第48話 晩餐会 エンディング
「ラインハルト、あなたに聞くわ。あなたの真実愛する女性は?」
ティアナが聞くと、ラインハルトはガバリと立ち上がりリーゼロッテに走り寄ってその手を握った。
「リーゼロッテ!君を真実愛している!僕の真実の愛は君だけに捧げよう」
「ラインハルト様!」
さっき言われたことは忘れたのか、リーゼロッテはまさに夢見るヒロイン顔でラインハルトの手を握り返した。
皆、ラインハルトのいきなりの心変わりにア然としている。
「指輪か」
ロベルトのつぶやきに、二人をよくよく見てみると、ラインハルトの子指とリーゼロッテの親指に指輪がはまっていた。
「ラインハルト。あら、こんなところに婚約誓約書があるわ。そんなに好きなら、そのお嬢さんと婚約する?あなたには、隣国との第三王女との婚約の話もきているから、正妃の座は王女様のものになるけれど」
「誰を正妃にしても、僕にはリーゼロッテだけだ」
ティアナがわざとらしく懐から出した婚約誓約書に、ラインハルトはサラサラとサインをし、ティアナに突き返した。
「リーゼロッテ、アキレス、あなた達もサインを」
リーゼロッテは喜色満面サインをし、アキレスは躊躇いながらも言われるままサインをし、国璽まで押した。
「ミカエル、こちらへ」
ティアナは教会服を着たミカエルを呼び、教会の印も押させる。ここにラインハルトとリーゼロッテの婚約が成立してしまった。
婚約誓約書を侍従に渡すと、侍従はそれを保管する為に恭しく受け取り、誓約書を持って会場から出て行った。
「さて、お目出度いことはこれだけではないの。キャロライン、シュバルツ辺境伯令息、こちらへ」
壇上で抱き合うラインハルトとリーゼロッテを避けて、キャロライン達も壇上へ上がった。
「キャロライン、ちょっと屈んでちょうだい」
ティアナに入れた通りに、膝を曲げて屈んでみせると、ティアナはキャロラインの頭に真っ白いベールをかぶせた。
「これは?」
「イザベラが昔、ダンテと結婚した時にかぶったベールよ」
白地のドレスに白いベール、まるで花嫁衣装のようだった。
「本日の晩餐会は、シュバルツ辺境伯令息ロベルトと、ハンメル侯爵令嬢キャロラインの結婚式を、皆の承認の元に執り行いたいと思い、皆さんを招待しました」
ミカエルが結婚証明書を持ってキャロライン達の前に立った。とても結婚を祝福する顔には見えないが、ミカエルもティアナには逆らえないようだ。
「この結婚、教皇の息子であるミカエルが立会人になり、夫婦になる二人は婚姻証明書にサインを。さぁ、サインなさい」
ロベルトはティアナからペンを受け取ると、迷うことなくサインをした。字体もしっかりとしていて男らしいと、キャロラインは横に立ちボーッと見ていた。
「キャロライン」
ロベルトからペンを差し出され、キャロラインはハッと我に返る。
結婚……。ロベルトとの結婚が現実になる。
ラインハルトに婚約破棄されることも、断罪された挙げ句のバッドエンドももうない。
前世の記憶を思い出してから十年、アンリと二人でどうやったらゲームのストーリーから逃れられるか?ゲームの強制力を恐れながら試行錯誤してきた。
その集大成がこの結婚かと思うと、感慨深いなんてものでは言い表すことができないくらいだ。
そして何よりも、前世恋愛を諦めた男の娘だった自分が、女の子として大好きなロベルトに愛された。心も身体も……。
キャロラインの目から涙が溢れ、婚姻証明書すら見えなくなる。
「ジルベルト様、前が見えません」
「そんなに泣いて、目が蕩けたらどうするんだ。ほら、手を支えてやるから、ここにサインをすればいい。書けるか?」
「がぎまずー」
キャロラインはハンカチで鼻を押さえ、鼻水で婚姻証明書を汚すことだけは阻止する。
ロベルトに支えられながら、なんとかサインを書き終えた。
「ここに、シュバルツ辺境伯令息ロベルトと、妻キャロラインを認めます」
ミカエルが教会の印を押し、その横にアキレスもサインして、正式な書類となった。
壇下では二人の両親達が満面の笑みで拍手し、会場の前まで来て壁際に立ち見守っていたアンリも、号泣しながらひたすら拍手していた。
「旦那様、これから末永くお願いいたします」
「もちろんだ。キャロラインのことは生涯かけて全力で守る」
「フフッ、心強いですね」
ロベルトはキャロラインを抱き上げてキスをし、キャロラインもロベルトの首に抱きつきながらキスを返した。
通常ならば、ここでハッピーエンド、エンドロールが流れるかもしれない。しかし、キャロラインは忘れている。
実際に断罪されるのは来年の年末、そしてバッドエンドを迎えるのは再来年の春だということを。
★★★
「リーゼロッテ、その指輪は国宝なの。返してちょうだい」
晩餐会も終わり、王達家族とリーゼロッテのみが談話室に移動した。
「返さないと……駄目ですか?」
リーゼロッテは可愛らしく小首を傾げて、ティアナを見上げる。
「ええ。あなたとラインハルトの婚約は成立したわ。結婚できるかどうかは、あなたが本当にラインハルトに愛されるかどうかにかかっていると思ってちょうだい。それは自力で頑張って。私はあなたの味方もラインハルトの味方もしないわ」
ティアナはリーゼロッテの親指から指輪を抜き取った。
その途端正気に戻ったラインハルトは、茫然自失となり自分の指にある指輪を見つめている。どうやら、指輪をはめていた時の記憶はあるようだ。
どんどん顔が怒りで歪んでいくと、ラインハルトは指輪を乱暴に外して床に叩きつけた。
「こんな婚約無効だ!」
「あら、あなたがキャロラインにしようとしていたことをしただけよ。怒るのはおかしいわ」
ティアナは冷静にラインハルトと向き合った。
「母上は息子を陥れてなんとも思わないのですか?!」
「あら、自分がキャロラインを陥れようとしていた自覚はあるのね」
「キャロラインは僕の妃になるべきなんだ!その家柄も、魔法属性も」
「あなたがキャロラインに相応しい男性ならば、私はいくらでも協力しました。残念ながら、そうではないようだけれど」
ティアナは今回のことだけを言っているのではなかった。
八年前の茶会、あれは王室に関わりたくないというキャロラインと、ラインハルトを引き合わせる為に開いた茶会だった。お互いに知り合えば、もしかしたらうまく行くかもしれないと思ったのだが、茶会では全く会話もなく、ラインハルトのせいで怪我をしたキャロラインを気にかける様子もない息子に正直幻滅し、ティアナは自分の息子とイザベラの娘が結婚したら……なんて夢を見ることはすっぱり諦めたのだ。
この時くらい、王家の決まりだかしきたりだかしらないが、子供を自分の手で育てられないことに激しい憤りを感じたことはなかったティアナだ。
ティアナは今回のことで、ラインハルトが痛い目に合い、気持ちを入れ替えると良いと心の底から願った。その為の荒療治であったのだが……。
リーゼロッテとギャーギャー言い争いながら、「婚約破棄だ!」「絶対に嫌です!」とやりあっている姿を見ると、ラインハルトに成長は期待できそうにないなと、ティアナは深いため息をついた。
★★★
「ちょっと、暗いんだけど!」
魂が抜けたように馬車の窓から外を眺めるロイドを、爪を噛みながら苛々を隠せないプリシラが怒鳴りつける。
「まぁまぁプリシラ、ロイドは失恋したようなものなんだから、そっとしておいてあげなよ」
エスコートしていた女子が他の男子(第一王子だが)と婚約してしまった兄こそ、面目丸潰れだと怒りなさいよ!と思いながら、とにかく二人に当たり散らす。
「第一、あの平民女はまだ婚約しただけでしょ!ロベルト様みたいに結婚した訳じゃないじゃない。しかも、呪いの指輪?あれをつける前は、自分の側近に娶らせるとか言ってたじゃない」
多分それはアレクサンダーのことだろうなとは思ったが、ラインハルトの側近といえば、ロイド、アレクサンダー、ミカエルが妥当なとこところだから、ロイドが希望を持ってもいい筈だ。
というか、へなちょこのロイドと結婚するつもりはないので、ロイドには心底頑張ってもらい、自分との婚約は破棄してもらわないといけない。
「……そうだよな。呪いの指輪さえ外れれば」
ロイドの表情が明るくなる。
「そうよ!それによ、もしもハンメル侯爵令嬢が離婚とかして、第一王子と再婚とかいうことになれば、それこそ平民女なんかポイよポイ」
「おまえ、何意味わからないこと言ってるんだ?」
「私はロベルト様を諦めないという話よ」
鼻息荒く拳を握るプリシラを、アレクサンダーは呆れたように見る。
「ロイド!私達の目的は一つ!ハンメル侯爵令嬢を離縁させ、第一王子にあてがうのよ!あなたは平民女、私はロベルト様が手に入ってお互いに円満婚約破棄ができるわ」
別に、キャロラインをあてがわなくても、呪いの指輪さえ外れれば、リーゼロッテは婚約破棄されると思うよ……という意見をアレクサンダーは飲み込んだ。
ギャーギャーうるさい妹ではあるが、やはり妹は可愛いアレクサンダーだった。
今まで婚約者とはいえそこまで交流がなかった二人が、お互いの目的の為に初めて交流を持つことになる。
お互いにさらに嫌い合うか、少しは好感を持つことになるのか、それはまだもう少し時間がたたないとわからないことだ。
★★★
「お嬢様……いえ、シュバルツ次期辺境伯夫人」
「キャーッ!夫人とか恥ずかしいわ」
「では奥様」
「それも照れるーッ!」
このやりとりを、さっきから何度となく繰り返しているキャロラインとアンリだった。
結婚式も半年後に決まり、あとはハッピーエンド一直線。キャロラインは浮かれに浮かれていた。
「そういえば奥様、今更なんですが、奥様か乙女ゲームで嫁ぐ筈だった辺境の地は、北方でよかったんですよね?」
「え?」
「ほら、ゲームでは辺境の地へ行けーでしたっけ?どこの辺境かわからないんですよね?」
「うん。周りのざわつき方から、最悪な相手なんだろうなってくらいしか」
「それが気になっちゃって。だって、ロベルト様って確かに見た目は怖いかもですし、稀に見るゴツさですけれど……そこまでじゃないですよね」
「……」
アンリの疑問は、キャロラインの心の底にさざ波を引き起こしていた。
✤✤✤✤✤第一部完✤✤✤✤✤
後書き
ストックが少ない状態で書き続けて息切れ状態の為、第一部完結とさせていただきます。
続きは、ご要望に応じて書こうかと考えてます。続きを読みたいと思っていただけたら幸いです。
とりあえず、前作の続きを考えるつもりなので、気になる方はブックマークお願いします。
では、またお会いできましたら。
男の娘の僕が悪役令嬢に転生しました。断罪されたくないので、さっさと次期辺境伯に嫁ぐことにします 由友ひろ @hta228
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます