第60話「銀翼と断黒」

 薄れ始めた霧の中を滑空し、ワイバーンは砦の中庭に降り立った。

 道中で【断黒だんこく】たちを見つけることはできなかったが、騎馬での移動をしている彼らより、早く到着できたはずだ。

 ロウリーからの連絡で、厳戒態勢を敷いていた仲間たちの歓迎を受けながら、ワイバーンの背中から飛び降りる。


「みんな頼むぞ」


「まかしとけよ兄ちゃん!」


「はい、手はず通りに」


「大船に乗ったつもりでいてほしいにゃん」


 それぞれに笑顔を見せて、【運び屋】パーティーの面々がそれぞれの持ち場へ散った。

 俺も目的のギフトを持つ【幻視】に声をかけ、前線へ向かう。

 今にも到着するであろう【断黒】たちを待ちながら、俺は一人、どこからでもよく見える砦の正門の外へ立った。

 リュックからブロードソードを取り出し、地面に突き刺して両手を柄に乗せる。

 大きく息を吐きだして、高く上った太陽の熱で一気に晴れてゆく霧の向こうをにらみつけた。


「【断黒】ウアバイン・ルイサイト! 【銀翼ぎんよく】アルシン! 俺は逃げも隠れもしない! 一騎討を申し込む!」


 草原に、俺の声が響いた。

 彼らはまだ到着していないかもしれないし、もし声を聴いていても、挑発に乗ってくるとは思えない。

 それでも、砦への侵入より俺への私怨を少しでも優先してくれるように、俺は自信に満ちた表情を保とうと苦心しながら、その時を待った。


「……聞こえているか! 【断黒】ウアバイン・ルイサ――」


 二度目の宣言の途中で、巨大な黒い剣が眼前の空間を切り裂き、突如振り下ろされた。

 一撃で殺す気はなかったのだろう、その【断黒】の空間そのものを切り裂く剣は、俺の利き腕を根元から切り落とす。

 同時に空間の裂け目から姿を現した【断黒】は、地面に落ちた俺の腕を踏みつけて、にやりと笑った。


「すまない」


 ロウリーのアーティファクトのサポートが切れた俺の声は、【断黒】から五メートルほど離れた場所から発せられた。

 同時に、腕を落とされた俺の姿が蜃気楼のように消える。

 第五層冒険者【幻視】の力で位置を惑わせ、ロウリーのアーティファクトで声の出どころもずらした俺は、脱出時と同じように、【断黒】の剣へと手を伸ばす。

 警戒していたのだろう、俺の手がかかるより早く持ち上げられた黒い剣は、俺の頭上に狙いをつけた。

 再び振り下ろされる剣。

 その空間そのものを切り裂くギフト専用武器が俺を両断する寸前に、まっすぐに伸ばされた俺の手は、【断黒】の黒い鎧に触れた。


「おの……れ!」


 呪詛の言葉が吐かれ、その末尾は空中に消え去る。

 俺は、リュックの中に突っ込んだ手を、ゆっくりと引き抜いた。

 ぎりぎりだった。

 ロウリーと【幻視】のサポートを受け、嘘という言葉の罠まで仕掛けていながら、最後に【断黒】をことができたのは、本当に紙一重だった。

 立ち上がり、冷や汗をぬぐうと、俺は砦の上で見つめていた仲間たちへ拳を上げた。


 わっと歓声が上がる。

 まだ【銀翼】という当代最強の第五層冒険者は残っていたが、それでも、俺たちは初戦に勝利したのだ。

 それに、暗殺を旨とする【断黒】と比べれば、純粋な攻撃力のみの【銀翼】のギフトのほうが、まだ数での応戦には向いていると思えた。


「はっ! なんだよ! 【断黒】ともあろうものがなさけねぇな!」


 歓声をかき消すように、【銀翼】の声が上がった。

 振り返れば、馬から降りた【銀翼】アルシンが、両剣イカロスを手に立っていた。

 太陽の光を受け、大きく開かれた翼のような剣が輝く。

 そこへ向けて砦の上から、様々な攻撃魔法が容赦なく降り注いだ。


「油断大敵ですにゃ!」


 魔術師ソーサラーたちを率いるマグリアの声が聞こえる。

 しかし、爆発の砂煙が収まると、そこには無傷の【銀翼】の姿があった。


「油断してたとしても、俺様がやられるかよ!」


 魔法でえぐれた地面を蹴り、【銀翼】が宙を舞う。

 振り下ろされた両剣イカロスが一瞬で目の前に迫った。

 ものすごいスピードだが、距離があったため、なんとか構えることができる。

 近距離からの【銀翼】の攻撃は目で追うことすら難しい。

 千載一遇。

 この機を逃せば、俺に勝ち目はなかった。


 手を伸ばし、両剣イカロスへと手を伸ばす。

 その銀色の刀身に手が触れたと思った瞬間、右腕が吹き飛んだ。


「うぐあぁぁぁ!」


 血と肉と骨。

 粉々になった俺の右腕と一緒に、体も飛ばされる。

 十メートルも離れた砦の扉に叩きつけられ、俺は地面に横たわった。


「ベアにゃん!」


 すかさずマグリアが、アーティファクトで時間を巻き戻す。

 痛みは残っていたが、粉々だった俺の腕は元通りにつながり、何とか立ち上がることができた。

 【銀翼】は、余裕をもって俺を見下ろしている。

 震える俺の足を見て、【銀翼】はこらえきれずに笑い声をあげた。


「っひ、ひっひひ。どうしたクソ【運び屋】ぁ。自慢のハズれギフトで、俺様のギフトをとでも思ったかよ? あぁ? うひっ、ひひ」


 笑う【銀翼】に、もう一度攻撃魔法と矢が、雨あられと降り注ぐ。

 しかし、その攻撃は先ほどと同じように、ほとんどが無効化され、残りは両剣イカロスで叩き落された。


「その程度の魔法が効くかよ! お前ら貧乏冒険者とは装備が違うんだよなぁ。俺様の当たりギフトも強力だ。高速・超打撃・高硬度の両剣イカロスは、周囲に真空と衝撃波をまとう。てめぇのハズれギフトが剣に触る前に、腕は衝撃波と真空でぐちゃぐちゃになるって寸法だ、あきらめて俺様に殺されろ」


「……俺が死んだら、砦の仲間には手を出さないって誓えるか?」


「脳みそクソかよ。なんで俺様がそんなこと誓わなきゃならねぇんだ」


「なら、殺されるわけにはいかない」


「かまわんぜ? 俺様もおとなしくしてるてめぇよりも、あがいてるてめぇを殺してぇしな。だがどうするよ。てめぇの外れギフトで衝撃波をとしても、同時に襲い掛かる両剣イカロスは防げねぇだろうが」


 まったくその通りだ。

 俺のギフトは、触れたものしかしまえない。それに、そんなに連続でしまうこともできない。

 空間を切断する【断黒】のギフトよりも戦いやすいと思っていた【銀翼】のギフトは、絶望的な差を俺に見せつけた。

 そして事態はもう一つ、悪いほうへと転がり始める。


――ず……ずず……。


 異様な音と共に、リュックからゆっくりと突き出し始めたのは、俺のギフトで三十分の一以下のスピードになりながらも、を切り裂く【断黒】の黒い剣の切っ先だった。

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