Re:スタート!転生新選組~一周目~
春日みかげ/電撃文庫・電撃の新文芸
「Re:スタート!転生新選組~一周目」
第一話/新選組入隊!
●新選組入隊!
のどかな緑の田園風景。見渡す限りの青空。
あれ? ここはどこだ? さっきまで夜だったはずなのに。
俺はたしか、コンビニ強盗を相手にうっかり素手で戦って首を斬られて、ぶっ倒れたはず。
完全に死んだはずだった。なのにこうして生きていて、しかも怪我が治っている。
思えば我ながら馬鹿なことをしたと思う。一応剣道をたしなんでたのに、どうしてまた素手で刃物持ち相手にあんなことを。あそこは逃げだすか、棒きれを掴むかしなきゃダメな場面だったじゃないか。学校にも家にも居場所がなくて、投げやりになっていたのかな。
などとこの俺、ちょっと陰キャ気味ながらも平凡な男子高校生の谷周平が首を傾げていると――。
目の前に翻る、「誠」の大旗。
ざっ、ざっ、と肩で風を切りながら突き進んでくる、浅葱色の羽織を着た二本差しの侍たち――しかもなぜか、その先頭を歩くメンバーはみんな若い女の子だった。
なんだ、これ?
もしかして、新選組好きのコスプレイヤー集団?
俺は幕末には詳しくないが、新選組の衣装くらいは知っている。やたらといろんなコミックやドラマで見かけるからだ。浅葱色と黒の二種類が存在していたとか。
もっとも新選組隊士は、沖田総司、土方歳三、近藤勇くらいしか知らない。他に幕末の偉人で知っているキャラは坂本龍馬と西郷隆盛くらいだ。あとはうろ覚え。
「いやあ~。長い睨み合いが続いたけれど、長州藩を見事に京から追放できちゃいましたなあ。ボクたち壬生浪士組にも会津藩から報奨金が出ましたねえ。無職じゃないって、いい気分ですね~土方さーん!」
これはまた、えらく童顔な女の子だな。まさか中学生? これってアルバイトなのか? 町興しの一環かなにか?
「総司。もうわれらは壬生浪士組ではないぞ。会津中将さまから『新選組』という隊名を授かった、歴とした会津藩預かりの治安維持部隊だ。これからは京大坂に潜伏した長州の勤王志士を捕縛する仕事で忙しくなるぞ。まずは長州藩の大立て者、桂小五郎を捕らえねばならないな」
童顔の女の子を「総司」と呼んだ側の女の子は、恐ろしく肌が白くて、役者のような美形だった。声までも凜としている。美しいだけに、氷のように冷たい切れ長の目がとても怖い。
「新選組ですかあ。なんだか、かっこいい隊名ですね! ねえねえ、近藤さーん。ボク、お腹が空いちゃいました~。大福を食べましょうよう!」
「ええ。そうしましょうね、総司。トシちゃんも御所の警護、お疲れさま。中将さまから報奨金と新しい隊名も頂いたし、今夜は久しぶりにみんなでごちそうを頂きましょうね? 定番のたまごふわふわは絶対に外せないとして――ぼたん鍋なんて、どうかしら?」
近藤さんと呼ばれた女の子は、俺より年上に見えるが、写真で見たゴリマッチョな「近藤勇」とはぜんぜん似ていない。ちょっとトロそうに見えるが、清潔で綺麗なお姉さんだ。やはり、なりきりコスプレ集団なのだろうか。オフ会の帰りか。聖地巡礼の途中なのか。
って、だから、ここはいったいどこなんだよ?
「うう。わ、私は、肉は苦手だ……私はたくあんさえあればいい、かっちゃん」
「ほうほう。さっすが多摩の申し子・豊玉宗匠は、語彙も食事も素朴ですなあ~」
「う、うるさい、総司。語彙が多ければ歌が美しくなるわけではない。むしろ逆だ。日本刀も、俳句も、たくあんも、そして私も――素朴でまっすぐだからこそ美しいのだ」
って、氷のように冷たい目つきの女の子が路上で剣を抜いているし。待て。これ、模造刀じゃないよ! 真剣だよ! この人たち……危ない集団だ! 関わっちゃダメだ! ああ、どんどんこちらに接近してくる。どこかに隠れられる場所は……?
「あーあー。土方さんのモテ自慢はお腹いっぱいですよお。はいはい。屯所に男女問わず恋文が殺到していて、よかったですねーっ。ボクなんて、集まってくるのは洟を垂らした子供たちばっかりなのにさ~。でも、たくあんって美しいの~?」
ああ、このコスプレ集団一の美形の女の子が、土方役なのか? 適役だな。土方歳三は写真が残っていて、役者のような美男子だったし……しかし路上で真剣はヤバいだろう。
「ふふっ。総司。たくあんはともかく、私もトシちゃんに賛成よ。ようやくご公儀に存在を認められた新選組を、赤穂浪士の如く美しい武士道を貫くまっすぐな組織に育てていかなくちゃ。でもトシちゃん? 京でばりばり働くために、好き嫌いを言わずにお肉も食べようねえ?」
「……え、ええ……? 肉なら総司に。総司はもういいお年頃なのに痩せすぎだ、かっちゃん」
「嫌ですよー土方さん。お肉は臭いがきついもん。ボクは大福さえあればいいですから! 京の町って生魚がなかなか手に入らないんですよねー! あーあー、京に多摩川があったらなあー! 釣り糸を垂らして、お魚を自給自足できるんですけどねー!」
「もう。二人とも多摩の子供時代から変わらないんだから。それでは三人仲良くぼたん鍋を食べよっか。ふふっ。あ、たまごふわふわは絶対にいちばん最初よ? 〆じゃダメよ?」
「山南さんや源さんたちも一緒ですよー! お肉は源さんに処理してもらおうっと♪」
はっ? 三人があまりにも仲良しで楽しそうなので、つい見入ってしまっていた。
ああ。戸惑っているうちに、発見されてしまった。
土方と呼ばれている、ぞっとするほど美しいが酷薄そうな女の子に。
「貴様、何者だ? なんだ、その面妖なメリケン風の衣服は? 総司、縛って捕らえろ! 土蔵に放り込む!」
「はーいっ! ねえねえキミ、もしかして土方さんの追っかけ? 恋文を届けに来たのー? 土方さんは昔っから近藤さん命なんだから、追いかけても無駄だよー? 新選組では色恋禁止なんだよー?」
「そ、総司。ヘンな言い方をするな。誤解されるだろう。私はただ、お人好しのかっちゃんに妙な虫がくっつかぬようにと……とりわけ京には怪しい男が大勢いて……」
「ほんとですかー? 大好きな近藤さんを誰にも横取りされたくなーいと焼き餅やいてるんじゃないですかー豊玉宗匠~?」
「いや私にはそういう趣味はない、総司。血は繋がらずとも、近藤さんは私の姉だぞ?」
「はーい、わかってますって。そしてボクは、近藤さんと土方さんの妹でーす!」
「でもトシちゃんが法度で隊士の色恋を禁止したせいで、最近、隊内の平隊士の間で軽めの娘衆道が流行っているみたいよ~? 女の子同士なら色恋にはあたらないって誰かが言いだしたらしくて~」
「かっちゃん、なんだそれは? 『お稚児さんは女じゃないから無問題』みたいな詭弁だな……と、とにかく今は拷問だ。口を割らせる。この男、長州の間者に違いない」
隊内で百合が流行しているだって? いったいなんなんだこの人たち? と首を捻っているうちに、総司と呼ばれている子に縄で縛られてしまった。俺はこんなところでなにをやっているんだろう?
「ちょ、ちょっと待ってください!? 皆さんが身も心も大好きな新選組になりきりたいことはわかりましたから、拷問とかやめてくださいよー! そもそも、どうして真剣を持ち歩いているんですか? それって法律違反……」
「なりきりたいとはなんだ! 貴様、われらは武士ではない、多摩の百姓娘が武士ごっこをしていると内心笑っているのか? 違う! われらこそが誠の武士、新選組なのだ!」
えっ。ちょっと待ってくれ。自称土方さんが本気で怒っている。目に涙まで浮かべて。
「ち、違います、笑ってなんていません! あのう。い、今は西暦何年何月何日ですか?」
「異国の暦など知るか。会津藩お預かりのわれらとて、一応は尊皇攘夷を掲げているのだぞ。今日は文久三年八月十八日だ。それがどうした? これ以上ふざけた無駄口を叩いたら、この場で手討ちにするぞ」
文久ってなんだよ? もしかして明治以前っ? まさか……ば……幕末?
じゃあ、この人たちはほんものの新選組? でも女の子だらけだよな? 俺が知っている沖田・土方・近藤は全員男だぞ。三人中二人は写真まで残しているんだし。
ではここはパラレルワールドなのか? それとも「ほんもの」の男たちの新選組は別にいて、この子たちはニセモノの新選組なのか? そのうち「ほんもの」が現れるのか?
「まあまあトシちゃん落ち着いて。兼定を鞘に収めて? ねえ、あなたはどなた? どこから来たの~? そのメリケン風の格好、京の人じゃないわよね~。仕事に困っているのなら、この新選組局長・近藤勇が相談に乗るわよ?」
「ふん。まったく、かっちゃんは誰にでも甘いな。ちっとも懲りてない」
近藤さんが助け船を出してくれた。お人好しなのはほんとうらしい。手ずから、縄まで解いてくれた。ひとまず助かった。いやあ、なんて器の大きい人なんだ。
ここで「実は俺は別の世界線からやってきた未来人らしいんです」と正直に打ち明けたら――たぶん土方さんに怪しまれて斬られる。とはいえ、近藤さんを騙すのも気が引ける。嘘にならず、ぎりぎり土方さんに斬られないラインで可能な限り正直に身の上話を――!
「そ、そうです。俺が着ているこのジャージは異人の服です。俺の名は谷周平。神戸の町人の子です。ですがもう帰る家も家族もありません。天涯孤独の身です。京には、食い扶持とねぐらを求めてやってきました。刀は持っていませんが、剣術はある程度たしなんできました」
まあこんなところだろう。元の世界には帰れそうにないし、っていうか元の世界では俺はきっと死んでいるし。でも幕末の神戸って町だっけ、村だっけ? たしか、牛しかいなかったと聞いているが……ええい、知るか。
「まあ、そうだったの! きっとたいへんだったのでしょうねえ……ぐすっ……こんな若い殿方が、家も家族も失ってどこにも行き場がないなんて。かわいそう……物騒な京を彷徨っていたら、不逞浪士として狩られてしまうわよ? 早速うちの隊士として雇ってあげましょうね。いいわよね、トシちゃん?」
ええっ? もしかして近藤さんって、度を越したお人好しっ!?
「いいわけないだろう、かっちゃん! 新選組は剣士の集団だぞ。よほどの剣士でなければ雇わない! そうだな、総司と立ち合って一本取ったら入隊させてやってもいいぞ」
土方さんから、真剣を押しつけられてしまった。し、真剣で立ち合えと?
「総司、遠慮せずこの男にお前の必殺技・無明三段突きを食らわせてやれ」
「この沖田総司さんは日本一の天才剣士ですよー! それは無茶ぶりですよー土方さん、あっはっは! それじゃ、ボクは竹刀でお相手するねー♪」
この子がほんものの沖田総司なら……たしか、幕末最強の剣士だ。町道場で竹刀を振っていた程度の俺が勝てる相手ではないし、それに剣道経験者の俺には見ればわかる。にこにこ笑っている沖田さんの全身から、底知れぬ「気組」が発されている。身体がすでに立ち合いモードに入っているのだ。
ぞくっ。
たとえ向こうは竹刀でも、この子と本気で立ち合ったら殺される……!
「んもう。トシちゃんは初対面の相手に意地悪なんだから。それじゃあこの子を近藤家の養子にしましょう。それでゲタを履かせてあげますね? 谷周平ちゃん、今日からあなたは近藤周平ですからね? これは局長による決定事項よ、トシちゃん!」
ええっ!?
「な、なんだって? また、かっちゃんの深情けがはじまった。もう江戸の試衛館時代とは違うんだから、そうほいほいと食い詰め者を引き取るのは……会津藩お預かりの身分とはいえ、うちには銭がないのだぞ?」
「トシちゃんが『総司と立ち合え』なんて意地悪を言うからでしょ? 困っている時はお互い様と言うでしょう? 周ちゃん? 多摩と神戸から食い詰めて都にやって来た田舎者同士、京で頑張って生きていきましょうねえ」
あ、いや、拾ってくれるのは助かるのですが、養子とかそういうのはちょっと……。
「う、嘘だろう? かっちゃん、まだ婿も迎えていないのにこんなに適当に養子を取っていいのか? ああ、周斎先生にどう申し開きすれば……うっ、頭が」
「適当じゃないもん。『周平』というこの子の名前は、私の義父上・近藤周斎の幼名と同じでしょう? これは偶然の出会いではないのよ。きっと運命の出会いなのよ、トシちゃん! ああ、また一人わが壬生の梁山泊に貴重な英傑が! 百八星勢揃いにまた一歩近づいたわ!」
「……かっちゃんは『水滸伝』の読み過ぎだ。偶然だぞ」
はい偶然です。俺の先祖に新選組から逃げだした元隊士がいたらしいが、たぶん関係ないと思う。
「わ~い! また家族が増えましたね! 若い男の子は、珍しい~! 試衛館では殿方って、おっさんの源さんしかいなかったですからね! お兄さんができたみたい。やったね~!」
俺はこの世界では完全な異邦人。どこにも行き場がない。
近藤さんの無茶ぶりを、断りづらくなってきた。
しかしこの人たちがほんものの新選組なら、俺は命がいくつあっても足りないことになる。だって、幕末の京で真剣を抜いて不逞浪士たちと斬り合うのが新選組の仕事なんだよな。刃物で急所を斬られて死ぬ時のあの嫌な感覚をまた味わうのはどうも……さすがに二度もあんなふうに死にたくないよ。実際に経験してわかったことだが、怖すぎる。
「だいじょうぶだよ周平くーん! この新選組一番組隊長の沖田さんの下で働かせてあげるよ! ボクの隊がいちばん安全なんだよ! 不逞浪士はボクが一人でぜんぶ斬っちゃうから!」
「こら総司。お前は副長助勤だ。勝手にヘンな役職を名乗るな」
「副長助勤なんて役職、たくさんいるじゃないですかー。ボクは一番組隊長がいいんですよー土方さーん! 名乗る時の言葉の響きがもうすでに京でいちばん強そうでしょう? 強そうだよねえ周平くん? ボクに似合ってるよねー?」
「え、ええ、まあ……似合っています……ね」
沖田さんは無邪気だな。男の俺にぺたぺた抱きついてきて、恥じらう気配もない。童顔だし、まだ子供なんだろうな。でも俺が知らない異世界とはいえ、女の子たちが真剣を腰に差しているくらいなんだから、幕末の京ってやっぱり血生臭いんだろう? ちょっと心配になる。
「一応先に教えておいてやるが、無垢で無警戒だからって総司に手を出したら切腹だぞ、周平。新選組では隊の禁令――『局中法度』に違反したら切腹だ。そして法度では、隊士の色恋を禁じている」
土方さんが恐ろしい言葉をさらっと口にする。表情はクールなままだけにおっかない。
「れ、恋愛したら、せ、切腹?」
澄ました顔でなにを言っているんだこの人。こんなおかしな隊からは、逃げなければ。
「お前今、こんな隊からは逃げなければ、と考えているな? 隊から脱走したら法度違反で切腹だぞ」
「ええっ? ぜんぶ見透かされている上に追い打ちっ?」
そ、そうだ、長州だか勤王志士だか知らないが、敵に遭遇しても戦わずにUターンしてやり過ごせば生き残れる……背中を斬りつけられるかもしれないが、全力で走って逃げて致命傷さえ避ければ……。
「敵に遭遇した際に戦わずやり過ごしたら、士道不覚悟で切腹だな。同様に、戦った際に後ろ傷をつけられても士道不覚悟で切腹」
「どうして俺の考えていることが筒抜けなんですかっ? 土方さん、怖いです!」
ええい。ならば、斬り合いの際に先頭に立たなければどうということはない。
「そうそう。巡邏の際には、先頭として突入する『死番』役を各隊士に順に割り当てるから覚悟しておけ。死番役が敵に臆したら、もちろん切腹だ」
死番って、いやいやいや! 漢字が間違ってますよ。これ、現実なんですよね?
「土方さん、ちょっと待ってくださいよっ! そう簡単にぽんぽん隊士を切腹させていいんですかっ!?」
「当たり前だろう。新選組は誠の武士の集団だぞ。武士が武士である証だろう、いつ何時でも潔く切腹できるということだけが」
ああっ……俺は……とんでもないブラック企業に入れられてしまった!
「うふふ。周ちゃん、だいじょうぶだいじょうぶ。トシちゃんは誠の武士になりきろうと一所懸命すぎるところがあるだけだから~。私もトシちゃんも、もとは多摩の百姓娘なの。だから、ほら、武士らしくあることに人一倍こだわりがあってね~。そう、思えば江戸で……」
「か、かっちゃん! その話は誰にも漏らさないと決めているだろう!?」
「ああ、そうだったわね、トシちゃん。でも、周ちゃんはもう私の息子だし~」
「ダメだ。まだ正式に養子縁組を交わしたわけではないし、江戸にいた頃の話は試衛館組だけの秘密だ。そう決めただろう? いいな周平、かっちゃんの昔の話を掘り返すなよ? 切腹したくないなら」
「わ、わかりました。で、でも、百姓娘のお二人がどうしてそこまで武士にこだわるんです? お、俺も町人ですし、剣術も多少はたしなんできましたが、さすがにそこまで武士への憧れはありませんので……」
俺が生きてきた世界には、武士なんてもういなかったからな。明治維新の際に武士階級そのものが消え去ったと聞いている。
待てよ? 俺の世界ではたしか、新選組って徳川幕府が倒れた時に滅びたんじゃ……?
い、いや、この世界が俺の世界と同じ歴史を辿るとは限らない。そもそも新選組の三人が女の子という時点で完全に別物だし。きっとぜんぜん違う未来が待っているはずだ。
「周ちゃん。この義母が教えてあげますねえ。実は私ね、江戸の幕府講武所で剣術師範役にお取り立てになるはずだったんだけれど、取り消しになっちゃって~」
「だから、かっちゃん! その話は誰にもするなと今言っただろうに! ああもう。要はわれら試衛館道場の面々は江戸で食い詰めたのだ、周平! だから職を求めて京に来た! 折しも幕府が京で不逞浪士を取り締まる浪士隊を募集していたから、志願して参加した。それだけだ! ……かっちゃんの恥になるから、誰にも言うな。この話を再び蒸し返したらほんとうに切腹だぞ。ぜんぶ忘れろ」
「は、はい。わかりました、土方さん」
土方さんも、近藤さんの天衣無縫さというか天然ぶりをフォローするために苦労しているんだなあ。いいコンビだ。
「……ボクは武家の生まれだけど、幼い頃に両親を亡くして近藤さんの道場で育てられたから、心は二人と同じだよ?」
うん? 陽気なはずの沖田さんがなぜか、うつむいて石を蹴っている。
いったい江戸でなにがあったのだろう。少しだけ気になった。
だが、これ以上この件に首を突っ込んだら土方さんに切腹を申しつけられそうなので、沖田さんとはいずれ話すことにしよう。俺がこの奇妙な新選組にほんとうに馴染めたその時に。
今はともかく、土方さんから切腹を申しつけられないように、ブラック新選組で生き残るために必死にならねばならない。この人、ちょっとした表情から他人の思考を読み取る特殊能力を持っているらしいからな……恐ろしく頭が切れるのだろう。
「周平。新選組隊士として生きるのならば、腹の中でなにかを企んだりするな。単純に考えろ。私の夢、総司の夢、われら試衛館組の夢はみな同じだ。百姓娘という生まれなど関係ない。われらが姉貴分のかっちゃんを誠の武士にする、それだけだ――江戸の旗本八万騎は二百六十年の平和をむさぼり堕落しきっていて、この国難を前にしてもなんの役にも立たない。血筋や身分など、異国の脅威に対してはまるで無意味だ。今こそ日本を、英雄の器たる実力を持つかっちゃんこそが誠の武士と認められる国にしなければならない。私はそう信じている。だから乱世と化した京に来た。志士どもが口先で語らっている勤王も攘夷も開国も公武合体も、『近藤勇を誠の武士にする』という夢の前ではすべて些事だ。新選組は思想ではなく、剣のみで戦い、剣のみに生き、剣のみに死すのだ。剣以外に、われらこそが王城を守護する誠の武士であることを証明する道はない。わかるか」
兼定と呼ばれる剣を抜き放ち、青空へと掲げながら、土方さんが俺に向けてそう言ってくれた。
不器用で無愛想な人だが、新人隊士の俺に自らの赤心を晒してくれているのだろう。
自分はひとえに、姉であり尊敬してやまない近藤勇のために尽くし続けるのだ、それだけが自分の望みだと。
俺はただ一言、「はい」と頷いていた。
この日この時から、俺の第二の人生ははじまるのだろう。そう思った。
「土方さんって見た目は氷のように凍てついていますが、心は誰よりも熱い人なんですね。俺、なんだか感激しました。幕末の時勢とかなにも知りませんし、よくわからないんですけど、か、かっこいいです」
「う、うるさい……す、少しばかり喋りすぎた、忘れろ。あ、あと、芹沢鴨には近づくな。その……難癖をつけられて斬られるぞ」
「はい?」
カモって……誰?
芹沢さんはねー、ボクに竹とんぼを作ってくれる優しいおじさんなんだよー、と沖田さんが補足してくれたが、かえってわからなくなった。
「うふふ。珍しいわねえ、トシちゃんが照れてる。さあさあ。前川さんのお宅で周ちゃんの歓迎会を開きましょうねえ~♪ 新選組の誕生祝いを兼ねて♪ もちろん、お料理はたまごふわふわが最初よ? 〆だったら私、暴れるからっ」
「山南さんや源さんたちも一緒ですよー! あれー、さっき同じ話をしていたような? まあいいかあー、あははははっ! ほら行こう、周平くん! 新選組にようこそっ!」
はい、と俺は思わず沖田さんに釣られて微笑んでいた。
「失敗したあ! なんで初対面のあの場で逃げださなかったんだ俺は! やっぱり新選組は人権無視のとんでもないブラック企業だった!」と容赦ない現実に直面して顔面蒼白になるまでには、さほどの日数はかからなかった。それからは、「死にたくない」と悲鳴をあげる日々が続くことになる。
だが、それでも俺が脱走せずに新選組隊士として第二の人生を生き続ける道を進んだのは、この日この時、無愛想な土方さんから赤心を打ち明けてもらえたからだと思う。
新選組が、俺の「居場所」になる。そんな予感が、俺を運命へと誘ったのだ。
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