星の魔術師
ふりゅーげる
序章 『異世界の洗礼』
第0話 『旅立ちの朝』
俺、
それは、5歳の頃に両親が他界してからというもの、朝の支度を全て自分でこなしてきたから。
そしてそれは、身寄りない俺の面倒を引き受けてくれたばあちゃんに迷惑はかけまいと、必死に奮闘した結果だった。
春先の穏やかな陽気にかまけて、太陽はまだまどろんでいるらしい。時刻は午前5時。
俺はベッドから体を起こし、ひんやりと冷たい床に足を下ろした。
「いただきます」
誰に言うわけでもなく、一人呟く。
4人掛けの食卓に座るのは、今や俺だけになった。テーブルの上に置かれた写真に手を伸ばす。
それは、中学に入学した時に、俺とばあちゃん、幼なじみの3人で撮ったものだった。
「もし、まだばあちゃんが生きてたなら、今日また同じ写真を撮ったんだろうな」
俺が中学2年に進級した、ちょうど二年前の春。
ばあちゃんは逝った。
星の紋様が施された、一つの日記を残して。
「ご馳走様でした」
食器を片付け、俺は真新しい制服を見に纏う。
親父のものだったらしいその日記を、俺は丁寧に胸ポケットにしまった。
「それじゃ、親父、お袋。行ってくる」
玄関に置かれている家族写真にそう告げ、ドアを開けた。
外に出ると、柔らかくも力強い光が差し込み、俺を包み込んだ。
「あら、銀河ちゃん早いわね。そういえば、今日から外国で留学なんだって? 頑張ってね! おばさん応援しちゃう!」
面倒見のいい近所のおばさんと、朝の挨拶をする。
「うん、ありがとうおばさん。留学、頑張ってくるよ」
おばさんにそう告げて、俺は真っ直ぐに道を進んだ。
幼なじみには『遠いところに留学する』とだけ伝えたのだが、その話はあっという間に伝播し、その上少し捻れたようで、行き先は海外ということになったようだった。
「まあ、無理もないよな」
俺は胸ポケットから古びた小さな日記を取り出し、確かめるように手に持った。
それの最初のページを開く。「異世界について」と大きく見出しを作った後は、殴り書きで雑多なことが書き込まれている。異世界の行き方に始まり、異世界に向かった後の生活、魔法の概念にまでわたって書き込まれているそれは、一見、創作小説の走り書きのようにしか見えない。
しかし、ありありと描かれる『魔術学園』という場所での生活。作り物とは思えないほど現実味を帯びた、『魔法』を基盤とする街の情景。
そのリアリティに圧倒され、俺は次第に異世界の存在を信じ、その世界に引き込まれるようになった。
日記に書いてあった異世界への行き方。それは異世界留学に参加するというものである。
『魔法・科学文化交流活動を目的とする、異世界交換留学。科学の発展した私達の世界と、魔法が発展した異世界。双方の技術の発展を目指すこのプログラムは、世界中の中高校生を対象に毎年行われている。』
と謳う異世界留学は、世界中から毎年7名を試験によって選抜し、異世界に送るというものだった。
選抜試験は、ダークウェブの深層にある、表向き違法ドラッグの販売サイトからエントリーすることができ、その場所は魔法で隠匿された離島であり、それ以外の手段では近づくことも不可能だという。
俺が中3の春エントリーした時、たった7人という限られた席に対し、当時の志望人数は三千を優に超えていた。
「上等、やってやろうじゃん」などと意気込んだものの、『選抜試験』は過酷なんてもんじゃなかった。
あるときは、200kmの山あり谷あり河川ありのコースのデカスロンでタイムを競い、あるときは、現役の学者も唸る超難題を解き明かし、あるときは、ほぼ手ぶらでエベレストに登頂し、またあるときは、カジノでプロのギャンブラーを相手に争った。
試験の最中に、根を上げて逃げ出す奴もいた。
試験の最中に、命を落とす奴もいた。
諦めようと思ったこと。本気で死を覚悟したこと。
その回数は、数え切れないほど多い。
しかし、俺を突き動かしていた原動力、『異世界』への羨望は、俺が絶望するたびに、ひどくその熱を増していった。
『異世界』を知るまでの俺の日常は、どこかぽっかり穴が空いていて、何か満ち足りない。そんな感覚だった。
最初はその原因を、両親が居ないことに起因すると思い込んでいた。
みんなにあるはずのもの。それがないことが、この虚無の正体だと思い込んでいた。
この『選抜試験』を受けるまでは。
実は、それは違っていたのだ。
俺はよくこういう風に呼ばれていた。『神童』だと。
俺の世界が退屈だった原因。それは単に、何もかもを簡単にこなせてしまう、この世界に俺が辟易していたからだった。
だからこそ、全力で取り組んでも、超えられるかどうかわからない『選抜試験』に俺は駆り立てられた。
俺の全てを捧げてようやく辿り着ける場所、『異世界』
日に日に俺の『異世界』への熱情は、気球の風船のように膨らんでいった。
そうして、乗り越えた試験の数を両手両足の指で数えられなくなった頃、ようやく『選抜試験』は終了し、俺を含む7人だけが残った。
今思い返すと、俺の一連の行動は狂気的という言葉では済ませられないほど、狂っていた。
普通に考えたら、『異世界』なんてもんは存在するはずもないし、フィックションだと突っぱねるのが関の山。
そんな真実かどうかわからないもののために、文字通り命をかけて立ち向かった俺は、真性の大馬鹿ものなのかもしれない。
ただ、俺には何か直感めいたものがあった。
『異世界』だけが、俺と親父、そしてお袋を結びつける、唯一の糸になる。
そして、『異世界』こそが、俺の退屈な日常を変えてくれる鍵になる。
こんなふうに思えてならなかった。
俺の直感があっていたのかどうか、俺はそれを確かめるため、『異世界』に行く。
俺は20分ほど歩いて指定の場所にたどり着いた。ここは、近所の廃工場。この建物の中に、試験を突破した7人の集合場所に行くための、転移陣がある。
まだ冷たい空気を肺いっぱいに詰め込み、決意を新たに、俺は転移陣を踏んだ。
その瞬間、どこからか悲鳴が上がった。ような気がした。
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