第62話「政争」

 ウィルトシャー平原の古城。

 巨大なテーブルに並ぶ九人は、七王国の盟主に、このウィルトシャー平原を治めるアングリア王国のジエキメルラン伯爵と、第六層への直通路を実効支配する仮称「第八王国」の代表プリスニスを加えた面々だった。

 背後にはそれぞれ、秘書官や護衛が立っている。

 プリスニスの背中には、第五層冒険者【静謐せいひつ】の涼しげな姿がついていた。


「――このように、アングリア王の寛大なるお心により、不肖このアルビオン・ジエキメルランが第六層への直通路及び周辺の土地を管理し、特別にすべての国の冒険者が直通路を使用する許可を出し、『自由冒険都市』として統治することを提案いたす次第でございます」


 意気揚々と、ジエキメルラン伯爵は事前に用意していた書類を読み上げた。

 本来であれば、このような場での論議には開始前の時点でほとんど結果は決まっている。

 七王国の立場の弱いものから順次『賛成』や『反対』の短い意見を交わし、大筋の結論を確認した後、実務者レベルの会議へと場を移すはずだった。

 しかし、伯爵の発表の後、賛同の意を表すはずの王たちは微動だにせず、場を見守っている。

 何が起こっているのかと焦り始めた伯爵が、アングリア王、ドゥムノニア王を交互に見ては汗を拭いていると、プリスニスがゆっくりと立ち上がった。


「発言の……許可をお願いしたく」


 本来ドゥムノニアの一王女であるにすぎない彼女には、政治の場である七王国会議での発言権はない。

 だが、立ち上がった彼女に向かって、七王国の盟主は次々と指導者の証である指輪のついた手を軽く上げ、許可、賛同の意を表した。

 アングリア王も許可を示し、最後にドゥムノニア王が許可する。

 プリスニスはごくりとのどを鳴らし、七人の王たちを見まわした。


「まずはアングリア王の寛大なご提案に謝意を。しかし、たとえ自由冒険都市という特区だとしても、特定の国が第六層への直通路を支配し、管理することは、多くの問題を抱えていると言わざるを得ません」


 ウィッチェ、マゴンサエテ、ヘスティンガスの王たちが目くばせし合う。

 バーシニアの王は面白そうにプリスニスを見つめ、ウレキオンの年老いた王は、アングリア王の顔色をじっと窺っていた。


「そこで七王国の王全員へ、ご提案申し上げる。人類すべての宿願であり、人類すべての脅威でもある第六層への入り口には、大迷宮を、そしてモンスターを知り尽くしたものたちによる管理が必要であると。ここで信任をいただきたい。七王国すべてと同盟を結び、冒険者自身が大迷宮を管理する『第八王国』の設立を」


 ドゥムノニア王は無表情のまま静かに目をつむり、場を静観する構えだ。

 誰も声をあげる者がいないのを確認して、ウレキオンの王が指輪の手を持ち上げた。


「その第八王国というのはどのようなものであるか」


「はい。仮に王国と称しておりますが、王を持たぬ国です。はじめはわたくしと主要な冒険者の合議制で国を運営することになりましょう。冒険者ギルドの約款を基に国法を定め、それに背かぬものすべての自由を保障するものです」


「ギルドの約款とは」


「……いろいろとありますが、おおざっぱに言えば人類すべてが協力し、助け合い、大迷宮に挑む……その程度のものと考え置きいただきたく」


 背後に控えた【静謐】が、従者に第八王国の国法の草案を配布する。

 各国国王の秘書官たちは、慌ててそれを読み始めた。

 ただ一人、ざっと直接目を通したバーシニア王が、くっくと笑う。

 プリスニスは落ち着いて若き王へと視線を向けた。


「何か不備があればご指摘願いたい」


「くっく、いや失礼、不備があるわけじゃない。ただ、ずいぶんと子供じみた法だと思いましてな」


「この国は冒険者たちの理想を求める国ですので。高きに理想を置かなければ、国の衰退も早いと、そう考えております」


 まっすぐに目を見つめ、プリスニスは断言する。

 バーシニア王は物おじせずにその瞳を見つめ返し、「まぁそれはいいとして、だ」と言葉を継いだ。


「国体をなすには軍も必要だろう。経済基盤もだ。冒険者の寄り合いに、そんなものがありますかな」


「ご承知のように第六層への直通路を有する『第八王国』は、アーティファクトを独占はせぬものの、貿易による富はある程度ありましょう。冒険者には一定の租税を課す予定でおり、国体を維持するに支障をきたすとは思っておりませぬ」


「冒険者から……ねぇ。まぁ第六層アーティファクトともなれば、確かに金を払っても冒険者は集まるだろう。それで、軍備は?」


「それこそ冒険者がおります。ギフトを持った冒険者の軍には数十万の精兵とて敵いはしますまい。それに」


「それに?」


「第八王国は七王国すべてと同盟を結ぶのです。世界を敵に回そうという愚か者でもない限り、安泰でしょう」


 バーシニア王は、プリスニスがそう答えた瞬間のすべての王の表情を見逃さなかった。

 とはいえ、ジエキメルラン伯爵以外のものたちは、ほとんど表情を変えない。

 それでも、バーシニア王は満足して、深く椅子にもたれた。


「それでは、ご裁可を――」


 プリスニスが話をまとめようとしたとき、今まで黙っていたドゥムノニア王が指輪を持ち上げる。

 今まではなんとか余裕もあったプリスニスだったが、兄王の視線が自分へと向けられたのを知って、表情が凍った。


「聞こう。第八王国とやらは我がドゥムノニアとアングリアという二国に挟まれた土地にある。どちらかが攻め入る意思を見せれば、一揉みにされるのではないか」


「……その二大国が、相手の暴挙を見逃すとは思いません」


「だとしてもだ。援軍が来るまで持ちこたえられぬような脆弱な軍備では話にならんのではないか。軍でないにしろ、冒険者には冒険者、ギフトにはギフトということもある。数を頼みとする既存の軍と違い、冒険者の力を柱とするならば、暗殺などが有効となるだろう。例えば最強の冒険者を国が雇い、暗殺に仕向ける。そんな前時代的な陰謀が、有効にもなろう」


 ドゥムノニア王の冷静な質問が飛ぶ。

 反論しようと口を開きかけたプリスニスの視線の先で、窓の外が明るい光に包まれた。

 この世界に住むものならば見違えようもない、巨大な魔力爆発の光。

 それは紛れもなく、第六層への直通路の方向。

 第八王国から放たれた光だった。


 従者たちが、状況を把握しようと右往左往し始める。

 それを見て、プリスニスは不敵に笑った。


「ドゥムノニア王のご心配通りのことが起こったようです。さて、この魔力爆発は第八王国の敗北を知らせるものか、勝利を知らせるものか。続報を待ちましょう」


 ドゥムノニア王も笑い、腕を組んで目をつむる。

 各国の従者たちは、手持ちの情報収集に長けるギフトもちたちに指示を出し、七王国会議は中断されることになった。

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