第25話 赤いブライズメイド

 ダアーーンダアダアダアーーン・・

 ダアーーンダアダアダアーーン・・

 ダンダンダン・ダダアーーンダアーーン

 ダアーーンダアダアダアーン・ダダ・ダアンダアンダアンダア・

  ダアーーーーン・・・・・


 重く陰鬱な「葬送行進曲」がピアノで奏でられる中、三十段の大階段を白い棺が黒い礼服を着た六人の男性たちに左右を持たれて運び上げられていった。

 扉の内、礼拝堂にはやはり黒い礼服を着た男女が悲しみの表情を浮かべ、中央の通路を運ばれていく棺を見送った。

 棺は祭壇に横に置かれた。

 棺の中には、純潔の証、白百合の花に囲まれて美しい花嫁が眠っていた。

 聖書と十字架を持った若いイギリス人の神父が厳かに宣告した。


「魂を失って眠るこの者を、神の御下の安らかなる国に送りたまう。アーメン」


 そして手で十字を切ると、金の十字架を、花嫁の胸の上に置こうとした。


 ダダダダダ、と階段を駆け上がり、白い礼服をまとった凛々しくも美しい花婿が現れた。

「待ってください!」

 花婿は棺の花嫁の下に駆け寄り、神父の置こうとする十字架を退けた。

「おお愛しい人よ。何故あなたは目を覚ましてくださらないのですか? わたしを愛してくれてはいないのですか? いったい何者があなたの魂を連れ去り、わたしから隠してしまったのです? 悪魔の仕業か、悪戯な愛の女神の戯れか? わたしの愛が本物か試しておられるのか? もし、わたしがこの場で我が胸を突き、死んだならば、わたしの魂はあなたの魂を見つけることが出来るのですか? あなたはわたしが永遠の死の世界まであなたを追っていくことを望んでいるのですか? それならば、わたしは肉体の命など惜しくはない! 今ここで、共に死にましょう! 共に死んで、二人の愛を永遠の物といたしましょう!」

 花婿は神父の手から十字架を奪い取り、自分の胸に突き立てようとした。

「おお! いけません! 神は人が自ら命を捨てることをお許しにはなりません!」

「いいのです! 神に許されず永遠に地獄をさまようことになろうとも、愛する彼女といっしょならば、永遠の苦しみも永遠の喜びとなりましょう!」

「ええい、おやめなさい! 自ら命を絶つ者は、永遠に目の光を失い、愛する者と出会うことはないのです!」

「ああそんな!・・ なんと無情なことよ! おお神よ! どうかわたしに愛する彼女の魂をお返しください! 愛の奇跡をお示しください! どうか!お慈悲をお示しください!」

 花婿は花嫁の傍らにひざまずき、神に祈りを捧げた。

 参列する花嫁花婿の友人たちも頭を垂れて、神の慈悲を願った。

 すると、

 祭壇脇の階段室から、真っ赤なウエディングドレスを着た女性が幽鬼のように現れた。

 花婿はハッと恐れおののいた。

「おまえは、まさか!、瑤子なのか!? わたしの愛する人の魂を隠してしまったのは、死んでしまったおまえの仕業だったのか!? おお!なんということだ! おまえはおまえを失ったわたしの悲しみ、苦しみが、どれほど深い物だったか知らないのか? わたしはおまえのいないこの世界で生きる意味を失い、おまえの命を奪った暗い水の底へ自分も身を投げて死んでしまおうと思い悩んだのだ。その地獄の日々に明るい光を投げかけ、救い出してくれたのがこの人なのだ。この人はおまえを失って死んでしまったわたしの心を救ってくれた、命の恩人なのだよ。その人を、おまえはわたしから奪おうというのか? いいだろう、おまえが望むならわたしがそちらに行こうではないか。さあ!、人は自ら命を絶っては盲目となり愛する人の姿が永遠に見えなくなると言うではないか? ならばおまえがわたしの命をおまえの下へ奪い去っておくれ? その代わり、この人の魂を戻してほしい。この人に、明るい人生を歩ませてあげてほしい。さあ!、わたしを、永遠の愛の地獄へ連れていってくれ!」

 神父が二人の間に立って赤い花嫁に語りかけた。

「神は人の命を奪うことをお許しになりません。人の命を奪う者は、神の栄光を受けることなく、地獄に落とされ、永遠に苦しまなければなりません。既に死した者の魂も、等しく神の栄光を授かる資格があります。さあ、不幸な死を賜った乙女よ、明るいところへ歩み出て、神の栄光を授かりなさい。かつての恋人を許し、祝福なさい。その愛が、あなたを救い、あなたを幸せにします。さあ、明るいところへ! 恋人たちを祝福し、愛の奇跡を示しなさい!」

 赤い花嫁は七色のステンドグラスの下へ歩み出て、神父に促され花嫁の頭の上にかがむと、両手で頭に触れた。ポロリと涙がこぼれ、言った。

「二人を祝福します。幸せに、生きてください」

「ありがとう」

 花婿が笑顔でお礼を言うと、赤い花嫁は悲しそうに笑い、スーッと、後ろに下がった。

「愛しい我が妻よ。どうか目覚めておくれ」

 花婿は花嫁の上にかがみ込むと、桜色の唇に唇を押し当てた。

 口づけの余韻を味わいながら顔を上げた花婿は、優しい顔で花嫁の目覚めを待った。

 パチッと、花嫁のまつげの長い、大きな目が開いた。花婿と見つめ合い、ニコッと悪戯っぽく笑った。

 花婿は背に手を回して花嫁を起き上がらせると、そのまま抱き上げ、お姫様だっこした。驚いた花嫁は花婿の首にすがりつき、花婿は楽しそうに笑った。

「皆さん、ありがとう! 感謝します!」

 列席者は感動の涙を浮かべ、笑顔で拍手を送った。

 花嫁を抱いた花婿は、赤い花嫁の方を向き、

「ありがとう。あなたの幸せも、心から願っています」

 と言った。赤い花嫁も照れたように可愛らしく笑った。

 パチパチパチと祝福の拍手が鳴らされ、

 ふうっと、上空を厚い雲が覆ったように暗くなった。と思うと、パアッと、ステンドグラスが明るく輝き、七色の光が抜け出てきたように礼拝堂いっぱいに踊った。

 幻想的な光の乱舞は参列者たちの笑顔を照らし、眩しそうに目を細めさせ、カアッと光が強くなって辺りを白く染めると、ふうっと消え去り、参列者たちはみな引き込まれるようにぐらりと体を揺らし、目の錯覚だろうか?、一瞬その影がぶれて、ヒュウッと躍り上がったように見えた。

 礼拝堂に元の明るさが戻ったが、眩しい光を見た後でなんだか妙に白っぽく、妙に俗っぽく感じられた。




 オルガン演奏のBGMが大ヒットJポップの定番曲に変わり、拍手と歓声が上がり、一気に華やいだ。

「ヒューヒュー、おめでとー!」

「おめでとー!」

 ありがとう、ありがとう、と笑顔で応える花婿に、

「いつまで調子に乗ってんのよ?」

 花嫁が白けた声で言ってじろっと睨んだ。

「カメラ、まだ回ってますよ?」

「いいから下ろしなさい」

「はいはい」

 棺桶の中に下ろされ、花婿の嫌味をじろっと睨んだ花嫁は、よいしょと裾をつまみ上げて棺桶から出て、花婿の隣に立って笑顔で手を振ると、棺の中の白百合を抱え、

「そおーれえっ!」

 と、列席者向かって放り上げた。キャーと歓声が上がって若い女性たちが取り合った。

「はい、あなたにも。花嫁のメイドさん、ご苦労様」

 と、笑顔で大きな百合を一輪差し出し、赤い花嫁は苦笑しながら中央に出てきて受け取った。

「純潔の印の白百合って、ブーケトスとしてはどうなんです? なんだか一生花嫁の介添人で終わっちゃうような…」

 そう苦笑いするのは……綿引響子である。そういえば階段室から現れる妖気漂う演技はさすがだった。

「ねーえ? やっぱりわたし神父役の方が良かったんじゃない? セリフないじゃないのよ〜〜」

 と文句を言った花嫁は紅倉である。

「先生が神父役なんて、それこそ神罰が下ります」

 とすまして言った凛々しい花婿は芙蓉。

「どうせ台本なんか覚えないでアドリブでべらべらしゃべって段取りをめちゃくちゃにしてしまうでしょう? だいたいわたしのセリフは多すぎます。なんです?この出来損ないのシェークスピアみたいな大時代なセリフは」

 と、脚本を書いた(べらべらしゃべるのを録音して芙蓉がタイプした)紅倉に文句を言った。

「ロミオとジュリエット、&、白雪姫。ちょっぴり「卒業」? せっかく大階段があるんだからシンデレラをやりたかったんだけど、合わないものねえ?」

「合いませんね。ところでこんな素人の三文芝居で、上手くいったんですか?」

「上手くいったの?」

 チーフプランナーの寺沢がカメラ付きのノートパソコンを持ってきた。芙蓉が

「どうですか?」

 とディスプレーの中のウインドウに尋ねた。穂乃実の病室が映っている。

『ついさっき目を覚ましました! 花婿のキスと同時に!』

 史哉が興奮した様子で言い、抱きしめられていた穂乃実が恥ずかしそうな顔を見せた。

「穂乃実ー! お帰りーーっ!!」

 綿引が大喜びで手を振り、向こうでもパソコンのディスプレーでこちらのパソコンに搭載のカメラの映像を見て、穂乃実が笑顔で手を振り返した。

『京子ちゃーん! 心配掛けてごめんねー! 会いたいわ! 来てくれる?』

「もちろん! でも、二人のお邪魔しちゃっていいのー?」

『どうする?』

「こらこら」

 仲良く見つめ合う二人に妬けて綿引は笑った。

「おーい、金森ー!」

『守口ー! おまえにも世話になったな』

 守口もウインドウに笑顔で手を振り、意地悪に言った。

「これからおまえらの邪魔に行ってやるからな、覚悟しておけよー?」

『やっぱり来るのは新婚旅行から帰ってきてからでいいぞー』

「これから行く気かよ?」

 守口は笑って、少し元気をなくして、紅倉を見た。紅倉はそっちの話は後回しにしてもう一つのウインドウに話し掛けた。

「という具合なんですけど、こんなもので納得していただけます?」

 もう一つのウインドウにはもう一つの病室、島田喜久蔵氏と奥さんと娘さんと婚約者が映っている。

『紅倉先生。こりゃあ……、そこに巣くっていた怨念がすっかり晴れた、と見ていいんですか?』

「はい。きれいさっぱり。見ていただいたとおり、全て善のパワーになって天に昇華されました。今ここには祝福のパワーがみなぎっていますよ? キャンセルなんかしちゃうと……、今の中継を見ていたカップルたちにあっと言う間に取られちゃいますよ?」

 礼拝堂の後ろに三脚に据えられたビデオカメラがあり、今の顛末は式場のホームページでライブ配信されていた。何も宣伝していないからたまたま見た人は何ごとかと思っただろうが、この手の突発的なイベントはコピーされ、あっと言う間に情報が広まるものだ。……きっとテレビ局の番組担当にも問い合わせが多数寄せられ、プロデューサーとディレクターはなんのことか分からず狐につままれたような顔をしているだろう。

 奥さんと、娘たちと顔を見合わせた喜久蔵氏は。

『分かった。納得いたしましたです、はい。幸いお医者の方からも許可が出ましてな、日曜日の式にはわたしも出席いたします。どうです?先生方もゲストに来てくださらんかね?』

「駄目です。わたしはこれから新婚旅行です」

 紅倉は冗談を言ったが、芙蓉はムフフと変な笑いを浮かべた。

『そりゃ残念。しかし先生、いつか必ず蔵に遊びに来てくださいね? いつでも大歓迎いたしますからな?』

「はいはい。それまでにお酒が飲めるように訓練しておきます」

 紅倉はもういいわ、とパソコンの前から離れた。代わりに寺沢が応対して、日曜の式の確認と、穂乃実のお見舞いと、交互に忙しくした。

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