第26話 挙式の後で
「はい、皆さん、ご苦労様でしたー。ゲストハウスの方で軽食が用意されていますのでお楽しみくださーい」
紅倉に言われて参列客たちはぞろぞろ笑顔で大階段の出口に向かった。イギリス人の神父様も。実は彼らはみんな地元のパフォーマンススクールの生徒さんたちで、アルバイトで雇ったエキストラたちだった。ちなみにもちろん神父様も偽者で、日本語ペラペラの二世君だ。
パソコンに向かう寺沢の応対はまだ続いている。チーフマネージャー下澤はホームページの担当だ。
すっかり静かになった礼拝堂の片隅で、紅倉、芙蓉、綿引、守口が集まった。
守口が元気のない顔で言った。
「稲家家は、今夜お祖母さんの通夜だそうです」
綿引もうなずいた。
「そう」
紅倉は、後ろめたいことがあるので、突っ込んだ話はしたくないように興味なさそうに返事した。老人のことなので自然死と認められたが、紅倉も一応医師から直前の様子を聴かれた。家族がごねれば警察に事情聴取されるところだったが、娘淑子はそこまではしなかった。けれど彼女が母親を死なせたのが紅倉であると疑っているのは明らかで、芙蓉が見たところその疑惑は当たっていると思う。新婚生活に水を差された友人夫婦を思い暗い表情の守口綿引に代わり、芙蓉が質問した。
「穂乃実さんはずいぶんあっさり目覚めたようですね? 何が変わったんです?」
別のアプローチに、紅倉はいつもの得意なおしゃべりを始めた。
「穂乃実さんの目覚めを邪魔していたのは穂乃実さん自身の精神状態だったんだけど、そうさせていた最大の要因は子どもの頃から祖母に植え付けられた自分は呪われた人間なんだという思い込みだったのね。えーとね……
ウエディングドレスが赤く染まったそもそもは、産まれることなく死んでしまったお姉さんがずうっと穂乃実さんに憑いていて、このお姉さんが妹の結婚に、自分もお祝いしてやろうと、ちょっとした悪戯を仕掛けたのね。ところがここにもう一つ別の意識があって、史哉さんの亡くなった婚約者の瑤子さんね、彼女は桜色なんて普通でつまんない!真っ赤なローズレッドのドレスよ!と、自分の好みを押し付けて、ドレスを真っ赤に染めてしまって、どこまで本気だったか分からないけれど穂乃実さんの体を借りて自分が史哉さんのお嫁さんになりたかったのね。まあ一度結婚式を経験してみたかったって程度で、花嫁さんの体を借りて一度チュッと史哉さんにキスすれば満足したと思うんだけど、それをお姉さんが驚いて阻止して、ちょっとした霊同士の戦いになった。ここに瑤子さんの属する結婚に失敗した女たちの怨念集団が参戦して……彼女たちはいろんな所から同じ思いの者同士が集まってきて霊集団になっていたのね、彼女たちの怨念なんて失敗女の嫉妬という可愛らしい物が主だったけれど、瑤子さんには『恋人たちの岬』実は『自殺名所』の呪いがくっついていて、くっついていたのはお祖母さんの元恋人の清一郎さんだったんだけど、本来清一郎さんは自分の孫と恋人の孫を結びつけたかったんだけど、清一郎さんの背後にいる自殺者たちの怨念は、仲間の温かな思いなんて片腹痛いぜ!って感じで邪悪パワーを発揮して、本来は単なる嫉妬の固まりだったお嬢さんたちの『魔界』に、場違いな強力なパワーを与えていた…」
確か「恋人たちの岬」は訪れる恋人たちのラブラブパワーで良い磁場に変換されつつあるという話だったはずだが……、まあ人の思いなんて気まぐれな物だということだろう。ちなみに綿引が今着ているのが真っ赤に染色された穂乃実のドレスだ。特に事件性なしということで警察から返してもらった。
「でえ、瑤子さんとお姉さんと万年花嫁の友人の怨念集団と瑤子さんにくっつく清一郎さんと清一郎さんにくっつく自殺者集団のバトルロイヤル状態に巻き込まれた穂乃実さんの魂は…」
「質問」
と芙蓉が手を挙げた。
「清一郎さんは瑤子さんにくっついていたんですか? 瑤子さんが亡き者である今、清一郎さんにとっては必要ない邪魔者なんじゃないですか?」
「殺し方に問題があったわね。呪いって、一方的には済まないものなのよ。呪われた方は、よくも呪ってくれたわねえ〜、と呪った者を呪い返して、両者に断ちがたいつながりが生まれてしまうのね。呪った方がもう用はないと思っても、呪いの関係から逃れることは出来ないのよ」
「その関係はずうっと切れないんですか?」
「呪われた方が成仏すれば、邪魔だから、切り離されるわね」
「なるほど。もう一つ質問」
「はい、なんですか?」
「島田さんは何故祟られたんです? 改めて考えてみると穂乃実さんの件とは全然関係ないじゃないですか?」
「そうよねえ? 祟られたっていうより、引っかかっちゃったって感じ? 清一郎さんの活動に引きずられた他の怨霊たちが、あいつがやるならじゃあ俺だって、って、似たような波長の島田さんにちょっかい出したんじゃないかしら? でもおー、結果的にわたしがあそこに行くヒントになったわよね?」
紅倉にうん?と見つめられ、芙蓉はああとうなずいた。結果的に、それによって先生はこの事件を解決した。それを望んだのは誰か? 島田氏は事件解決のために利用されたのだろう。
「はい、分かりました。けっこうです」
紅倉は満足そうにうなずき、おしゃべりが再開する。
「霊たちの争いに巻き込まれた穂乃実さんの魂は、これも全て呪われた自分のせいなのだわ、と思い込み、すっかり幸せな結婚に後ろ向きになって、逃げ出してしまった………。ふうーん………」
紅倉は自分の考えを確認しながら言った。
「ここで穂乃実さんにそうし向けたのが、やっぱり、お祖母さんだったわけよ。
お祖母さんは清一郎さんの面影のある史哉さんに内心穏やかならぬ状態だったんだけど、老い先短い死に手の届く身で、穂乃実さんの周囲の異変に反応し、痴ほう老人の頑固な思い込みで、これは呪いだ!この結婚は呪われておるぞ!、と強く思ったのね」
ずいぶんな言い方で、紅倉は本当にあの老婆が大嫌いなのだ。
「穂乃実さんは、気の毒に、子どもの頃からずうっとこの祖母にいじめられて、すっかり祖母の機嫌に敏感になっていたのね。まあ一種のテレパシーのレベルよ。だから祖母に『呪いだ!』と言われて、ビクッとして、すっかりしょげ返ってしまったのね。それだけこの祖母の存在は穂乃実さんの人生に障害になっているのよ」
だから、殺したのか。
芙蓉の非難をテレパシーで感じているくせに、紅倉は逃げて、言った。
「祖母はずっと、ほうら見ろ、だからわたしが言った通りじゃないか、と、頑固に自分は正しいと思い込んでいた。もうすっかり意地になっちゃってるのね。あーあ、年寄りってこれだから嫌よねえ?
それがずっと、穂乃実さんの魂が帰ってくる障壁になっていた。
本心では帰りたくないわけないでしょう? 穂乃実さんは、自分を憎む祖母の存在が、嫌でしょうがなかったのよ。この人のいる現実に、居たくなかったのよ」
だったら離れればいいじゃないかと思う。もともともう一緒に暮らしているわけでもなし、無視していれば済むことじゃないか? どうせ、後何十年も生きているわけでもないのだから…………最近の年寄りは分からないか、ひょっとして百まで、後二十年も生きていたかも知れない……。それでも、離れていればいい、触れなければいい。何故、それが出来ないと言うのだろう?
「清一郎さんは二人を結びつけたい、タツさんは二人を破局させたい。でも清一郎さんとタツさんは憎み合って嫌い合っているわけではない。むしろ……」
紅倉は、面白くないように横を向き、静かにため息をついた。
「今も思い合って、求め合っていた。……ハンッ、いい加減にしろってーのよね、ジジイとババアのくせに、色呆け老人どもが」
それが、この事件の本質なのだろうか?
「そうよ!、この老人たちは、自分たちが結ばれたいだけなのよ! それを回りくどく、周囲を巻き込んで以心伝心? さっさと認めてしまえばいいものを、頑固に認めようとしないから!、……………周りの者たちまでみんな自分と同じ不幸にしてしまうんじゃない。どうして素直に、自分は不幸だった、あなたたちは幸せにおなりなさいと、若い人たちを応援してあげないのよ? 認めたくないのよね、自分が不幸だったと。馬鹿よね、過去のことじゃない? 今は、幸せなんでしょう? 自分自身それを肯定したらいいじゃない? 人に押し付ける必要なんてない、本当に自分が幸せなら、人にそれを強要する必要なんてないのよ! 馬鹿よ、あの女は……」
本図タツがその生涯において幸せであったのかどうか、結局それは他人には計り知れない、自分の心が決めることなのだ。そしてタツは……、決して認めようとしない本心では、不幸だったのだろう。ずうっと過去の思いに囚われて。紅倉の言うとおり、馬鹿、なのかも知れない。
それにしても、あれやこれやと複雑怪奇に……、無駄に面倒な事件だった。
「あの〜〜」
遠慮がちに綿引が訊いた。
「瑤子さんはどうなったんでしょう?」
綿引は瑤子の幽霊という役所だったわけだが?
「ああ、ご苦労様。それも解決。他の嫉妬の怨念といっしょに無事成仏しました。やっぱりベタなのが分かりやすくって受けるのよね〜。幸せな恋人たちは引き離してやりたいし、悲恋の恋人たちには幸せになってほしいし。ほーんと、メロドラマを見る女の心情って、分かりづらいって言うか………、分かりやすいわよねえ?」
紅倉はあっけらかんと笑い。
「瑤子さんはね、清一郎さんの呪いに縛られて成仏できなかったってところが大きいのよね。瑤子さんにとっても呪いの正体がはっきりして、じゃあもういいわ、ってところかしら? 元々さっぱりした女の子だったんでしょ? 何しろ真っ赤なウエディングドレスを着たがるような変わった子ですものねえ?」
「外国では割と普通みたいですよ?」
守口が苦笑しながらフォローし、表情を暗くすると言った。
「金森と穂乃実さんが祖父祖母の因縁で結ばれたってことは……、本人たちには知らせない方がいいですよね?……」
「そうね」
紅倉もうなずいて、さっぱりした調子で言った。
「愛だの恋だの、しょせん幻想よ! 人には常に今があるだけなのよ! どんな巡り合わせで結ばれた二人だろうと、お互い思いやって、幸せになろうと努力すれば、幸せになれるものなのよ!」
ヤケというか空元気というか、もう面倒くさくて無理やり締めようとしているというか、非常にポジティブに言い切った。
「愛は幻想ですか」
芙蓉は呆れた。一つ聴きたい。
「お祖母さんを迎えに来たのは誰です?」
紅倉はジロッと横目に睨んで言った。
「いいじゃない、もう。これで方がついたんだから」
本図タツも清一郎ももうこの世から、穂乃実の因縁からは、消え去ったということだろう。
もしかして、「恋人たちの岬」に導いた清一郎と紅倉の間で取引があったのかも知れない。
紅倉は本図タツを非常に嫌っていた。彼女を死なせたのは穂乃実のためというより、自分の正義心で裁いた、という方が当たっているように思う。道義的に許されることではないのだろうが……、これでみんな幸せになれるのだろう、本図タツ本人も含めて。紅倉の顔が面白くないわけだ。
「じゃ、先生、事件はもういいですね?」
「いいわよー。ギャラをもらって帰りましょう?」
「ギャラは出ませんよ?」
「はあ?」
「それで衣装借りちゃいましたから」
芙蓉は自分の白のタキシードと、紅倉のパールで飾った清楚な純白ウエディングドレスを指して言った。
「……嘘?」
「もちろん、本当です。この後写真撮影もプランに組まれていますからね、今日は一日貸し切りですからたっぷり撮ってもらいましょうね?」
「ガアーーン…」
「まずはお天気のいい内にお庭で撮ってもらいましょう。あ、寺沢さん、よろしくお願いしまーす。後で皆さんもいっしょに記念写真に入ってくださいね?」
紅倉は芙蓉に腕を取られて引きずられていき、綿引と守口は顔を見合わせて苦笑した。そういえば綿引の着ているのもウエディングドレスである。
「僕も白の蝶ネクタイを借りようかな?」
守口は「死せる花嫁の葬礼」という設定のため黒のネクタイを締めている。
「せっかくですから僕らも写真撮ってもらいましょうよ?」
守口に肘を差し出され、
「は、はい………」
綿引はドレスに負けないくらい真っ赤になって腕を絡め、二人仲良く大階段向かって歩き出した。
ひょっとしたらひょっとするかも・・と、いい年をしたブライズメイドは花嫁のおこぼれに預かって春の訪れを夢見るのであった。
and they will live happily ever after.
二〇一一年六月作品 二〇二〇年四月改稿
霊能力者紅倉美姫21 赤いドレスの花嫁 岳石祭人 @take-stone
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