第3話
雨あがりの空を見つめていると部屋中の本を全て捨てたくなった。この眼球を通して世界を見れば、一冊たりとも、この世に残す必要のないものだった。中古書店に売れば3000円から1万円になるかもしれないが、それらが他人の手に渡る可能性を考慮すれば、社会の害悪でしかなかった。これらを読めば、俺のような怪電波を拾う奴になるらしい。
音楽が騒音になった。映画が、ドラマが、アニメが、ただの光の点滅でしかなくなった。絵はなにかのシミでしかない。他の全てもガラクタ。
契約していたサブスクリプションのアプリを手続きした後にアンインストールした。まだ起きてから顔も洗っていない。トイレもすましてない。ベッドの中で全て消した。
だからといって、この先、自分がおかしくなるという不安は全くない。むしろ、商売人に洗脳されていたような気さえする。本を読めば、音楽を聴けば、魂が救われるという騙しのテクニックに踊らされていた。
手始めに、昨日YouTubeで投下されたラッパーの新曲を口ずさもうとしたがもはや何を言っていたのか思い出せない。たしか金だかマネーだかヘイターが云々言っていた。同日に公開されたバンドは、もはや音が鳴っていたことすら記憶にない。
昨晩読みながら寝てしまったようで、ぐちゃぐちゃになった文庫本が落ちていた。読んで驚いたことに一行たりとも覚えてない。行動と会話だけで展開していく凡庸な小説だった気がする。もはやラストにたどり着くために読み進めていた。
会社には吐き気がひどいと電話をした。病院に行きなさいよと訛りのきつい上司が疑いまじりに電話を切った。
とにかく本を燃やさねばなるまい。
大学時代から使用している黒のリュックサックに詰め込む。なかで文庫本がつの字になっている。まるで数分後に捨てられるサラリーマンのスポーツ新聞のようだ。
本棚の一冊、マーブル模様の表紙のものがあった。晴久が家に来たときに置いていった彼の卒業アルバムだった。
本を燃やしにいく前にこれは彼の元に返さねばならない。
老人から奪った眼球は制御不能であった。視覚で音を拾うような感覚といえばよいのだろうか。眼が振動している。それは脳にどのような情報を伝達しているのか不明だ。走ったあとの脹ら脛が震えるように未来を見た後の眼球は痙攣するのだろうか。しばらくだけこの感覚と付き合わねばならない。
眼球は内燃機関を持つかのように熱くたぎっている。どうやら眼球は意志があるらしい。この眼球の感情が頭に流れ込んできた。はやく晴久の眼球になることを望んでいた。
――晴久、待っていてくれ。
千里眼球 古新野 ま~ち @obakabanashi
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