第六話/流山の別離
●流山の別離
慶應四年四月三日。
あの淀千両松の戦いの最中に、淀藩が寝返った。新選組と会津藩士たちの入城を拒否したのだ。淀から閉め出された俺たちは橋本まで退却して薩長軍とみたび決戦に及んだが、こんどは津潘藤堂家が寝返って新選組の陣営に大砲を撃ち込んできた。あの藤堂平助さんの父君が、錦の御旗を掲げる薩長軍側に奔り、幕府を裏切ったのだ。
九死に一生を得て決戦の地・大坂城に戻ってきた俺たちは、憔悴しきっていた近藤さんから「上様は船を奪って江戸へ逃げちゃったよ。朝敵として歴史に汚名を遺したくないんだって……」と衝撃の事実を知らされたのだった――。
あれからわずか三ヶ月。
総大将の将軍徳川慶喜が前線から逃亡し、「賊軍」となった幕府はあっという間に瓦解した。藤堂家と並ぶ幕府の重鎮・彦根藩井伊家までが、薩長新政府に組した。さらには、尾張や福井といった徳川家の親藩まで。
江戸に敗走した新選組は、幕府(もう幕府など消滅していたのだが)から軍資金とにわかにかき集めた新兵を与えられて「甲陽鎮撫隊」と改称。甲州勝沼に出兵し、東山道を突き進んできた薩長軍と戦ったが、衆寡敵せず。「これだけの兵力ではまるで足りない」と土方さんが神奈川へ飛んで援軍を連れて来ようと悪戦苦闘しているうちに、敢えなく敗走した。この戦で指揮官を務めた近藤さんは、池田屋の時のような戦意に欠けていた。やはり藤堂さんが油小路で死んで以来、近藤さんは意気消沈してしまっている。
今や、新選組の残党は「お前たちが江戸にいたら薩長をいたずらに刺激する」と幕府に忌み嫌われて江戸からも追われ、流山に逃げ込んでいた。
俺はもう、なにも考えられない。あまりにも現実が凄まじい勢いで変転している。
その日。
大勢の隊士たちの死を目撃しながらも奇跡的に生き延びていた俺は、流山の陣屋で死んだように眠り、目を覚ますと同時に裏庭の井戸に向かい、久々に身体を洗っていた。血と汗がこびりついた髪も身体も綺麗にしてしまいたかったのだ。
そんな俺のもとに、近藤さんと土方さんがやってきた。仮にも男子が半裸姿で水浴びをしているというのに……と文句も言いたかったが、二人の切迫した表情を見るとなにも言えなかった。
「周ちゃん。正式に養子にしてあげられなくて、ごめんなさいね。でも、今となってはそれでよかったのかも……新選組局長・近藤勇が一子・近藤周平と、平隊士の谷周平では、薩長の扱いも異なるものね。周ちゃん、今が最後の機会よ」
「機会とはなんですか、近藤さん? 俺は今でも心は近藤周平です。最後まで新選組隊士として戦いますよ。ここ以外に、俺に居場所はないんです」
本心だった。過酷な日々だが、「生きている」「仲間とともにある」という実感を俺は新選組から生まれてはじめて与えられている。
「周ちゃん、ほんとうに今までよく尽くしてくれましたね。もう、いいんですよ。幕府も新選組もこのあたりで終わりにしましょう。私の『誠の武士になりたい』という夢のために、これ以上仲間たちを死なせたくはないんです」
「俺に新選組から出て行けと言うんですか? 局長命令であろうと断ります。ここで立ち去るくらいなら、江戸で永倉さんと原田さんが離脱した時に一緒についていっていますよ」
「……周ちゃん」
甲州で敗北したあと、江戸に再び集まった試衛館以来の同志たちは、真っ二つに決裂した。
江戸っ子の永倉さんが「もうすぐ薩長軍が攻め込んでくる。江戸の町を守らなくちゃ。江戸に居残って戦おうよ! まだまだ同志はいるよ!」と江戸での抗戦を主張したのに対して、情勢に対して冷徹な土方さんは「いや。すでに勝海舟は、西郷に降伏して江戸城を明け渡すと決めた。新選組はもう江戸に居場所がない。そもそも勝は、新選組を体よく甲州に追い払って全滅させるつもりだった。会津へ行こう。会津中将さまはなお薩長と戦うおつもりだ」と、北関東・会津方面への転戦を主張した。
情の永倉さん、理の土方さん。どちらの言い分も正しい。故に両者は一歩も譲らず、激論となった。
近藤さんが「まあまあ。私が新選組の局長なんだから。家来のみんなは、私の命令に従って~」と妙にズレた言葉を口にして、そして、一本気な永倉さんが「こんな時になにを言いだすんだよ? あたしたちは池田屋でも生死をともにした試衛館以来の同志だろっ! だいいち今の近藤どのは気組を失ってるよ、まるで死ぬために戦っているとしか思えない!」と激怒して立ち上がって。
左之助さんが「ごめんな。もう平助も死んじまったしさ、おいら、今のがらっぱちを放ってはおけねえや。ごめんな、ほんとうに」と何度も謝りながら永倉さんに着いて行って。
すでに沖田さんは病床に伏し、斎藤さんは先行して会津に入ることになったため。
ついに、近藤さんのもとには、土方さんと俺だけが残された。
そして俺たちは江戸を脱出し、この流山まで追い詰められている。
あの時、どうして近藤さんは永倉さんをわざと怒らせるようなことを口にしたのだろう。近藤さんはすでに死を覚悟している。薩長が天下を盗った今、長州志士を多数斬ってきた新選組の局長が助かるはずがない。その上、龍馬暗殺の嫌疑までかけられている。土佐藩士たちはなにがなんでも近藤さんを殺すつもりらしい。もしかして近藤さんは、自分の巻き添えになる仲間を一人でも減らしたかったのだろうか?
「周平。局長命令に逆らうのか、お前は。法度違反で切腹だぞ? と言いたいが、脱隊した隊士を斬りに行く余裕など今の新選組にはない。これは餞別だ。もう除隊していいぞ」
土方さんがぶっきらぼうに小判が入った包みを俺に押しつけてくる。
近藤さんはこの流山で、最後に残った古参の二人――俺と土方さんをも自分のもとから、新選組から自由にさせてあげたいのだろう。まずは従順な俺から。だが、土方さんだけは近藤さんがいくら説得しても無理だろう。この人は、ただ近藤さんを「誠の武士」にしたいという想いだけで戦い、血を流してきた。この二人は、二人揃って一人なのだ。どちらかが欠ければ、もう一人も生きてはいられない――。
なぜだろう。俺はここに留まらねばならない。そんな気がする。
「お断りします。誰になんと言われようが、俺は最後まで新選組隊士です。どうしてもというのならば今ここで俺に切腹を命じてください、土方さん」
「そ、そんなことができるか! お前、どうしたんだ? 壬生ではじめて出会った時とは別人だぞ? 表情も暗くなったし、人殺しのような目つきになったし……頼む。かっちゃんの思いを汲み取ってやってくれ、周平」
「いつの間にかトシちゃんにそっくりになったよね、周ちゃんは。くすっ」
「なにを言いだすのだ、かっちゃんまで!? 似てないっ! 私はこんな陰の者じみてはいない! 役者のような美形で男女にモテるのだぞ! 歴史に名を遺す俳人だしな!」
うっ……来た。最近、時々激しい「目眩」に襲われることが増えた。かろうじて踏みこたえる。どうやら、こうして「新選組除隊」を勧められて断ると、なぜか酷い目眩がやってくるらしい。永倉さんたちに着いて行けと土方さんに命じられた時に「嫌ですよ」と断った時も、そうだった。これはいったい……?
「流山には長くは留まれないでしょう。新選組は流浪の軍となって転戦し続けるしかない。まっすぐ会津へ向かうにせよ、幕軍の脱走兵を集めながら北関東を転戦するにせよ、もう壬生以来の古参隊士は数えるほどしか残っていません。俺程度の男でも、源さんの代わりにお二人を支えたいんです。力不足なことはわかっています。それでも、お願いします。近藤さん。土方さん。俺を、見捨てないでください」
その言葉はずるいぞ、と土方さんが目を潤ませながら俺を睨んできた。
偶然にも、「あの日あの時」沖田さんが口にした言葉に、どこか似ていたからだろう。
俺に他意はなかった。本心を告げただけだったが、配慮に欠けていたかもしれない。二人を傷つけるつもりなんてなかった。やはり、俺はもう正常な判断力を失っているのだ。
「ならば除隊はせずともよい、別の任務を与える。これは副長命令だ、周平。隊服も刀も捨てろ。町人に変装して千駄ヶ谷へ行け――総司の。総司の介護をしろ」
「……俺も、沖田さんのもとに付き添いたいです。しかし、お二人と大勢の隊士たちを見捨てて俺一人で戦場から逃げるような士道不覚悟な真似は……」
そうだ。沖田さんが、俺の帰りを待っている。俺の身体はひとつしかない。どうすればいい。今すぐに沖田さんのもとに舞い戻りたい。「あなたは独りじゃありませんよ」と頭を撫でてあげたい。どれほど寂しがっているだろう。しかし……近藤さんも土方さんも、こうして必死に戦っている。俺はどうすれば。
「……周ちゃん……甲州で思い知ったでしょう? 薩長軍の行軍は恐ろしく速いわ。こうしている間にも、いつ流山の私たちを発見して包囲するか……」
その近藤さんの言葉が終わらないうちに、壬生以来の数少ない古参隊士となった島田魁さんが血相を変えて裏庭に飛び込んできた。こんな時、音も立てずに連絡に来ていたあの山崎さんはもういない。彼女もまた、鳥羽伏見で討ち死にした――。
「粕壁にいたはずの薩長軍がいつの間にか渡河を終え、この流山を包囲して……! 全員討ち死にするまで抗戦しますか? 局長、副長!」
ええっ、もう? と近藤さんが小さな声をあげ、土方さんが無言で目を閉じる。
「周ちゃんを脱出させる機会すら、もう失ってしまったというの? そんな……!?」
新選組は、ここに進退窮まった。
※
新選組が江戸を離れる少し前。
労咳が進行してもう満足に歩くこともできなくなった沖田さんは、千駄ヶ谷のとある植木屋の納屋に隠れ住んでいた。納屋と言っても綺麗に改装されていて窓もあり、光も届く。庭も散歩できる。だが、あの京の不逞浪士たちを震撼させた新選組一番組隊長が、若くして剣の神髄を究めた最強の剣士が、こんな早すぎる「最期」をひっそりと待つしかないだなんて。俺には耐えがたかった。不治の病である労咳を治すためには、未来から特効薬を持ち込むしかない。もう未来に戻れない俺にはどうすることもできない。
そして、近藤さんと土方さんが、沖田さんに別れを告げる時が来た。
この子を戦場に連れ出せばたちまち大喀血して死ぬ、剣を振るって闘死することすらかなわなんぞ、と軍医の松本良順先生に酷く叱られた二人は、沖田さんを連れ出すか否かで大喧嘩をしながら一晩中話し合い、ついに沖田さんを千駄ヶ谷に残していくと決めたのだ。
近藤さんは、総司は生きてさえいれば万が一にも助かるかもしれない。西洋医学はどんどん発達している。いずれ労咳の特効薬が発明されるかもしれない。しかし戦場に連れて行けば総司はすぐに死んでしまう。そう説き続けた。わかった、ならば心を鬼にして総司を残していこう、と沖田さんとの別離を異常に恐れていた土方さんが折れた。
悪いがお前を置いていく、お前は生きろ、と土方さんに告げられた時の沖田さんの顔を、声を、俺は忘れられない。俺の性格が、人間性が、根底から覆った瞬間だったかもしれない。
「……もう……ボクは……二人の役に、立てないの……? もう……要らない子に、なっちゃったの……? ボク……試衛館から、追い出されちゃうの……? 独りぼっちになっちゃうの……?」
「違う。総司。そうじゃない。これ以上連れ回せば、お前を殺すことになる。だから……」
「そうよ、総司。今は療養して、お願い。私たち三人は実の姉妹以上の絆で結ばれている家族でしょう? 要らない子だなんて、そんなことは言わないで。必ず迎えに行きますからね。だから」
「……いやだ……いやだ……! お願い! なんでもするから。どんな命令でも聞くから。誰が相手だって斬ってみせるから。だから……置いていかないで! お願い。置いていかないで。ボクを捨てないで……! いやだ……!」
あの、どれほど病状が重くなってもいつも冗談ばかり言ってころころ笑っていた沖田さんが、はじめて泣いた。
山南さんを斬った時ですら耐え続けていた沖田さんが、捨てられた子供のように土方さんと近藤さんに抱きついて、わんわんと泣きじゃくった。
「総司……すまない」
「……あなたを捨てたりするはずがないでしょう。迎えに行くから……ううっ……」
沖田さんは薄々気づいている。近藤さんも土方さんも、新選組とともに滅ぼうとしていることに。逃れられない死の運命へと向かっていることに。この別離が正真正銘、最後の対面なのだということに。だからこそ、笑顔を忘れて泣いた。
「周平くん。周平くんも賛成したの? ボクを置いていくことに? そんなのってないよ……! 二人を説得して、お願い……げほっ、げほっ……!」
「お、沖田さん。お、大声を出しては、身体に障ります……だいじょうぶです。絶対に沖田さんを独りにはしません。必ず近藤さんが。たとえ近藤さんが動けずとも土方さんが。土方さんも動けないその時は、いちばん暇な俺が絶対に沖田さんを迎えに行きます! 約束します。武士と武士の約束です!」
「……ほんとう?」
「ほんとうですよ。たとえこの身が朽ちて碧血だけとなっても、必ず沖田さんのもとに戻って来ます」
「……約束だよ? 指切りして?」
まだ二十歳を少し過ぎたかどうかくらいの沖田さんの顔は、まるで童女のようにあどけなかった。死の病が進むごとに、彼女はどんどん幼くなっていったような気がする。
俺の知っている歴史では、沖田さんはまもなく労咳で死ぬ。再会できるのだろうか。
俺は――沖田さんとの約束を守れるのだろうか。
もしかしたら、俺はとてつもなく残酷な嘘をついたのかもしれない。
※
そうだ、近藤さんと土方さんが俺を離隊させて沖田さんのもとへ戻したいという気持ちは、痛いほどわかっていたはずなのに。俺は冷静さを失っていた。ここは一時離隊してでも、沖田さんのもとに。奇跡を信じて。沖田さんに必要なものは、生きる希望だ。その希望を失えば、沖田さんは――。
だが、戦場を流離う近藤さんと土方さんが戦死したら? そんな報を耳にすれば、沖田さんも生きてはいられない。生きることに絶望して、命の炎が消えてしまうだろう。沖田さんの夢はただ、敬愛する二人の姉とともに過ごすこと、それだけなのだ。源さんに代わって、この俺が二人を護るために戦い続けねばならない。
俺は。俺はどちらの道を選ぶべきなのだろう。
しかしそんな逡巡すら、俺にはもう許されなかった。
たった一日。
流山に新選組が籠もることが許された時間は、たったの一日。
流山の陣屋は、すでに薩長軍によって完全包囲されてしまっていたのだ――。
抗戦するにも、兵力差は歴然としている。その上、地の利をまたしても先んじて奪われている。鳥羽伏見以来、常にそうだった。薩長軍の合理的な兵法は、日本の武士の古流兵法とはまるで違う、西洋仕込みの最新のものだ。
未来から来ていながら、竹刀道場で剣道をかじった程度の俺では到底太刀打ちできない。この俺に軍才があれば……!
薩長軍からの使者が、陣屋に向かってくる。どうする。恭順か。抗戦か。もはや一同を集めて議論している時間すら残っていない!
「かっちゃん。まさか大将として責任を取り切腹するだなんて言わないだろうな? 総司が知ったら、総司ももう生きてはいられないぞ! 私だってそうだ……! かっちゃんが死ぬ時が、土方歳三の人生が終わる時だ。かっちゃんを『誠の武士』にしたい。百姓娘に生まれたというだけの理由でかっちゃんを市井に埋もれさせていてはならない、生まれですべてが決まってしまう腐った世の中を変えたい。それだけが私の」
「……トシちゃん。もういいの。永倉さんが怒っていた通りよ。私はいつの頃からか、武士として潔く死ぬことだけを考えていたみたい……士道不覚悟ね。ふふっ」
「かっちゃん! 肩の怪我はいずれ治る! 再び虎徹を自在に振るえる時が来る! その時までは及ばずとも私がかっちゃんの代わりに剣を振るう! だから……どうか、最後まで諦めないでくれ……! 生きて……!」
土方さんがこれほどに狼狽している姿を、俺ははじめて見た。もう、「鬼の副長」でも「冷血の女」でもなくなっていた。ただ、敬愛してやまない姉を失うことを恐れる、一人の乙女に。豊玉宗匠の素顔に戻っていた。
対する近藤さんは、どこまでも優しい笑顔で、土方さんの頬を撫でている。逃れられない死を前になお、泰然自若としている。恐怖など微塵も感じていない。池田屋でもそうだった。途方もない勇気だ。これが、土方さんが「大将の器だ」と尊敬して止まなかった、近藤さんの真の姿。藤堂さんが死んで以来、失われていたはずの将器が、蘇っていた。
土方さんを。俺を。隊士たちを救うために。
近藤さんは、自らの死を、いっさい迷わずに選択した――。
「トシちゃん、今までほんとうにありがとう。世間知らずで剣術バカの私なんかを、天下に轟く新選組の局長にしてくれて。幕府ご直参に、誠の武士に押しあげてくれて。なにもかもトシちゃんのおかげよ。今まで辛い役目を押しつけてきて、ごめんね?」
「礼なんて言うなっ! 言わないでくれ! かっちゃん! 私は……!」
「トシちゃん。周ちゃん。私は、大久保大和という偽名を用いて投降します。自分は近藤勇ではないと言い張って、少しでも時間を稼ぎます。その隙に、どうか逃げて。もう江戸の総司のもとに戻るのは難しいと思う。できるだけ遠くへ。トシちゃんが辛いのならば、もう新選組を解散させてしまってもいいのよ? これから先は、トシちゃん自身が自由に生きていいのよ? これが、すでに剣を握れない私にできる、最後の」
「ダメだ! ダメだダメだダメだ! かっちゃん、やめてくれ! 行くな! 行かないでくれ! 総司を置き去りにした私に、こんなことを言う資格はないかもしれない。でも、一人で死にに行くなんて! 私を……私を、置いていかないで……! お願い……! 私の……私の、夢は……!」
土方さんが、力なく膝から崩れ落ちた。近藤さんの足にすがりついて、声をあげて泣いた。泣き続けた。
「トシちゃん。ほんとうに楽しかった。あなたと、そして総司と出会えて、一緒に青春を生きることができて。多摩。試衛館。そして京。私にとっての幸せとは『誠の武士』になることではなく、あなたたちと同じ夢を見て、同じ時間を過ごせたことだったのね。夢の中身なんて、実はなんだってよかったんだね。私はずっと幸せだった。今になって、失ってみてやっと気づくだなんて。私って、ほんとうにバカね。えへ」
新選組局長近藤勇が命じます。副長・土方歳三。以後、あなたに新選組を委ねます。切腹はまかりなりません。生きなさい。生きて、あなた自身の夢を見つけなさい。
これが、あなたの姉としての最後の言葉よ、トシちゃん。
近藤さんは、「トシちゃんをお願いね」と俺にそっと言い残して、そして屋外へと去って行った。
「……待って……行かないで……! かっちゃん……! うわ……うわああああああ……!」
俺は、素の土方さんを、ほんとうの土方さんを、この日この時、はじめて見たのだ。
誰よりも、心弱い人。誰よりも優しく、家族愛に飢え乾いている人。愛する人のために、自分のいっさいを迷いなく捨て去ってしまえる人。
そして――俺は、二度目の人生にしてはじめて、ほんものの恋に落ちていた。
この言葉では言い表せない、そして制御すらできない物狂いにも似た想いが、そうなのか。
不思議だ。もう、なにも怖くない。恐怖も迷いもなにもない。それらのすべては消え去った。胸の内で熱く激しく燃えあがる炎に、いっさいが薙ぎ払われた。
俺は、この人を護り、この人を愛し、この人のために生きて、そして死にたい。
そうだ。そのために、俺はこの世界に来たんだ――!
土方さんの運命を、変える。変えてみせる。
どのような苦難だって、俺にはもう、苦ではない。なんだってやる。
(源さん。山南さん。藤堂さん。そして、近藤さん。俺は)
俺は見つけました。俺の夢を。
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