第46話 晩餐会 前
「カザン王立魔法学園、並びに魔法騎士学園の晩餐会出席者は、こちらで指輪を提示の上、待合室でお待ちください」
王宮の南側にある離宮が今回の晩餐会が開かれる会場になっていた。第一王子主催がメインの晩餐会だ。学園の生徒達は、末席でその綺羅びやかな晩餐会に参加し、その雰囲気と豪華な食事を体験させてもらうことになる。
もちろん、入場は一番最後になる為、待合室待機の時間は長くなる。
楽団の音楽が流れ出し、高位貴族達から席に案内され始めたようだ。
「ロベルト様、お久しぶりです」
待合室で待っていた時、目の前に真っ黒いフリフリのドレスを着たプリシラが現れた。
明らかにロベルトを意識した色使いで、ネックレスからイヤリングまで全てブラックダイヤだ。そんなプリシラの格好は前世で見たゴスロリのようで、赤い髪が黒い衣装に映え、まさに気の強い悪役令嬢そのものな出で立ちだった。
「なんであなたが?」
プリシラは納涼の宴には参加していなかった筈だ。なぜここにいるのか?侯爵令嬢だから、一般招待客なのかもしれないが、その指にはあの呪いの指輪のレプリカがはまっている。
ちなみに、キャロラインとロベルトは、呪いの指輪のレプリカのレプリカを作ってそれをはめ、本物の呪いの指輪はすでにティアラに渡している。禁書庫の本と共に。ついでに言うと、二人の指輪の内側にはお互いのイニシャルが彫ってあり、キャロライン的には結婚指輪のつもりだ。
レプリカのレプリカ、しかも多少デザインを変えているにも関わらず、普通に参加者として通されたから、指輪に意味などないのがバレバレだ。シンプルな指輪で、女性の方に赤い石さえついていればそれでOKらしい。
「一応ロイドのパートナーとして招待されたの。まぁ、まだ婚約者だから仕方ないですよね。そうだ!あなたをうちの兄に紹介するわ。ちょうどいい、ロイドも一緒に。兄様、ロイド、ちょっと来てちょうだい!」
プリシラが大声を出すと、周りの喧騒がピタリとおさまり、なぜかロイド達とキャロライン達の間に道ができた。
向こうはプリシラの兄のアレクサンダー、婚約者のロイド、そして吸収の無属性持ちであるリーゼロッテが一緒にいた。リーゼロッテは目が覚めるような真っ青のドレスに、ゴールドのアクセサリー……って、まんま第一王子の色をまとっていた。そして、なぜかアレクサンダーまで青いタキシードだから、きっとリーゼロッテのエスコート役はアレクサンダーなんだろう。
「あら、ロベルト先輩。お久しぶりですぅ」
リーゼロッテがパタパタと駆けてきて、ロベルトの腕にしがみつこうとした。ロベルトが一瞬速く後退りリーゼロッテを躱すと、リーゼロッテはムッとした表情をしたが、すぐにニコニコと作った笑顔を浮かべる。その後ろからロイドとアレクサンダーもやってきた。
「あなたは呼んでいませんわ。平民はあちらで待ってなさいよ」
「あら?アンリさん、あっちで待ってろって、そこの下級生に言われてるわよ」
リーゼロッテは、同じ平民でも私は特別と言わんばかりに、アンリに話を振る。
「あなたよ、あなた。私の婚約者だけじゃなく、ロベルト様にも粉をかけるとか、ちょっと頭がおかしいのかしら」
プリシラは腰に両手を当て、リーゼロッテを睨みつけるようにすると、リーゼロッテはわざとらしく怯えた素振りをしてロベルトの後ろに回った。
「先輩、そこの一年生が平民だからって私を苛めるんです。私はラインハルト様の命令でロイとは仲良くしているだけなのに」
「プリシラ、リーゼは平民かもしれないが学園の先輩だぞ。もう少し口のきき方に気をつけたらどうだ」
「なによ!ロイドの癖に生意気だわ。あなたこそ、婚約者の私を少しはたてたらどうなの?!平民女の尻ばかり追いかけて情けない」
「なんだと!」
カッとなったロイドがプリシラに手を上げようとしたが、プリシラは逆に一歩前に出て睨み上げた。
「叩くの?どうぞ叩きなさいよ。あんたのそのナヨッチイ腕じゃ、痛くも痒くもないわ。それを理由に婚約破棄してあげるから、さっさとやりなさいよ。ほら早く!」
ロイドは振り上げた手を震える逆の手で押さえ、真っ青な顔をして踵を返した。
「おい、ロイド!」
アレクサンダーが止めたが、ロイドは振り返ることなく人混みにまみれてしまった。アレクサンダーは大きなため息をつく。
「おまえな、少しは将来の旦那を敬えよ」
「嫌よ。あんなガリ勉が旦那だなんてゾッとするわ。あんなの、そこの平民女にのしつけて……あぁ、違った。ハンメル侯爵令嬢に紹介するんだったわ。まぁ、しょうがないから兄様でもいいか」
「おまえ、本当に失礼だな。兄も敬えよ。でもってなんだ、でもって」
プリシラはアレクサンダーの腕を引っ張りキャロラインの前に押し出した。
「うちの兄。これでも次期侯爵よ。多分次期騎士団総団長にもなるんじゃないかしら。身体はロベルト様には劣るけど、顔はそこそこイケメンだと思うわ。ロベルト様の身体に兄の顔面がついてたらパーフェクトなんだけど、男は顔じゃないものね。同じ侯爵家だし、釣り合いバッチリですよね」
まるでロベルトは身体だけが魅力的だと言われているようで、キャロラインはキッとプリシラを睨んだ。
睨み合うキャロラインとプリシラは、他人から見たら悪役令嬢対決のようだ。
「あなた、さっきから勝手なことばかり!私はロベルト様以外の男性に興味はありません。それに、ロベルト様はロベルト様だから完璧なのよ。ロベルト様は最高にかっこいいんだから。勝手に顔をすげ替えないでください」
ロベルトは顔を片手で押さえて横を向き、その耳は赤く染まっている。どうやら嬉しいらしいのだが、せっかくかっこいいと言ってくれているキャロラインの前で顔を崩したくなく、せいいっぱい表情を引き締めようとしているようだ。そんな友人の心情が手に取るようにわかり、ランデルは口元に手をやり笑いを堪らえている。
キャロラインは鼻息荒くプリシラにくってかかり、そんなロベルト達には気がついていない。
「あら、ロベルト先輩はとっても男らしくて素敵だと思うわ。ウフフ、みんな違う魅力があって、みんな素敵よね。それに、あなたの婚約者のロイだって、確かに筋肉はないけど、スタイルは悪くないわよ。ちょっと自己中なセックスだけど、モノは悪くないしね。あと、魔力の質は三人の中ではピカ一だったわよ」
三人とは、ロイド、アレクサンダー、ミカエルのことだろう。この三人がラインハルトに言われてリーゼロッテに魔力を提供しているのは、公然の秘密だったから。
それにしても、その三人のうちの一人の婚約者でもあり、また親族でもあるプリシラの前で、堂々と身体の関係を匂わせ……いや突きつけた言い方をするリーゼロッテの無神経さにドン引きだ。いくら吸収の無属性の特性だからといえ、それを印籠のように振りかざして、誰とでも身体の関係を持つことを正当化するのは違うと思う。
周りの……特に女子はキャロラインと同じ気持ちらしく、嫌そうな表情で顔を背けている。男子は逆にニヤニヤと興味津々で耳を傾けていた。
「別に、ロイドのモノにはこれっぽっちも興味ありませんから、どうぞお好きに楽しんだらいいんじゃないかしら。でもあなた……クスッ、三人ってことは第一王子には相手にされてないのね。だって、ロイド、兄様、ミカエル様でしょ?そんなドレスまで着ているのにご愁傷様」
そして、プリシラも負けていなかった。
この二人がバチバチやり合うのならば、キャロライン達は開放してもらえないだろうか?
巻き込まれ感が半端ない。
「どういたしまして。誰にも相手にされないあなたこそご愁傷様ね」
「なによ、あなただって、ロベルト様にはさっき避けられていたじゃない」
「ロベルト先輩はシャイなのよ」
リーゼロッテ、ポジティブシンキング過ぎる。
「それに、あなたはただの侯爵令嬢かもしれないけど、私はこの国唯一の吸収の無属性持ちですもん。国の為にも、魔力が多いロベルト先輩みたいな人は、私に魔力を与える義務があるのよ」
そんなことも知らないの?と、リーゼロッテはプリシラを馬鹿にしたような表情を向ける。
「そんな義務はない。あっても拒否する」
ロベルトはキャロラインの腰を抱きながら、ちょこちょこ自分の名前を挙げられる不快感に眉を顰めた。
「ほら、ごらんなさいな」
手を打って喜ぶプリシラにも、ロベルトは厳しい表情を向ける。
「キャロラインは俺の婚約者だ。他の男を紹介するとか、全くもって意味がわからない。不愉快にも程がある。俺はキャロラインを離すつもりはないから諦めろ」
ロベルトは、最後の言葉をアレクサンダーに向けて言った。
「いや、別に僕はハンメル侯爵令嬢のことはなんとも……」
それはそうだ。アレクサンダーこそ貰い事故である。
ロベルトはキャロラインを促して、挨拶もせずにアレクサンダー達の元を離れた。
「なんか、強烈な二人だったな」
ロベルトと共についてきたランデルが言う。
「あそこまでいくと病気です。お嬢様、気にしたら駄目ですよ。非常識な人が非常識なことを言っていただけですから」
アンリは、リーゼロッテが言っていたロベルトの義務とやらについて、キャロラインが気にしているんじゃないかと心配しているようだ。
「うん、わかってる。気にしてないよ。ロベルト様がかっこ良過ぎるから、モテちゃうのはしょうがないし」
確かに先程はロベルトがモテていたようだが、それはロベルトが格好良過ぎるせいではないと、ランデルは内心キャロラインにツッコミを入れていた。
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