エピローグ 誰が彼女を捜したか。

 アリアが目を覚ましてまず飛び込んできたのは、知らない白い天井だった。

 質素で整然とした作りは明らかに『サークルナイツ・ディスティニー』の世界とは異なっていたし、なによりそこに光る蛍光灯が、ここがかつて浅倉アリアの生きていた現実世界の日本であることを示していた。


「あ、浅倉先輩……! よかった、本当に帰ってきてくれたんですね……!」


 そんな声が聞こえたと同時に、アリアの視界を一人の顔が占拠する。

 アリアをサークルの姫から追い落とした、あの後輩の女子部員の顔だ。

 そこから大粒のしずくがボロボロとアリアに落ちてくる。

 よく見れば後輩の顔はいつものようなメイクもなく、すっかり憔悴しきっているようであった。


「……なんで、あなたが泣いているのよ」


 それが、アリアがこの世界に帰ってきてからの最初の言葉になった。

 仕方ない。あまりにもこの後輩が危なっかしく見えたのだ。

 そしてゆっくりと周囲を見回すと、どうやらここは個室の病室のようであり、彼女は一人で待っていたようである。

 時計を見ると午前二時。この後輩は、こんな時間まで残っていたらしい。


「……それで、私はどれくらいの間、こうして眠っていたの?」


 その後輩の様子を見て、アリアが気になったことはそれだった。

 アリアが『サークルナイツ・ディスティニー』の世界にいたのはおおよそ1年。本来のゲーム内の期間と同じだ。

 だが、この後輩の様子を見ると、こちらの世界ではそこまで大した時間は流れていないのではないかという気がしたのである。

 一年近くも泊まり込みで様子を見るなど、続けていられるはずもない。

 そんな風に出たアリアの質問に、後輩の彼女は、安堵の表情を作って答えてくれた、


「三ヶ月です。三ヶ月ずっと寝たきりで目を覚まさず、ここにいたんです……。私、毎日様子を見に来ていたんです」

「……三ヶ月、ね……」


 アリアはその期間に言葉を失った。

 アリア自身がモービアとして体験してきた時間よりはだいぶ短かったが、それでも、三ヶ月はかなりの長さである。

 よくもまあ生かしておいてもらえたものだ。しかもこんな個室まで用意してもらえるとは。


「はい、三ヶ月の間ずっと待っていたんです。もう二度と先輩とお話できないんじゃないかと思って……。それでも、いつかはまた目を覚ましてくれるんじゃないかと信じて……。先輩が帰ってくるのを。待って、信じて、祈り続けていたんです。それで……やっと……」


 涙よりもさらに勢いよく溢れ出した後輩の言葉に、アリアはどう反応していいのかわからなくなる。

 思えば、彼女がアリアをどう見ていたのかなど考えたこともなかった。

 自分によく話しかけてきたのは、新たな姫としてマウントを取りに来たのだと思っていた。

 だがそれは、どうやら間違いだったらしい。

 三ヶ月眠ったまま相手をこの時間まで待つことなど、生半可な気持ちでできることではない。


「……どうして、私なんかを待っていたの?」


 なにもわからないまま、アリアはただシンプルにそれを尋ねる。


「私、決めたんです。もうなにもせず後悔するような真似はしたくないって。先輩に気持ちを伝える前にあんな事故があって、でもあのままでは終わりたくなくて……、ほら、私の実家ってお金だけはあるじゃないですか、だから、ありとあらゆる手段を使って先輩を助けようって。この病室もそうだし、医療体制だって。それに、先輩をの魂を捜してくれる人を当たってみたりとか……」

「そう……」


 はじめはなんのことかわからかったが、すぐにそれがなにを指しているのか見当がついた。

 モービアであったアリアの前に現れた、ケイウスを名乗る謎のジャージ男。

 アレは本当に、彼女の依頼を受けてアリアを連れ戻しに来た存在だったのだ。


「お礼を、言ったほうがいいわよね。私を助けてくれて、ありがとう」

「いえ、そんな……私は、こうして先輩が帰ってきてくれただけで……」


 いいながら後輩は再び声にもできないうめき声とともに涙を流し始める。


 好感度を見ることを操作することもできないこの世界で、浅倉アリアは自分が見落としていたものにようやく気がついたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界のプロ対異世界転生サークラの姫 シャル青井 @aotetsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ