第62話 その車輪配置は無理がある
オルカルとヒルトースとの間の二点間輸送のシェアをほとんどラエルスの鉄道に奪われ、王立鉄道は窮地に瀕していた。
今では輸送の主は沿線の村々の人や荷物のみ。こちらも沿線人口は増えており輸送量は着実に増えてはいるのだが、やはりどうしても憎きラエルスの鉄道と比べると色々と見劣りしてしまう。
しかもあちらはオルカルの近郊で日中15分間隔を実現しており、1時間に1本のままの王立鉄道はいくら走ってる場所が多少離れてるとは言え、利便性では大きく差をつけられていたのだ。
現にラエルスの鉄道と近いところを走ってる辺りでは実際に客が奪われており、焦るのも無理のない事だった。
「だから! 何とかして本数を増やせ、と言っておるのだ!」
「ですから、これ以上はまた立ち退きをしてもらう必要があるんです! それらの補償を考えると、すぐには出来ないんです!」
王宮に新設された鉄道部門からは、連日のように増発しろ便利にしろとの矢の催促。それに、実際に運行を担当する方は真っ向から反論するというのが日常となっていた。
「とりあえず、貨物列車を減らしてはどうでしょうか」
「その分を旅客に振り当てると? 妙案かもしれんが、減った分の貨物輸送はどうするのだ。ここに貨物まで離れられちゃ叶わんぞ」
「大丈夫です。新しい、もっと輸送力の見込める貨車を作ればいいのです」
そんな会話の末に生まれた案は、王宮内にある鉄道部門へと通される。そしてラエルスを何かと目の敵にしている、陸軍のムルゼの元にも届いた。
「いい案だが、あまり金をかけるのは反対だ」
「は、しかし……一度に多くの荷物となると、ボギー台車は必須です」
草案の書かれた紙束を放り投げたムルゼに、王立鉄道の技術官は食い下がった。今のままの貨車で積載量を増やすと、貨車や線路に深刻なダメージを与えかねないこと。積載量を増やすには車輪を増やすしかなく、それにはボギー台車を採用した貨車を作るのが早道であること等々。
「だがそれでは、結局必要な部品が増えて金がかかるのだろう? もう少し頭を働かせろ、こうすればいいだけではないか」
ムルゼは手ごろな紙に長方形を書き、その下に車輪に見立てた円を3つ書いた。
「従来の2軸貨車の真ん中にもう一つ車輪を追加すればよかろう。これならもっと積載量を増やせるはずだ、違うか?」
違くない、理屈の上では合っている。それに既存の貨車を改造しても作れるし、ボギー台車を採用するより金もかからない。あちこちから圧力をかけられて憔悴していた技術官は、ムルゼの発案を天の助けとばかりにその案を持ち帰るのだった。
*
ラエルス達がそのこじんまりとした式典の前を通りかかったのは、完全に偶然だった。それは用事があって降り立ったオルカル駅の程近く、王立鉄道の駅の裏にある荷卸し場で行われていた。
「新型貨車お披露目会?」
「なんか面白そうなことやってるなぁ、
このオルカル訪問はラエルスとグリフィア、それとジークのみ。新しい取引先との会談のためだ。
だがそれももう終わり帰り道だったので、ついでに寄ってみる事にした。
「そう言えば10日ほど前だったかに、この式典の招待状が届いてました」
ジークが言うと、ラエルスはそうだっけ? と首をひねる。
「はい。多分読み流してるかと思います」
「王立鉄道の印を見ただけで投げたんじゃない?」
「そうかも」
アハハと笑いながら、怖いもの見たさで会場へと足を踏み入れる。集っているのは王立鉄道に出資している人や取引している沿線の商人たちだろうか。
一際目立つ装飾の近くまで行くと、知らない顔ばかりの人込みの中に変わった貨車が見えてきた。やがて近付くにつれてその姿があらわになると、ラエルスは困惑していいやら笑っていいやらわからなくなってしまった。
「いや、これ……」
「これはこれは! リフテラート鉄道の皆さまではないですかな?」
何か言いかけた瞬間、遠くからあまり聞きたくない声が聞こえてくる。
「うげ」
「出たな?」
気持ち悪い笑みを張り付けて近付いてくるのは、誰でもない、ムルゼ将軍だ。また太ったか?
「まさかリフテラート鉄道の方々に見てもらえるとは、光栄ですな。あ、そう言えば結婚されたとか。
「ははは、そうですね。でもそんな体力の必要なこと、運動しなければ大変そうだ」
何だこいつ、やけに芝居がかってると思ったら息をするようにセクハラ発言だ。でもお返しとばかりに、暗に「痩せろデブ」と言ったら黙ってしまった。目には目を歯には歯を、皮肉には皮肉を、言葉の暴力には言葉の暴力を。
「ま、まぁ。余裕でいられるのは今のうちだぞラエルス。この貨車を見ろ、見て分かる通り貴様の鉄道の貨車よりも輸送力が大きい。これで王立鉄道は貨物輸送力がどんどん増やせるのだ。そのうちそっちの荷物まで全部奪ってやるからな」
「そうですか、ご高説ありがとうございます。まぁ頑張ってください」
俺の味気ない反応が不満だったのか、ムルゼ将軍はふんっと鼻を鳴らして立ち去ってしまった。
「相変わらずねあいつ。許されるなら一発ぶん殴りたいわ」
「そう言ってリフテラート駅の端から端ぐらいの距離ぶっ飛ばすつもりだろ、死ぬぞ」
「別にいいもーん」
一応咎めるべきなのかもしれないが、まぁグリフィアの気持ちもわかるのでこれ以上は言わないでおこう。
さて、問題の貨車である。よくよく見てみると、これまでの2軸の貨車を少し長くしてその間にもう一つの車輪を付けた構造だ。
新たに取り付けられた車輪をよく見てみると、可動式ではなく車体にしっかり固定されている。要するに3軸貨車、俺は鼻で笑った。
「もういいよ、行こう。これを自信を持って増産するなら、王立鉄道の将来は真っ暗だ」
「どういうこと?」
「ま、それはこれが走り出してからのお楽しみだな」
あえて勿体ぶってみる事にした。というか別にここで言わなくても、ちょっと考えればわかるぐらい3軸貨車には欠点があるのだ。運行開始までにそれに気付けばいいが、はてさて……
*
新型貨車のお披露目式から数十日が経って、あるニュースが飛び込んできた。それは『王立鉄道の貨物列車が、立ち往生事故を頻繁に起こしているらしい』というものだ。
「やっぱりやったか」
「予想してたの?」
「もちろん。ひと目見た瞬間から、こりゃダメだと思ってたよ」
3軸貨車は日本でも実用例が無いわけではない。と言っても、8200両も作った無蓋貨車トキ900形か、戦前に少し製造されたタンク貨車のタサ600形ぐらいだろうか。
トキ900形が作られたのは1943年から46年の戦中戦後にかけてで、この頃に作られた全ての車両に共通して言えるのが「資材不足」だということ。
どれもこれも"戦時型"と名前が付くぐらいで、鉄を使うところは可能な限り穴を開けて肉抜きをしたり代わりに木材を使ったり。中には軽くなりすぎた代わりに、死重としてセメントを16トン以上も積んだ機関車もあったぐらいだ。
このトキ900形も言わずもがな、少ない資材で大量の荷物を運べるのを念頭に作られた。ちょうど今の王立鉄道のように。
「そもそも2軸貨車ってのは、カーブをこう曲がるわけだ」
紙に簡単な図を書いて説明してみせる。2軸貨車に限らずボギー車体でも言えるが、カーブを曲がる際には車体の真ん中は少し内側に食い込んでくる。2軸貨車の場合はボギー台車のように車輪が線路をなぞるようには動かず、段々と車輪がレールと並行でなくなってくるので抵抗が強くなる。それでも別に、曲がれないというわけではない。
だがその真ん中に寄っている部分にもう一つ車輪を追加し、固定してしまったのが3軸貨車だ。するとカーブでレールより内側に寄るはずの車体の中心部を車輪が無理やりレールに添わせようとする形になってしまい、抵抗が大きくなりすぎてしまうという事態になる。
事実、トキ900を連ねた貨物列車がカーブの登り坂で立ち往生してしまい、一度下がってから勢いをつけて上がり直そうとしたが後退することも出来なかった。なんてこともあったようだ。
「なるほど、真ん中の車輪が干渉しちゃうのね」
「そういうこと。直線を走る分にはいいけど、王立鉄道は従来の街を縫うようにカーブの多い線形だから、一番不向きと言ってもいいだろうな」
まぁ正直、ちょっと考えればわかる程度の欠陥構造だ。戦時中で輸送力増強しか頭に無かった当時の日本とは違い、別にこの国は戦争状態にあるわけでもない。何をそんなに焦っているのだか。
「焦ってはいるんじゃない? そもそもラエルスの作った鉄道に対抗して作ってるぐらいなんだし、あのお披露目会の時もなんとかして出し抜こうって意図が見え見えだったもの」
「なるほど、それもそうか」
グリフィアの言葉も妙に納得できる。欠陥だらけの3軸貨車でもやけに自慢げだったし、そもそもこの鉄道を作っている最中から妨害工作っぽいこともあったのだ。
しかしムルゼ将軍だって、諸々のセクハラ発言とかを除けば将軍に上り詰めるほどの実力者である。真に利用者のことを考えた施策をやれば、もっと便利になるに違いないと思わないでもない。
——尤も、その地位が
「ま、今頃は大慌てで作り直してるんじゃない?」
「だろうな。3軸向けに車体を長く作ってたけど、ボギー台車履かせるなら短いし、かと言って2軸車にするなら長すぎるし。同情するよ」
「あのセクハラ将軍に?」
「まさか。無理難題押し付けられる現場の人達にさ」
現場の人も大変なんだし、何より迷惑するのはそんな王立鉄道を頼って生活している人たちなんだから。王立と銘打つからには責任もって運行しろよな。
なんて、心の中でムルゼ将軍に悪態を吐いてみるのだった。
その転生勇者、鉄オタにつき あまつか飛燕 @Hien-Amatsuka
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