203 元意識高い系、現意識不明系2
「いやだってユキトさん、あのときほんと酷かったですよ? まだ中2の俺を飲み会掴まえて、ずっと出版業界はこれだからダメだとか、『おれがかんがえたさいきょうのらのべ』の設定とか話してきて」
「あっあぁーっっ!!」
「他には『俺が編集者になったら毎年10万部売れる新作を作る』とか、『なろう系は一見、人気があるように見えるけど独特な文化のもとに生まれた作品が多く、ゆえにじつはターゲット層も狭い、つまりNARROWだからアニメ化しても売れないことも多い』とか」
「ぬあぁー!! 聞こえない聞こえないっ!!!」
「他には『売り上げが下がってるのに出版点数が増えているのは、目先の客を出版社同士が奪い合っているだけ。今こそ出版社が手を組んで、出版点数も上限を決めて、本以外のエンタメとも戦えるようにするべし』とか」
「もうやめて!! ボクちん死んじゃう!!!」
「そういう『そんなことできるなら誰も困らないでしょ。実現可能性ゼロの理想論じゃん』みたいなことを」
「いやもういっそのこと殺してっ!! 頓死させてっ!!」
テーブルに頭をがんがん打ちつけながら、ユキトさんは身もだえする。自殺志願者と思ってしまいそうな勢いだが、俺なら迷わずビルから身投げしそうな案件なので志願者なだけまだメンタルが強いと言えそう。
「ったく、なにが社会人だからね、なんですか。みっともないですよこんなところで」
「仕方ないだろー。こっちはそんとき中二病だったんだから」
「中二病……あのときもう大学生でしたよね?」
「そうちゃん、君は中二病の怖さを理解してない」
「怖さ?」
やれやれという感じで眉を八の字にするユキトさん。うーんウザい。でも、なんか言いたいみたいだし一旦我慢我慢。
「中二病はなんていうか不治の病みたいな……中二病にもじつは2種類あって、えーっと……シンプルに、精神年齢が低かったんだよ」
「上手いこと言おうとして諦めましたね今?」
「ちっ、バレたか」
「ちって」
「いいでしょ、ボクちんは作家じゃないんだから。作家だと普通に話してて面白くないといけないって風潮あるけどでもこっちは編集者なんだからそんな必要なんかないんだよ」
「まあ、それはそう……いや、編集者でもないんじゃ」
「……」
「まあ、それはそうとして……じゃあ、なんで俺に謝ったんです?」
「なんで? 簡単だよ。今までモヤモヤしてたことを言ってスッキリしたい。正直、そうちゃんの気持ちなんて二の次さ」
「うわー、勝手な人だ」
俺も今、本音をさらけ出して接しているが、でも、ここまで本音で言われると正直ドン引きでしかなかった。
しかし、そんなことは一切気にしていないのか、ユキトさんはそのまま会話を続行。
「そっかー、覚えてたか……」
「忘れてたほうが良かったですか?」
「いや覚えててもらわないと困る。ボクちんだけモヤモヤしてたとか不公平じゃん」
「不公平って」
「それに、たしかに元凶というか、種を撒いたのはボクちんだけど、でも育てたのはそうちゃんじゃん?」
「育てた、ですか?」
「うん。ボクちんの心のなかのモヤモヤに水をやってたのはそうちんだもん」
「いや俺の呼び方まで変わってるんですが」
ツッコミを返した俺だったが、育てたのは俺というユキトさんの表現については素でわからなかった。一体なんのことを言っているのだろう。
すると、ユキトさんがこう続ける。
「だってそうちゃん、あのあとオフ会に来なかったし、ツイッターにも現れなくなっちゃったでしょ?」
「ああ、それは……」
「あれ、ボクちんちんの意識の高さが原因だったのかなって……そうちゃん、ツイッターで交流するの楽しんでる感じだったから、ボクちんちんのせいでそれができなくなってたなら、申し訳ないことしちゃったなっていうか」
その話を聞き、俺は彼がなにを言おうとしていたのか納得する。あの日のオフ会での自分の振る舞いが原因で、俺がオフ会やツイッターに姿を見せなくなったのではないかと、ユキトさんは勘違いしているようだった。
うーん、心配してくれてた手前、あんま言いたくないけど、この人ほんとに世界の中心が自分なんだな……真剣にそう語る瞳には、澄んだ光がともしており、ここまでくるともはや「この人はこのままでいいのでは」と思えてくる。ほら、良く言えばピュアって言えそうでしょ、こういうの。
でも、ここはきちんと否定しておかないとだ。
「あのユキトさん……違います」
「えっ」
「俺がオフ会行かなかったり、ツイッターに現れなくなったの、ユキトさんが原因じゃないです」
「えっ」
ユキトさんがポカンとした顔になる。でも、これは実際そうなのだ。
「ホントに違って。俺、あのあとスマホを壊しちゃったんですよ。それで買い換えたら、ツイッターのパスワードとか忘れちゃって……ただ、ログインできなかっただけなんです。それに、中3になって受験勉強とかもしなくちゃいけなかったし、忙しくなってそれどころじゃなくなったのもあって」
「そうだったんだ……」
そして、彼は肩をほっとなで下ろした。可容ちゃんと同じく、てっきり自分の行動で連絡が取れなくなったと思っていて、そうじゃないとわかって安心したようだ。
可容ちゃんの場合と違って、ユキトさんの場合は「自意識過剰だろ……」と思わなくもない、というか思うばかりだが……。
でも、それでもこうやって2年とか3年も俺のことを思ってくれていたというのは、正直悪い気はしないと思った。
そして、俺がそんなふうに思っていたからだろうか。
ユキトさんはほんの少しだけ緊張した面持ちを見せると。
「そうちゃん、このあと少し……いや、結構時間あったりしないかな?」
彼らしい面倒な、奇をてらった、しかし気取りはもう感じさせない言い回しで、俺に尋ねたのだった。
隠れて声優やってます。〜クラスの無口な女子の正体が超人気アイドル声優だと気付いてしまった俺の末路〜 ラッコ @ra_cco
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。隠れて声優やってます。〜クラスの無口な女子の正体が超人気アイドル声優だと気付いてしまった俺の末路〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます