仕舞う
第61話「平原の光」
リュックから突き出した黒い剣が、ゆっくりと布を切り裂いてゆく。
呆然とそのさまを見ていた俺に向かって、【
――ガンっ!
横合いから、タイミングを見計らっていたアミノのパイルバンカーが突き出す。
銀色の巨大な剣は、破城槌のような槍先と火花を散らし、軌道を変えた。
「ちぃっ! ガキが! ちょこまかと!」
「ベアさん! もうそのリュックは危険です! 手を放して!」
【銀翼】が流れるように体勢を立て直し、アミノは俺たちの間で武器を構える。
気配を遮断してスキを窺っていたロウリーが、突然俺の目の前に姿を現した。
「なにやってんだよ兄ちゃんっ! リュックだってギフト専用アイテムだろっ?! 魔力爆発するぞっ!」
ロウリーは小さな手で俺の手首を握り、一生懸命リュックを捨てさせようとしている。
俺は、やっと彼女たちが何を心配しているのか、思い当たった。
ギフト専用武器、ギフト専用アイテムには、大量の魔力リソースが込められているため、破壊に際して魔力爆発を引き起こす。
同時に同じ結論に達したのであろう。【銀翼】は楽しそうに笑い声をあげた。
「はっはー! なるほどな! いいぜ! 手伝ってやるから吹き飛びやがれ!」
言うが早いか、巨大な両剣イカロスは、それぞれが別の生き物のように俺たちへ襲い掛かる。
アミノもロウリーも紙一重でそれをかわし、俺も地面に伏せた。
さらに追撃が地面をえぐる。
間一髪で起き上がった俺は、身をよじって転がり、泥にまみれた。
「おらおら! どうした【運び屋】! いつまでも逃げてっと爆発すんぞ!」
かさにかかって剣をふるう【銀翼】は、なぶるように俺を血に染めてゆく。
アミノやロウリー、マグリアやそのほかの異能者たちの援護もむなしく、ついに俺はよろめいて膝をついた。
「頃合いだ! あばよ【運び屋】!」
体中を余すところなく覆った傷で、両足の力が入らない。
ここに治癒の力を持つ【聖王女】でも居たならば、もう少しあらがう事もできただろうか。
そんなことを考えながら両手を汚れた地面につき、立ち上がることすらできない俺と剣をふるう【銀翼】の間に、人影が割って入った。
打ち下ろされる両剣イカロスが、すんでのところで静止する。
【銀翼】の目は驚きに見開かれ、そして、いら立ちとも苦痛とも知れない表情に変わった。
「アルシン! もうやめてください!」
俺たちの間に体を投げ出し、両手を広げていたのは、イソニアだった。
アルシンたちと組んだパーティで、唯一俺を仲間として見てくれた、ギフトを持たない第五層冒険者。
彼女は触れただけで命を刈り取られるであろう両剣イカロスの刃の下で、震えながらも【銀翼】を厳しく見据えていた。
「……イソニア……クソがっ! 相変わらず女に取り入るのだけは
「いい加減にしてください。【銀翼】ともあろう冒険者が、こんな正義のない戦いをするなんて!」
イソニアに諭され、アルシンはゆっくりと剣を引く。
なんとか突っ伏さずに座った俺へと振り返り、イソニアは神へと祈りを捧げ、回復の呪文を唱えた。
「イソニア、どうしてここに?」
神殿に仕える身のイソニアは、街を離れることはできないからと、あのとき俺たちの作戦には乗らなかったはずだ。
尋ねる俺の唇に細い指でそっと触れ、イソニアは笑った。
「……回復します。動かないで」
俺の体を、温かい光が包む。
その淡い光の向こう、巨大な銀色の翼がゆっくりと広がるのが見えた。
「もう遅せぇ……俺様はもう……冒険者じゃねぇんだ。イソニア。おめぇはいい女だったけどよ……」
【銀翼】の言葉は、最後まで続かなかった。
恐ろしい勢いで、銀の翼が俺とイソニアに襲い掛かる。
俺は、回復の魔法で力の戻った体に力を込め、イソニアを抱きしめて、リュックを放り投げた。
リュックを空間ごと切断し、今はもう刀身のほぼすべてを覗かせている【断黒】の剣と、【銀翼】の両剣イカロスが正面からぶつかる。
刹那、今までに見たこともない巨大な魔力爆発が発生した。
「イソニア!!」
「ベアさん!!」
イソニアを抱え、爆風から身を守るように右手を伸ばす。
しかし、何の力も持たない俺の手では、だれ一人として救うことはできない。
魔力は光となり、周囲一帯を包む。
その光は、遠く、七王国会議の行われている古城にまで届いた。
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