あなたの声を聞かせて
雨世界
1 きっと誰かが、あなたのことを迎えに来てくれる。
あなたの声を聞かせて
プロローグ
お願い。……泣かないで。
本編
きっと誰かが、あなたのことを迎えに来てくれる。
ある年の四月のこと
中学一年生の野村苺は一人でずっと、学校帰りに駅のホームにあるベンチの上で泣いていた。
その日、中学校で苺はとても悲しいことがあった。
だから苺は、いつも自分が毎日利用している駅のホームの上で、我慢しきれなくなって、思わず一人で、顔を両手で覆うようにして、泣き出してしまったのだった。
苺はすごく恥ずかしかった。(だって、明日も、明後日も、私はこの駅のホームを利用するのだ。この今、私が泣きじゃくっている駅のホームを、私が中学校を卒業するまで、ずっと利用するのだ。この悲しい思い出と一緒に……)
だから、本当は泣きたくなかった。
すぐに涙を止めたかった。
でも、涙は全然止まってくれなかった。
……どうしても、涙は止まってくれなかったのだ。(苺は自分の目が壊れてしまったのかと思った。自分の心がこのまま壊れてしまうのではないかと心配になった)
そうやって苺はずっと、泣き続けていた。
そんな苺に声をかけてくれる人は誰もいなかった。
少し遠くから、泣き続けている苺のことを、多くの人たちが見ているような気がする。(実際に、みんなが苺のことを見ていたのかどうかは泣いている苺にはわからなかったのだけど、泣いている間、苺はずっと、多くの人たちに自分が泣いているところをじろじろと笑われながら、見られているような気がした)
それが、すごく恥ずかしかった。
いつも一緒にいてくれる、すごく仲のいい小学校時代からの親友が、どうしたの? なに泣いているのよ? 大丈夫? と言って優しく、いつものように苺に声をかけてくれることもない。(なぜなら、苺がこうして泣いている理由は、その親友との関係の変化にあったからだった。二人はついさっき、中学校の教室で大げんかをしたばかりだった)
苺を助けてくれる人は誰もいない。
苺は、ホームの上で、一人ぼっちだった。
だから苺はこれから自分がどうすればいいのか、なんにもわからなかった。
なにもわからなかったから、苺はこうして、まるで小さな子供みたいに、ずっと一人で、(……誰か助けて。とでも悲鳴をあげるようにして)泣き声を出して、泣き続けているのだった。
……でも、誰も苺を助けてくれない。
苺はもう小さな子供ではない。
小学生のころのように、泣いていれば、誰か大人が、苺を助けてくれる、ということはなかった。
だから苺は自分の力だけで、涙を止めようとした。
自分の足で、その場所から立ち上がろうとした。
……でも、どうしてもそれがうまくできなかった。
今日の苺の受けたダメージは、深く傷ついた心の傷は、本当に大きいものだったようだ。(それだけ、自分が親友に依存していたのだと、ずっと甘えていたのだと、苺は今日、初めて気がついた)
がたんごとん。と自分の前を、泣き始めてから、何本目かの電車が通り過ぎていく音が聞こえた。
「なに泣いているのよ。ほら、みっともないから、もう泣き止みなよ」
すると、そんな聞き慣れた声が聞こえた。
「……福ちゃん!?」
その(もしかしたら、聞き間違いかもしれないけれど)親友の福ちゃんの声を聞いて、涙でぼろぼろになった顔を、苺はぱっと(まるで迷子の子供がお母さんと出会ったときのように)すぐにあげた。
すると、そこには、少し前に「もう、苺のことなんて知らない!! 私たちはもう友達じゃない!! 絶交だよ!!」と言って、本当に怒った顔をして、苺の前から、教室から、足早に立ち去って行ってしまった、親友の福田花恋の姿があった。
「……福ちゃん。どうして、福ちゃんがここにいるの!?」
泣きながら、苺は言った。
「苺のことが心配だったからだよ。だから、電車に乗ったんだけど、途中の駅で、電車を降りて、ここまで戻ってきた。……苺に、さっきはごめんなさい。ちょっと言いすぎたって、今日のうちにちゃんと言おうと思ってさ」とちょっとだけ照れくさそうにしながら、福ちゃんは言った。
その言葉を聞いて、それは私の台詞だと苺は思った。
苺はちゃんとわかっていた。私は福ちゃんにごめんなさいを言わなければいけないんだって。ちゃんと頭を下げて、謝って、私が間違っていたって、意地を張っていたって、そう言って福ちゃんに謝らなければいけないんだって、そうしなければ、私はこれからもう一歩も、前に進めなくなるんだって、……ちゃんとわかっていた。そうすることが正解だって、それが正しいことなんだって、私にはちゃんと、福ちゃんと教室で大喧嘩をしたときから、……わかっていたんだ。
それなのに。
私は……。(どうしていつも素直になれないんだろう?)
「福ちゃん。ごめんね。……本当にごめんなさい」
ぼろぼろと泣きながら、苺は頭を下げて、福ちゃんに、ちゃんと、ごめんなさいを涙で霞む声で言って、心の底から謝った。
すると、ぎゅっと苺の体を、福ちゃんが抱きしめてくれた。
「……私のほうこそごめんなさい。……苺。本当にごめんなさい」
いつの間にか、まるで苺のように大泣きしながら、福ちゃんは苺に言った。(福ちゃんの小さな体は、泣きながら、ずっとぷるぷると震えていた)
苺は小学校時代から、いつも強気の、かっこいい(憧れている)福ちゃんが本気で泣いているところを、……今日初めて見た。
苺は自分も泣きながら、福ちゃんの体にしがみ付くようにして、自分の心の中で、……ごめんなさい。福ちゃん。本当に、……本当にごめんなさい。とずっと言い続けながら、まるで(泣いてばかりいた、小学生時代に戻ったように)本当の小さな子供時代にタイムスリップして戻ったかのようにして、二人で一緒に抱きしめ合ったままで、ホームの上でわんわんと声を出して、……大泣きした。
周りの人たちにじろじろと今度は確かに見られていたけど、苺は全然、恥ずかしいとは思わなかった。(私たちは、正しいことをしていると思えた)
福ちゃんと友達になれて、親友同士の関係になれて、本当に良かったと、この日、苺は心から(……初めて、本気の本気で)そう思った。
(福ちゃんも、私のことをそう思ってくれたら、すごく嬉しいと思った)
その日、それから二人は少し遅めの、一緒の電車に乗って、いつものように、いつもの場所で、真っ赤な目をしながら、(正気に戻って、恥ずかしくて)顔を赤く染めて、笑顔でばいばいをして、それぞれの家に帰った。
「ただいま! 今日は少し遅くなっちゃった!」
と幸せそうな顔をして、家について、玄関のドアを開けて苺は言った。(いつもの明るい笑顔の苺が、……そこにはいた)
あなたの声を聞かせて 終わり
あなたの声を聞かせて 雨世界 @amesekai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます