第1話 『激動の予感』
俺は廃工場の簡易の転移陣を経由して、本転移陣のある離島の聖堂にやってきていた。
「例年通りなら、みんなはセレモニー会場に転移することになるでしょう。細かいことは向こうの方々が教えてくれるので、臨機応変に対応してくださいね」
柔らかな笑顔で俺たち7人を見るのは、留学経験者で元試験監督の女性だ。
ここには様々な国籍の人物がいるため、使用する言語は『異世界語』に統一されている。
向こうに行ってから、言語で困らないようにするためだ。
「言わなくてもわかっていると思いますが、ここに立つ7人は、人智を超えた『選抜試験』を乗り越えた者たち。一言で言うなら、『地球代表の精鋭』です」
改めてそう言われると、こそばゆい感じもするのだが、誰一人としておくびにもださない。
「ただ、これだけは忘れないでください」
柔らかい声音から一変し、硬い緊張感のある声に切り替わる。俺たちは注意を向けた。
「あなた方の優秀さは、私たちの地球基準によるもの。向こうの世界に行ってもこれが通用するとは、決して思わないことです」
そう言い終わると、彼女はニコッと笑った。
「以上で、私の話を終わりにします。それでは皆さん、楽しんできてくださいね」
一礼して彼女は去っていった。
転移までは、まだほんの少し時間があるようだ。
俺はそこそこに広いホールを見渡す。そこには、横の6人の両親や兄弟がちらほらと見えた。
異世界留学生に選ばれることは、非常に名誉なことなのだが、なにせ公式に行われているものではないから、情報の漏洩を防ぐために、この見送り会も出席を許されているのは血縁者のみ。
紫の靄が立ち込める魔法陣の中から、皆は見送りに来た両親や兄弟に手を振っている。
先ほども言ったが、この会場に見送りに来れるのは、親や兄弟、祖父母などの血縁者のみだ。
だから、皆が晴れやかな笑顔を浮かべるなか、俺はひとり神妙な顔つきで佇んでいた。
そう。俺の両親は、俺が5つにならないころには、他界しているからだ。
古びた日記の入った胸ポケットに手を添える。大事なものを包み込むように。
次第に足元で渦巻く紫色が濃くなってきた。
「転移準備完了しました。カウントダウンを開始します。5…4…3…」
秒読みに入ったまさにその時、バターン!という大きな音とともに、ホールのドアが開いた。駆け込んできたのは見慣れた人物。俺の幼なじみだった。
「銀河ぁぁー!!」
「
(まさかさっきの悲鳴は……!)
突然会場に飛び込んできた彼女ーー俺の幼馴染みの星波ーーは、職員に取り押さえられ、地面に伏した。
紫色の光が満ち、体が浮遊感に包まれる。どうして彼女がここにいるのか、このあと彼女はどうなってしまうのか。混乱する思考を放棄して、彼女に手を伸ばそうとする。しかし、体がうまく動かない。転移が始まろうとしている。
「これはどういうことだ? 転移陣は特定の魔力の波長の持ち主にしか作動しないはずだが?」
「原因不明です!」
空を切った手の先で、慌ただしく職員が動いているのが見える。
「今は転移を優先だ! この娘の処分はのちに下す!」
処分と聞いて、星波が体をビクッと奮わせた。そして、顔を上げて大きく口を開いた。
彼女が何か叫ぼうとしているのが見えた。しかし、その時にはもう視界は白く染まり、五感は空白で塗りつぶされていた。
俺たちは異世界に身を投げた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
(星波……。これからどうなるのか検討もつかない。俺が何かできることは……)
パチパチと響く拍手の音で、俺は我に帰る。
星波のことが気がかりで、ほかの留学生に比べ状況の把握が遅れてしまっている。焦って俺は辺りを見回す。
一瞬前とは全く異なる景色。大聖堂のような建物の中に俺たち7人は転移していた。
俺たちと同じ高校生だと思われる人々が約60人。教員と思わしき人が10人程。
セレモニーというからには、もう少し大規模なものを予想していたのだが、思ったよりも少ない人数だ。
「拍手をやめてください」
司会者らしき女性が『異世界語』で言うと、拍手がすぐに静まる。拡声器らしきものは使っていないが、広い講堂の中に声が十分に響いている。
おそらく、彼女は魔法を使用しているのだろう。原理は、声を構成する音波の振動の増幅。
「こちらに来たばかりで混乱されているかもしれませんが、まず自己紹介をお願いします」
俺は他の6人に目を配る。全員意識はしっかりしているようだ。
それを確認して俺は思案する。
自己紹介をするためには、彼女の使っていた魔法、それをこの場で模倣しなければならない。
それに必要なのは、彼女の使用していた魔法の原理の解析をすることと、その魔法の組み立てること。
地球では、魔法を使う訓練など一切していないので、俺たちが魔法を使用するのは、これが初めてになる。
つまり、俺たちは、人生初の魔法発動を、正確に、この場で行わなければいけないのだ。
わかりやすくこの状況を例えるなら、「初めて見たプロスポーツ選手の技を今すぐ試合で真似しろ」とコーチに迫られている状況。
間違いなくパワハラだ。星○徹でもそこまで鬼じゃない。
俺は答えを導き出す。
試されているのだろう、と。
彼女が「臨機応変に対応してくださいね」と言った理由は、おそらくこれだ。
「では、一番右の方からお願いします」
いきなり俺か。
こくりと頷く一瞬で、俺は魔法を構築する。
物理演算を通じて振幅を増大させる魔法を作り、声波の情報を書き換える。
「はじめまして。俺は
観客は皆、笑顔で手を叩いている。無難な挨拶ができてよかったと、密かに胸を撫で下ろす。他のみんなは大丈夫だろうか。
「皆さん、ありがとうございました。それではあちらのお席へ移動してください」
俺たち全員の自己紹介が終わると、彼女はステージ下に設置されている机を指差し、そう言った。
数人は魔法の構築を多少ミスしたり、異世界語が拙くなってしまったりはしたものの、大きなミスなく自己紹介は終了した。
俺たち7人が着席したのを確認すると、すぐにセレモニーが進行した。
「次に、魔術学園校長からの挨拶です。はじめに、シュトローム帝国立魔術学園校長、カルロス様。よろしくお願いします」
突如悪寒が走った。ビリビリと刺すような圧が全身にかかり、手に汗がにじむ。
先ほど俺たちがいたステージに、荘重な衣服に身を包んだ大柄な男が登る。まるで近世の王侯貴族のような出立。
俺を含め、会場にいるほとんどの人がカルロスに気圧され、拍手すら忘れて立ち尽くしていた。
そんな様子を彼はぐるりと見回し、一つ咳払いをすると、重たい口を開いた。
「余はシュトローム帝国皇帝兼、魔術学園校長のカルロス= シュトロームである。異世界からの来訪者よ、歓迎する」
そういってこちらへ目を向ける。
「ッ!!」
俺は本能的に椅子から立ち上がり、後ろに跳んだ。
ガタン!という大きな音を立てて、3つ、椅子が倒れる。
ありとあらゆる細胞が警鐘を鳴らしている。やばい。死ぬ。殺される。対処法、解決策、……だめだ、見つからない。
いや、何かあるはずだ。あいつの所作、周りの反応から考えろ。切り抜ける方法を模索しろ、活路を探せっ!
「……3人、いや、4人か」
全神経をカルロスの一挙手一投足の観察に注いでいた俺は、拡声器魔法を介していない彼の呟きを、聞き逃さなかった。
その呟きと同時に、俺らにのしかかっていた、名状し難いプレッシャーは、その鳴りを潜める。思わず腰が抜けそうになるが、ぐっとこらえ、俺はひとつ大きなため息をついた。
「皆さん、着席をお願いしますね?」
「あ、すいません。失礼しました」
俺らは謝罪し、再び席に座った。穏やかな声で言う司会の女性の胆力に慄きつつ、俺はもう一度カルロスへ目を向ける。しかし、先ほどの大瀑布のような圧力は、微塵も感じられない。
それにしても疲れた。本気で殺されるのかと思った。
「一筋縄ではいかないな……」
俺は小さくぼやいた。
「余への無礼を許す。肩の力を抜くといい」
いや、原因はどこのどいつだよ。
そんなツッコミを俺は飲み込む。口に出したら首が飛びそうだ。かなりまじで。
「さて。では貴公らに、今日の流れについて説明する。まずは現在行なっているセレモニーの終了後、隣の会場で立食パーティーを行う。余ら主催の豪勢なものだ。存分に楽しむといい」
なるほど、セレモニーの参加人数があまり多くないのは、後に食事会があるからなのか。全校生徒を各学院から呼んだりしたら、収容できる施設がないしな。
だったら、この場にいる生徒は、各学園の代表者の集まりのはず。なら今日のうちに、出来る限りのコンタクトを取っておきたい。
「立食パーティーが終了した後、貴公らは指定の宿泊施設に移動し、今日の疲れを癒してもらう。明日以降の話は、その都度説明をする故、心配せずともよい。余からは以上である。励めよ、若人」
自然と拍手が沸き起こる。別に素晴らしい話をしたわけでもなく、なんならスケジュールの軽い説明をしただけなのに、何故か敬意を払わなければいけないような感情に襲われた。なんというか、とてつもない人だった。
御館様を前にした鬼○隊員の気持ち、いやどちらかというと無惨と対面した十二〇月か?
……完結前にこっちの世界に来たの、失敗だったな。
その後、シュトローム帝国立魔術学園を含めると6つの学園の校長がハインリヒ、ヒメール、シュテルン、ローエン、エルツの順に挨拶をした。彼らの話から分かったことは、2つある。1つ目は、各魔術学園は国の名前をそのまま冠していて、全て国立だということ。2つ目は、各国に一つずつしかなく、その国の魔法技術のレベルを直接反映しているということ。
おっと、もう一つあったのを忘れていた。校長の話は、どこの世界でも共通で退屈だってことだ。
各学園のスピーチは5分ちょうどくらいなはずなのに、1時間は経過したのではなかろうかと錯覚するのがしばしば。
……ただし、カルロスは除く。あんな怖い人がいる絶対シュトロームには、絶対に行かないぞ。
校長全員の話が終わるなり、司会の女性が口を開く。
「ごめんなさい、今回ノイモーント魔術学園は不参加です」
なるほど、6つの学園に7人じゃあ、おかしいとは思ってたんだよな。ノイモーントとやら、今回は不参加なのか。
「またか」 「どうせ来ないだろうとは思ってたけどな」 「これで何回目かしら」
お、おう。今回"も"不参加なのか。
会場のざわつきはだんだんと波紋し、広がっていく。
「極東の島国だから魔法技術が遅れてて、恥ずかしくて出てこれないんだろうよ」 「私、先生からノイモーントは禁忌の死霊術を研究してるって聞いたわ」 「まじ!?それやばくない!?」
何やら不穏な噂までもが聞こえてくる。ノイモーントにも行きたくないなぁ。
ていうか、そもそも俺らにどの学園に行くか、選択権はあるのだろうか。
ざわつきはさらに大きくなっていった。俺は流石に、この状況に異常さを感じた。なぜ教師陣は彼らを止めようとしないのだろうか。さっきまでの感じからして、こっちの世界でも式典中の私語は御法度なはずだろう。
俺は「止めないのか」という疑問を込めて、司会者の方へ目を向ける。俺と一瞬目が合い、彼女は薄く笑うと、懐中時計をポケットから取り出して、じっと眺めだした。
「皆さん静粛に。これにて、各学園校長の話を終了します」
そう彼女が言ったのは、ノイモーントの不参加を知らせてからちょうど5分後のことだった。
そして俺は理解した。俺たちの戦いはもうすでに始まっていたということに。
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