第63話「秘められた真の力」

 世界が爆発につつまれたと俺は感じた。

 一つのギフト専用武器が破壊されただけでも、小さな村が一つ吹き飛んだという記録もある。

 それも今回の爆発は、【断黒だんこく】の黒剣こっけんと【銀翼ぎんよく】の両剣イカロスという当世最強の武器だ。

 お互いがお互いの魔力を膨れ上がらせ、魔力爆発はとんでもない大きさになった。


「アミノっ! ロウリー! マグリア! ……イソニアっ!」


 膨れ上がる光の中、仲間たちの名前を叫ぶ。

 しかし、それに答える声はなく、俺は無意識に爆発へと手を伸ばした。

 この爆発は大きすぎる。

 たとえ俺のギフトの全力を出せたとしても、百分の一も「しまう」ことはできないだろう。

 しかも、その爆発に巻き込まれ、俺のリュックはもう跡形もなく消えているのだ。


「クッソ……【運び屋】がぁぁぁ!!」


 爆発から身を守ろうと、全力で力を抑え込んでいた【銀翼】が、呪詛の言葉を吐く。

 その声から、もうそろそろその努力も限界なのだと、俺は悟った。


「ベアさん!」

「兄ちゃん!」

「ベアにゃん!」

「ベアさん!」


 突然背後から聴こえる、アミノが俺を呼ぶ美しい声。

 三人の仲間の声がそれに続く。

 いつの間にか俺の背中を支えてくれている彼女たちの手の感触に、俺は力をもらい、同時にいやな汗をかいた。


「お前たちっ! どうして……逃げろ!」


「逃げてもむだにゃ」


「そうだぜ、兄ちゃん」


「そうですね」


「ベアさんに、命は預けてありますっ!」


 声援と信頼。

 それを受けて、俺は爆発の中心に視線を戻す。

 目を血走らせながら、その精神力のみでエネルギーの本流を抑え込んでいた【銀翼】アルシンと目が合った。


「てめぇはあいかわらず、女に取り入るのだけはうめぇな!」


「すまないアルシン。俺のせいで――」


「うるせぇ黙れ! それ以上一言でも口をきいてみろ、ぶっ殺すぞ!」


 殺すも何も、もう俺たち全員の命は風前の灯火だ。

 だが俺は、【銀翼】の言葉の迫力に、口を閉ざした。


「へっ、ハズれギフトのわりには上出来だぜ、何しろ前最強と現最強の冒険者を道ずれだからな。あばよ【運び屋】、もし生まれ変わっても、俺に近寄るんじゃねぇぞ」


 死を覚悟した【銀翼】の両腕から、炎が噴き出す。

 アルシンの笑い声を聞きながら、俺は何もない空間を握りしめ、虚空へ向けて腕を振った。


「わぁっははは! はは……は?」


 突然、周囲の熱が消え去った。

 澄んだ空の下、【銀翼】アルシンの笑い声だけが響いている。

 静まり返った砦に、ざわざわとどよめきが走った。


「……はぁ?!」


 アルシンが、焦げてはいるが今はもう炎も消えているガントレットを見て、素っ頓狂な声を上げる。

 俺は腕を横に伸ばしたまま、あの「しまう」感覚を感じていた。


「はぁ?! はぁ?! どういうことだ【運び屋】ぁ!」


「いや、どうやらしまえたらしい」


「んなわけねぇだろうが! ギフト専用武器三個分の魔力爆発だぞ! てめぇのハズれギフトにそんなキャパあるわけねぇ!」


「それはそうなんだが」


「そもそもあのきったねぇリュックだって爆発したじゃねぇか!」


 わめき散らすアルシンをよそに、アミノたち、そして砦の仲間たちから歓声が上がる。

 アミノとロウリーが先を競うように背中に乗り、俺はよろめいた。


「明らかに今までの限界を超えてますにゃ。ベアにゃん、隠された真の力にでも目覚めましたかにゃ?」


「いや、そんな都合のいい話はないだろう」


「そうだ! こいつにそんな力あるわけねぇんだ!」


 アルシンの怒鳴り声にうなずきつつ、手を握ったり開いたりを繰り返す。

 いらいらしている【銀翼】に視線を戻して、自分でも驚いている俺は、ゆっくりと結論を口にした。


「まず訂正だ。俺のリュックはギフト専用アイテムじゃない」


「はぁ?!」

「えぇ?!」


 【銀翼】のあきれた声に、アミノたちの驚きが続く。

 背中のロウリーとアミノを地面に下ろし、俺は説明を続けた。


「俺は自分のギフトを知ったとき、うまく使うことができなくてな。『ものを空間にしまう』という感覚を自分で認識しやすいように、ギルドのギフト監督官からのアドバイスもあって、あのリュックを使うようになったんだ」


「え? じゃあリュックなくてもギフトを使えるんですか?」


「あぁ、本来ならな。できるはずだったができなかった。実際にできたのは今日が初めてだ」


「結局真の力に目覚めたのですにゃ」


「うん? まぁ……そういうことに……なるか……?」


 和やかな空気の中、砦の仲間たちがどっと笑う。

 俺は顔を赤くして、頭をかくしかなかった。


「……で済んでたまるかぁ!!」


 ゆるんだ空気を振り払い、【銀翼】アルシンが叫ぶ。

 【黒剣】はあのまま異空間に封じ込めたが、今まさに敵対している相手がまだ目の前にいることを、俺も含めて全員が思い出した。

 【銀翼】の名のもとになった両剣イカロスはすでにない。

 しかし、ギフト専用武器がなくとも、彼の膂力が現役冒険者最強クラスであることに変わりはなかった。


「百歩譲ってボロ袋が無くてもハズれギフトが発動すんのはいい! だがな、あの質量の魔力爆発をしまえたのはなんでだよ!」


 アルシンは、無造作に手を伸ばす。

 反応が遅れた俺は、簡単に襟首をつかまれ、一瞬で窮地に陥った。

 アミノたちも虚を突かれ、武器を構えるが後の祭り。


「動いたら首を折るぜ」


 そう言い放ったアルシンを、ただ遠巻きに見ていることしかできなかった。


「しまえた理由は簡単だ。しまっておくリュックがない。つまり、この世界にある空間すべてが、俺の【運び屋】のギフトの容量になった」


「はっ! じゃあ実質無限の容量じゃねぇか」


「そうなる」


「そんなふざけたギフトがあってたまるか!」


「あるんだ。なぁアルシン」


「なんだ」


「もう……やめないか」


 襟首を締め上げるアルシンの手に、そっと手を添える。

 当代最強の【銀翼】アルシンへ、俺を追放した以前のパーティリーダーへ向けて、俺は静かにそう聞いた。


「言ったはずだ。俺様はもう冒険者じゃねぇ」


 そう答えて、【銀翼】はニヤリと笑った。


「それに、ハズれギフト野郎、てめぇとはうまがあわねぇ」


 彼の手に一瞬、力が籠められる。

 それより一瞬だけ早く、俺はギフトを発動させた。

 目の前から一人の冒険者が消える。

 こうして俺たちは、最強最悪の刺客から、砦を守ることに成功した。

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