第47話 晩餐会 最中

 晩餐会では、正面の一段高いところに王族の席があり、会場には円卓が数十個並べられていた。円卓には十人座れるように席が作ってあり、正面に近いほど高位貴族やその子弟が座り、学園生達は扉側に近い円卓に案内された。


 その中で、キャロラインとそのエスコート役のロベルトだけは会場の正面、王族の席の真下に通された。その席にはキャロラインの両親はもちろん、初めて会うロベルトの両親までいた。なぜ初対面なのにわかったか……、それはロベルトの父親がそのままロベルトが年をとった姿をしていたからだ。

 ガッシリと大きな身体付きは年を感じさせないくらい逞しく、ロベルトとそっくりな厳つい顔は、年の分だけさらに男らしく渋みがかっていた。


 控え目に言っても素敵過ぎる。


 キャロラインは思わず、挨拶も忘れてポーッとロベルト父を見つめてしまった。


「キャロ、辺境伯様と令夫人様にご挨拶は?」


 呆れたようなイザベラの声に、キャロラインはハッと我に返りカテーシーをした。


「北方辺境伯様並びにご夫人様におかれましてはご機嫌麗しく存じ上げます。ハンメル侯爵が長女キャロラインでございます」

「娘になるんだ、そんなに畏まらなくて良い。俺はロベルトの父のカエサルだ。こっちは妻のルビオラ」


 カエサルの隣には、女性ながらかなりがっしりした夫人が座っており、多分キャロラインと同じくらい身長も高そうだった。


「綺麗なお嬢さんで嬉しいわ。息子は身体を鍛えることしかしてこなかったから、女の子をちゃんとエスコートできるか不安……でもなさそうね。あなたも執着強めだったのね、ロベルト」


 キャロラインの腰に手を回して、ガッチリ離さないロベルトを見て、ルビオラはその切れ長な茶色い目を細めて微笑んだ。

 キャロライン達が席につくと、まるでそれを合図にでもしたかのように楽団の音楽が小さくなり、王が立ち上がり晩餐会の開始のスピーチをした。


「それにしても父上、辺境を離れて大丈夫なんですか」

「ああ。今晩戻るから問題ない」

「今晩?!」


 ロベルト両親は昨晩遅くに王都に付き、そして今晩にはトンボ返りをすると言う。


「もしかして……この晩餐会の為にいらしたんですか?」


 カエサルは無言で肯定し、ルビオラはニコリと微笑んだ。


 イザベラと王妃がなにやら動き回っていたようだが、その為に多忙な辺境伯夫妻を王都に呼んだのだろうか?そうだとしたら申し訳ない話だ。


 会食も和やかに進み、残りはデザートになった頃、おもむろにラインハルトがグラスを片手に立ち上がった。


「晩餐会にご来賓の皆様、第一王子であるラインハルト様より重大な発表があります」


 歓談していた声が静まり、ラインハルトに注目が集まる。ラインハルトの手にはあの呪いの指輪(ミカエルがすり替えたレプリカ)がはまっており、その顔は誇らしげに輝いていた。


「リーゼロッテ、ここへ」


 リーゼロッテがラインハルトに呼ばれ、満面の笑みで立ち上がりアレクサンダーのエスコートで会場を歩いてきた。壇下まで来ると、アレクサンダーの手を離れて階段を上がり、ラインハルトの横に立った。


「皆も知っていると思うが、ここにいるリーゼロッテは平民ながら吸収の無属性持ちである。リーゼロッテ、君の忠誠はどこにある」

「はい、永遠にラインハルト様の下に」


 リーゼロッテは不格好ながらカテーシーを披露した。ラインハルトは大仰に頷くと、壇下のキャロラインに目を向けた。


「ここに、吸収と相反する反射の無属性持ちがいる」


 会場中にざわめきが広がった。キャロラインの無属性は、王家にはばれたがまだ周知はされていなかったからだ。


「キャロライン・ハンメル。おまえは反射の無属性だな」


 予想はしていたが、ラインハルトに名指しされ、キャロラインはビクリと震えた。テーブルの下でロベルトが手を握ってくれ、キャロラインは意を決して立ち上がる。


「間違いありません」


 震える身体を叱咤して、キャロラインはなんとか声を絞り出した。


「反射の無属性であることを隠し、王家を謀ったことは重大な罪である……が、キャロラインが僕に忠誠を誓い、我が妃になるならば罪にも問えないだろう。キャロライン、君が真実愛しするのは誰か?王と王妃の前で言うといい。君の、ハンメル侯爵家の罪は、僕が王にとりなそう」


 ラインハルトは寛大な自分に酔っているのか、まるで歌劇のように滔々と語った。


 キャロラインがロベルトを見ると、ロベルトは何も言わずに立ち上がり、キャロラインの後ろにスックと立った。その半端ない安心感に、キャロラインの震えも止まり、侯爵令嬢らしくシャンと頭を上げることができた。


「私が真実愛するのは、ロベルト・シュバルツ辺境伯令息です」


 大きな声で、噛むこともなく言えた。


「……バカな。もう一度聞く。おまえが好きなのは誰だ?」

「ロベルト様です」


 ラインハルトの視線がキャロラインの手の辺りを彷徨い、自分の指輪をキツく握った。


「茶番はもう止めなさい」


 ティアナが静かに言葉を発し、皆の視線がティアナに注がれる。


「キャロラインの属性については、私が報告を受けていました。王に報告しなかったのは私です。アキレス、私に罰を与えますか?」


 アキレスは狼狽え、「いや、そんな、でも……」とブツブツつぶやいている。ここで王妃であるティアナの罪を許すと言えば、キャロラインが嘘の属性を申告していたことを認め許すことになってしまう。それではラインハルトの嫁に、反射の無属性を王家に取り込むことが難しくなるのは目に見えていた。

 しかし、ティアナを罰することなど……そんな怖いことはできない。


「はっきりなさい!罰するの?!罰しないの?!」

「罰する……なんてあり得ない」


 アキレスは蒼白になり、俯いてしまった。


「よろしい。ハンメル侯爵家にもキャロラインにも罪はないと、王が認めました」

「しかし、母上!反射の無属性ならば王家に忠誠を示し、王族との婚姻の義務があります」

「どこに?そんな条文、どこにありますか?」

「それは……昔からの決まりで」


 ラインハルトはシドロモドロ言うが、そんな条文などないことはすでにティアナは把握済みだ。


「ハァ……。あなたには王位は荷が重そうですね」

「母上!」


 ティアナは指輪を一つかかげて見せた。シンプルなリングに赤い石のついた指輪は、この会場にいる学園女子の指にはまっている物と酷似していた。


「それは……」

「あなたがキャロラインに贈った呪いの指輪です」


 呪いの指輪と聞き、同じ物を指にはめている王立学園の生徒達に悲鳴が上がった。皆、慌てて指輪を外し、投げ捨てる者までいて、会場の後方はプチパニックだ。


「皆さんのはレプリカです。呪いはありませんから落ち着いて。さて、この呪いの指輪ですが、王宮宝物庫から持ち出された際、アキレス、あなたのサインがあるようですが?」

「いや、それが何かは僕は知らない。ラインハルトに頼まれたからサインしただけで……」


 ティアナにジロリと睨まれ、アキレスは情けなくも息子であるラインハルトに全て丸投げした。この会場にいる誰もが、王家の真の権利者が誰かを察した。


「これは、両想いの指輪……というらしいですけれど、間違いないかしら?」

「……」


 その恥ずかしいおまじないグッズみたいなネーミングに、貴族達は馬鹿にしたような表情になり、年若い学園女子は「キャー」と黄色い悲鳴を上げる。


「全く、情けない……。こんな物を使わないと、女子一人くどけないなんて。あなた、吸収の無属性持ちの……」

「リーゼロッテです!」


 ティアナに声をかけられ、リーゼロッテは嬉々として一歩前に出る。


「無属性持ちならば、ラインハルトはリーゼロッテを正妃……は無理でも側妃に迎えるのかしら?」


 リーゼロッテの顔がパッとバラ色に染まり、期待に満ち溢れた表情をラインハルトに向ける。


「まさか!彼女は平民ですし、その性質柄、僕の妃には向きません。彼女は僕の信に厚い側近に娶らせるつもりです」

「ラインハルト様!」


 ラインハルトの吐き捨てるような言葉は会場中に響き渡り、その中ラインハルトの色を纏って立つリーゼロッテは道化にしか見えなかった。

 リーゼロッテの可愛らしい顔が、みるみるうちに歪んでいく。


 ラインハルトから求婚を受けると思っていたのに、吸収の無属性の性質……つまりは沢山の男を咥え込む淫乱は妃にはできないと、大勢の目の前で言われたようなものだ。貴族達の顔を見ても、皆がラインハルトの言葉に頷いているように見えて、さすがのリーゼロッテも羞恥で全身赤く染めた。


「そう。昔からの伝承を重んじるあなたなら、平民だろうが、他の理由があろうが受け入れると思ったけど」

「母上、王家の血が入っていない子供を産む可能性がある妃など、認められる筈がないでしょう」


 ラインハルト……クソだ。


 乙女ゲームではリーゼロッテのことを真実の愛とか言って、一番ちょろい攻略対象者だったくせに、わざわざティアナが濁したことを堂々と口にして、リーゼロッテを貶めるようなことを言うなんて。


「……、リーゼロッテ、こちらへいらっしゃい」


 リーゼロッテが呼ばれるままにティアナに近づくと、ティアナはリーゼロッテの手を握って何か囁いた。

 リーゼロッテは小さく頷き、その手を青いドレスの下に隠す。


「ラインハルト、あなたもこちらへ。跪き、私の手を取りなさい」


 ラインハルトは訝しげな表情を浮かべながらも、ティアナの言う通りに動く。ラインハルトが手をティアナに差し出した時、ティアナは隠し持っていた指輪をラインハルトの子指にはめた。


「あっ!」


 ラインハルトの子指には、赤い石のついたシンプルな指輪がはまっていた。



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