202 元意識高い系、現意識不明系1

 その後、俺たちは近くにあるカフェに入った。本屋の後はTSUTAYAで、アマゾンプライムやNETFLIXでは観られない作品のDVDを借りるはずだったけど予定変更だ。


 テーブル席を確保していると、ユキトさんはアイスコーヒーふたつと、チーズケーキをトレイに載せて運んで来てくれた。あの旅行の夜以降、なんとなく気が引けて可容ちゃんと連絡が取れていないのに、ユキトさんが目の前に座っているのだから不思議だ。


「急に誘って悪いね」

「いえいえ。こちらこそ奢ってもらって悪いなって」

「年上だし、社会人だから当然だよ」

「ホントに出版社に入ったんですね」

「まだ2年目だけどね。しかも編集者じゃなくて書店営業。人員削減の影響で担当エリアが広くて毎日動き回ってるんだ。まさか自分が営業マンになるなんてね」


 窮屈なのかジャケットを脱いでイスにかけると、シャツを軽く腕まくり。メガネケースからメガネを取り出して身につける。3年前にかけていた、ウェリントンタイプのおしゃれなメガネだ。


 なんというか、一挙手一投足が社会人という感じであり、ハイテンションに「美少女の出汁」とか言ってたさっきまでとは全然違っていた。こうやって向き合ってみると、スーツはシンプルながらも上品な一着で、もともとの顔立ちの良さもあいまって、普通に仕事ができそうな若手サラリーマンに見えなくもない。


 実際に仕事ができるのかはさておき、少なくとも3年前の印象とは大きく異なっているのはたしかだった。あと30分前の印象とも。


「しかし、奇遇だよね」


 穏やかな笑みを浮かべると、彼はアイスコーヒーを軽く口に含む。コップを横から掴むのではなく、上からわし掴みするように持ち上げ、人差し指と中指の間からストローを通してそこから飲んでいる。3年前の意識の高さ&面倒くささはなくなったのかと思いきや、コップの持ち方は面倒くさい感じだな。


 ……しかし、そんなことを思っていると。


「それでさ、そうちゃん……今日、こうやって誘った理由なんだけど」


 急に申し訳なさそうな表情になるユキトさん。あれこれ、なんかデジャブ感ある流れなんだけど、ま、まさか……。


「3年前の飲み会なんだけど……あの日は本当にごめん!!!」


 そう言うと、彼はその場で頭を下げたのだった。


「えっと……」


 どういうことだろう、と思う。でも、困惑するのも自然だよなあと自分でも思う。つい一ヶ月ほど前に銀髪の美少女に謝られた気がするのに、今は別の人にも謝られているのだから。


 高2の夏って誰かに謝られることが増えるのかな。今日の朝の占い、そんなこと言ってたっけ、TVerであとで確認しなきゃだ。占いって朝出るときに見て一喜一憂するもんじゃなく、帰ってきてから朝のを確認して当たってるかどうかを意地悪く楽しむものだよね? そういう楽しみ方なのもしかして、俺だけ?


「えっと……」


 現在進行形で起きていることに対応できず、思わず思考が現実逃避してしまったが、そうは言っても俺が戸惑うのは当然だろう。


 しかし、ユキトさんのなかではすでにある程度覚悟が決まっていることなのか、真面目な表情で話を続ける。


「俺さ、3年前の飲み会で、超超超ウザかったでしょ?」

「ウザかった……というのは」

「薄っぺらいラノベ論とか編集者論とか創作論とか、そうちゃんに2時間以上ノンストップで話しちゃったでしょ? ラノベは今の時代で小説が生き残っていくうえでの唯一のフォーマットだとか、今の若者は受け身なコンテンツに慣れすぎて読書が苦手だから凝った文章表現とか要らないとか、作家はいい作品を書いても売れないと意味ないとか、世間知らずにじみ出ちゃってたでしょ? 意識の高いアレコレ語っちゃってたでしょ?」

「え、えーと、そんなことは……」

「そうちゃん。もう気遣ってくれなくていいから」


 ユキトさんはテーブルに両手をつきながら、真剣な目で俺に訴える。指先には力がこもり、程よく日焼けした肌に筋や血管がはっきり浮き出ていた。


「俺もあれから3年経って、社会人になって自分を見つめ直したんだ。それでわかった。自分はただの世間知らずだったって」


 早口に一気にまくしたてた先程から一転、ゆったりとした口調で、若干苦しげに語る。


 どういう意図を持って、彼があのときの話を持ち出してきたのかは謎だ。でも、なにかしらの思いとか覚悟のようなものがあるのは俺にもわかったし、自分の過去を乗り越えたい気持ちもわかった。俺だってつい最近まで、中2の冬に可容ちゃんに放ってしまった言葉を、本気で後悔していた人間だから。


「……わかりました」


 そう考えて、俺は告げる。


「この際もう気を遣わないです……はいっ! 意識高くて超ウザかったです!!」

「ぐさっ!! ウザかったって、ぐさっ!! そうちゃん酷っ!!」


 真面目に、ユキトさんのことを思って正直に言ったワケだが、彼の反応は想定外のものだった。


「いや、ユキトさんが気を遣うなって」

「正直に言っていいって言っても、ちゃんと傷つきはするんだよ」

「なんすかそれ」

「繊細なんだよ、ボクちん」


 テーブルにぐんにゃりと突っ伏しながら、ユキトさんが傷心した顔で俺を見上げてくる。 その目つきはもはや恨めしそうであり、この数秒間で自分を被害者に仕立てあげようとしている感じすらあった。


 そして、俺は気付く。


(あ、やっぱこの人、全然変わってないわ……今もウザいままじゃないか)


 気を遣わないでいいと言ったくせにちゃっかり傷ついてるし……正直、この温厚な俺でも腹が立ってくるところだ。てかなにがボクちんだよ。3年前も意味不明だったけど、やっぱ今でも意味不明だぞ。


 なので俺はここぞとばかりに反撃に出ることにする。


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