第64話「おしまい」

「周囲安全確認いいか!? 出すぞ!」


「こっちは準備完了だ! 地面の水平もきっちりとってある!」


 大声で周囲に確認を取り、俺は何もない空間から巨大な宿屋兼酒場の建物を引きずり出した。

 高さの調整もだいぶ上達している。

 建物はほんの少し振動しただけで、まるで大昔からそこにあったかのようにそびえ立った。


「よーし! 完璧だ! さすが【運び屋】だな!」


 工事担当が、都市計画の図面と見比べながら汗を拭く。

 俺は親指を立て、次の場所へと向かうために馬に乗った。


 王国間会議から半月。

 七王国すべてから信任を取り付けた「第八王国」は、目下全力を挙げて街の造成と、第六層への直通アーティファクトの設置作業に追われていた。


「兄ちゃん! 今日も最強ギフトは絶好調だな!」


 馬上。次の現場のリーダーと連絡を取ってくれたロウリーが、腕の中で振り返る。

 あの丸太と土で防壁を組んだだけの砦は、もうすでに巨大な街になっていた。

 ロウリーの頭をなで、第八王国の城を眺める。

 街の造成の一番初めに「王国間会議」の開かれたあの古城は、今ではすっかり修繕され、美しくそびえ立っていた。

 城を丸ごと運ぶと言うのは、さすがに無理だと思った。

 しかし、アミノやロウリー、マグリアにイソニアにまで、自分に限界を作ってはいけない、やればできると励まされ、やってみると案外簡単だった。

 リュックという自分が勝手に作った限界がなくなり、「しまう」容量に際限がなくなっただけでなく、「しまった場所」すら関係なく、まったく別な場所から取り出すことができるようになっている。

 つまり「運ぶ」際の重さにも限界がなくなっていたのだ。

 一番驚いたのは俺自身で、ほかの冒険者の反応は「あんたならできるさ」と軽いものだった。


「お、ベアにゃんお勤めご苦労様なのにゃ!」


 工事中の昇降機のそばを通ると、数十人の魔術師集団の中から、ネコ耳がぴょこんと手を挙げた。

 アーティファクトの起動実験中のマグリアに、こちらも手を振る。

 この昇降装置はアングリア王国のものほど大きくはないが、その代わり三台が設置されていて、第一層から第六層まで、好きな階層に止まることができという優れものだ。

 周囲はアーティファクトと毎日更新される魔法で、何重にも厳重な結界が張られることになっていた。


「あ、そういえばイソニアにゃんが探してましたにゃ。なんでも修道院の移築で相談があるとかないとか」


「わかった。次の仕事を片付けたら行ってみよう」


「マグリアのねーちゃん! 今日はパーティだかんな! 遅れんなよ!」


「わかってますにゃん!」


 そのまま、次の建物を設置に向かい、修道院の建設予定地へ向かう。

 冒険者装束しょうぞくではなく、修道女姿のイソニアが、俺たちを迎えてくれた。


「お忙しいところすみません」


「いや、かまわんさ。で? 何か困ったことでもあったか?」


「はい、実は――」


 この修道院は、命を落とした冒険者の子供や幼い兄弟姉妹が独り立ちするまでの面倒を見る孤児院を兼ねる予定だった。

 しかし、第八王国暫定議長であるプリスニスの発案で、さらに子供に冒険者としての教育を施す「学園」も兼ねてはどうかとの提案があったそうだ。

 そのために、周囲にもう少し土地を増やし、建物も増築したいと、そういう話だった。


「悪くない話だとは思うが、俺はドゥムノニアの英才教育みたいな学園はどうかと思っているんだ。才能が……ギフトがあるからと言って、小さな子供が命がけの修行なんかするもんじゃない」


「ええ、それはそうです。もちろんです」


「えぇ~? そうか? あたしはせっかくギフトを持ってるなら、孤児になって誰かに養ってもらうよりよっぽどいいと思うけどな~」


 イソニアは同意してくれたが、ロウリーは不満そうに唇を尖らせる。

 確かに、ロウリーのように考えるものもいるだろう。しかし、俺は子供には子供らしい生活というものがあると思っていた。

 どう答えようかと悩む俺をよそに、イソニアはにっこりとほほ笑む。


「ロウリーさんの言うこともわかります。だから私は、学園をクラスで分けたいと思っているんです。将来の職のために基礎を学ぶクラス。ギフト持ちとして英才教育を望む者たちのクラス。そしてそれだけじゃなく、広く教養を身に着けるための一般クラスも欲しいと思っているんです」


 夢を語るイソニアの瞳は輝いていた。

 子供たちが、貧富の差なく教育を受けられる。俺もそれは素晴らしいことだと思った。

 世界中でそんな国は今まで一つもない。


「それは……いいな。それじゃあ張り切って大きな建物を作らないとな」


「そうですね。資材はこれくらいで……」


 こまごまとした話をしていると、飽きた様子のロウリーは、先にパーティーへ向かうと、さっさと行ってしまった。

 すっかり日も沈むころ、ある程度の相談を取り決めて、俺たちも今日の仕事は終わりにする。

 今夜のパーティで落ち合う約束をして、俺は部屋へ戻った。


「ベアさん」


 部屋の前で待っていたのは、アミノだった。

 普段の鎧姿ではなく、今日はフォーマルなドレスを身にまとっている。

 その姿はまるで月の世界のお姫様のようだった。


「……どうしました?」


「いや、なんでもない。アミノこそどうした?」


「いっしょに……いっしょにパーティに行きたいと思いまして」


 ほほを染め、すねたように背中で手を握るアミノは、やはり美しかった。

 まだ十三歳、成人前の子供なのに、俺は初めて会ったあの時のように、彼女に見とれた。


「最近ベアさんは仕事ばっかりです」


「そうだな」


「仕事の時はロウリーとずっといっしょなんですもん。私だって……」


「そうだな……少し待ってくれ」


 急いで部屋に入り、以前プリスニスから贈られたスーツに着替える。

 着なれないスーツは何となく居心地が悪かったが、俺の姿を見たアミノの笑顔で、そんな気持ちはどこかへ吹っ飛んでしまった。


「ネクタイが曲がってます」


 背伸びをして、俺のタイを直す。

 半歩下がってもう一度俺を眺めたアミノは、うんと一つうなずいた。


「変じゃないか?」


「いいえ。かっこいいですよ。ベアさんはいつでも」


 彼女の言葉に、俺は心の底から喜びが沸き上がる。

 震えそうになる足に力を込め、俺は美しいアミノの前に片膝をついた。


「ベアさん?」


「アミノ。俺はこれからも冒険者はやめられないと思う」


「……はい」


「それでも、俺は……アミノにずっと隣にいてほしい」


「それは……冒険者として……ですか?」


「冒険者としても、生涯の伴侶としてもだ。アミノが結婚できる歳になったら……俺と一緒になってくれ」


 膝をついた俺のほほに両手を添え、アミノは唇を近づける。

 固く閉じた唇同士、ただ唇を重ねるだけの、幼いキスだったが、俺は全てが報われた気持ちになった。


「もちろんです。ベアさん。ずっと一緒です」


「あー! 兄ちゃん!」

「ベアにゃん!」

「ベ……ベアさん!」


 いつの間にか、一本先の路地に集まっていたらしき、ロウリー、マグリア、イソニアが駆け出してくる。

 三人に、祝福半分冷やかし半分ではやし立てながら、俺たちは城へと向かった。


 ◇ ◇ ◇


 後に、『冒険者王』という恥ずかしい名前で呼ばれることになった俺は、この日、第八王国の名誉国王となった。

 この先も【運び屋】パーティである俺、アミノ、ロウリー、マグリア、イソニアは、冒険を続けることになる。

 第八王国を守るための、そしてやがては世界を守る戦いにも赴くことになるのだが。


 それはまた、別の冒険譚として語られるべきだろう。


――了

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ハズれギフトの追放冒険者、ワケありハーレムと荷物を運んで国を取る! 寝る犬 @neru-inu

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