201 望んでいなかった再会2

「おい、ちょちょっとっ!」


 おじさん店員が慌てて若い男性の口を押さえる。結果、途中で話が止まるが、結構大きな声だったのでおじさん店員は普通に焦って、周囲をキョロキョロと見回している。


「え、なに君、本屋で変なこと言ってんのっ!?」


 幸い近くには俺以外の客はおらず、つまり俺以外は聞いていなかったようだ。ということで俺は今まで以上に死角に入るように、本棚に身を隠す。


「なにって、激推しの新刊のタイトルですが」

「それはわかってるけど。でも今、営業中なんだようち?」

「いや僕だって営業中ですよ。営業マンなので」

「まあそうだけど」

「こっちは真面目に話してるんです。茶化さないでください!」

「ご、ごめんなさい……ってなんで謝ってんの俺?」

「ちなみに具体的な内容ですが……」

「いや、聞かなくてもわかる。絶対酷い」

「妹作品ばっかり書いてた売れないラノベ作家が、お金で雇ったビジネス妹たちに踏みつけてもらって愉しんでいる最中に圧死し、異世界に転生。そこはロリな美少女たちが入った風呂の湯を飲んで病を治すという独特極まる文化を持った国で、主人公は国中を渡り歩いて色んな妹たちの出汁が出たお湯を売買し、ときに自分で飲んでくうちに成り上がっていく……ってお話です」

「わからなかった。聞いたら想像の30倍酷いじゃないか……」

「まあ良いか酷いかは読者が決めることなので。実際、『なろう』でも1億PVたたき出してますし」

「え、『小説家になろう』でそんなに!?」

「いえ、『小説家になろう』じゃなくて『小説書きになろう』です。『なろう』でこんなエチエチな作品載せられるワケないじゃないですか、ははっ」

「なにその東大出身ですって言って東洋大学出身みたいなオチ。そんでもってなんで若干バカにしてるの?」

「まあ正直中身なんか全然ないんですけど、売れそうなんで」

「それを出版社の人間が言うってどうなの……まあでも、個性はあるようだし、置いてもいいかな。なにより、それで君がはやくいなくなってくれれば……」

「ありがとうございます! さすが見る目がある!」


 渋々と言った感じで店員が受け入れると、若い男は元気に返す。


 正直誰がどう見ても「この頭のおかしいやつをはやく静かにさせないと……」という感じで発注を受け入れた感じだが、彼は気付いていないか、気付いてて無視しているようだった。


「じゃあ次はですね……」


 その若手営業マンの店内プレゼンはまだ続いていたが、俺はその場所から遠ざかった。


 そして、周囲に聞こえないくらいの大きさでため息をつき、胸のなかでこんな言葉を漏らす。


(な、なんて頭の悪い営業なんだろう……)


 出版社と言えば、いい大学を出て厳しい就活戦争に勝ち抜いた人が入る会社というイメージが俺にはあった。だからこそ、出版社勤務の人は編集者だけでなく、営業マンも頭がいい……と思っていたのだが、実際は書店内で「美少女の出汁」を連呼しているのだ。


「美少女の出汁……」


 パワーワードすぎてつい言葉にしてしまったそのとき、中学生っぽい女子3人組が近くを通りかかり……明らかに言葉を失い、ドン引きの表情を見せて、逃げるようにレジの方向に向かって走っていく。


「うわ俺、明らかに不審者だよな俺……ま、マズい。通報される前に逃げなきゃ」


 俺は早足でその場を離れることにした。一刻も早く離れないと、美少女の出汁を求めている不審者に勘違いされてしまう、あのアホ営業マンのせいで。


 しかし、前を見ずに歩いていた結果、


「うわっ!!」

「いてっ!!」


 曲がり角で誰かとぶつかった。顔をあげると、そこにいたのは七三に前髪を分けた、思いの外、インテリ風な見た目の20代中盤くらいのスーツ姿の男性。


「すいません、ぶつかっちゃって」


 そして、声でさっきのアホ営業マンだとわかる。


「ケガはないですか?」

「あ、えっと……はい」

「注文が取れて浮かれてて、つい前を見ずに歩いてて……」


 彼の語り口は落ち着いており、さっきとは大違いだった。


 当然、俺は戸惑うのだが……気付くと、彼もまた驚いた表情をしており、俺の顔を食い入るように見ていた。


「あれ、君、どこかで……もしかして、そうちゃん?」


 いきなり名前を言われ、俺は困惑する。たしかに、俺はそうちゃんだ。


 でも、知り合いに20代中盤の若手営業マンなんていないワケで……。


「え、すいません誰ですか?」

「わかんないか。まあでもあれから3年経つしね」

「3年?」

「……あ、じゃあこれなら」


 そう言うと、彼はカバンを脇に挟み、親指と人差し指で○を作って、両目に当てる。それは丸いメガネのようであり、七三に分けられた前髪もあいまって意識高い大学生みたいな、意識高い大学生が卒業から何年か経ったみたいな雰囲気が出て……。


「もしかして……ユキトさんですか?」


 俺の言葉に対し、彼はにっこり嬉しそうに笑う。


「そう。良かった、覚えててくれてたんだ、そうちゃん」

「忘れてないというか、忘れられないというか……」


 だって俺と彼が出会ったあの飲み会の日は、俺と可容ちゃんが初めて出会った日でもあるのだから。そんた重要な日のことを忘れるはずがないし、今でも鮮明に覚えている。


 それがたとえ、飲み会でユキトさんに2時間にわたってウザ絡みされた記憶であっても、それ含めて大事な思い出なのだから。

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