第17話 降伏勧告

「早い! 幾ら何でも早すぎる!」

「何がどうなっているんだ」

「皆さん静粛に、聖上が御成です」


 騒然としていた場が、仁の一言で静寂と化す。少し前に定例会を開いていたおかげで、顔役たちがほとんど集まっていた。


 皆、顔に不安の表情を浮かべている。


「右京、報告を」

「はい、西の国境地帯から命からがら逃げてきた兵士によると、本日の明朝、突如迦ノ国の兵士が越境し、防人の砦を攻撃したとのこと。砦には第1軍から選抜された防人五十人がいましたが、壊滅。砦を攻略した迦ノ国軍は周辺の村で略奪を繰り返しながら皇都に向けて進行中です」

「敵の兵力は?」

「先遣隊でおよそ百、本隊となれば二千になるかと」

「二千!?」

「それでも、侵攻中の部隊は迦ノ国の軍事力全般の約二割ほど。迦ノ国は皇国に比べて国土は三倍、兵力は十倍と言えます」


 右京の報告に各村長たちは動揺を隠しきれなかった。無理もない、私たちが戦おうとしている相手は、紛れも無い大国だ。向こうがその気になれば、皇国なんて跡形もなく地図から消し去ることだって可能なのだから。


「仁、第1軍と第2軍の主力は健在?」

「壊滅したのは国境警備に当たる防人衆であり、両軍とも主力は健在です」

「地図を、早く!」


 凛たち女子衆が壁に地図を貼り付ける。


「国境から一番近くにあるのが、郭ノ関。そこを越えれば、第1軍が拠点とする関楼ノ砦があります」


 国境地帯から皇都までを結ぶ街道を隔てるように、関と砦が配置されている。


「郭ノ関の規模は?」

「地理上、砦に相当するものとなっています。ここは防人衆の拠点でもあり、大きな蔵も多数あります。現在、第1軍はこの郭ノ関を防衛陣地として防御網を構築しているところでしょう」

「第1軍に郭ノ関を放棄し後退、関楼ノ砦に防御陣を敷くように通達して」

「関を放棄するのですか?」

「城壁も防御兵器もない関は守りに適していない。現状、いたずらに兵を損失させる事は絶対に避けるべき。なら、後方の砦に陣を構える方が得策よ」


 敵は国境を越えて遠征してきている。大軍の兵站を賄うには、多くの物資が必要となる。兵站線が伸びれば伸びるほど、補給にも時間が掛かる。


 それに、相手はこちらを舐めてかかっている。通常、他国を攻めるには全軍の半分を投入、若しくは全軍を用する。例えそれが小国相手であっても、占領地の統治を行うにはそれ相応の人員が必要である。


「承知しました」

「第1軍は仁、第2軍はお姉様が指揮を。仁は準備が整い次第砦の救援に向かって。第6軍は私が直接指揮する」

「御意」

「分かった」


 仁と可憐お姉様は指揮を執るため、先に部屋から出て行く。


「リュウとローズは、皇都を離れる私の留守を守って。御剣と千代は私と、瑛春は検非違使と共に各村の疎開を進めて」

「皇よ、我々はどうすれば」


 集められた村長の一人が問うてくる。


「村長の皆さんには、此度の戦いで必要となる物資の輸送を担ってもらいます。出来る事なら、腕に自信のある者を兵として送ってもらいたいですが」

「無論、皇の命とあらば我々は協力を惜しみません。あなた様には、前皇の圧政から救っていただいた恩がありますゆえ」

「感謝するわ。皆に大御神のご加護があらんことを」



 ◇



 第6軍、瑞穂が直接指揮する軍であり、その大半は先の反乱経験者で構成されている。職業軍人が大半を占める第1から5軍に比べて練度こそ劣るが、士気は旺盛で何よりも護国に対する気持ちが強い。


 俺たちは第1、2軍を支援するため、皇都から西へ向けて歩を進めていた。随伴する兵士の大半が徒歩であるため、その移動は緩やか。これは、目的地到達に時間がかかる反面、戦場に到着した際の疲労を最小限に抑えることにも繋がる。


「出来ることなら、回避したかった」


 隣で馬の手綱を握る瑞穂がそう呟く。その顔には不安な表情が浮かんでいた。緊急会議では忽然とした態度をとっていた瑞穂も、実際にはこれから始まることに対して、少なからず不安を抱いていたと言うことだ。


「ねぇ、御剣。私たちの選択は本当に正しかったのかしら」

「俺は従者だ。従者は主の選択に従う。答えを求める必要はない。お前はお前の意思を貫き通せばいい」

「それが、多くの人を犠牲にする選択であっても?」

「本当に間違った道を歩もうとするなら、俺は止める」


 それが、従者である俺の役目だ。


「そう…」

「それと、人の上に立つものは常に笑ってろ。お前が難しい顔をしているのを見たらこっちまで心配してしまう」

「そうね。私がこんな顔してたら、みんなが不安になるわね」


 話をしているうちに、関楼ノ砦が見えてきた。すでに砦では戦闘が始まっており、戦況は見ただけではこちら側が不利に思えた。

 部隊は砦近くの森に身を隠し、俺と瑞穂、千代の三人は茂みの中から砦の様子を伺った。


「こちらにはまだ気づいていないのか」

「道中の見張りは全部無名が片付けてくたようね。お陰でここまですんなりと近づけたわ」


 すると、木から木へ飛び移り、無名が瑞穂の元へ戻ってきた。


「お姉さん、見張ってた敵は全部倒したよ」

「無名、砦の状況はどう?」

「仁お兄ちゃんは頑張ってるけど、相手に強い人がいるの」

「仁が苦戦するほどの相手なのか?」

「うん。怖い顔をしたお姉さんだった」

「ありがとう無名、引き続き邪魔者の排除をお願い」

「はーい、じゃあね!」


 無名は手を振り、森の中へと消えて行く。


「御剣、先に行って仁を援護して。私たちは機を見て攻撃を仕掛ける」

「承知した。千代、瑞穂のことを任せた」

「はい、任されました。気をつけてくださいませ、御剣様」


 瑞穂を千代に任し、俺は馬の手綱を握り戦場へと駆け出した。



 砦では、内部への侵入を阻む皇国兵と、それを突破しようとする迦ノ国兵による攻防が続いていた。


 正門はすでに破られ、今は仁率いる十数名が迫り来る敵を迎え撃っていた。その先頭に、一際異様な雰囲気を醸し出している女がいた。


 女は輪っかの様な円状の武器で、仁を圧倒していた。歴戦の猛者である侍大将を、素早く変則的な動きで抑え込んでいた。


 馬上から何人かを槍で薙ぎ払い、仁の元へと向かう。馬上から飛び降り、見たことのない武器を持つ女をめがけて槍を突き出す。


 槍の剣先は女の腹を貫くと思われた。しかし、女はその武器の特性である円状のというのを生かし、武器を回転させながら槍を弾き、槍を刃に挟み込み、真っ二つに折ってしまう。


「ちょ、誰よあんた!」

「彼の仲間だ」


 俺は真ん中で折られた槍を投げ捨て、刀を構える。


「大丈夫か、仁?」

「えぇ、おかげで助かりました」


 仁も体勢を整えて、太刀を構える。


「仁、ここは俺に任せろ」

「それはなりません。彼女の実力は並大抵のものではありません」

「仁は守備隊の指揮を執ってくれ。じきに、瑞穂たちがやってくる」

「…分かりました。そうしましょう」


 仁はそう言うと、門の方に向けて走っていく。俺は改めて目の前の女を見据える。


「なになにぃ? 男の友情ってやつ?」


 女から感じられる呪力の波紋。瑞穂ほどではないが、相当な呪力の持ち主である。


 外側が全刃で、持ち手が内側の円状の武器。髪は青緑で、胸と腹部を強調した様な服装。


 すると、先程まで常に笑っていた女の顔は、獲物を睨みつける捕食者の様な顔つきとなった。


「私の楽しみを邪魔したんだ、覚悟は出来てるよな?」


 全てを含めて、異様で不気味な雰囲気の持ち主だった。


「死ねぇ!」

「ッ!?」


 女は人間離れした動きで近づき、身体ごと回転させることで襷掛けしていた武器に勢いを与え、打ち付けてくる。


 刃同士が交差すると、稲妻の様なものものが放出される。これは手品でも奇跡でもなく、互いの持つ呪力が持っている武器を伝って衝撃により空中に放出されている。


「あぁ、苛つく。さっさと殺せ。そうは言っても、簡単に殺したら面白くないじゃん。うるさい、黙れ!」


 女は一人の人間の中に二人の人格同士が、会話している様に独り言を呟き始めた。


「しかも、この任務は敵に降伏勧告を出すのが目的でしょう? だったら何だ? だから、今でも十分に任務を逸脱してるってことよ」

「降伏勧告だと?」

「あぁ、そうさ! 我が皇ウルイ様は寛大なお方だ。あんた達みたいな腰抜けな田舎者にも、降伏する機会を与えてくれるのよ。感謝しなさい」

「残念だけど、私たちはあなた達が思ってるほど腰抜けじゃないわ」


 瑞穂の声が聞こえた瞬間、女が立っていた場所に術式が現れ、爆発を起こす。



 ◇



「残念だけど、私たちはあなた達が思ってるほど腰抜けじゃないわ」


 私はそう言うのと同時に、隣にいた千代が呪術で敵の女を攻撃する。女は術式に気がつくと後ろに飛び退いて爆発から逃れる。


「不意打ちとは小癪なことしてくれるじゃん、なぁ小娘!?」

「申し訳ございません瑞穂様、外してしまいました」

「千代、私から離れなさい」


 攻撃を受けた女が、私に向けて跳躍し武器を振り上げた。私は咄嗟に鉄扇を広げて受け止めようとするが、その直前に同じく飛び出してきた御剣が、私の代わりに刀で攻撃を防いてくれた。


「チィッ!」

「瑞穂には指一本触れさせん」


 御剣が振るった刀が、女の左腕を切り裂く。しかし傷は浅く、傷口から血が滴るだけで致命傷は与えられなかった。


「へぇ、私に一太刀浴びせるなんて、中々やるじゃん。まぁ、許さないけど。今日のところは見逃してやるわ」


 そう言いながら、女は自分の左腕から滴る血を舐める。


「あんた、皇国の皇?」

「ええ、私がこの国の皇、瑞穂之命よ」

「皇国の皇。期限はひと月だ」


 女はそう言って配下の兵に撤退命令を出す。砦で戦闘を繰り広げていた迦ノ国兵たちが、女と共に西へと撤退していった。


「追撃は無用! 負傷者の救護を最優先、将官は各部隊の状況を報告せよ!」


 私は部下に指示を下す。突然の侵攻であったため、砦を守備していた第1軍の損耗は激しかった。すでに何十名もの戦死者を出している。


 私は馬を降り、千代の呪術による回復を待つ負傷兵たちに寄り添い、できる限りの応急処置を施した。


「皇、いけません。私の血で服が…」

「私の服は洗えば綺麗になるけど、怪我は処置しないと綺麗に治らないわ。それと、よく守ってくれたわね。ありがとう」

「有難きお言葉でございます」


 負傷兵の手当てをしている私の元に、仁が戻ってくる。


「聖上、無名の報告では、敵は国境地帯に少数の警備隊を残し、本隊は引き上げた模様です」

「こちらの戦力は?」

「第1軍は約1割の損耗。戦死者15名、負傷者30名、武器食料共に備蓄はまだ十分あります。第6軍は損耗なし」

「こちらが敵に与えた損害は?」

「敵兵40名を討ち取り、おそらく負傷は二倍近くかと」

「どうする、瑞穂?」


 私は立ち上がり、辺りを見渡す。負傷し治療を受ける者、そうでない者、その場にいる全員が私の一言を待っている。

 大きく深呼吸する。


「これより、我ら皇国は迦ノ国に対して徹底抗戦を行う! 敵は我ら皇国よりも遥かに強く、大きい国である! 敵は我ら皇国を建国したての小国と侮るだろう。しかし、それは違う。我らは何百年も前から、この地で生活を営んできた! 我らは大御神のご加護のもと、この国を守る! 我らの後ろには、命にかえても守らなくてはならない家族がいる!」


 刀を鞘から抜き天に捧げる。


「大御神のご加護がある我々に敗北はない! 皆、我と共にこの国を守ろう!」

「「「ォォオオ!!」」」


 改まってみれば、内容も薄い演説だ。しかし、これからの私たちは迦ノ国との戦への道を選んだ。戦では皆が心を一つにしなければ勝利できない。私の気持ちに、皆は応えてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花衣ー皇国の皇姫ー AQUA☆STAR @15890712

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ