後日談
第61話 結婚祝賀列車
ちょうど最終話を投稿してから1年経つので、閑話を数話ご用意いたしました。と言っても、別の話を書きながらちまちま書いているので、次の話がいつ投稿できるかわかりませんが……
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「と、いう訳でですね。お二人の婚礼ともなれば各国から要人が来るわけです。そして一般の方々も沢山」
「はぁ」
「そうなのね…」
眼鏡でもかけさせれば、まるで映画なんかで出てくる政府お抱えアドバイザーっぽい雰囲気で話すジーク。それを半分上の空で聞くラエルスとグリフィア。
「式をリフテラートで挙げるのであれば、当然参加者は鉄道を使って
御成婚記念祝賀列車というわけだ。
日本でも昭和34年4月、上皇様と上皇后様の御成婚を祝して、東京〜伊東の間に「準急ちよだ」という列車が走った。
この列車は当時特急列車として東京から大阪・神戸を結んでいた国鉄の目玉である特急こだま用の車両を使った、異例づくしの列車だ。
そもそも昭和30年代から40年代にかけては、新婚旅行は列車で行くのが主流だった時代。当時は宮崎が新婚旅行先として人気で、京都から宮崎の間を結んだ急行ことぶきなどは、1両のグリーン車の他は全てA寝台車だったという。
今でこそ大半が飛行機で海外に行くのが普通ではあるが、当時は列車に揺られて国内のリゾート地に行くのが普通だったのだ。ちなみに必ず新郎は座席側、新婦は窓側だったそうだ。
――と言うか、この世界に新婚旅行って概念あるのかな。俺が作ればいいのか?
「そうだな……予備車の特別車をかき集めて、豪華な列車にするのがいいかもな。速達性は正直捨ててもいいと思うし、急行列車扱いでもいいかもしれん」
「オルカル発ですかね」
「外国から人が訪れるのならユリトース海運とも相談して、マグラス港発でもいいかもな。と言うか、正直オルカルからあんまり人来ない気もするし」
海軍のカルファ将軍などは来てくれるだろうが、ムルゼ将軍は論外。国王だって来るかどうか。逆にどこから噂を聞き付けたのか、諸外国からは国王クラスの偉い人から昔お世話になった商人に至るまで、様々な人から問い合わせが届いている。本当に、有難いことだ。
「わかりました、助言ありがとうございます」
「いやいや、これぐらいは別にな。でも本当にジークだけで大丈夫か?」
ラエルスは念を押すように尋ねる。なんでも式を挙げるにあたって、鉄道と乗合馬車の従業員などはずいぶんやる気なようだ。祝賀列車やら乗合馬車への装飾やら、色んな企画を考えてくれているらしい。そしてそれらをまとめているのがジークなのだ。
そして最低限の助言だけを貰うものの、後は自分に任せてほしいというのである。確かに自分の挙式のイベントを自分で企画するというのは、なんとも都合が悪いものだ。主に自分が。
ここはサプライズという事で、首を長くして待つのもいいだろう。
*
挙式前日の夕方、ジークに連れられてリフテラート郊外にある乗合馬車の車庫にやってきた。
「どうですか! 観光協会の皆さんの案も借りて、かなり豪華に仕上げてみました!」
目の前にあるのは、色とりどりの季節の花や煌びやかな装飾で飾られた一台の馬車だ。
「え、私とラエルス、これに乗って行くの?」
喜色を隠しきれないような顔で、グリフィアがジークに訊ねている。なるほど、異世界版花電車——と言うより花馬車か。だがどこぞの王族の馬車のようにただ派手なだけではなく、しっかり上品さもある美しいデザインだった。
目をキラキラさせたグリフィアが中に乗り、早速座り心地なんかを試している。
この世界のいわゆる花嫁衣装と言うやつは、地球のようなウエディングドレスでも着物でもない。ドレスはドレスだが、もっと質素なものだ。初めて見た時は、地球のそれと比べれば動きやすそうだなと思ったぐらいに。
そもそも婚礼を大々的に行うのは王族か貴族か、あるいは余程の金持ち同士が普通だ。そうは言っても民間人に過ぎないラエルスとグリフィアの婚礼がここまで大々的に行われる事も異例なら、外国から王族をはじめとして有名人が来ることも異例なのだ。
「いよいよ明日だもんね!楽しみ!」
「なんか今から緊張してきたよ俺は」
「今更?私はもう何日も前から緊張してるのに」
見栄張った俺が馬鹿馬鹿しいなと、ラエルスは頭を掻いた。俺だってもう何日も前から緊張してるわ。
ジークが見せてくれたのはこれだけだ。あとは当日のお楽しみという事らしい。
式は明日の夕方だ。今頃は参加してくれる外国の人たちが、マグラスから特別仕立ての列車に揺られてリフテラートに向かってきている所だろう。
明日は忙しくなりそうだ。
*
迎えた当日、街は朝からお祭りムードだった。
いや、それ自体は別にいいんだが…
「これはちょっと恥ずかしいかなぁ…」
「確かにな」
至る所に「御成婚おめでとう!」「ラエルス様、グリフィア様の結婚祝い」などと書かれたポスター、横断幕が貼ってあり、どこのお店も記念セールときた。プロ野球の優勝セールじゃないんだから。
そんな街中を抜けて、2人はリフテラート駅へと向かう。ジークがプロデュースしたという花電車ならぬ花馬車はここから出発して、街をあちこち回った後に中心の広場へ向かうのだそうだ。
結婚式と言うと神社か教会か?なんて思っていたが、この世界にそれに相当するような場所は無い。ではどうするかと言うと、その人に縁の深い場所でやるのだそうだ。
それでラエルスとグリフィアはリフテラート発展の功労者だからというわけで、中心の広場でやる事に相成ったらしい。
道行く人は皆が顔なじみだ。他所の領主でここまでフレンドリーな人も珍しいというが、何の縁か自分の町という風になってしまったのだから、こうして親睦を深めるのも悪くない。そのほうが不満があった時なんかもすぐに対処できるし。
皆におめでとうとかお幸せにとか声をかけてもらいながら駅に着くと、この世界でいうタキシードに身を包んだジークが恭しく頭を下げて花馬車へと
「それでは、行ってらっしゃいませ」
まさに貸し馬車屋の人が言うような言葉でジークが送り出してくれる。普通の馬車はちゃんとドアが閉まるが、この花馬車は特別製で転落防止用の棒が付けられるだけだ。
つまりこれから街の中心に練り歩く間、俺とグリフィアはみんなからの声かげに応えながら進むわけだ。
「これはこれでなかなか恥ずかしいね…」
「ま、これも領主の務めと言うか。せいぜい王様にでもなった気分で手でも振りながら行くか」
あんまり鷹揚な振り方をするとどこぞの北の将軍様みたいになるし、微笑を浮かべれば今度は天皇陛下みたいになるな。なんて一人手の振り方を考えつつ、馬車はゆっくりと街のあちこちを巡る。
ちなみにここがきちっとしているジークらしいと言うか何と言うか、乗合馬車のルートには極力干渉しないように作られている。流石に式が行われる広場付近は迂回ルートになったようだが、それ以外は通常運行を維持しているらしい。しかし街のどこもかしこもお祭りムードらしいので、お客さんは多そうだ。さっきすれ違った馬車も沢山乗ってたし。
この街に来たときはどことなく閉塞感が漂っていた旧市街に近付くと、昔の趣を残しつつしっかり今の観光街に順応している街並みが見えてくる。乗合馬車が出来てもまだ虫の息だった店が、鉄道が出来て観光客が急激な増加を見せたことで持ち直した店も多いそうだ。
「ほら来た、救世主様だ」
「世界を救う勇者の物語は色々あるけどなぁ、こんな街まで救ってくれるなんて気が利いた勇者サマじゃないか」
なんか色々言っているのが聞こえてくるが、一つ注釈させてもらえば街はついでである。俺は鉄道が作りたかった、それだけだ。
今度は逆に郊外に伸びていった住宅街を通る。今やリフテラートは、景観の良さと街中の交通の充実も相まって移住してくる人が後を絶たない。密かにこの街の、いつの間にか高級住宅街と化している地区に別邸を構える王宮の高官もいるとかいないとか。公言してしまっては王立鉄道を支持する人たちに何をされるかわからないから黙っているらしいが。
沿道でお母さんと手を繋ぎながらもう片方の手を振る小さい子に、にっこり笑って手を振り返してやる。騒がしくて親子の会話までは聞こえないが、振り返してもらったとお母さんに報告しているのだろうか。
「いいなぁ…」
横に座るグリフィアがそうボソッと呟いた。クリティカルヒットです、ありがとうございました。
…で済ませたのは、昨日までだ。
「今日で名実ともに、俺とグリフィアは正式に夫婦だ。だから…な?」
「ふぇっ!?ま、まぁ…そうだよね…」
手をいじいじとさせながら、顔を朱く染めているグリフィアが大変にかわいらしい。今夜は、まぁアレだ。頑張ろう。
そうこうしているうちに馬車は中央の広場へ向けて進んでいく。どんどん賑やかになっていって、沿道の見物人も増えていく。やがて広場に到着すると、そこには一段高く台が作られている。え、あの上でやるの?
「お待ちしていました、ラエルス様。グリフィア様。さあ、こちらへどうぞ」
待ちかねていたとばかりにジークが、その台の上へと誘う。やっぱりそうなのね。
この世界の婚礼の儀は、新郎が誓いの文を読み上げ新婦が返事をするスタイルだ。証人は見に来た観衆の人全員で、これはなかなか責任が重い。
と言うのも、昔々の貴族は結婚しても愛人を次から次へと囲うのが普通で、それによって本妻を置いてけぼりにすることが多かったらしい。貴族たるもの、常に平民の目を意識すべしという考えもあってか、人生の伴侶であると公に皆に報告する現在のスタイルが一般的になったとかなんとか。
「本日、私たちふたりは――」
俺があらかじめ用意した誓いの文を読みだすと、不思議なぐらいの静けさが広場を覆う。
「――共に手を取り合って、幸福な道を作っていくことをここに約束します。グリフィア、私と共に、この道を歩んでくれますか?」
「――はいっ!」
既に涙腺が決壊しそうなグリフィアは、そう答えるなり俺の胸に飛び込んできた。それと同時に周りから盛大な拍手が送られる。
なるほどこれは――確かに、人生最高の瞬間だ。
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