっさんの威圧に対して、即座に行動したのは俺とシシリー、そして俺と同じく日本出身の黒田龍馬クロダ リョウマの3人だった。


 見るからに食えないあのおっさんカルロスのことだ。意図的にプレッシャーをかけて、俺らがどうするか、その反応を見ていたのだろう。



 その行動を分析すると、理由は一つに定まる。

 そしてそれは、俺らが状況を理解するためのピースの一つ。



 ちなみに俺とシシリーは、これまでリョウマと全く面識がない。転移直前に初めて顔を合わせたくらいだ。


 だからシシリーは、俺らと同じように奴に反応できたリョーマの力量を見定めようと声をかけたのだろう。


……が、「4人」という数字を聞き、俺とシシリーは彼の評価を大きく下方修正した。


 あのプレッシャーの中で反応できた俺たちは、間違いなく悪い評価は得ていない。それは正解なのだが。


 龍馬は、あのプレッシャーを前に居住まいを全く崩さなかった、青髪の彼女・・に気がついていなかったのだろうか。



……あるいは。



「もしほんとにそうなら、アタシたちはこの試練、楽に突破できるんだけどね」


 真紅の目を爛々と煌めかせながら、シシリーは冗談まじりに言う。シシリーは俺と同じ見解のようだ。


 俺らが第一志望の学院に行けるかどうかは、状況次第だが彼女・・の動向にかかっている。


……おそらく、彼女はシュトロームに行くのだろうが。


 思案顔の俺たちを見て、龍馬は終始不思議そうな顔をしていた。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ 

「すげえ!見たことない食いもんがいっぱいある!」


 会場に到着するなり、俺は自分の体ほどもあるデカイ肉や美味しそうなフルーツ、そしてグロテスクな植物らしきものなどを見てはしゃぎ回った。この会場には合計100人近くの人が集まっているというのに、俺が走りまわっても全く影響がないほど広い。


 これが異世界クオリティか、と感心している矢先、会場前方のステージに人が立った。和気藹々とした雰囲気は消えて皆はステージに目を向けた。俺もそれに習う。

 灰色の長い髪を後ろで束ねた、中性的な顔立ちの生徒だった。


「せっかく雰囲気を引き締めてもらったのだが、すまないな。もう少し気楽に構えてくれ。かたっ苦しいのは私ももううんざりでね」


 フランクな口調で彼が話し出すと、あははは、という笑い声やキャー、という黄色い歓声が各所から上がる。どうやら彼は学院の垣根を越えて人気らしい。


「さて、皆はご存知だと思うが、異世界からの来訪者に向けて、自己紹介させてくれ。私はシュトローム帝国立魔術学院の生徒会長を務める、フィリップ= シュトロームという。どうかよろしく頼む」


 シュトロームってまさか……


「お察しの通りだが、私は現シュトローム帝国皇帝カルロス=シュトロームの第一子だ。しかし、この重たい肩書きのせいでなかなか友人ができなくてね。私は出来る限り貴公らと親しくなりたいと思っている」


 やっぱりか。物腰の柔らかさが全然違うからわからなかったが、よほど母親に似たんだろうなぁ。

 あのゴリラカルロスとは顔も全然似てないし。母親は絶世の美女とみた。

 ただ、あの強面と絶世の美女じゃあ、どうあがいても釣り合わないが……はっ!わかった!脅したんだな!

 権力の濫用はいけないんだぞ!!


 いつか殺されそうだな、と思いつつ俺は脳内でカルロスをとことんディスり続けた。当然だ。俺をちびりかけさせた代償はきっちり払ってもらう。ただし、俺の頭の中で。

 チキンとは言うまいな?


「もし何か困ったことがあればすぐ私たちに教えて欲しい。全力を賭して貴公らの手助けをしよう。私からは以上だ。 ……おっと、言い忘れた。貴公らはもう承知の上だろうが、念のためもう一度確認する。会場の混乱を避けるために、各学園の生徒は所定の位置からの移動を控えてくれ。それでは、楽しいパーティーを! 乾杯!」


 乾杯!と一斉に声が上がる。周りの生徒は全員ドリンクを持っているようだが、俺だけはドリンクを手にしていない。会場に着くなり、大はしゃぎして走り回っていたのだから、まあ、当然だ。


「おやおや留学生くん。そんなところに立ち尽くしてどうしたんだい?」


 後ろから声がして、俺は振り向くが誰もいない。

……いや、いた。俺の胸ほどの背丈の、小柄な少女だった。


「む、今何か失礼なことを考えただろう。まあいい、受け取ってくれ」


 彼女はそう言って俺にカクテルを差し出してくる。


「ノンアルコールだよ。法基準はそっちの世界とほとんど同じだから、心配せずに飲むといい」


「ありがとうございます」


 俺はありがたくドリンクを受け取る。その際、ちらりと彼女の胸を見る。


 いや違う、これだと語弊を生んでしまう。別にいやらしい目で見たわけじゃない。俺が注目していたのは胸についている星の徽章だ。


 第一に、俺はロリコンじゃないということは理解して欲しい。


「なぜだろう、私は無性に腹が立ってきたのだが。君、何か弁明はあるかね?」


 そんなことを思っていたら、彼女がジトっとした目でこちらを睨んでいた。もしやエスパーか!


 返答に困っていたところ、助け舟がやってきた。


「あまり高圧的な態度は感心しないよ、ソレイユ。すまないね、ギンガくん。うちの生徒が迷惑をかけた」


 なるほど、このちっこいのはソレイユというのか。


 俺がそう考えた瞬間、彼の後ろからガオッとソレイユが顔を覗かせた。うん、こいつはエスパー確定だ。


 俺は目の前の生徒二人がつけているバッチが星なことから、彼らはシュテルン魔術学院の生徒なのだと理解した。


 シュテルン魔術学院。学校長の説明だと、汎用型魔法の研究が盛んな学校で、オールマイティーな生徒が多く、唯一(?)リベラルアーツを取り入れているらしい学院だ。(シュトロームやノイモーントのように尽くが謎の学校もあるため、一概には言えないが)



 そしてそれと同時に、俺の一番通いたい学校でもある。



「いえいえ、彼女からはカクテルを頂きまして、感謝しています。ところであなたは?」


「申し遅れたね。僕はシュテルン魔術学院の生徒会長を務める、ルーン=リュネールという。どうかお見知り置きを」


 そう言って彼は白い手袋をつけた手を差し出してくる。俺はその手を握り返し、微笑む。


「ご丁寧にありがとうございます。先程も紹介しましたが、俺は天野川銀河あまのがわ ぎんがと申します」


 一呼吸おいて、俺はカードを切る。


「実は、俺はシュテルンに入学したいと思っているんです。俺たちが希望して決められるのかどうかはわかりませんが」


 ほんの少しだけルーン会長の、俺の手を握る力が強くなったのを俺は見抜いた。俺は貼り付けた笑顔そのままに握った手を離し、様子を伺う。


「そう言ってもらえて嬉しいよ。もし君みたいな人が入学してくれるなら、僕たちとしても心強い。ただ、どうなるかは僕たちだけでは決められないんだ。すまないね」


 それは、本心からの言葉のように思われた。やはり、カルロスの話の際の行動が評価されているのだろう。


 少し引っかかりは覚えたが、俺はあえてそれを聞き流した。


「全く君たちは。私をずいぶん空気のように扱ってくれるじゃないか。申し遅れたが自己紹介くらいさせてくれよ?ルーンの右腕こと、シュテルン魔術学院副会長の、ソレイユ=ルミエールだ。とりあえずはルミエールさん、とでも呼んでくれ」


「ええ、ソレイユ先輩・・・・・・。どうぞよろしくお願いします」


 ふぅん?と意味ありげにソレイユ先輩は笑みを浮かべる。


「まあいい。では君の健闘を祈っているよ」


「僕も同じくだ。よければ他の学校の生徒ともコネクションを取ってくるといい。分け隔てなく話せるのはもしかしたらこれが最後かもしれないしね」


 冗談めかしてルーン会長は言う。


「ええ、貴重な助言ありがとうございます。それでは、また」


 俺はそう言って、その場を後にした。


「なあ、ルーン。彼はうっすらと気付いてるようだったぞ?確保に動いても良かったんじゃないか?」


「ううん、それはかなりリスキーだよ、ソレイユ。ここで僕たちがそういうそぶりを見せたら、彼の予想は確信に変わる。その上で僕らの『序列』に勘付いたら、彼はきっと僕たちを踏みつけてもっと上を行こうとする。それこそ、シュトロームとかね。そうなったとき、僕らは大きな損失を避けられない」


「あのいけ好かないガキがそこまで深く考えられるものかな。私としては疑問だが。それにしても、流石ルーンだ。そこまで深く考えていたとは、感服したよ」


「探りあいは僕の専売特許だからね。それに、中間層の僕らが優秀な生徒を獲得できるまたとない機会だ。慎重に行かないと」


「……それもそうだな」


「大丈夫、きっと彼は僕らのところにもう一度戻ってくるよ。交渉はその時にすればいい。それより、僕らも考えてばかりいないで、パーティーを楽しもう」


「ああ。それじゃあ、月に乾杯だ」


「うん、太陽に乾杯」


 チンッと小気味良い音が鳴った。

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