スペルスピナー
けろよん
第1話
風を切り、少女は大空を飛んでいる。
空色の髪を流し、空色の服を着た13歳ぐらいの少女だ。
背にはぼんやりとした絹状の翼がはばたき、右手には先にゴム状の丸い判子の付いた長い棒状の杖を持っている。
うっすらと白い雲が彼女の足下を後方へと速い速度で流れていく。風に服と髪がはためく。
少女はちょっと後ろを振り返り、また前へと向き直る。雲の流れゆく遥か後方には数個の影が雲を蹴散らすごとく追ってきていた。
「まだついて来てる。わたしって気に入られてるのかしら」
軽く呟き、眉をひきしめる。
本来空を飛ぶようには出来ていない自分の体では飛行スペルを使いこなすのはなかなかに難しい。ちょっと油断するとどこにすっとぶか分からなかった。
彼女は追われていた。何故か知らないけど追われていた。自分は何か悪いことをしたというのだろか。いや、そんなことはないと思う。
自分はいつも通り、いつもの自分の仕事をしていただけだ。それなのに追われている。どこの馬の骨とも分からない奴らに。
突然ばったりと出くわした。ただそれだけなのに、問答無用で攻撃してきた後ろの奴ら。
「あー、しつこい! めんどい! うざーい! 逃げるのやめ!」
少女はいい加減うんざりしてきた。空中で地団駄を踏み、後方の彼方の敵へと向き直る。彼女は元々我慢強い方ではない。
本来守るべきとされている世界の連中と争いを交えることは好ましいことではないが、もう自分は十分に我慢をしたはずだ。
そう心に言い聞かせることにして、右手の杖を下へと向ける。ちょうど手頃と目を付けた雲の上へと舞い降り、
「領域スペル床!」
着地の寸前、杖の先端を雲へと突きたてた。
その杖の先に付いているのは茶色いゴム状の円柱体。『ぺったんこ』と雲の表面にくっついたそれを手早く引き抜く。
それは大きな判子だった。「床」という文字が刻印されている。
少女はスペルスピナー。物の存在を言語の認識として捉え、適正な手順で紡ぎ合わせることで対象の属性に介入できる能力を持っていた。例えばこの雲は今、床領域スペルを打ちつけたことで床である存在として踏めるようになった。
「よいしょっと」
飛行属性として紡ぎ上げていた翼を解除し、とんとんと数回足踏みする。床領域として歩けるようになった雲の踏み心地はなかなかの物だ。これなら慣れない空中戦をやるよりは有利に動けるだろう。
少女は落ち着いて飛来してくる敵の方を睨みすえる。攻撃と判断したからにはもう迷いはない。彼女はこうと決めたら一直線の性格をしていた。
そんな彼女の動作に合わせるように、追ってきた敵達はあっという間に周囲を包囲してしまった。
全部で15匹。大きな翼と角を生やした緑色の小型の竜だ。白い爪と尖った牙を持っている。少女の生まれ故郷である魔界に生息する生き物と似ているような気もするが、ちょっと違う気もする。
そして、それぞれの飛竜の背上にはそれぞれ人と思える者の姿があった。
21世紀の時代のこの世界にあるものとして彼女が記憶している物とはちょっとずれてるような中世風の甲冑をまとった騎士達。
「随分と逃げてくれたがここまでだな。この副官マルトーがじきじきに相手をしてくれる!」
その中の一人が声を上げ、高らかに剣を抜いて飛竜に乗ったまま飛び掛ってくる。
少女にとっては軽く見切れる速度だが、一応注意を払いながら素早くポケットの中から一冊のノートを取り出す。攻撃開始だ。
淡い光を放つそのノートはひとりでにめくれていき、少女の決めたページで止まる。描かれているのは潜水艦の名前の判。
「スペルトレース、潜水艦!」
杖を図に突き、ページの属性を複写する。判子の文字が「潜」に変わる。離した杖が光のアーチを描いて止まる。
「ぐおおおおう!!」
「かくごーーーー!!」
それぞれに大きく口を開けて飛んでくる魔竜と騎士。ペットは飼い主に似るものらしい。
少女は軽くステップを跳んでかわしざま、握りなおした杖を魔物の体へと勢いよく叩き込んだ。
「付加スペル、潜!!」
杖の物理的威力に大きく腹がめりこみ突き上げられ、ついでに潜の属性認識を与えられた竜はそのまま放物線を描き、飼い主と一緒に遥かな下空へと落ちていった。
これからは飛ぶ者ではなく、潜る者としてささやかな時を過ごすことだろう。
対象がスペルに束縛される時間はそう長くはない。軽く突いた程度のスペルスピン(言葉紡ぎ)の効力はせいぜい一般の催眠術と大差はない。空を飛ぶ者として生まれた者はやはりいつかは空へと帰るのだ。
だが、今はこの場が巻ければそれでいい。無関係の面倒事と大げさな戦争ごっこはごめんだ。自分は由緒正しい世界を守るためのスペルスピナーなのだから。
続いて飛び掛ってきた魔竜を今度は殴って叩き落とす。続いて連携スペル発動。
「鉄のごとく堅い戦車、大空を飛ぶ鳥、花火のごとく弾ける爆弾。順列攻撃スペル合成!」
手に持った冊子を繰りながら、目的の物を合成していく。
順列スペル合成――複数の個々の属性を適度な順序で組み合わせることで、複数の特徴を併せ持った1つの物を紡ぎだし、生成できる。
世の中に在る物に名前を付与し、その存在名を銘記し保管することでこの世にある存在力を補強し保護することを本来の任務とする自分には、スペルを使った戦いというのは本来畑違いのことではあるが、この場合はしょうがない。まとめて敵を蹴散らすために役立ってもらおう。
「戦車鳥爆弾!」
杖の先に羽の生えた戦車のような形状をした物質が浮かび上がり、少女の合図とともに羽ばたきながら魔物目掛けて飛んでいく。堅く、飛翔し、爆発する攻撃存在――
鈍い音が響き正面の魔物にぶち当たったそれは続けて周囲の数匹の魔物を同様に蹴散らしていき、やがてその働きぶりに満足したかのように爆発飛散した。
「うわあ!」
「ぎゃあ!」
「うへえ!」
悲鳴が上がり、落ちていく的達。
思ったより強い爆風に少女自身も飛ばされそうになるが、なんとか身を落として持ちこたえることに成功する。
「全部・・・・・・は片付いてないわよね~。はあ」
さすがにそう都合よくはいかないか。立ち上がって髪を払って周囲を値踏みする。
まだ3匹の魔竜が彼女の周りを飛んでいた。さっきのことで警戒しているのか遠巻きに飛んでいるだけで近づいてはこない。
めんどくさい。どうしようか。と思っていると上から声がした。
「ククク、なかなかやってくれるではないか」
見上げてみると、一際大きな魔竜の腹。じっと眺めていると、上から一人の男が飛び降りてきて彼女の前に降り立った。
銀色の髪と浅黒い肌をした精悍な顔つきをした20代前半ぐらいの青年。なかなかの美形だがそんなことは彼女にとってはどうでもいい。
白い歯を光らせ、マントをはためかせる彼。その腰に下がっているのは長い剣。
「・・・・・・あんた達って何者なわけ?」
少女は腕組みをしてひとしきり眺めた後、訊ねた。なんか今までに見たこの世界の人達とは明らかに雰囲気が違う。今は21世紀でここは・・・・・・随分飛んだからよく分からないけど。
青年は軽く前髪を払うしぐさをしてから、わざわざ親切に教えてくれた。
「冥土の土産に教えてやろう。わたしは裏月世界からこの地を支配するためにやってきたギルザス将軍だ!!」
「へえ」
かっこつけて宣言した将軍に少女は気の無い返事を返す。まあ、関係ない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばし沈黙の間が流れる。ギルザス将軍と名乗ったお兄さんは何かに満足したのか腹の底から笑った。
「クックックッ、驚いて声も出んようだな」
「うーん、わたしんち魔界なんだけどもしかして同郷者?」
少女の思いは別にあった。冥土と魔界。もしかして話し合えるかも。
ギルザス将軍は子供のように地団駄を踏んだ。
「違ーーーう!! わたしは裏!月!世界! からこの地を支配しにやって来たギルザス将軍! だとさっき言っただろうがーーーー!!」
「そうよね。うーん・・・・・・まあいいや」
剣を向けられながら、少女は耳をほじくってまあいいやで済ませた。
「礼儀だからこっちも自己紹介ね。わたしはハノン=ハーティリー。魔界に所属するスペルスピナーよ。だからご近所の冥土の土産なんて持たされても嬉しくないんだけど・・・・・・ねえ」
「そんなことどうでもいいわ!! お前に我が力で蹴散らされるこの世界最初の犠牲者という名誉を与えてやろう」
軽く肩をすくめて苦笑いする少女相手に、一人でいきりたっているギルザスが飛竜に跳び乗って襲ってくる。ハノンは持ち前の運動神経でその突進をかわした。
「よいしょっと」
数瞬後、さっきまで彼女が立っていた場所に飛来し着地した魔物が大きく地を揺らす。
続いて巻き起こる風圧。危うく吹き飛ばされそうになるのをなんとか耐え、着地する。
「この・・・・・・誰の作った地面だと思ってんのよ! この野郎!」
売られた喧嘩を買う気になったハノンは立ち上がり、勢いも新たに手に持ったノートを繰って杖を回していく。
「順列攻撃スペル合成! 雷! コマ! サイクロン!」
力任せの攻撃合成。3つの光が淡く形状を現しながら杖の先端に集まっていく。判子に刻まれる文字は雷駒竜巻。
「これもらってとっとと帰りなさい!」
杖を振るとともに先端から輝く雷のコマが発射され、対象(ギルザス将軍)に近づくと同時に雷撃の竜巻となって敵を包み込んだ。
「うおお! 痛い! 痛い! しびれる! なんじゃこれはああああ!!」
竜巻の轟音を抜けて将軍のわめき声が聞こえてくる。彼の部下はさっきから飛んでいるだけで向かってくる気配は無い。信用しているのか見捨てているのか。多分、両方かもしれない。
「あと10秒ぐらいかな」
そう思って眺めていると突然スペルの効果が掻き消えた。あっさり霧消する雷駒竜巻。
真っ黒なぼろ雑巾のように将軍と魔竜が雲の上に落ちてきて横たわる。ぷすぷすと黒い煙をあげ、ピクピクと痙攣している。けなげに立ち上がろうとする魔物の背から将軍様がぽとりと落ちた。
「あれ?」
スペルの効果が突如掻き消えた。まるで存在毎抹消されたように。何故? こんなことが出来るのは・・・・・・・
現存する世界の存在を吸収する電子生命体、電子妖精とも呼ばれる異界の存在。自分の戦うべき本来の敵。
ハノンの脳裏で純白の蝶の翼をした栗色の髪の少女の幻影が明るく笑う。魔界のみんなの魂の輝きの中で。
「あなたが具現化した物質の存在は消去しました。無から有を作り上げるその能力、わたしたち電子妖精と同じものでしょうか」
凍りつくように息を呑むハノンのすぐ傍から声がする。整った鈴の音色を思わせる幼い少女の涼やかな声。
「くっ・・・・・・?」
はっとして振り返るといつの間にそこにいたのか、すぐ傍に少女が立っていた。
年齢は10歳ぐらいだろうか。背はハノンより低く、至近距離にいる彼女の視点からは見下ろす形になる。きれいな黄色い着物を着て茶色の髪を揺らして無表情に立っているその姿は周囲の騎士連中とはまた似つかわしくないように思える。
違う。あいつじゃない。
だが、ハノンは直感で悟っていた。
こいつは敵だ。しかも恐ろしい。
素早く体をひねって跳躍し、距離をとって対峙する。少女のガラスのように澄んだ瞳がちらりとこちらを一瞥する。
「無からじゃないのよ! 一度集めたスペルを放出しているんだから」
軽口を叩きながら次に打つ手を考える。少女はじっと立っているだけで向かってくる気配はない。ただ静かに言葉を紡いでいく。
「そうですか。それならそれで試してみるのも面白いかもしれませんね」
何を? と思う暇もなかった。
少女の背後に光り輝く金色の蝶のような羽が広がっていく。黄色い着物と相まってさながら幻想の風花を思わせる。その光景を見て、ハノンの表情はひきつった。
「まさか・・・・・・イルヴァーナ!!?」
蝶の羽を持つ少女。あらゆる存在を食らいつくし滅ぼしていく悪夢の存在、電子妖精。そしてあの人を・・・・・・奪い去った。忘れられない自責の過去。
ハノンの言葉に、無機質だった少女の顔にわずかにかげりがよぎった。
「あの人と間違われるのは不愉快です。消えてください」
「うるさい!」
不愉快なのはこちらも同じだ。余計なことを思い出させる。
静かにたたずむ少女にハノンはまっすぐに突っ込むことにする。相手の出方は分からない。だが、相手がイルヴァーナの同類なら避ける道理は無い。
「付加スペル」
「わたしはあなたの足元の床の存在を否定します」
妖精の少女が呟き、軽く片手を振る。それと同時にハノンの足元から床の感触が消え去った。
「ぐっ!? わあああ! このおおお!」
突然の落下になんとか手を伸ばし、間一髪床領域として残っている雲に片手でとりつくことに成功する。が、
「わ~!」
先に行ってくると言わんばかりにハノンのノートが落ちて逝ってしまった。
「な、なんてこと。せ、せっかく集めたスペルブックが・・・・・・」
彼女の足の下にはもう支えとなるものは何もない。はるか下に縮小の大地が広がるのみ。まるで崖際に宙ぶらりんにぶらさがっているチャレンジャーだ。
這い上がろうとするハノンに黒い影が重なる。見上げると黄色い着物、漆黒の瞳、蝶の翼。少女は静かに言葉を告げる。
「存在の吸収、そして創造。それは電子妖精のみの力だと思っていたのですが・・・・・・あなたもわたしの邪魔になりそうですね」
一切の感情を写さない無機質の存在。ハノンは動くことも出来ずただ黙って見上げていることしか出来なかった。圧倒的な威圧感。この小柄な少女のどこにそんな物を感じるというのか。
〈電子妖精という奴らは・・・・・・!〉
だが、事実はくつがえしようがなかった。
「わたしは電子妖精アゲハ。この名前をよく覚えておいてください」
空気が動いた。一種の竜巻のように。
「いった、ぐわああああ!!」
次の瞬間ハノンは力一杯手を踏んづけられ、地上へと落ちていったのだった。
静かな空が広がっている。空虚な町並みが広がっている。
一人の少年が学校の屋上で景色を眺めて立っている。彼の年の頃は中学2年生。その目はこの世をはかなむかのように生気に欠けている。
早朝の今の時間に他に人の姿は無い。
「・・・・・・」
彼は肌をなでる風の冷たさを感じる。夏休みは暑かったが、秋が近づいてきた今の季節のこの時間ならこんな物かもしれない。
少年はゆっくりとフェンスをまたぐ。思いつめた表情で校庭を見下ろす。高い。
「う・・・・・・」
鼻がむずむずする。朝早くから慣れないことをしているせいかもしれない。風とは違うちょっとした寒気が体をよぎる。
〈だが、もうおびえる必要も無い。何故なら僕はこれからこの世界とは違う別の世界に行くんだから〉
少年はそっとため息をつき、眼前の町に目を向ける。この景色もこれで見納めだ。ゆるやかに吹き上げる風に身震いをまた一つ。手に持ったロープをぎゅっと握り締める。
彼はこれから一世一代の決心をする。先端を輪の形に括ったロープをゆっくりと首へと持っていく。
「僕はこれからここから飛び降りて校舎の前でぶらんぶらんと揺れるんだ。きっとみんな驚くだろうなあ、アハハ」
その光景を想像してみる。長いロープで屋上から首をつる僕。計算ではちょうど2階あたりの高さで止まるはずだ。みんなが何事かと集まって噂しあう。警察もやってきて新聞にも載ってみんなが僕に注目する。それはとても楽しい光景に思えた。
もう思い残すことは何もない。こんな世界に生きていても楽しいことは何もないのだ。つまらない人生には幕を降ろしてしまおう。そして、生まれ変わってもっと楽しい人生を歩むんだ。
足を踏み出そうとして・・・・・・ためらう。少年はフェンスに背をついて息を呑む。
「何を迷っているんだ僕は。もう生きてたって何もありはしないのに・・・・・・」
それでも振り切れないわずかの迷い。どんどん大きくこみあげてくる。
彼は顔をぶるぶると振って1,2の3でやろうと決意を固める。もうやるしかないんだ。
「1、 2の・・・・・・」
その瞬間だった。彼がまさに「3」と言おうとした瞬間、声がしたのだ。上から。ありえない高さから。
「どいてどいて~!」
その場に全然不釣合いと思える少女のかん高い声が、屋上にいる少年より高い場所から降ってきた。
驚いて見上げてみると天使? いや人間だ。一人の見知らぬ同い年ぐらいの女の子が彼の立っている場所めがけて落ちてくる。
なんて奴だ。僕の上を行く自殺願望者がいるなんて。
あっけにとられて眺めていると、よける必要もなく少女は彼のすぐ横へと舞い降りた。大きな音を立てて・・・・・・しゃがむ。
「スペル猫・・・・・・くっ、はああ!!」
立ち上がり、空に向かって叫ぶ彼女。青い長い髪が風に流れる。
(かわいい)と思った次の瞬間、少年は凄い剣幕で襟首を締め上げられていた。
「あんた、名前は!!?」
「名前??」
「とっとと言いなさいよ、早く!」
「うぐぐ、僕死ぬう」
凶暴な獣のように彼を責め立てる彼女。突然はっと我に返ったように目線を空に向けて、
「ちいっ!」
思いっきり大きな音で舌打ちをした。
「げほっげほっ」
なんてこった。人生最後に会う人間がこんな奴なんて・・・・・・少しでも天使みたいだと思った自分が馬鹿だった。やはり世の中なんて信じられるものじゃないんだ。
少年は襟首を直しながら咳をする。しかし、後悔するために与えられた時間はそう長くはなかった。
「このロープ使えるわね。飛び降りるわよ!」
「え!? えーーーーーーーーー!!」
有無を言う暇も無かった。ロープを手に取った少女は力任せに彼の服をひっつかみ、そのまま一緒に飛び降りたのだ。
「ぎえええええええええええええ!!!」
どんどん近づいてくる地面に少年の視界がにじむ。
溢れ出るのは涙か。今までにあった楽しいこと、悲しいこと、いろいろな思い出が少年の頭の中をよぎっていく。
なんてこった。僕はこのまま死んでしまうのか! 世の中の何もかもに理不尽を抱えたまま!
「お父さん、お母さんーーーーーー!!」
「あ」
わめく少年の横で少女が間の抜けた声をあげる。見上げてみると、彼をひっつかんだ手と反対の手を軽く開け閉めしている。ロープが無くなっていた。
当たり前だよ、ロープは2階の高さまでしかないんだよ。昨日計算して用意したんだから。
「ちょっとあんた、ふんばりなさいよーーー!!」
少女が無茶を言う。もう遅いよ。
地面に着くのは・・・・・・思ったより早かった。
「いたあーーーーー!!」
「どうなってんのよ! 短いじゃないのよーーーー!!」
ごろごろ転がる少年に少女がどなりこんでくる。なんで奴だけなんともないんだ。理不尽じゃないか。
「そんなこと言われても、どうしろって言うんだよ!!」
売り言葉に買い言葉、叫んでいると上から石の粒が落ちてくる。少年は空を見上げる。大きな翼を生やした薄汚れた化け物が屋上に首を突っ込んでもがいていた。ぶるぶる首を振って頭を引っこ抜く。黒い煤けた煙が怪物の体からもわもわと立ち上っている。
怪物の目がこっちを向く。・・・・・・竜? なんで。
「走るわよ」
「え? うわああ!!」
走るというより、これじゃ引きずられてる。少年はなんとか足を整えようするが、逆らうべくもない。もうあきらめる。
引きずりながら少女が声をかけてくる。
「あんた名前は?」
整った顔立ちに不覚にも胸が高鳴る。だがこいつは・・・・・・乱暴だ。僕をいじめる悪い奴なんだ!
「河原崎一馬(かわらさきかずま)・・・・・・」
泣きそうになりながら、言われたことを答える。僕に他人に逆らう権利なんて無いんだ。
「一馬・・・・・・!」
少女が驚いたように息を呑む。が、すぐに元の凛とした表情を取り戻し、振り返りながら急制動をかけた。
「あんたの存在感に期待するわよ。新規テクスト!!」
魔物に向かい、少女が服の中から何かの本を引っ張り出してパラパラめくる。右手には大きな杖。
怪物が地響きを立てて地上に降り立つ。大きく口を開け、とびかかろうと体勢を落とす。
砂埃の舞う地上に一人と一匹が対峙する。少年はただ成り行きを見つめることしか出来ない。少女の杖が振り下ろされる。
狙いは少年の・・・・・・顔だった。
「なんでえええ!!」
かわしようが無かった。硬いゴムの感触が顔面を叩きつけるのを感じ、後頭部が地面と接吻するのを感じる。
ぐりぐりぐり。もう嫌だ! なんで僕がこんな目に! もごもごもご。
「スペルトレース! 河原崎一馬!」
ゴム板の向こうから少女の声が聞こえる。開放される顔。淡く光を放っている杖。少女はもう一馬を見てはいなかった。
「う・・・・・・もういやだあ!!」
「あ、あぶないわよ!」
少女の静止する声も聞かず一馬は逃げ出した。
一瞬の隙を見せた少女を目掛け、魔物の爪が振り下ろされる。
一目散に昇降口を駆け抜け、一馬は廊下の壁の陰に飛び込んだ。頭を抱えて座り込む。がくがくとした震えが止まらない。
「なんなんだ。いったいなんなんだ」
「ぎええええ!!」
後ろから魔物の奇声が轟く。一馬はびくっとして立ち上がった。
「ここに居ちゃ駄目だ」
倒れそうに足をもつらせながらもなんとか教室に走りこみ、床の隅に座りこむ。魔物や少女が襲って来そうで窓の外を見る気にはなれない。
どうして僕がこんな目に会うんだ。
「怖いんですか?」
「・・・・・・!!?」
不意の声に目を上げると着物姿の小柄な少女が立って自分を見下ろしていた。艶やかな髪、透き通った瞳。まるで静かに佇む人形のような印象を受ける。
幻? と思った時、少女が口を開いた。静かで細くて、だけどどこか沈んだ声。
「否定してください、この世界を。それで全てがうまくいきます」
一馬は感じた。理屈では無い直感のような物で。
この少女は自分と同じだ。この世界に何の希望も抱いていない。
仲間だと思うと気が楽になった。少女はそれっきり何も言わなかったが、一馬はほのかな安心感を感じていた。
昨日からあまり寝ていなかったせいだろう。一馬は目を閉じ、いつの間にか眠ってしまった。
「河原崎君起きてよ。河原崎君」
体が揺すられているのを感じる。誰かの声が聞こえる。一馬はゆっくりと目を開く。
ぼんやりと霞む視界の向こうに眼鏡をかけたおさげの少女の顔が見えた。さっきの女の子と違う。見覚えのある姿。
「あ・・・・・・皐月さん」
一馬はぼんやりと呟いた。
皐月千香子(さつきちかこ)。たまにちょっかいをかけてくるクラスメイトの女の子だ。明るく、馴れ馴れしく、たまに口を聞くことはあるが特に親しい間柄でもない。
名前を呼ばれて千香子はにっこりと微笑んだ。一馬の額を軽く指で突ついてくる。
「うぐ」
「こんなところで寝てどうしたの? お泊まりかな?」
「そんなんじゃないよ」
目の前の能天気な少女に今朝の事情を説明する気は無い。ふと思い出す。
「ここに黄色い着物を着た女の子がいなかった? 小学生ぐらいの」
「ん? 見てないけど。・・・・・・河原崎君、連れこんだの?」
「そんなわけないじゃないか。もういいよ」
僕を理解してくれる人なんてどうせ誰もいないんだ。そう思いながら自分の席に歩いていく。まだ人の姿はそれほど無い。それほど長い時間寝ていたわけでは無いらしい。
千香子が思い出したように声を上げた。ぽんと手を打つ。
「あ、そう言えば」
「何?」
「校庭に変な子がいたよ。青い髪の女の子。今も・・・・・・」
千香子は窓際に歩いていって外を見る。目的の物を見つけたのか笑みを浮かべて振り返った。
「いるよ。あそこ」
「そのことは思い出したくないよ」
一馬は頭を抱えて机に顔をうずめた。
「河原崎君」
「・・・・・・僕はどうせ変な奴だよ・・・・・・」
「ごめんごめん、気を悪くしたならあやまるから、許してよ」
形だけ手を合わせて言う彼女を一馬は無視することにする。
放っておくと彼女は勝手に話を始めた。
「わたしが早かったのはね~、今日は日直だから」
聞いてないよ。一馬はそのまま黙りを決め込む。千香子は手を伸ばして一馬の肩を揺さぶってきた。
「河原崎君、河原崎君。せっかくの機会だしさ、わたしとお話しようよ」
「うるさいな。僕のことは放っておいてくれよ」
一馬はわずらわしく千香子の手を払いのけた。本当に馴れ馴れしい奴だ。僕が何をしたって言うんだ。僕は何もしていないのに今朝から面倒事だらけじゃないか。
身を引いた千香子は不満に頬をふくらませる。
「もう! わたしの全校生徒と友達になろう計画達成のためには河原崎君の協力が必要なんだからねー!」
「そんなつまらないことに僕を巻き込まないでよ」
僕に友達なんて必要ないんだ。どうせ後1年もして受験シーズンになればみんな敵同士になるんだから。
千香子の成績は常に一桁の順位を取る一馬に比べれば相手にならないけど、それでも油断をするとどうなるかは分からない。付き合っているうちに同レベルに落とされる危険性だってある。
冗談じゃない。僕は一流の学校に入って世の中に認められる仕事につくんだ。いつまでもこんなつまらない奴らと付き合ってなんていられるものか。
そうこうしているうちに生徒達がどんどんやってきて騒がしくなってくる。
「もう~、河原崎君のいじわる」
それからもいつまでも一人で喋り続けていた千香子はよく分からない捨て台詞を残して、ちょうどやってきた本来の自分の友達のところへと合流して行った。
やれやれ、やっと開放されたよ。一馬は肩を回してため息をついた。
「おはよう、まどかちゃん」
「おはよう、千香子ちゃん」
なんとなく気になって彼女達の会話に耳を傾けてしまう。離れているけど大きい声で喋っているので彼女達の会話を聞き取るのに問題は無い。周囲の迷惑も考えろよなと思いながら。
「校庭のあれ、見た?」
「うん、見た見た。なんだろうね、あの怪物。近寄ると危ない気がするんだけど」
「どこかの映画の撮影か何かかしら。千香子は見物しないの?」
「やだよー。ケンカなんて好きじゃないもん」
「そうだよねー。みんな何が楽しいんだか」
なんだなんだ、みんなが何だって言うんだ。
一馬は気になって窓の外を見てみた。
校庭に人の輪ができていた。その中心にいるのは朝に会ったあの乱暴な少女と翼を持つ化け物だった。お互いに睨み合うように距離をとって対峙している。
「まだやっていたのか。いい加減どっか行けばいいのに」
周囲に人がいることと、時間が取り戻した落ち着きで一馬は事態を客観的に見られるようになっていた。冷めた目で状況を分析する。
こうして見ると確かに千香子達の言ったように何かの撮影かショーのように見える。一人と一匹は対峙したままお互いの様子を伺っている。
そうこう見ているうちに怪物が少女に飛び掛っていった。鋭い突進を上に跳躍することでかわし、怪物の背に飛び乗る少女。手に持った杖で怪物の背を叩きまくる。
周囲のギャラリーから歓声が上がる。
怪物が咆哮を上げ、二本足で直立し体を振り回す。少女はしがみつくが、しまいには振り落とされてしまう。
怪物が口を開け、少女の上にのしかかる。周囲から悲鳴が上がる。
少女の足が振り上げられ、怪物の顎を下から上へとしたたかに打ちあげる。続いて杖の打撃。あおむけにつんのめってひっくり返る魔物。体勢を立て直した少女の杖から光が発射されさらに怪物が転がっていく。起き上がり頭を振って怪物が立ち上がる。
その時にはもう間合いを詰めた少女が怪物の頭部に2連続の飛び蹴りを見舞っていた。着地後さらに切り替えしで3連続。怪物はふらつきながらも翼を広げる。反撃するかと思えたけど、怪物はそのまま空の向こうへ飛び去っていった。
とりまく観衆から歓声が上がる。少女が手を上げ、勝利をアピールする。
そして、やおら振り返った。
一馬はやばいと思って頭を引っ込めたが、少女が見ていた方向は一階の昇降口だった。そのまま走ろうとして・・・・・・転んだ。
一馬はもう見ていられなかった。次の標的は僕なんじゃないか。そう思うと震えて頭を抑えて机にすがりつくしか出来なかった。
「校庭の方、勝負ついたみたいだよ。ねえ、河原崎君」
震える一馬に千香子が能天気に声をかけてきた。
「うるさいな、僕に構わないでくれ」
一馬はそれだけの返事をする。もう何も考えたくなかった。
「まどかちゃん、わたし嫌われてるよー」
「よしよし、千香子は悪くないからね」
うるさいよお前達は。僕の気持ちも知らずに。
一馬はいつまでも頭を抱えていた。
そうこうしているうちに授業が始まった。
今朝はいろいろあったけど、蓋を開けてみれば平凡な日常の始まりだった。少女もあれっきり姿を現さなかった。
一時間目は数学。担任の朝霧優美先生が受け持ちだ。
彼女は美人と人気が高いけど、そんなことは一馬にとってはどうでもいい。授業は勉強が出来ればそれでいいんだ。今日の範囲もぬるい。中学2年の数学なんて僕の敵じゃない。
授業が続いていく。
そうして、20分ぐらいが過ぎた頃だった。
どこかから何かを叩くような音が聞こえ始めてきた。最初は静かに、だんだんと近づいてくるみたいだ。なんだろう。
数人の生徒達がきょろきょろと辺りを見回すが、先生の一言で沈黙させられてしまう。そうだ今は授業に集中しないと。
「ここかー!・・・ ここかー!・・・」
やがて音ともに声も聞こえて来だした。女の人の声みたいだ。だんだんと大きくなってくる。近づいてくる。なんなんだろう。
その頃になってやっと一馬は、何かを叩くような音が勢いよく扉を開け閉めする音だということに気が付いた。だからなんなんだと訊かれてもよく分からないけど。
「こら、君待ちなさい!」
という男の声もする。これは聞いたことがある。教頭先生の声だ。
よくあちこちで説教をしているから分かる。風紀にうるさく教育熱心な初老の先生だ。
教室がざわつきだす。朝霧先生も授業を進める手を止めて扉の方を見やる。それから少し立った頃だった。ついに我が教室の扉が開かれた。
「ここかー!」
「・・・・・・」
しばらくの沈黙が辺りを覆う。
ふんぞりかえるように肩を怒らせて現れたのは、朝一馬を振り回し、周囲の観衆の中で魔物を追い払ったあの少女だった。形のいい眉をひそめてきょろきょろと辺りを見回し、(かわいいけどおっかない奴と一馬は思い)
「君、どこの生徒か知らんが勝手に校内をうろつくんじゃ・・・・・・うぐほう!!」
後ろから来た教頭先生に軽く(?)肘打ちをくらわせてから、教室のある一点に向かって指を突きつけた。その指し示す先は・・・・・・一馬。
「え?」
「見つけたーーーー!!!」
学校中が震えるような大声だった。なんてはしたない奴だ。一馬は何もかもを棚に上げてそう思う。
自称生徒の顔を全て暗記している教頭先生は彼女の背後で腹をおさえてうずくまっている。相当痛そうだ。
「河原崎一馬―――!!」
少女の第2声。ずかずかと歩み寄ってくる。
「え? え? え?」
よく分からずにうろたえる一馬。
「こほん、今は授業中よ」
やんわりと注意する朝霧先生の言葉も無視し、一馬の前に立ちふさがる彼女。まるで仁王様のようだ。
「・・・・・・僕?」
一馬はそんな間抜けな声を出すことしか出来なかった。なんだなんだ、僕は一体何をされるんだ。
目の前の状況を見て彼女は僕に優しくしてくれるなんて楽観できるほど一馬は物知らずでは無かったし、彼女はポーカーフェイスが得意そうでは無かった。
その少女、ハノンは勢いよく一馬の机に手を叩きつけ(教室中が揺れ、埃が立ち上った)、この世の終わりを告げに来た天使のような笑顔を一馬に向けた。(ポ、ポーカーフェイス?)
「よくもわたしを一人で置いていってくれたわね。おかげでどれだけ面倒な思いをしたか! 殺してやるー! しめてやるー! ぐるるるる」
そう、彼女はあのせいで魔物に不意を打たれ、不利な戦いを強いられていたのだ。あれからなんとか撃退には成功したが、さすがに長時間の戦闘の疲れが応え、校庭の真ん中でへばっているところもみんなの注目の的にされたのだ。ひそひそ声が上がる。
「校庭で寝ていた人だ」
「寝てない!」
「かっこよかったよー」
「ありがとう。さあ、一馬君。立ちなさい」
「うっ・・・・・・」
立ったら・・・・・・全てが終わってしまいそうで・・・・・・一馬はうかつに動くことが出来なかった。
どうすればいいんだ! 僕はどうすればいいんだ!! 誰か助けてクレーーーーーー!!
その時だった。
「おい」
少女の背後から誰かが現れ、彼女の肩をつかんだ。悲鳴をあげて飛び上がる彼女。
「痛い! そこ痛い!」
魔物にやられでもしたのだろう。肩を抑えてハノンは振り返った。そこにいたのは体格の良い不機嫌そうな少年。
「どこの誰か知らないが、みんなが迷惑してるだろ」
一馬を助けてくれたのは予想外に東堂兵悟(とうどうひょうご)だった。クラス1の乱暴者と噂され、授業にはちゃんと出てるけど、だけどいつも寝ている素行のあまりよろしくない少年。
何故彼が僕を助けてくれるのだろう。一馬は不思議に思ったけど、この際贅沢は言わないことにした。彼の活躍に期待する。
「河原崎く~ん」
どこかからの小さな声に一馬は目を向ける。
千香子が小さく手を振って親指を立ててウインクしたが、彼にはその意味は分からなかった。
そんなことよりも今は目の前のこの状況だ。
「迷惑してるのはわたしよ! あんたたちって何様のつもりなのよ!!」
標的を変更したハノンが兵悟に怒りをぶつける。一馬は目の前で揺れる少女の青い髪を思いっきり引っ張りたい衝動にかられたが止めておくことにした。
「うっせええ! 人が気持ちよく寝てるってのに、がたがた騒ぎやがって! 廊下に出てろ!」
なんだ。寝ているのを起こされて不機嫌になっていたのか。一馬は兵悟がハノンにケンカを売った理由にやっと納得がいった。
誰だって一人でいる楽しみの時間を邪魔されたら腹が立つものだ。頭の良い一馬なら怒りを抑えることも出来るが、野蛮なこいつなら一直線に突っ走っても無理は無い。
「表出てろやゴルァ!!」
「お前が出ろ!!」
目の前の兵悟に少女の冷徹な蹴りが炸裂する。人の波が割れ、兵悟の体は向こうの壁へと吸い込まれるように叩きこまれた。想像通りではあるが改めて間近で見るその威力に教室中がぽかんとする。
「ごめんなさい、力がセーブ出来なかったわ」
本当にすまないと思っているのかどうか、蹴りだした足を降ろしながらハノンが言う。兵悟の元に歩み寄り、手を差し伸べる。彼はその手を払いのけた。
「今ので目が覚めたぜ。上等だ! やってやりゃあ!!」
「あやまってるじゃない。なにすんのよ。このやろうーーー!!」
「あのー、今は授業中なんだけど」
とっくみあいを始める二人。一応注意はしながらも先生はそれ以上止める気はないようだ。あきれたように見物に回っている。(この人は)
生徒達はただ黙って見ていることしか出来ない。それは一馬も同じだ。
すったもんだの喧嘩の末、
「うっしゃあ!!」
勝ったのは少女だった。ボロボロに殴られて横たわる兵悟。なんてひどい。
ハノンは右手を上げてガッツポーズをする。
「いたたたた」
と思ったら肩を抑えて苦しんだ。負傷しながら兵悟に勝つなんてなんて奴だ。保健室にでも行けばいいのに。
「おお」
教室中から感嘆のためいきがもれる。
「次、お前ーーー!!」
「えーーー!」
少女の矛先が改めて一馬に向かう。さっきよりは理性的でいるようだが・・・・・・恐い。一馬は動くことも出来ず体を強張らせて椅子に座り続けていることしか出来なかった。
こんな時どうすればいいんだ。学校の授業では何も教えてくれなかった。役立たず! 学校の勉強とはなんて役に立たないんだ!
後悔するが、今更後悔してもなんにもならない。その時だった。
「はい、ここまでね」
先生が動いていた。音も無くいつの間にかハノンの背後に忍び寄っていた朝霧先生が、
「え?」
少女に振り向くいとまも与えずにその頭に出席簿を振り下ろした。垂直に。教室に小気味良い音が鳴り響く。
彼女はさっきまでのはちゃめちゃぶりが嘘のようにあっけなく地に倒れた。頭にたんこぶを作り、目を回して気絶している。動かない。屍のように。
「さあ、授業続けるわよ」
何事も無かったかのように教壇に戻っていく朝霧先生。
「先生は柳生新陰流の使い手なのよ」
千香子がこっそりと教えてくれるが、一馬にはよく分からなかった。
とりあえず危機が去ったことに安心の吐息をつく。しかし、危機はまだ去ってはいなかった。
「その子、河原崎君の彼女でしょ? 保健室に連れていってあげなさい」
先生の言葉に、
「え!?」
一馬が驚き、
「え!? えーー!?」
クラスのみんなが驚いて一斉に一馬を振り向いた。ひそひそ声が上がっていく。
「そうか、どうりで河原崎変わってると思ってたら」
「外にこんな彼女がいたんだな」
「くそー、うらやましい奴め。お前がそんな奴とは思わなかったぞ」
「いや、だから」
「早く行きなさい」
授業を遅らされてしまった先生がもう一度言い、それっきり二度は言わなかった。一馬は仕方なく倒れているハノンを助け起こしに行く。重い。
「あ、東堂君はわたしが」
続くように千香子が立ち上がる。さしのべようとする彼女の手を兵悟は無造作に振り払いのけた。
「これぐらいなんともねえよ。うざってえ」
ふらふらと自分の席に戻っていく。
「寝る」
そのまま机に突っ伏して眠ってしまった。
「もう! 河原崎君も東堂君もわたしの全校生徒と友達になろう計画をなんだと思ってるのよー!」
見送りながら千香子は涙目だった。
「重いーーー。うぐううう。なんで僕がこんな目に」
ハノンを背負って一馬は廊下を歩いていく。保健室は結構遠い。授業の行われている今の時間に廊下に他に人気は無い。静かだ。
一馬は一心に廊下を歩いていく。重いのを我慢して一歩一歩足を運んでいく。
〈まったく、やせろよな〉
と言いたいところだったが、どつきまわされて川に流されても困るので黙っておくことにする。
それに彼女の体格は標準よりも小さいぐらいだ。これでなんであんなでかいモンスターと戦えるのか分からないけど。
ともあれ非力なのは一馬の方だ。曲がり角に差し掛かり階段を降りることにする。
背中の感触がちょっと気になってくる・・・・・・うーん。匂いも。
階段を降りてなんとか保健室にたどりつく。
「失礼します」
入ってみると保健の先生はいなかった。一馬は仕方なく彼女をベッドに寝かせてあげた。転がすように肩から降ろし、毛布をかけてやる。
「よっこいせ。はあー、肩の荷が下りた」
一息ついて肩をもんでから、改めて彼女の顔を見下ろした。少女は微かに息をしながら目を回している。
「まったく眠っている時は目は閉じろよ。どんな特技だよ」
手を伸ばして彼女のまぶたを閉ざしてやる。暖かい体温にびくっとして手を引っ込める。
〈眠っている時は誰だってかわいいとは言うけれど〉
こんなにかわいいのになんで乱暴なんだろう。どこから来たのか知らないけどなんで空から降ってきたんだろう。こんな細腕でなんでこんなに強いんだろう。
考えてみたけど分かるわけもない。それに僕には関係ないや・・・・・・関係ないけど。
一馬はすぐ授業に戻ろうかとも思ったけど、また置いてけぼりとか文句言われそうだし、すぐ戻ったら戻ったでクラスのみんなに何か言われそうなので、ここで待つことにした。部屋の隅から椅子を引っ張ってきて腰を降ろす。
〈とにかく保健の先生が来るか、休み時間になるまではここにいようかな〉
そう思いながらじっと待つことにする。
〈・・・・・・何かした方がいいのかな〉
時計の針の動く音がやけに大きく耳を突くように感じる。静かだ。彼女の寝息が密かに聞こえる。さっき暴れ狂っていたばかりなのに随分と落ち着いている物だ。
「授業に戻らなくちゃ」
一馬はやっぱり待つのをやめた。今朝は屋上から飛び降りようと思っていたのに(実際飛び降りはしたけれど)、授業を受けるというのも滑稽な気はしたが、ずる休みをすることも出来ない。勉強は大事だ。
今は簡単とは言え油断して授業に置いていかれたら将来に響く。時間には限りがあるのだ。人生は貴重なんだ。
一馬は立ち上がる。最後の一瞥とばかりに少女の顔を見てそのままなんとは無しに目を近づけた時・・・・・・彼女が目を開けた。しばらく見つめあう。目と目が近い。
「あ」
いつの間にか彼女の顔が間近にある。穏やかな寝顔にひきこまれたのか。うかつだった、そしてやばい。起きた彼女は狂暴だ。モンスターだって兵悟だって平気で殴り蹴飛ばしてのしてしまう。こういう時のシチュエーションは決まっている。
「あ、目が覚めたんだね。良かった良かった。じゃあ、僕はこれで」
「ちょっと待ちなさいよ」
しゅたっと手を上げてきびすを返して立ち去ろうとしたが、やっぱり彼女に呼び止められてしまった。手は飛んでこずに声だけの制止だったが、それでも一馬を怯えさせるのには十分な威力だった。
振り返ると何をされるか分からない。でも、振り返らずにはいられない。もう袋小路だ。一馬は思い切って振り返った。
「な、なにかな!?」
声が上ずってしまった。
しかし、彼の(半殺しにされるであろう)予想に反し、少女は落ち着いた様子でベッドに身を起こしていた。心無しか少し落ち込んでいるようにも見えた。意外だった。少し肩の荷が軽くなった気がした。
「あなたの名前、河原崎一馬だったわね」
「う、うん」
なんだろう。・・・・・・優しい?
何で今更名前のことなんて聞くんだろうと思っていると、少女が目を上げて言葉を続けた。
「わたしはハノン。ハノン=ハーティリーよ」
「はあ」
一馬は気の無い返事を返す。少女はむっとしたように眉根を寄せた。
「何よその気の無い返事は。名前ってのは重要な物なのよ」
「ご、ごめん」
「ううん、あやまるのはわたしの方よ」
「え?」
なんだろう。彼女の考えが分からない。
「あなたには関係のないことなのにね。わたしが勝手に戦いに巻き込んで勝手に怒って勝手に取り乱しただけなのに・・・・・・。わたしってほら、昔からよく調子に乗りやすい性格だって言われるのよ。この世界に来てまで先生に怒られるなんて。はあ」
「・・・・・・」
先生に殴られて気絶したのが堪えているのだろうか。
一馬は彼女にどう返事をしたら良いのか分からなかった。あやまられているのは確かだけど、関係無いと言われて何故か心のどこかで寂しいと思った。どうしてだろう。自分の心が戸惑っている。
黙っていると彼女がベッドから立ち上がろうとした。
「どこ行くの?」
「ここにいるとみんなに迷惑がかかるでしょ。だから出ていくのよ」
一馬は止めるべきだと思った。どうしたら良いのか分からないけどとにかく言うしかないと思った。
「そんな必要ないよ。みんな君が来て喜んでただろ。先生だってあやまれば許してくれるよ。だからもう少しゆっくりしていくといいよ」
何故か自分でも熱くなって言ってしまう。なんとなく彼女とこのまま別れたくなかった。彼女のおかげで迷惑したのは確かだけど、彼女のおかげで助けられたのも事実なのだ。
ハノンは納得してくれたのか首を縦に振って軽く笑みを浮かべてくれた。
「うん。じゃあお言葉に甘えようかな。少し疲れたし」
「そうするといいよ。保健の先生がそのうち来ると思うから、肩の怪我も見てもらうといいよ」
「うん、ありがとう」
窓から吹く風はどこか優しかった。
街のあるところに日当たりのいいのどかな公園がある。池があり、林があり、芝生や広場があり、アスレチックや噴水や休憩所まである結構広い場所。
大きく開かれたその公園は休日には子供達のかっこうの遊び場になるが、平日の昼前である今は一人の老婆が隅のベンチで日向ぼっこをしているのみだ。
今日は過ごしやすい良い天気だ。風も優しい。青空が微笑みかけているようだ。
「は~、あれはなんだろうねえ」
彼女はうとうととまどみながら、公園の広場でたむろしている日頃見かけない集団を眺めていた。数匹の大きな動物達と、中世風の甲冑を着た男達が集まって何かをしている。
「サーカスでも始まるのかねえ」
老婆の呟きの向こうに集まっているのは、ハノンに撃退されたギルザス将軍達だった。
ギルザス将軍は優しく、ハノンにやられて戻ってきた自らの愛騎である竜をなでてやっていた。
「くっそー、あいつめ。俺のシルベリオをこんな目に会わせやがって。このままなめられたままで終わらせるものか。マルトー!」
副官を呼ぶギルザス。だが、現れない。仕方なく近くにいる騎士キムに聞く。
「おい、マルトーはどうした?」
「あっちでみんなと共同作業をしております!」
「飛べよー! お前は飛べるんだー!」
見ると、砂場に半分潜っている竜を引っ張り出そうとしている輪があった。しかし、奮闘むなしく潜の文字を刻まれた魔物は砂場から出てこようとしない。ギルザス将軍はためいきを付いた。
「・・・・・・あいつはもういい。三人は手伝ってやれ。残りはついてこい。行くぞ!」
「将軍ーーー!!」
竜に乗って飛び立とうとするところを二人の幼い少女達の声に呼び止められ将軍は足を止めて振り向いた。
老婆が見るとアニメの魔法少女のようなひらひらの格好をした小学校低学年ぐらいのかわいらしい二人組みの女の子が走っていって、
「わたしはアリス!」
「わたしはぺテル!」
「二人は魔女っ娘ーーー!」
男の前で何かの決めポーズを決めていた。老婆は二人の将来が気になったが、他人の教育方針に口を挟むのもためらわれ黙っておくことにした。
「あいさつはいい。何の用だ」
「秘密基地が完成しましたー! すぐ来てくださいー!」
「凄いのが出来ちゃいましたよー! 将軍驚いて腰抜かしちゃうかも!」
「そうか。よくやったな。こちらの用がすんだらすぐに行く。しばらくそこらで遊んでいるがいい」
「はーい!」
走り去っていく二人。仲睦まじいのは結構なことだ。思えば自分と孫との関係がこじれたのはいつの頃だったか・・・・・・
「ハノン。お前だけは許さんぞ」
老婆の思いをよそにギルザス達は飛び立っていく。
わたしもどこかへ飛び立っていこうか。そう思う老婆だった。
間もなくやってきた保健の先生にハノンを預け、一馬は一人教室へ戻ってきた。窓際の自分の席に腰掛け、次の授業の準備をする。
「ねえ、河原崎君。前の授業のノート貸してあげよっか」
「ああ、助かるよ」
千香子からノートを受け取る一馬。いつもは授業にちゃんと出てるのにこんな目に会うのは初めてだ。
「ねえ、河原崎君」
ノートに目を通していると、じっと立っていた千香子が声をかけてきた。
「ん?」
「わたしたち友達だよね」
「? ・・・・・・忙しいから後にしてよ」
「・・・・・・ぐすん」
そして、何事もなく次の授業が始まった。3時間目は社会。半分ぼーっとしながら窓の外へ目を向ける。
朝のことが思い出される。
〈僕は死のうと思っていた。でも、本当は生きたいと思っているのだろうか。こんな世界に未練があるんだろうか・・・・・・あれ?〉
気づくと、校庭の真ん中にぽつんと立っている黄色い着物姿の少女の姿があった。あの時教室で会った女の子だ、多分。ただぼんやりと立っているみたいだけど、何か用があるのかな。
気になってじっと見てみる。少女は彫像のように動こうとしない。まるで彼女の周囲だけ時間が止まったかのように。・・・・・・幽霊? と思っていると、
「一馬君」
「うわ」
いきなり声をかけられて一馬は驚いて振り返った。保健室に預けたはずのハノンがそこにいた。息を呑んだように目をぱちくりさせている。
「なに変な声出してんのよ。びっくりするじゃない」
「びっくりしたのはこっちだよ。今は授業・・・・・・」
いつの間にか周囲は休み時間モードだった。一馬は出しかけた言葉を引っ込めて、
「肩の怪我は見てもらったの?」
「うん、今日一日は安静にしていなさいって言われた。あー、かったるいなあ」
「かったるくても安静にしてなきゃ駄目だよ」
「うん、分かってるわよ」
「ところで一馬君」
「なに?」
「おなかすいたよー! この辺で一番おいしい飯屋どこー?」
ぐでーっと頬を緩ませた彼女にまた新たなめまいを感じる。いったい彼女は何者なんだ。
「知らないよ。他の人に聞けば」
他の誰かに聞けばこれぐらいのことはすぐ分かるはずだ。わざわざ僕に聞かなくても良いだろうに。そう思って周囲を見回すと、何故かみんながこっちを見ていて、目を向けると同時にさっと視線をそらされてしまった。
「・・・・・・何?」
「わたしって嫌われてるのかなあ」
彼女も気づいていたのか。みんなのよそよそしい態度を背に苦笑を浮かべる。
「そんなこと無いと思うけど」
と言っているとチャイムが鳴った。
「あ、授業が始まっちゃう」
「授業?」
目を白黒させる彼女。今朝の非常識な態度からして授業というのを知らないのかもしれない。一馬は説明してあげることにした。
「うん、みんなで勉強するんだよ」
一馬の言葉に、ハノンは不満に頬をふくらませる。
「それぐらい知ってるわよ。ただ魔界の授業は外でやるのよ。この国では部屋の中でやるのね。わたし邪魔みたいだから出てるね」
マカイって・・・・・・彼女はどこから来たんだ。一馬はその単語が気になったけど呼び止めるのも悪いような気がして見送ることにした。
「君、待ちなさい」
と思っていたら先生に呼び止められていた。ハノンは不思議そうに国語の山下先生を振り返った。また何か怒られるとでも思っているのだろうか。
「話は朝霧先生から聞いているよ。君も授業を受けていきなさい」
「え? でも」
教室の通路にパイプ椅子を置く先生。あの位置は学級委員の篠崎の隣だ。くそ、篠崎め。ハノンは迷っているようだったが彼の言うことを聞くことにしたようだ。ぎこちなく腰を下ろす。
「君、名前は?」
「ハノン=ハーティリーです」
「ハノンさんか。これからみんなで勉強しようね。分からないことがあったら篠崎君に聞くといいよ」
「は、はい」
「では、授業を始める」
みんながざわついている中授業が始まる。
ハノンは最初のうちこそ真面目そうに聞いていたけど、いつの間にか熟睡していた。疲れているんだろうか。
寝ている人と言えば・・・・・・一馬は目を走らせる。案の定寝ている兵悟とハノンを見比べて二人は似たもの同士なのだろうかと首をかしげた。
昼休みになった。喧騒ざわめく中、一馬は弁当を取り出す。それを見計らったかのようにハノンがやってきた。
まだ眠そうに目をこすりながら、
「わたしの分は?」
「あるわけないじゃん」
「ま、それもそうね。ねえ、ここら辺で食べられる店どこにあるか知ってる?」
またそのことか。
「知らないよ。他の人に聞いてよ」
「むー、そうね・・・・・・篠」
「わたしの分わけてあげようか?」
ハノンが誰かを呼ぼうとしかけると、近づいてきて声をかけてきた人物があった。そのフレンドリーな顔つきをしたおせっかいな少女は全校生徒と友達になろう計画を企んでいる皐月千香子だ。またか。
ハノンは彼女の小さな弁当を見て断りを入れた。
「うーん、ごめん」
「わたしのみんなと友達になろう計画がー」
とたんに涙目になる彼女。野望はついえるのだ。
「だって、そんな小さな物取ったら悪いから」
いったいどれぐらい食べるのだろう。ハノンぐらい腕っぷしが強いとどんぶりが山積みになるほど食べそうな気がする。テーブルの上にどんぶりを山と積み上げておなかを抱えて爪楊枝をくすらせている彼女の様子を想像して一馬はちょっとブルーになった。
「おい、弁当持ってきてないのか」
どうでもいい想像をしていると今度は兵悟がハノンに声をかけてきた。またかよ。何故? リターンマッチか?
「うん」
前の喧嘩のことなどちっとも気にしていないかのようにハノンは馬鹿正直に答える。
「来な、連れてってやる」
え? なんだなんだどうなっているんだ?
言うだけ言ってさっさと歩いていく彼。ハノンは迷うように一馬と兵悟を見比べながらも彼の誘いについていくことにしているようだ。足が遠ざかっていく。
「うわー、東堂君熱烈アタック」
一馬の横で千香子が感想をもらす。友達になろう計画失敗のショックからはもう立ち直っているようだ。
「そうなのか」
一馬はよく分からないながらも複雑な心境を抱いていた。千香子にぽんと肩を叩かれる。
「呑気にしている場合じゃないでしょ。彼女取られちゃうわよ」
「・・・・・・うーん」
千香子に扇動され、見回してみると周囲の視線も何故か集まっている。
「また、暴れられても困るしな」
一馬は小さく呟き、二人の後を追うことに決めた。
兵悟がハノン(と一馬)を案内してきたところは校門から10分ほど歩いたところにあるラーメン屋だった。特においしいと評判を聞いたわけでもないごく普通の店だ。
一馬は登校の途中で目にしたことはあるが、入ったのは初めてだった。平日だというのにそれなりに客は入っていて店内は騒がしい。
三人で空いているテーブルに向かい合って座る。ハノンの横に座った一馬を見て兵悟がむっとしたように顔を上げたが、一馬とハノンは二人してメニューを見ていて気づかなかった。
三人分のラーメンを注文してから兵悟が声をかけてきた。
「ここに来て長いのか?」
相手はハノンだ。彼女は首を横に振る。一馬は黙って水のコップに口をつけながら聞き耳を立てることにする。
「ううん、今日来たばっかり。なんか変な奴らに追いかけられてさ、逃げてたらここに落ちたの」
「落ちたのか」
「僕も落ちたよ。て言うか落とされた。巻き添え食らって」
隣に座る彼女にちょっとばかりの嫌味をこめて言ってやる。自分のことは棚に上げて。
「一馬ったらわたしが襲われてるってのに一人で逃げるのよ。ひどいわよね」
察知したのかハノンが反撃してくる。それを言われると一馬は弱い。
「そうなのか」
何故だろう。兵悟の視線が痛い。ラーメンが来て話が中断する。みんなで一緒に手を合わせてから箸をつける。
「今朝の戦い見てたぜ。あんた強いな」
「まあね。でも、あれはわたしの本意じゃないのよ」
「本意じゃない?」
「うん、わたしの仕事はスペルスピナーって言って、物に名前を付けて保護していくことが本来の任務なの。だから、戦いなんて専門外なのよ。それが今日は変な奴らに出くわして、なんだか分からないうちに攻撃されて、仕方ないから反撃して・・・・・・あいつが糸を引いているのかな」
何かを思いついたのかハノンが宙を見て箸を留める。
「あいつ?」
「電子妖精アゲハ。これぐらいの背の生意気なガキよ」
ハノンが手振りで示しながら説明する。電子妖精ってなんなんだろう。
「聞いたことがないな。何か恨まれるような心当たりでもあるのか?」
「うーん・・・・・・無いわ。私達の敵は電子妖精イルヴァーナなのよ。アゲハだかトンマだかいう雑魚には用は無いんだけどね」
その態度が相手を怒らせるんじゃ・・・・・・今朝の喧嘩の一幕も。と一馬は思ったが黙っておくことにした。自分にはそのイルヴァーナにもアゲハにも面識は無いのだ。不用意なことを不用意に発言するべきではない。今は朝の喧嘩相手だった兵悟もいることだし。
「で、今日はその仕事とやらはやらなくていいのか?」
「うーん、そうね。やらなきゃ・・・・・・そうだ。せっかくの機会だから手伝ってもらおうかな。私達スペルスピナーの仕事を実践で教えてあげるわ」
「俺は良いぜ」
「僕も手伝うよ」
「ありがとう」
ラーメンを食べ終わって店を出た。
代金は一馬が財布を出すよりも早く兵悟がまとめて払ってしまった。なんだか抜け駆けされたような気分だが、奢ってもらったと思えばいいのだろうか。
外に出て、ハノンを先頭にしてしばらく歩いた所で足を止める。国道の歩道。横を車がびゅんびゅんと通り過ぎていく昼下がり。
「さーて、始めましょうか」
ハノンが振り返って服の中から何かを出した。片手には本、もう片方の手には魔法のように杖が伸びてハノンの手に収まった。
「これがスペルブック。で、こっちがスピナーロッドよ」
片方づつ手を挙げて言う。兵悟と一馬は黙ってハノンの講義を受ける。
「私達スペルスピナーの仕事は物に名前を付けてこのノートに記帳することなのよ。たとえばこの道。スペル認識! 道!」
杖を下向きに突いて持ち上げると、杖の先端のゴム板に道という文字が写っている。道にも・・・・・・やがて消えた。
「これがスペル認識。道に道という文字を認識させることで道の存在力を強化します」
「存在力?」
「物がそこにあるという力よ。ただ漠然とそこにあるよりも名前を付けてやった方がそこにあるって感じがするでしょ」
「うーん、まあそうかも」
一馬にはよく分からなかった。兵悟は黙って腕組をして聞いている。
「私達の敵イルヴァーナはその存在力の弱い部分を狙ってくるの。強い部分はなかなか崩しにくいからね。そこから徐々に周囲を食らいつくしていく。姑息な奴なのよ」
「へえ」
まるでSFのような世界だ。よく分からないけど。ハノンの説明は続く。
「次はスペルトレース。さっき認識した存在をスペルブックに複写します。スペルトレース! 道!」
杖を持ち上げ、本に道という判を押す。長い杖だとやりにくそうだが、ハノンの怪力なら問題ないのかもしれない。
「それは叫ばないといけないのか?」
兵悟が訊く。ハノンは真面目な顔で答える。
「叫ばなくてもいけるけど、言葉で言いながらやった方が効果的なのよ。何事もね」
持ち上げた杖を降ろしてハノンが言葉を続ける。
「こうして道は道として存在が認知され、道も自分のことを道と自覚する意識が強くなりました。これが相互認識による存在強化。物質がそこに根付く存在力を強化し、こちらでも把握することで、電子妖精イルヴァーナへの対策とします」
「そんなまどろっこしい真似してないで直接そのイルヴァーナって奴を叩けばいいんじゃないのか?」
兵悟がもっともらしいことを口にする。ハノンは小さく首を横に振った。
「んー、無理無理。今まで奴のせいでいくつもの世界が滅ぼされてるのよ。並大抵の相手じゃないの。魔界のみんなが束になっても勝てないわ。だから苦労してるのよ」
そんな凄い相手ってどんな化け物なんだろう。一馬は想像してみようとした。角がごつごつ生えてて体が巨大で全身けむくじゃらで口がでかくて牙から酸がしたたり落ちていて周囲を溶かしまくって手や足がたくさんあって目が赤く光っててビームを出して・・・・・・
「アゲハやトンマとは格が違うのよ」
「他にも世界があるんだな」
言葉が交錯する。ハノンは説明に戻った。
「うん、この世にはいくつもの次元が存在し、いくつもの世界があるのよ。イルヴァーナが本拠地としているのは電子世界。そこに取り込まれたものはデータとなって奴に従属する存在となるの。私たちの生身の体では生きてそこに行く手段は無いわ。だから、防御に回るしかない。奴は自由かどうかは知らないけどどこにでも現れるけど、奴に取り付く隙を与えない強固な存在力を結集すれば奴には何もすることはできないわ」
「よく知っているんだな」
「過去のみんなの多くの犠牲があるのよ・・・・・・」
「・・・・・・それで得た結論が存在力強化なのか」
「そうよ。わたしはスペルスピナーとして絶対にこの世界を守ってみせるわ」
ハノンの目には強い決意が表れていた。一馬が気おされるほどに。一体何が彼女をそこまで本気にさせるのだろうか。強いやりがいを感じているのだろうか。
一馬の思いとは裏腹に地味な作業が続いていく。坂をスペル認識し、家をスペルトレースし、電柱をスペル認識する。
「土地の調査みたいだな」
「地味だね」
「地味だけどこれは大事なことなのよ。物がこの世にある物として自分の存在を認識できなくなる時、その世界は容易にイルヴァーナの領域に取り込まれて消滅してしまうんだから」
ハノンの真剣な顔に兵悟と一馬は二の句が告げなくなる。
気がつけば昼の休み時間が終わる頃になり、日が中天を過ぎていた。
「ところで、これ。坂とか道とかそんな漠然とした言葉で良いのか?」
しばらく歩いたところで兵悟が訊く。ハノンは振り返って小首をかしげた。
「ん? 何が?」
「例えばこの道には浜国道という名前があるし、あの車にも車種があるんだぜ」
「んえ、何それ」
ハノンは不思議そうに目をぱちくりさせる。一馬が兵悟の説明を引き継いだ。
「そうだね。車とか道とか漠然とした呼び方じゃなくて、ちゃんと正確な名前で言ってあげた方がその存在認識とかいうのには良いんじゃないかな。もちろん猫とか家とかも」
「ごめん、分からないんだけど」
ハノンがそわそわしたように言う。本当に分からないみたいだ。一馬は説明してあげることにした。
「この道にもあの坂にもちゃんとした名前があるってことだよ。浜国道とか三笠坂とかね。ただ漠然と坂、道ってだけじゃなくて」
学校で習った地理だ。難しい問題じゃない。ハノンは完全にうろたえていた。
「そんな、知らなかった・・・・・・今までわたしのしてきたことは何だったのー!?」
頭を抱えて座り込んでしまう。
「学校の勉強で習わなかったの?」
「う・・・・・・不真面目な生徒でごめんなさい」
すっかり意気消沈してふさぎこんでしまった彼女を見て、一馬は言い過ぎたと思った。横から兵悟が肘で突いてくる。
見ると、凄い目付きで睨んできた。な、なんで?
とにかく今はハノンをなだめてあげないと。
「今度地図帳見せてあげるよ。それ見たら名前ぐらい全部載ってるから、ね?」
「ありがとう」
「存在のことなら歴史も調べたほうが良いんじゃないのか? 相手のことを深く理解してやった方がお互いの認識とかいうのも高まるだろ」
「う、うん。がんばる」
それから兵悟の勧めで図書館に行って、いろいろ調べているうちに日は夕暮れに近づいていったのだった。
「あー、授業さぼちゃったなあ」
赤く染まった空を見上げ、一馬は呆然と呟いていた。どこかでカラスでも鳴いていそうな感じだが、今近くにはいないようだ。秋の風が涼しい。
〈これまで授業をさぼった日なんて一日も無かったのに、今日はなんて日だろう〉
赤い夕空はどこまでも続いているように見えた。
「ごめん、わたしにつき合わせちゃったせいで」
横で借りた本を抱えたハノンが言う。一馬は落ち着いて首を横に振った。
「ううん、気にしないでいいよ。ハノンといろいろ調べることが出来て僕も楽しかったから」
「ああ、俺もな。一緒にいて楽しかったぜ。じゃあまた明日学校でな」
一言告げて兵悟が去っていく。
しばらく見送って、一馬とハノンは二人で夕暮れの歩道を歩いていく。
「ねえ、ハノンはどうしてスペルスピナーになろうと思ったの?」
信号を一つ渡って、一馬は気になっていたことを訊いてみた。彼女がこれだけ真剣になる理由。きっと何かあるはずだ。一馬はそれが知りたいと思っていた。
予想に反して、彼女の答えはあっけらかんとしていた。
「それが楽そうだったからよ」
「楽そう? そ、それだけ?」
もっと真剣な理由だと思っていたのになんだか肩透かしをくらった気分だ。ハノンは何かを考えるように視線を落として言葉を続けた。
「うん、最初はね。あちこち歩いて名前をペタペタ貼り付けるだけの仕事だと思ってた。でも、実際は違ったわ。『物の声を聞け』とか『本質を見抜け』とか先生は無茶なこと言うし、あちこち歩き回るのは疲れるし。ねえ?」
顔を上げて困ったように同意を求められて僕になんと答えろと言うのだろう。黙っていると彼女は話を続けた。
「わたしは不真面目な生徒だったのよ。その頃にはすでにイルヴァーナの脅威が猛威を振るっていて、地上界から集まってきた魂はどんどん奪っていっちゃうし、世界はどんどん削っていっちゃうしで、みんなその対応でおおわらわだったのよ」
それはかなり大変なことなんじゃ。一馬は改めてそのイルヴァーナの脅威とやらに思いを走らせたが、今の彼の想像力ではどうしても限界というものがあった。
魂? 世界? それが奪われたからどうなるというのだろう。とりあえず今の目の前の世界は平和だ。何の問題もない。
ハノンの話は続く。
「わたしは先生を困らせてばかりいたわ。どうして天界や地上界が何もしないのにわたし達だけが苦労しなくちゃいけないのよ。先生はわたしたちには守る力があるのだから率先してやるべきだと言ったわ。でも、わたしは納得できなかった」
「・・・・・・」
「だから、わたしは授業をさぼりまくって、先生に怒られて、でも世界を守るなんてちっともぴんと来なかった。そして数ヶ月が過ぎ、みんなである世界に実習に行った時だった」
そこでハノンは宙を睨みあげた。表情を強張らせ頬を引きつらせた。おぞましい記憶を呼び出そうとするかのように。目が凍り、声が震えていた。
「わたし達はイルヴァーナに会った。どうして? 何故? そんな疑問も意味を持たなかった。奴の前では全てが無力。奴の羽ばたき一つで全ての存在が意味を無くし、奴の電子領域に吸収されてしまう。わたし達の力で歯が立つ相手じゃないのよ。必死で戦っても勝てないのよ! 先生は・・・・・・こんなわたしなんかをかばって・・・・・・こんな不真面目なわたしなんかを・・・・・わたしは、先生のことが好きだったのに・・・・・・」
ハノンの慟哭に一馬はどう答えていいのか分からなかった。それにハノンに好きな相手がいることもショックだった。何故だか分からないけど胸が苦しかった。
ハノンは一通りの言葉を吐き出して落ち着いたのか表情を和らげて言葉を続けた。
「一馬って、あなたの名前ね。先生の名前と同じなの。最初聞いた時驚いたわ」
「!? ・・・・・・まさかそれで今まで僕に付き合っていたのか?」
名前というのは重要だと言っていた彼女。そう考えればつじつまが合うような気がする。でも、それだと彼女にとって僕の存在とはなんなんだろう。ハノンはうっすらと微笑みを浮かべた。
「うん、なんとなくね。気になったの」
「それじゃ・・・・・・僕はハノンにその先生の代わりと見られていただけなのか。それじゃ、僕の存在はなんなんだよ! 僕はハノンが僕のことを気にしてくれているから一緒にいてくれたと思ったのに、これじゃあんまりにもみじめじゃないか!!」
「一馬?」
「僕は帰るよ! うわあ!」
一馬が走り出そうとした時だった。突然4匹の竜が降りてきて2人の前に降り立った。舞い来る風圧が辺りを駆け抜ける。
竜の背上にはそれぞれ人と思える騎士の姿があった。一馬の見たことのない奴らだ。道を塞ぐ障害物に車が次々に止まっていき、クラクションを鳴らしていく。
「見つけたぞ! ハノン=ハーティリー!!」
竜に乗っている騎士の一人が叫んだ。ハノンは見上げて声を出した。
「あなたはギルザス将軍! ・・・・・・じゃないわね」
竜に乗った騎士が剣を抜いて叫ぶ。
「俺はお前のせいで将軍に置いていかれたマルトー様だ! ここでお前を討ち取って将軍への手土産としてくれる! かかれ!!」
4匹の竜に乗った騎士達が一斉に周囲を走り出す。飛び掛る機会を伺うように。
ハノンは息を呑んで一馬に手を差し伸べた。
「一馬! 掴まって!」
しかし、一馬は蛇に睨まれた蛙のように動くことが出来なかった。
なんなんだこいつらは。思考がめぐり頭をごちゃごちゃにする。おそらくハノンを狙う敵だろう。電子妖精イルヴァーナの仲間なのか? それともアゲハ? 今の状況で僕に出来ることは。彼女のために出来ることは・・・・・・
「僕には・・・・・・何も出来ないのか・・・・・・」
マルトー達が取り囲んでくる。どんどんと包囲網を狭めてくる。このままでは逃げられなくなる。
一馬を抱えて、肩に怪我をして、さすがに4匹同時に相手にするのは不可能だとハノンは思った。
「一馬!」
「うわ!」
一馬の体を無理やりひっつかみ、ハノンは大きく跳躍する。
「付加スペル鳥!」
ハノンの背に半透明の鳥の翼が紡がれる。眼下では同時に飛び掛ってきた4匹の竜がお互いにぶつかり合って地に倒れていた。
「ラッキー」
「くっそー、ハノンめ!」
マルトーが悔しそうに歯噛みして天を睨む。
「一馬、わたしのことを信用して!」
目の前に繰り広げられる光景に一馬は黙ってうなずくことしか出来なかった。悔しいけど、どうすることも出来なかった。
「場所を移すわ。しっかり掴まっててね!」
鳥の翼をはためかせ、ハノンは暴れるのに手頃と目をつけた公園へと飛んでいく。その後を動かなくなった竜達を置いてマルトー達が走って追いかけてくる。
クラクションはいつまでも鳴り響いていた。
街のあるところに大きく開けたのどかな公園がある。その場所は放課後には子供達のかっこうの遊び場になるが、夕闇が近づいた今はそろそろみんな帰ろうとする時間帯だ。
ハノンは静かに公園の広場へと舞い降りる。抱えた一馬を地に降ろす。
「ハノン、ごめん。僕は・・・・・・」
「話は後で聞くわ。すぐに奴らが追いついてくる!」
ハノンは勢いよく振り返る。言ったとおりさっきの騎士連中は走ってすぐに追いついてきた。全部で四人。少し息が上がっている。
「くっそ、逃げ足の速い奴め。俺から逃げられると思っているのか!」
「戦いやすい場所に移動しただけよ!」
「うるさい、くたばれ!」
四人が一斉に飛び掛ってくる。
「しょうがないわね」
ハノンは一つ息をついて野球のバッターのように杖を大きく振りかぶる。
「安静にしてろって言われてるのに・・・・・・」
小さく呟き敵を睨み据え、相手が射程に入ると同時に無造作にぶん回してまとめて敵をなぎ払った。二回転の杖の円舞。鮮やかな動きに一馬は思わず見惚れてしまう。少女の髪が夕日に映える。
目の前でまるでスローモーションのように四人の騎士達が吹っ飛んでいく。それぞれに離れた地面に倒れた彼らはそれっきり動かなくなってしまった。
「あ、思ったよりあっけない」
拍子抜けしたように声を上げ、ハノンは額の汗をぬぐうしぐさをする。
あまりにも一瞬な手さばきに一馬は何も言うことができなかった。
「やっぱり、僕なんか必要ないんだね」
「ん?」
「ハノン、君は強いよ。もう僕なんか一緒にいない方がいいよね」
「え? なんのこと」
「彼はあなたのことなんて嫌いだと言っているんですよ」
不意に風が揺れた。赤く暮れる日差しの中を一人の少女が歩いてくる。まるで幻想画の風景のように歩いてきて・・・・・・立ち止まった。
「また会いましたね、二人とも。見事な戦いぶりです」
一馬はその着物姿の少女に見覚えがあった。静かな瞳、無機質でありながら凛とした表情、艶やかな髪、この世の者と思えない不思議な雰囲気を身にまとった小柄な女の子。
「電子妖精アゲハです」
「っ!?」
その言葉は一馬の体の中を澄み切った風の凶刃のように吹き抜けていった。
電子妖精。世界を滅ぼすイルヴァーナと同種の存在。ハノンは雑魚だと言っていたけど、目の前の今の少女から受ける印象はとてもそうとは思えなかった。圧倒的な威圧感。
前は味方だと思っていたのに、今はその存在が恐ろしい。何故?
「それは今のあなたがこの世界にしがみつこうとしている存在だからです。この世界を否定しなさい。わたしの意志に同調するんです」
「そんなこと・・・・・・」
迷う一馬の前にハノンがかばうように立ちふさがる。
「勝手なことばかり言ってるんじゃないわよ! あいつらをけしかけてたのはあんたの仕業でしょ! わたしに何の恨みがあるってのよ!」
ハノンが倒れてのびているマルトー達を杖で差しながら言う。少女はただ静かに答えた。
「彼らがあなたのことを恨んでいるとしたらそれはあなたの責任です。わたしは彼らにこの世界に来る道を与えてあげただけ。あの人達は別の世界への侵略を望んでいました。わたしは彼らが少しでも世界を揺さぶるきっかけになればと思っていたのですが・・・・・・」
視線をちらっと走らせて、
「いささか期待外れだった感は否めませんね」
「何もかもがあんたの思い通りにはいかないってことよ! これからもね!」
ハノンが杖を構えてアゲハに向かって突っ込んでいく。正面から殴りに行って・・・・・・弾き返された。
「・・・・・・くっ!」
光り輝く壁がアゲハの正面に展開され、消えていく。
「電子の存在障壁。存在を吸収する力があるということは、存在を防ぐ力もあるということです。あなたはわたしには近づけません」
「言ってくれるじゃない。喧嘩上等!」
ハノンがまた突っ込んでいく。一馬は彼女の手助けになりたいと思いながらも、じっと歯を噛締めて見ていることしか出来なかった。
距離を詰めたところでハノンが今度は横に跳ぶ。
「付加スペルバイク!」
そのまま急加速でアゲハの周囲を回りだす。素速い速度にハノンの姿が見えなくなってくる。
「攻撃のタイミングが分からなければシールドの張りようもないでしょ!!」
「そうでしょうか」
アゲハは反撃の構えを見せない。ただじっと両手を下ろして立っているだけだ。ハノンの存在など全く気にもしていないように。風に吹かれるままに立っている。
「ハノン・・・・・・」
一馬はぎゅっと両の手を握り締める。何も出来ない自分がひどく情けなくて惨めだった。自分は何のためにここにいるのか。ただ見ていることしか出来ないのか。
どこへともなく向けられていたアゲハの視線がちらっと一馬を一瞥する。一瞬の注意。
「っ! 僕は・・・・・・」
「この、生意気なのよ!!」
アゲハの背後でハノンが跳躍する。少女の背を目掛けてとび蹴りを放つ。巻き上がる地面の破片。外れた!
「外したんですよ。あんな物が当たると思っていたわけでもないでしょう」
一馬のすぐ背後から少女の声がする。振り返る暇も無かった。頭を押さえつけられ、地に叩きつけられた。
「ぐはっ!!」
「一馬!!」
ハノンの悲鳴がする。一馬は自分を押さえつける少女の手をふりほどこうとしたが、それはびくともしなかった。
「何故だ、何故こんな小さな女の子の手が!」
「それが電子妖精の存在力というものです」
「この、一馬は無関係でしょ!!」
無関係。その一言がまた一馬の心を深く傷つける。霞む視界の向こうでハノンが突っ込んでくるのが見える。そう、僕には関係ない・・・・・・
一馬の頭からアゲハの手が離れる。少女の無慈悲な言葉が告げられる。
「あなたのスペル存在を排除します」
「ぬあっ!!」
一馬の目の前で付加スペルを消去されたハノンが体勢を崩して倒れた。
「くっ!!」
立ち上がろうとするが、その時にはすでに宙を飛翔していたアゲハがハノンの杖を踏みつけて着地した。ハノンは怒りに目をぎらつかせて少女を見上げる。
「この!! どきなさいよ!! この杖をなんだと思っているのよ!! 離れろ!!」
「好きな人からもらった物ですか」
〈好きな人・・・・・・〉
「っ!! ・・・・・・どけ!!」
「わたしにも勝てない人が、どうしてイルヴァーナに勝てると思うのでしょうか」
「くうっ!」
杖を引き抜こうとするが、それはびくともしない。アゲハは冷淡に言葉を告げる。一馬には何もすることができない。
「この世にあるのは『0か1』、『無いか在るか』それだけです。しかし、イルヴァーナは違う。奴の領域は『∞(無限)』。あらゆる存在を超越した電子妖精だけがたどりつける場所なのです」
「そのためにどれだけの物を犠牲にしたのよ!!」
〈ハノン・・・・・・〉
「わたしにも分かりません。奴の領域に立てるのは同じく∞の力を持った電子妖精だけです。わたしの意思に同調し、世界を投げ捨てなさい。仇はわたしが打ってあげましょう」
「くう・・・・・・先生・・・・・・」
ハノンが・・・・・・ハノンが泣いている。一馬は目の前で起こっている今の出来事が信じられなかった。
今までずっと強気に振舞っていたハノン。自分よりも何倍も強くていつも元気でどんな敵が来ても軽くなぎ倒してきた彼女。自分より高いところから落ちてきて、いつの間にか戦いに巻き込まれて、一緒にラーメンを食べて、スペルスピナーの講義をしてくれたあの傍若無人な彼女が・・・・・・泣くなんて。
いや、本当は気づいていた。彼女だって普通の女の子なんだ。それなのに僕は自分が無力だからとあきらめて、彼女が人より強いばかりに何もかもの責任を押し付けてきた。
あまりにも無責任じゃないか。僕は・・・・・・他人のことなんてまるで考えていなかった。ハノンはずっと僕のそばにいてくれたのに・・・・・・
「ハノン! 駄目だ!」
「・・・・・・一馬!?」
一馬の声にハノンが驚いたように目を上げた。一馬は彼女に精一杯の思いを届けるべく声を張り上げた。愛しいあの人に届けとばかりに。
「頑張るって言ったじゃないか! スペルスピナーとして世界を守るって言ったじゃないか! 勉強するって言ったじゃないか! あきらめるなよ!」
「う・・・・・・」
一馬の言葉にハノンが声を抑えて嗚咽する。アゲハは冷めた視線で冷淡に言葉をかける。
「無理ですよ。あなたの存在認識能力は非常に浅い。だから簡単に消すこともできるんです」
「うるさい! お前は黙ってろ! ハノン! 僕がついている!」
頭を振って一馬が叫ぶ。ハノンは杖から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。
「一馬・・・・・・くくく、ははは」
「何がおかしいんですか」
ハノンの様子に、冷徹だったアゲハの顔にかすかに怪訝な色が浮かぶ。ハノンは涙を振り払って顔を上げた。その表情には確固たる決意がみなぎっていた。
「あんたに励まされるなんて、わたしはずっと大切なことを忘れていた気がするわ」
「ハノン、僕だって戦えるんだよ」
「ええ、わたしたちの力でこんな奴さっさとぼこっちゃいましょう」
「ああ!」
アゲハに向かって二人で飛び掛っていく。
「馬鹿なことを」
アゲハの背に金色の蝶の翼が広がる。光の輝きが舞い、ハノンと一馬をまとめて弾き飛ばした。
「くうっ!」
「うわあっ!」
「あなた達の力ではしょせんわたしに触れることすら出来ないのです」
「わたしの前に障害なんて何も無いのよ!!」
先に体勢を立て直したハノンが再びアゲハに殴りに行く。しかし、またもや光の壁に阻まれてしまう。
「このっ!!」
強引に拳をねじりこもうとする。が、動かない。アゲハは残忍な笑みでハノンに答える。彼女が見せた初めての大きな表情の変化。声があざけり笑う。
「おろかものめ。もうお前の存在などいらない。消えてしまえ!!」
アゲハの瞳が金色に光り、蝶の翼から多数の光の触手が伸ばされる。ハノンの体を縛り持ち上げ、電撃で包み込む。
「キャアアアア!!」
「フハハ! 燃え尽きてしまえ!!」
「ハノン! 今助けるぞ!!」
一馬がアゲハに向かって突進していく。アゲハの冷酷な視線が一馬に向かう。
「あなたには何もすることはできません」
「いや、出来る!!」
「こざかしいゴミが!!」
翼の触手が一馬に向かっても飛ばされていく。一馬はその下をかいくぐり、光の壁に体ごと突進した。体中がきしみ、痛みが走り抜ける。戻ってきた触手が背中から突き刺さる。
「ぐわああ!!!」
しかし、あきらめるわけにはいかない。
「ハノン・・・・・・ハノーーーーン!!」
思いを力に代え、アゲハの障壁を・・・・・・打ち破った!
「何っ!!?」
「ハノン! 今だ!!」
「ええ!!」
ハノンは光の触手を引きちぎる。地に落ちている杖を素早く拾い上げ、攻撃の構えを取った。
「馬鹿な! お前らの存在がなんだと言うのだ!!」
「わたしはハノン=ハーティリー。こっちは河原崎一馬。よく覚えておきなさい、このタコ!!」
ハノンは全力を杖に叩き込む。アゲハの顔面を殴り飛ばし、地上で一度バウンドした彼女の体は、コンクリートの破片と土煙を撒き散らして向こうの噴水に突っ込んでいった。盛大な水しぶきが上がり、噴水が派手に砕け散る。
「この世にあるのはね、0と1だけじゃないの。2という数字があるのよ。授業で言ってたわよね、一馬」
「あれ? 言ってたっけ?」
「言ってなかった?」
「まあ、どうでもいいんじゃないかな、そんなことは」
「そうね」
二人で笑みを交し合う。夕闇の空に水の飛沫がきらきらと舞い、きれいだった。終わった。
そう思った時だった。噴水から爆音が上がり、少女の影が立ち上がった。跳ね降りる水しぶきの中、いつもの冷たい視線でハノンと一馬の姿を睨みすえる。
「なるほど、1足す1は2というわけですか」
「そんな、あれで無傷だなんて」
「もう一度やればいいだけさ」
ハノンと一馬は再び攻撃の構えを取る。アゲハは一歩を踏み出そうとして・・・・・・足を滑らせて転んだ。壊れた噴水に小さな水しぶきが起こる。
「くっ、このわたしがここまでこけにされるなんて・・・・・・」
上げた顔から鼻血が出るのを慌てて着物の袖で押さえて立ち上がる。濡れ鼠になってくたびれた様子の彼女を見て一馬はなんだか拍子抜けしたような気分だった。
「しかし、それでも・・・・・・それでも∞の領域にはたどりつけはしない。いくら合わさろうとも・・・・・・あなた達には無理です」
「やってやるわよ。わたし達は負けはしない!」
「ク、ククク・・・・・・そうですか。なんだかあなた達の存在に興味が出てきました。その杖はもらっていきましょう。わたしとあなた達をつなぐ存在の証として」
アゲハの指から一条の光が走り、ハノンの手から杖を奪い去っていく。
「あっ!!」
「あなた達に再び会える日を、楽しみに待っています」
アゲハの背の蝶の翼が羽ばたき、光の粒子が彼女の体を包み込む。光が弾け、淡い輝きとなって昇っていき、彼女の姿はその場所から消え去っていった。
「逃げられた」
「わたしの・・・・・・わたしの杖が・・・・・・」
「ハノン・・・・・・きっと大丈夫。いつかきっと、取り戻せるよ」
「うん。一馬、ありがとう」
二人で星の広がり始めた空を見上げる。夕が去り、夜が近づき始めていた。
「さて、帰ろうか」
その頃、星のきらめく夜空の中を竜に乗ったギルザス達が飛んでいた。周囲に広がるのは星々に照らされた夜の海。眼下には光に溢れた町並みが広がっている。
ギルザス達は竜に乗ったままそこから町を見下ろしていた。目的はハノンを探すこと。昼からずっと飛んでいてまだ見つかっていない。将軍はいい加減しびれを切らして叫んだ。
「おのれ、なんというごちゃごちゃとした街なのだ。ハノンが見つからないではないか!」
「将軍、もうあんな娘のことは放っておいて世界征服計画を実行に移してはどうでしょうか」
ギルザスに向かって部下の騎士トーマスが進言する。そう、彼らの目的はもともとこの世界を征服することだったのだ。そのためにどこの誰とも知らないアゲハの誘いに乗り次元を越えてやってきたのだ。しかし、この世界に来て最初に出会ったハノンにぼこぼこにやられたことでいつの間にか趣旨がずれ始めたような気がする。
ギルザスは怒りに目を燃え上がらせて部下にどなり返した。
「馬鹿者め、この私に逃げろというのか! 奴と決着を付けずして何故世界征服になど乗り出せるものか! 初志は貫徹する! それが騎士たる者の信条だ!!」
「はっ、出すぎた真似を言って申し訳ありませんでした!」
何が初志なのか、そのことを言うのはやめにする。怒った将軍に逆らうことは得策ではないとトーマスは思った。
将軍は周囲を見渡し言葉を続ける。
「だが、今日はもう遅い。一時帰還する! また明日出直すこととしよう」
「はっ!」
「ハノンめ、明日こそは必ず・・・・・・!」
部下の士気が落ち始めてきていることにはギルザス自身も気づいていた。一時撤退して体勢を立て直すことにする。だが、目的は必ず達成してみせる。早急に。
怒りを胸に秘め、ギルザス達は北の山へと向かって飛んでいく。そこでは魔道士達が彼らの前線基地を作っているはずだった。
一馬とハノンは二人で夜の道を歩いていく。街灯に照らされたごく普通の住宅街。行きなれた場所も夜に誰かと歩くとかなり雰囲気が変わって見えると一馬は思う。
夜空にはぽっかりと月が浮かんでいる。きれいな星空。
「ねえ、ハノンの家はどこにあるの? よかったら送っていくよ」
彼女はどこまでついてくるつもりなんだろう。一馬は気になって訊いてみた。マカイがどうとかは聞いていたけど、正確な住所を一馬は知らなかった。
横を歩きながら、ハノンは考えるしぐさをする。そんな様子も妙に様になっている。
「家はね。んーーーー」
彼女は言いにくそうに目を伏せてから顔を上げて言った。にへらと笑みを浮かべるように、
「出来れば泊めてくれると嬉しいんだけど」
「へ? ・・・・・・泊めるって僕の家に?」
一馬は一瞬何と言われているのか理解できなかった。泊めろって? 泊めろって? 言われてるのか!?・・・・・・どうして!!?
一馬が頭の中で目まぐるしく考えを巡らしているとハノンが言葉を続けてきた。
「うん、前にいた所では友達に泊めてもらったから」
「へー、そう。でも、僕の家は、ね。まずいよ」
一馬の断りにハノンはあっさりとうなずいた。
「うん、分かった。適当に野宿するとこ探すことにするわ」
ハノンはそれで決定とばかりに話を打ち切ろうとする。一馬は慌てて割り込んだ。
「そ! それは余計駄目だって!」
「・・・・・・わたしにどうしろって言うの?」
ハノンが困ったように首をかしげる。本気で困っているのか僕をからかっているのか、一馬にはよく分からなかった。でも、かよわい(?)女の子を一人で野宿だなんてそんなことが許せるわけがない。
「どうしろって・・・・・・」
一馬は言いながら考える。
「ハノン、自分の家があるんでしょ。マカイとかいうところに帰ればいいじゃない」
それはとびっきりの良い考えだと思えた。しかし、その提案を向けられた彼女は疲れたようにためいきをついただけだった。
「あのね、魔界ってそう簡単に帰れるものじゃないのよ。魔族専用のゲートがあるとは言え、仮にも次元の境を越えるんだから。それに今は杖も無いし・・・・・・」
杖のことを思い出させてしまったのか、ハノンの表情が暗くなる。
「杖が無いと帰れないの?」
「連絡を取れば帰れないこともないけど、そんなみっともないこと出来るわけないじゃない。わたしの信用問題に関わるわよ」
スペルスピナーが杖を奪われて帰還、みんなが同情の眼差しを向ける中とぼとぼと連れて帰られるハノン――想像してみると確かにそれはみっともないことのように思えた。一馬は出来れば彼女には元気に大手を振って凱旋してほしいと思った。
「・・・・・・分かったよ。僕の家に泊めてやるよ」
他に方法が思いつかなかった。一馬は仕方なくその決断を下すことにした。親が許してくれるかどうかは分からないけど。
「ありがとう」
ハノンは子供のように飛び上がって喜んだりはせず、口の端に軽く笑みを浮かべて喜んだだけだった。
本気で来るつもりなんだろうか。本気なんだろうな。一馬は家につくまでにリラックスしようと気を落ち着けようと努力したのだった。
住宅街の一角にあるごく普通の二階建ての家の前。そこで一馬は足を止めた。
「ここが僕の家だよ。普通の家でがっかりしないでね。ただいまー」
考え出すときりが無い。一馬は勢いで乗り切るように玄関のドアを開けた。
「おじゃまします」
一馬が上がり、ハノンが続く。さすがに友達の家に泊まったことがあるというだけあって、上がる時のあいさつは知っているようだ。
「こっちだよ。ついてきて」
親に内緒で泊めるという選択も考えたが、後の事を考えると先に事情を説明した方が良いと一馬は判断した。家に着くまでの間に脳内で何度もシミュレートしたことをもう一度復習する。
〈よーし〉
準備万端、覚悟を決めて一馬は居間へのドアを開けた。
テレビの音が耳に飛び込んでくる。そこでは案の定、父が新聞を読み、母が晩御飯を作っていた。
「おかえり、一馬。随分遅かったじゃない」
振り返った母の目が一馬を見、ハノンを見て止まった。父は新聞を読み続けている。
「ただいま。あの、お母さん。話があるんだけど」
「なに?」
多少の戸惑いは見せながらも、一馬の話を待つ母。
一馬は落ち着き払って今まで何度も脳内シミュレートしてきた言葉を口にした。
「お母さん、この子はハノンさん。外国から来た留学生なんだ。今日から家に泊めてあげることになったから」
「・・・・・・留学生?」
同じ言葉をハノンと母が同時に口にする。
〈調子を合わせてよ〉
願いをこめて横に立つ彼女を軽く肘で突つく。分かってくれたのか、彼女は小さくうなずいてぺこりと頭を下げた。
「ハノン=ハーティリーです。ふつつか者ですが、お世話になります」
「え!? なんかそれ微妙に違ってない!?」
「え? そう? よく分かんない」
二人で漫才のように言ってると、父が新聞から顔を上げた。
「まあまあ、良いじゃないか。ハノンちゃんも日本に来て不慣れなんだろう。一馬、友達には優しくしてあげなさい」
「うん。行こう」
これ以上いるとぼろが出そうなので、一馬はハノンを連れて二階の自分の部屋に行くことにした。
父が新聞のページをめくって呟く。
「一馬も彼女を連れてくるようになったか。もうそんな年頃なんだな」
「一生友達付き合いの出来ない子になるんじゃないかと思ってたけど、これで立ち直ってくれるといいけどねえ」
「最近様子が変だと言ってたのはこれが原因だったのかな」
「さあ。でも、元気そうで安心したわ。最近思いつめてたみたいだから」
「ああ、そうだな」
二人の声は一馬には届かない。
「ここが僕の部屋だよ。散らかってるけど我慢してね」
一馬がドアを開け、ハノンを中へ招き入れる。ごく普通の少し散らかってる少年らしい部屋だ。
「何にもなくてごめんね」
「ううん、泊めてもらえればそれでいいから。わーい、ふかふかベッド~」
ハノンが飛び上がって顔を打ち付ける。
「痛い」
「ここのベッドはそんなに柔らかくないよ」
どこの国のベッドを想像していたんだろう。一馬は机に荷物を置いて彼女を振り返った。
「ねえ、ハノン。いっしょにゲームやる?」
「ゲーム?」
「うん、ソーラーステッガーⅢっていう二人用が出来るシューティングゲームなんだけど。女の子にシューティングゲームは無理かな」
一馬の言葉にハノンは不敵にふんぞり返ってベッドの上から指を突きつけてきた。
「フッフッフッ。一馬、わたしのことを馬鹿にしてるわね。これでも友達の家でやったことがあるのよ!」
「へえ~」
意外と言えば意外だった。彼女はどんな人生を送ってきたんだろう。嬉しそうにはしゃいでいる彼女にコントローラーを渡してやる。
「これで操作するんだよ」
「前やったのと違う・・・・・・」
とたんに沈黙してしまう彼女。一馬は丁寧に説明してあげることにした。
「基本は同じだから。これがミサイルで、これがボムで・・・・・・」
「一馬、入るわよ」
顔を突き合わせて手取り足取り教えてあげていると、母がジュースをお盆に載せてやってきた。顔を上げる一馬。
「あ」
何故か動きの止まるお母さん。
「どうしたの?」
一馬が訊ねる。ハノンは難しい顔をして一馬の手の中のコントローラーを睨みうなっている。母は硬直が解けたように行動を再開した。
「ううん、なんでもないの。ハノンちゃん、自分の家だと思ってゆっくりくつろいでいっていいからね」
「はい」
半分上の空でハノンが返事をすると、母はにこやかに手を振って部屋を出ていった。
〈? ・・・・・・なんなんだ?〉
それから一馬とハノンは一緒にゲームをやって、図書館での勉強の続きもやって、夜はふけていったのだった。
街の北方に一際高い山脈がある。緑山と呼ばれるその中の一山はギルザスが魔道士長エノクに命じて城を造らせている場所だった。
城を建造する条件としてギルザスが命じたのは『民衆共を一望の元に見下ろせる場所である』ということ。この緑山という場所を選んだのはエノクの方だ。故意か偶然かそこはギルザス達がハノンを追ってはるばるやってきた街のすぐそばだった。
〈あるいはあの魔道士は全てを見通しているのかもしれん〉
そう思うと薄ら寒さもするが、将軍である自分がたかが魔道士ごときに恐れを抱くのも馬鹿らしいと振り払うことにする。
部下の騎士達を従え、ギルザスは堂々と城の正面へと翼を降ろしていった。竜から降りた彼らを、黒いローブを身にまとった仮面の男が出迎える。
「おかえりなさいませ、将軍。お待ちしておりました」
つかみどころの無い怪しげな雰囲気を漂わせた彼こそ魔道士長のエノクだ。
「見て見て、将軍!」
「あたしたちの造ったお城だよ! すごいっしょー!」
彼の後ろでは二人の幼い少女が歓声を上げてはしゃいでいる。アリスとぺテル。エノクは魔道士隊の期待のホープと呼んでいるが、ギルザスは信じているわけでは無い。そもそも魔法という存在自体帝国では軽んじられているのだ。だから、帝国ではこの三人しか魔道士はいない。
ギルザスは手を振り仰いで前に建つ城を見上げた。
「うむ。これが我が城か。なかなかやるものだな、魔道士エノクよ」
「はい、僕達魔道士隊の総力を結集して造りましたから」
「魔道士隊の総力か」
ギルザスの視線がエノクを見、アリスとぺテルの上をなでていく。
「魔法というのも見事なものだな」
「アゲハお姉ちゃんも手伝ってくれたんだよ!」
「うんうん、彼女の力が無ければここまでは出来なかったね」
「ねえ、将軍。魔道士隊のメンバー増員考えてくれない?」
魔道士三人の声にギルザスはマントをひるがえして答えた。
「それとこれとは別の問題だ。中に入るぞ」
「うー、メンバー増員~」
「しょうがないよ、ぺテル。二人で頑張ろう」
「三人でだよ」
見送りながら魔道士三人は奇妙な連携を作っていた。
一馬は客間に布団を敷いて寝転んで天井を見上げていた。日頃使っていないこの部屋で寝るのは、勉強の途中で先に寝てしまったハノンに自分の部屋のベッドが占領されてしまったからだ。さすがに同じ部屋で寝るのも気が引けて一馬は一階の客間を使うことにした。
暗い天井を見上げながら一馬は考える。今日あったこと。
ハノンと出会い、話をし、いっしょに戦った。
襲ってきた竜や騎士達。そして、電子妖精アゲハ。ハノンの奪われた杖を取り戻すことが出来るのだろうか。自分に出来ることはあるのだろうか。
スペルスピナーの仕事。
〈物の存在認識、か・・・・・・〉
電子妖精イルヴァーナ。あのアゲハよりも手強いという敵に勝てるのだろうか。
いや、スペルスピナーの仕事はイルヴァーナに勝つことじゃない。世界の存在を補強して奴に取り付かれない世界にすることだ。そう、ハノンは言った。
でも、どうせなら勝ちたい。イルヴァーナを倒すことが出来ればハノンは今よりも素敵な笑顔で僕のことを認めてくれるはずだ。きっと。
〈僕はハノンに認めてもらいたいと思っているのだろうか〉
今まで他人のことを気にしたことなど一度もなかった。自分さえちゃんとしていれば、周囲はただの雑踏だと思っていた。でも・・・・・・
〈僕はハノンのことが好き・・・・・・なのか・・・・・・?〉
彼女のことを思い、頬が熱くなるのを覚え、一馬は照れを隠すように毛布を頭にひっかぶせた。
月の輝く夜、緑山は幻想の静寂に包まれている。
部下を休ませ、夜着に着替えたギルザスは城のバルコニーから街を見渡していた。夜空に涼しい風が舞う。広がる夜景を一望にしながら今日戦ったあの少女の姿に思いを馳せる。
〈ハノン、この街のどこかに潜んでいるのか〉
この世界に来て最初に出くわし、自分達のことをゴミのように蹴散らしていった彼女。彼は今まで帝国にはむかう者はことごとく打ち倒してきたというのに、これほどの負けをこうむるのは初めてのことだった。
〈世界が変われば勝手が変わるということか。それとも自分達が今まで勝ってきたことは全て帝国の名声が世界に轟いていたおかげだとでもいうのか〉
自分達はアゲハと名乗るあの少女に利用されているのだろうか。そう思うこともある。
いや、あんな子供に何ができるほどのこともない。自分達をこの世界に案内してきたのはあの少女だが、この世界への進出を望み行動しているのは自分達の意思なのだ。
彼女が何を思っていようと最早何の問題でもない。自分達はハノンを倒し、世界征服への第一歩とする。その計画にゆるぎは無いのだ。
「将軍、一つ良い知らせを持ってまいりました」
彼の背後にエノクが影のように現れ、ひざまずいた。
〈魔道士というものは・・・・・・!〉
ギルザスは無造作に振り返る。害された気分を隠すこともなく荒々しく訊ねる。
「なんだ!?」
魔道士が持ってくる知らせなどどうせろくなものでもあるまい。ギルザスはエノクの表情を伺おうとしたが、彼の仮面の奥の瞳は何を考えているのか読み取れなかった。
〈あるいは大帝が魔道士に重きを置かない理由は戦力的な問題とは別にあるのかもしれんな〉
彼の不信などちっとも気にしない風にエノクは事務的に報告をする。
「あれの復元にたったいま成功しました。いつでも動かせます」
「なんだと!? あれが!」
ギルザスは驚いた。まさかあれが動かせるというのか! あの古の禁代兵器が!
「将軍~、やったよーーー!」
「あたしたち、ガルドックの復元に成功したんですー!」
ギルザスが息を呑んで考えていると二人の少女が走ってきた。アリスとぺテル。魔道士隊の二人はかたわらにひざまずくエノクの姿に目を留めると、露骨に眉をしかめた。
「って、師匠! なんでここにいるんです!?」
「あたしたちに報告の手柄をくれるって言ったくせに!」
「気が変わったんだよ」
きゃんきゃん騒ぐ部下二人に魔道士長エノクは落ち着いて答える。
「ずる~い、あたしたちが将軍をびっくりさせてあげたかったのに!」
「そうだそうだ! あー、将軍が驚いて腰抜かすところ見たかったな~」
「まあ、落ち着けお前ら」
放っておくといつまでも喋り続けそうだったので、ギルザスは手を振って二人を黙らせた。他人が騒ぐと自分は落ち着くという話は本当らしい。
「それで、あれが動くということか。これでハノンも終わりだな。あっはっはっ」
「でも、将軍。一つ問題があるんですけど」
「なんだ?」
「あれ、山道降りられないんです。つまり」
「どこにも行けないんです」
「・・・・・・」
アリスとぺテルの落ち着いた報告に将軍が沈黙する。しばらくの時が流れ、ぽつりと呟く。
「・・・・・・街には降ろせないのか」
「飛竜全部使っても無理。重いから」
「持ち上げたら動作に支障が出るかもしれないし」
「・・・・・・しょうがない。気は進まんがアゲハに次元の通路を開かせて」
「アゲハお姉ちゃん、さっきずぶ濡れで帰ってきてだるいって寝ちゃった」
「・・・・・・あいつがそんな奴かよ!」
将軍の知る彼女のキャラはそんなものでは無かった。子供でありながらどんな時でも沈着冷静で冷血非道で人のことを道具としか見ていないような奴だと思っていたが・・・・・・
「どこで水浴びしてきたというのだ!」
「だってしょうがないじゃない!」
「もうお前らには頼まん! しょせんこの世で使えるのは自分の腕だけだということか!」
「お待ちください、将軍。僕に名案があります」
アリスとぺテルとギルザスが同レベルの騒ぎを展開していると、さっきまで黙っていたエノクが口を開いた。
「なんだ!?」
三人の視線がエノクに集中する。彼はしばらく間を置くと意味ありげに口を開いた。
「聖竜を使えば、あるいは・・・・・・」
「っ! 何故それを知っている」
ギルザスの顔が驚愕に引きつる。アリスとぺテルはお互いに相談するように顔を見合わせる。含みありげにエノクが言う。
「この城を築いたのは僕達ですから。だいたいのところは」
「仕方あるまい。やってみるがいい」
「はっ」
一礼するとエノクは不思議そうに首を傾げるアリスとぺテルを連れて歩き去っていった。ギルザスは黙って三人を見送っていた。
エノク達は地下の廊下を進んでいく。たどりついた先は小さな土部屋。天窓から差し込む明かりが仄かに辺りを照らしている。
アリスとぺテルが見守る前で、エノクは魔法の灯を付けるとそれを前方へと飛ばしあげた。月明かりと合わさって部屋を淡く照らし出す。草を食べていた一匹の竜がちらりとこちらを見、また食事に戻った。
それは見慣れた飛竜とは違う、青い鱗としなやかな体格を持った気品のある竜だった。アリスとぺテルは近づいていって口をあんぐりと開けて見上げた。
「師匠! これは!」
「せ、聖竜エルシオン!? ・・・・・・ほんものなの!?」
「ああ、そうだよ。世界でも3本の指に入る優れた飛行性能を持つ聖竜エルシオン。これを使って君達に任務を遂行してもらいたいんだ」
「で、でも! 大帝直属の親衛隊のみが搭乗することを許された聖竜エルシオンを何故将軍のような」
「下っ端・・・・・・い、いえ! 地位のあまりお高く無いお方が!」
「それはまあ大人の事情というものだろう」
「本当に乗っていいんですか!?」
「ああ、何事も経験だからね。責任は全て将軍が引き受けてくださるから、君達は何も気にすることはないよ」
「はーい! ぺテル、乗ろ! 乗ろ!」
「うん! わあ、聖竜エルシオンだからエルちゃんだあ!」
二人で竜に登っていく。
「それで任務のことだけど」
「師匠~~~!!」
「後でいっか」
嬉しそうに手を振る二人を見上げてエノクは静かに呟いた。
「一馬、起きなさい」
暗い意識の闇の中、誰かの声がする。
「う~ん」
一馬が目を開けるとそこはいつもとは何かが違う部屋、視線をめぐらすと母の姿が見えた。周囲は明るい。もう朝か。
「ふああ」
一馬は上体を起こすと、大きくのびをしてあくびをした。眠い。母があきれたように笑う。
「呑気なものね。ハノンちゃんはもう起きてるわよ。今日学校でしょ」
いつもの自分の部屋と違う・・・・・・と思っていたら、そうだ。ハノンが来ていたんだった。それで自分は客間に布団を敷いて寝たんだった。
「ふーん、そう」
まだ頭が少しぼんやりとしている。反射的に気の無い返事をしてしまう。一馬はゆっくりと立ち上がると廊下へと歩いていった。
居間に行くとハノンがパンを食べながらテレビを見ていた。彼女の姿を見て心のどこかでほっとする。
彼女が見ているのは子供向けアニメの再放送だ。一馬が声をかけようとするより先に、ハノンがこちらに気づいて顔を向けた。
「おはよう、一馬。見て見てテレビ。グロイザーXって面白いわよ。敵の空爆ロボがミサイル一発で沈んじゃうの。凄いわよねー」
「いや、まあ(僕は昨日のハノンの方が凄いと思うけど)アニメだし」
気の無い一馬の答えにハノンが少しむっとしたような表情になる。テレビはエンドロールが流れ出している。
「アニメだってことは知ってるのよ。夢が無いわね、一馬は」
「うん・・・・・・ごめん・・・・・・」
何と言葉をかけていいのか分からない。一馬はとりあえずハノンの隣に腰を下ろすことにする。何か話題は無いものかと考えあぐねながら声を出す。
「あのさ、ハノン」
「何?」
「・・・・・・マカイにもテレビあるの?」
一馬の言葉にハノンがうっと息を呑む。何かまずいことでも訊いてしまったのだろうか。うっすらとした失敗の気配を感じたが、ハノンは微妙な沈黙の後答えてくれた。
「う・・・・・・む、魔界には無いけど友達のところにはあったわよ。だからって田舎ってわけじゃないのよ。それなりに文明は発展してるんだから」
「それで、『わあ、箱の中に人が入ってる~』とか言ったりした?」
「言ってない言ってない断じて言ってないわよ」
首を強く振って否定するが、照れ隠しのような顔に言ったんだなということが分かる。やっぱりポーカーフェイスの下手な人だ。一馬は昨日教室で感じた印象を新たにした。
「どこの国の人も似たような反応をするものなんだね」
一馬の感想に、
「まあ、そうかもね」
ハノンはにこやかに答えたのだった。
それから、二人で朝食を済ませ、適当にテレビや新聞を見て(一馬は説明してやって、ハノンは真面目に聞いて)、時間が来たところで家を出た。
これから学校だ。今日はどんな一日が始まるんだろう。一馬はハノンと一緒なら楽しくなるだろうと思っていた。
学校へと向かう朝の道。空気がいつもよりすがすがしく感じる。一馬とハノンは二人で並んで歩いていく。
「ハノンも学校に行くの?」
「うん、せっかくだしね。いろいろ勉強しなきゃ。お弁当だってちゃんと作ってもらったのよ」
一馬の横で、鞄を持ち上げて嬉しそうにハノンが微笑む。彼女の笑顔に一馬も自然と微笑みを浮かべた。
「そう、良かったね」
「杖が無いとスペルスピナーの仕事だって出来ないし。はあ」
「次にあいつが来たら僕が取り戻してやるよ」
「うん、期待してる」
今日は楽しい一日になる。一馬はそう思っていた。
しかし、運命を狂わせる聖竜はすでに二人の頭上に差し掛かっていたのだ。
「河原崎一馬と思われる人物を発見!」
「エルちゃん! 捕獲して!」
一馬の耳にどこか遠くから幼さを感じさせる少女達の声が届く。
「クオオオオオオオオ!!」
続いて巨大な怪物のおたけびが辺りを震わせる。一馬とハノンは思わず立ち止まった。両側の家が揺れている。地面が振動している。
なんだ!? と思って振り返ろうとした瞬間だった。
風が――青い風が二人の上を吹き抜けていった。そうとしか感じられなかった。コンマ数秒遅れ舞い来る風圧をなんとか立ったまま耐え抜く。空の向こうで青い風が旋回し、戻ってくる。
「一馬! 今のは何!?」
「分からないよ! うわあ!」
再びの突風。今度は間近。一馬とハノンは思わず顔をかばって目を閉じた。
わずか一秒にも満たない時間だったと思う。ハノンが目を開けると隣にいたはずの一馬の姿が消えていた。
「一馬! どこ!? 一馬!」
「ここだよ!」
ハノンが辺りをきょろきょろと見回していると頭上から声が降ってきた。
見上げると青い飛竜が飛んでいた。建物の二階より少し高いぐらいの距離だ。竜の足の先の爪には一馬が掴まれて手足を振り回してじたばたとしていた。
「一馬!!」
ハノンは驚愕に目を見開いた。昨日の竜とは違う、アゲハとも違う、第三の敵?
なんてことだろう。杖があればスペルでなんとかできるのに、この距離では手が届かない。
「大丈夫だよ! こんな奴ぐらい!」
ハノンの心配を読み取ったのだろう。一馬は安心させるように叫ぶと竜の爪を振りほどこうと激しく手足を振り回した。
しかし、聖竜とも呼ばれるエルシオンに対して彼の力はあまりにも無力だった。わずらわしげに竜が2、3回足を振ると一馬はあっけなく気絶してしまった。
竜の上から二人の少女がひょっこりと顔を出す。
「ハノンお姉ちゃんに伝える! このお兄ちゃんを返してほしければ今すぐ緑山山頂まで来なさい!」
「そこでギルザス将軍があなたを待ってるよ! すぐ来てよね!」
二人の声にハノンは唇をかみ締めた。昨日会ったあいつの姿が頭をよぎった。
「ギルザス将軍・・・・・あいつのしわざだったのね。ということは裏で糸を引いているのはアゲハ!」
「?」
少女達が二人揃って首を傾げる。
「逃がしなんてしないわよ!」
ハノンは手の中にあった唯一の対空武器――鞄を前方上空ではばたく竜に向かって力強く投げ上げた。大切なお弁当が入っているのに・・・・・・だけど他に武器が無いのだからしょうがない。一馬の命には代えられないのだ。
しかし、エルシオンの飛行能力はハノンの渾身の攻撃をもあっさりとかわしてしまった。家々の軒の向こうに鞄が消えていく。
見送って少女達が顔を戻した。
「危ない危ない、並みの飛竜なら今の攻撃で落とされてたよ」
「エルちゃんは凄いねー」
「じゃあ! 待ってるからね!」
「絶対来てよね!」
少女達が手を振り、竜はあっという間に飛び去っていった。余りのスピードにどの方角に去って行ったのかも定かに出来なかった。ハノンは憎々しげながらも黙って空を見上げていることしか出来なかった。
「一馬・・・・・・」
冷静さが戻ってきて、とたんにどうしようも無い喪失感がこみ上げてくる。
わたしは何をうかれていたんだろう。スペルさえ使えれば助けられたかもしれないのに。いつしか一馬の言葉を信じ、彼によりかかってしまっていた。スペルスピナーの仕事だって後に回せばいいと思ってしまっていたなんて・・・・・・
イルヴァーナに襲われたあの日から必死に頑張って真面目に生きてきて実力も付けてきたつもりだった。でも、やっぱりわたしは馬鹿だった。
わたしは何も変わっていない。守ることが出来ない。
先生・・・・・・
「わたしは・・・・・・どうしたらいいんですか」
悔やむための時間なんて無駄だとは分かっていた。でも・・・・・・今だけは・・・・・・
ハノンは力なく路上に座りこんでしまった。無力な自分が情けなくてどうしようもなかった。いっそあの時みんなと一緒に吸収されていたら・・・・・・そんなことまで思ってしまう。
「イルヴァーナ・・・・・・」
全ての始まり。あいつが全てをめちゃくちゃにしてしまった。白い妖精の羽を持つ朗らかな少女。優しげでありながらその属性は絶対なる恐怖。
『あたしは世界を幸せにしたいの。存在全てを一つと成し、このあたしが導く。無限にして永遠の理想郷を創るのよ』
「勝手なことを・・・・・・あいつのせいでどれだけみんなが迷惑して、わたしも苦労していることか!」
ハノンは力強くアスファルトの地面を叩く。憎たらしいあいつを殴り飛ばすことをイメージして気分転換する。
「やってやるわよ。一馬を助けて世界も助ける! 誰が負けるものか!」
ハノンは走り出そうとして・・・・・・やめた。
「・・・・・・緑山って・・・・・・どこかしら?」
途方にくれてしまった。考えてみる。
昨日一馬に地図帳を見せてもらって教えてもらった・・・・・・と思う。なんか単純な名前だな~と思った記憶はあるのだ。それなのに! それなのに! 覚えていない。
「なんて馬鹿なのよ! わたしは~~~~!!」
自分の無知さ加減に頭を抱える思いだった。そんな時だった。後ろで自転車の止まる音がした。
「なにやってるんだ? ハノン」
聞いたことのある男の声だった。ハノンは振り返る。昨日喧嘩をしてラーメン屋に連れていってくれた兵悟がそこにいた。
渡りに船とはこのことだ。彼なら緑山のことも知っているかもしれない。
「ねえ、緑山ってどこ? 一馬がさらわれちゃったのよ!」
「一馬が!?」
兵悟は一瞬驚きの表情を見せた後、何かを考えるように口をつぐんでいる。ハノンは気がせいてしょうがなかったが、他にどうしようもないので彼の言葉を待つことにする。
「・・・・・・分かった。連れていってやる。乗れ!」
「ありがとう!」
言われるままに自転車の後ろに乗るハノン。
「飛ばすからしっかり掴まってろ!」
「うん!」
しっかりとしがみつく。
「いや、もう少しゆるめにしてくれ!」
「これぐらい?」
ハノンは馬鹿力を少しゆるめた。気がせいて力の制御に気が回らない。
「ああ、それぐらいだ。行くぜ!」
兵悟はダッシュをかけようと自転車のペダルを踏み出した。その時だった。突然、道路の陰から誰かが飛び出してきた。
「うわっ!」
「キャア!!」
ダッシュ直後に崩れそうになった体勢をなんとか兵悟は立て直す。目の前の路上に激突は回避したもののバランスを崩して少女が倒れていた。
「いたた・・・・・・」
眼鏡を直して起き上がる。どこかで見たような少女だとハノンは思った。
兵悟は知っているようだった。
「てめえ、皐月! 危ねえじゃねえか!!」
「ご、ごめん!! なんか変なのが飛んでるのが見えたから・・・・・・あれ?」
首を傾げる少女の様子にハノンは思い出した。昨日お弁当を分けてくれると言っていた娘だ。確か友達がどうとか言っていた。
その少女、皐月千香子は訳知り顔でポンと手を叩いてうなずいた。
「東堂君とハノンちゃんそんな仲だったんだね。へえ~・・・・・・河原崎君は?」
「ああ、そのことだが」
「一馬がさらわれたの。場所は緑山よ!」
「そういうことだ。皐月、集められるだけ人間を集めてお前も来い。これは戦争になるぜ!」
「分かった! わたしの友達ネットワークにまかせて!」
千香子は親指を立ててウインクすると、学校の方角へと走り去っていった。同時に兵悟が緑山へ向けて自転車を発進させる。向かう方向は千香子とは違うがゴールは同じだ。
細い道をしばらく走り、太い国道に出て兵悟が呟く。
「あいつの友達なんて知らんが、無いよりはましだろう」
「大丈夫よ。みんなが来る前にわたし一人で片をつけるから」
「俺のことも信用してくれていいんだぜ」
「・・・・・・駄目よ。これはわたしの戦いなんだから、緑山へついたらすぐ降ろして帰って」
「ハノン・・・・・・俺はお前のことが好きなんだ」
「ありがとう。でも、わたしは・・・・・・」
誰の期待にも答えることが出来ない。
わたしのスペル能力なんて簡単に消してしまうアゲハ。わたしのやっていることなんて意味が無いと思い知らしめられた昨日。一馬はいろいろ教えてくれたけど、それでもどうすることも出来ない壁がある。
一馬は助ける。杖は取り戻す。でも、その次となるとハノンにはどうしていいか分からなかった。
今のままでは自分のやっていることは全て無駄だ。誰にも通用しないスペルでどうしてイルヴァーナに対抗できるだろう。
〈これが終わったら・・・・・・魔界へ帰ろう・・・・・・〉
ハノンはそう決意する。
いつになく沈んだ様子の彼女を背で感じ、兵悟は思う。
〈河原崎の奴、ハノンをこんなに悲しませやがって。見つけたらぶっ飛ばしてやる!〉
それぞれの思いを乗せ、自転車は進んでいく。
国道をまっすぐ進み、交差点に出た時だった。
頭上を右へと何かの影が通り過ぎて行った。向かう先を見て四匹の竜だと確認する。町並の上空を旋回してこちらへと向かってこようとしている。先頭の一人が叫ぶ。
「見つけたぞ、ハノン! 今日こそは決着を着けてやる!」
昨日公園でやっつけたマルトー率いる竜騎士部隊だった。なんてしつこい。
「どうする? やっつけるか?」
校庭での戦いを思い出しているのだろう、兵悟が訊く。ハノンは答える。
「めんどくさいから一匹だけ!」
「オーケー!」
景気づけに誰かを一発ぶちのめしたいところだった。でも、だからと言って時間を無駄にするわけにはいかない。緑山では一馬が待っているのだ。
車の少ない横道のど真ん中を兵悟の自転車は走っていく。向こうの空からは四機の竜騎士がふらつきながら近づいてくる。おそらく昨日のダメージがまだ残っているのだろう。
だが、こちらも杖を失いスペルが封じられ、素手である。条件が不利なのはお互い様だ。
ハノンは慎重に距離を目測する。兵悟を巻き込まないことにも気を配らないといけない。
「ハノン、俺のことは気にするな! これを使え!」
兵悟が服の中から何かを引き出し、ハノンに手渡した。
「これは」
木刀?
「俺の愛剣、木竜弐号だ! お前の力では物足りないかもしれねえが役には立つだろ!」
「ありがとう! 使わせてもらうわ!」
ハノンは剣を振り、目の前のドラゴンへと向けて振りかざす。
朝日の照らす中、竜と自転車が一瞬のうちに出会い、斬り、結び、すれ違っていった。激しい轟音と衝撃。鈍い手応えを感じて木刀が折れて宙を舞う。マルトーの竜がいびつにふらついた。
「何発入れた?」
「一発だけよ」
「・・・・・・そうか」
後方の空で竜の一匹がバランスを崩し、アスファルトの上を削り滑っていく。
一馬は闇の空間にいた。どことも知れない意識の中、誰かの呼ぶ声がおぼろげに聞こえる。
「お兄ちゃん、起きて。お兄ちゃんってば!」
うーん、もう少し寝かせてくれよ。
「お兄ちゃんってば! 着いたよ!」
体を揺すられる感触が心地いい。もう少し寝ていたい。
「うえーん、起きないよー」
「耳に息吹きかけてみようか」
「あ、それ名案かも。エルちゃんやって」
「グウウウウウウウ・・・・・・」
すぐ側で誰かが大きく息を吸う音がする。エルちゃんという美少女が僕を起こそうとしているのか。
「ゴアアアアアアアアアア!!!」
一転して激しい衝撃。一馬は思わず飛び起きた。
目の前を灰色のレンガ床が物凄く速いスピードで流れていく。体が地面の感触を感じない。風を切って宙を浮かんで、
「と、飛んでる!?」
と思った瞬間、目の前のレンガ床が途切れ、土の地面が見えた。物凄く遠い。めちゃくちゃ高い。飛んでる・・・・・・って言うか落ちる?
一馬はわけが分からなかった。どうしてこんな状況に置かれているのか。
「な、なんでええええええ!!!」
自分はこのまま落ちるのか! 落ちてつぶれて死んでしまうのか!
「いやだあああああああ!!」
無我夢中で手を伸ばすがどこにもつかまるところがない。完全なる空中。山の上のさらに上の空のようだ。街が遠い。木々が茂っている。どんどん落ちていく。もう駄目だ!
そう思った時だった。不意に落下が止まった。誰かが一馬の背中を掴み、上へと連れていこうとしている。
一馬は見上げる。あの青い竜がそこではばたいていた。
「お、お前は!」
道を歩いていた時の記憶が蘇る。僕はこいつに捕まって・・・・・・竜は答えない。一馬はそのまま元の城の屋上へと連れてこられると荷物か何かのようにそこにすとんと置かれた。
少し飛んで竜も着地する。
竜の横には見覚えのない二人の幼い少女が立っていた。年の頃は小学校二年生ぐらいだろうか。今日は学校のある日のはずだが制服を着るでもなく、妙なファンタジーじみたカラフルな格好をしている。コスプレ?
一人は竜をなで、もう一人はこっちを見ている。なんだか分からないが、一馬は口を訊くことにした。
「僕をここに連れてきたのは君達か。僕をいったいどうしようって言うんだ!」
年甲斐も無く興奮する一馬にも気圧されることなく、少女達は嬉しそうに微笑んだ。
「わあ、言葉が分かるよー」
「凄いねー、アリス」
「そりゃ、分かるよ! とにかく早く僕を元の世界に返してよ!」
苛立つ一馬に、少女達はにこやかに仲良く首を横に振る。
「んー、それは無理」
「お兄ちゃんはハノンお姉ちゃんをここに誘い込むためのおとりだから、ここにいてくれないと困るの」
「でも、おとなしくしていれば危害は加えないから安心してね」
「安心できるわけないじゃないか! とにかく・・・・・・僕は帰る!」
口々に言ってくる二人の少女に一馬はどなり返す。
言っても帰してくれないなら、自分の足で帰るだけのことだ。ここがどこかは分からないけど、歩けばどこかには出るはずだ。
一馬は屋上の出口と思われる扉へと向かう。
「駄目だよ、勝手にどっか行っちゃ」
「ちゃんと見張ってなくちゃ、あたしたちの名誉がかかってるんだから」
「そんな名誉なんて知るもんか」
通せんぼしようと立ちはだかった二人を一馬は横へと押しのける。しかし、それで引き下がる彼女達ではない。一馬の服のそでをやいやいとひっつかんでくる。
「駄目!」
「逃がさないよ!」
一馬はいい加減うんざりしてきた。なんで僕はこんな訳の分からないところでこんな訳の分からない子供達の相手をさせられているんだ。早くハノンの所に戻って彼女を安心させてやりたいのに。
「離してよ! 僕には行くところがあるんだ!」
強く腕を振って引き離す。再び前を向いて歩き出そうとした時だった。
不意に男の声がした。
「残念だが、お前をどこにも行かせるわけにはいかないな」
見ると、一馬が向かおうとしていた扉の奥から、一人の騎士風の男が仮面の魔道士を伴って姿を現した。
騎士の男は長身。銀色の甲冑を身にまとった二十代前半ぐらいの青年だ。整った顔つきと堂々たるしぐさは、この男が昨日ハノンがぶっ飛ばしたマルトー達よりも格上であると思わせる。
一馬は動くことも出来ず、ただじっと男を見上げて立っていた。二人の少女ももう手を出してきたりはしなかった。そっと離れて好奇の目でなりゆきを見ている。
騎士の男、ギルザス将軍は一馬の姿を上から下へと眺めやり、横に立つ魔道士に声をかけた。
「エノク、こいつか。河原崎一馬というのは」
「はい」
思ったより穏やかな声で魔道士が答える。騎士の男は再び視線をこちらへ向けた。
「おい、お前。何が出来る」
「?」
一馬は言われている意味が分からなかった。ギルザスが言葉を続ける。
「ハノンを引き付ける何かがあるのだろう。言ってみろ」
特技を言えと言っているのだろうか。ハノンのために僕が役立ったことと言えば。
「べ、勉強だ!」
ギルザスは特に驚くでもなく、ほおとうなずいて答えた。
「学者というわけか。つまらんな。エノク、こいつの面倒はお前にまかせる。適当に遊ばせておけ」
マントをひるがえして立ち去ろうとする。一馬は思わず呼び止めていた。
「待て! 僕に用があるんじゃないのか! 何が目的なんだ!」
ギルザスが足を止め、振り返る。
「お前に用があるのではない。お前をここに連れてくれば、ハノンがここへ来る。そう聞いただけのことだ」
「ハノンをどうするつもりなんだ!!」
「そんなことはお前には関係ないが。まあいい、教えてやる。我が軍の究極の兵器がつい先日完成したのだ。しかし、その行動範囲にハノンを捕らえるためには、奴をこの緑山へ誘い込まなければならない」
「そのために僕を!」
一馬はぎゅっと拳を握り、歯をくいしばった。男は涼しい顔でせせら笑う。
「そういうことだ。餌は餌らしくおとなしくしておくがいい」
「そんなことが出来るか!」
自分がハノンを危険にさらすためのダシに使われるなんて一馬には我慢が出来なかった。憎しみと滞りを武器に殴りにいくが、ギルザスは一馬の非力な拳など軽く受け止めてしまった。自嘲気味にギルザスが笑う。
「弱い。なんだこの突きは。力が全然入っていないではないか。お前はそれでもハノンの仲間なのか?」
ギルザスが軽く片手を振ると、一馬は床の上に放り出されてしまった。痛みが体を走り抜ける。
「くうっ!」
「ハノンが来れば帰してやる。それまではおとなしくしておくことだ」
最後に一瞥をくれ、ギルザスはその場から歩き去っていった。一馬は唇を噛み締め起き上がり、拳を床に叩きつけた。
「くそっ」
ハノンに・・・・・・ハノンに危険が迫っているのに僕には何か出来ることは無いのか。今のハノンはスペルの杖だって失っているのに。何か、何か!
座っていると誰かが肩を叩いてきた。
振り返ると仮面の魔道士が身をかがめてこちらを見つめていた。
「君、魔法を習うつもりはないかい?」
「魔法?」
藪から棒になんなんだろう。黙っていると、横から少女の一人が口を開いた。
「師匠、まさか?」
「ああ、僕の見たところこの子には魔法の才能があるね。どうだい、やってみないかい?」
「僕は・・・・・・」
魔法、魔法、それでなんとかなるんだろうか。でも、何故? 何故敵であるはずの僕にそんなことを言うんだ。
一馬の疑問をよそに話は勝手に進められる。
「良いね、それ。一緒にやろうよ、お兄ちゃん」
「魔法使えると楽しいよ」
「・・・・・・どうして僕に魔法を?」
一馬の質問に仮面の魔道士は立ち上がってやれやれとばかりに大きく肩をすくめて見せた。ため息も聞こえた気がする。
「君は知らないだろうけど、僕達の世界では魔法使いはとっても肩身が狭いんだ。僕達にとっては君が敵だろうと味方だろうと関係ない。僕達は魔法そのものの良さをみんなに伝えて広めたいんだよ」
エノクはそこで一旦言葉を切り、言う。
「幸い君には魔法の素質があるようだしね。頑張れば良い魔法使いになれることは保障するよ。君が優秀な魔法使いとして活躍してくれれば僕達にとっても鼻高々さ」
「僕は・・・・・・」
「戦う力が欲しくは無いかい?」
「・・・・・・」
一馬はしばらく考えてから答えた。こいつらは敵だ。だが・・・・・・じっとしていても何も始まらない。
「戦う力、欲しいです。でも・・・・・・その前に会いたい人がいるんですけど」
「ハノンちゃんには会わせられないよ」
「いいえ、僕が会いたいのは・・・・・・アゲハ。ここにいるんじゃないですか?」
ここが敵の陣地ならもしかしたら彼女もいるかもしれない。ハノンがここに来るのならそれまでに杖を取り戻してあげたい。取り戻せないまでも在りかだけでも確認しておきたい。
魔道士の言葉は半分肯定、半分拒否だった。
「ああ、いるけど会わせられないよ」
「何故?」
一馬は訊く。エノクの答えは意外だった。
「今風邪をこじらせててね。誰にも会いたくないみたいなんだ」
「風邪ー?」
ありえないことだと一馬は思っていた。昨日戦った冷酷無比で強力だった彼女。電子妖精とも呼ばれ、この世の者とも思えない幻想的な雰囲気を漂わせていた彼女が、風邪なんて想像できなかった。
「ごまかすのはやめてください。僕はアゲハにどうしても返してほしいものがあるんだ!」
「やれやれ、しょうがないね。アリス、ぺテル、案内してあげなさい」
「はーい」
「こっちよ、ついてきて」
一馬は疑問に思いながらも引かれるままに二人についていった。
一馬は城の廊下を進んでいく。古典的ファンタジーでよく見るような石造りの建物だ。壁には松明が下がり、床には赤い絨毯が敷かれている。装飾品の類が余り無いのは予算が無いのか、重要で無いのか。
狭い廊下を抜け、少し広い場所へ出る。
何かの準備に追われているのか兵士達があちこちで走り回っている。一馬が興味深く見ていると少女達が教えてくれた。
「ハノンお姉ちゃんを迎え撃つ準備をしているんだよ」
「将軍はガルドック以外にも何か手を打つみたい」
「ガルドック?」
「あたしたちが復元した古の禁代文明の戦車よ」
「とっても強力だけど山道は降りられないの」
「それがあの男の言っていた兵器なのか」
「うん、竜よりも何倍も頑丈で何倍も強力なのよ」
「エルちゃんでも手が出せないんじゃないかな」
「さすが古の文明だね」
それがどれほどの物かは分からないけど、竜よりも強力というのだからかなりの物なのだろう。そんな物にハノンが狙われたら・・・・・・
〈せめて杖だけでもなんとか取り戻さないと〉
一馬はハノンのことを思い、決意を新たにするのだった。
城の離れの静かな部屋のベッドで寝転んで、アゲハは本を眺めていた。
自分が風邪などに悩まされるとは・・・・・・それと言うのも昨日あいつらに噴水に叩きこまれたせいだ。
あの時は考慮するほどのことでも無いと思っていたが、この世界の事象を甘く見すぎていたのかもしれない。
昨日はずぶ濡れで帰ってきて、そのままだるいから寝てしまった。おかげで今日はこのざまだ。
「くしゅん」
うっとおしい! 横に置いているティッシュで思いっきり鼻をかみ、力いっぱいゴミ箱に投げ捨てる。
アリスとぺテルが『面白いから』と言って持ってきた暇つぶしにしかならない本をめくっていると、誰かが扉をノックする音がした。
『コンコン』
「開いてますよ」
不機嫌さを隠すこともせず言ってやると、扉を開けて白いワンピースの少女が入ってきた。
「・・・・・・っ!? あなたは」
アゲハは内心驚きながらも平静を装って体を起こす。
やってきたのはアゲハと同年代ぐらいの十歳ぐらいのおしとやかそうな少女だった。髪は栗色で長く、顔にはささやかな微笑みを浮かべている。手には果物の入ったバスケットの籠を持っている。
一見して花のような可愛らしさと年相応の無邪気さを併せ持った清楚なお嬢さんといった印象を受けるが、アゲハはその裏に潜むたちの悪さを知っている。
そのたちの悪い少女は部屋へ入ってくるなり、軽く手をあげて言った。
「ちわーっす、アゲハ。お見舞いに来たよ」
アゲハは見開いた目を押さえつけるように意識し、精一杯感情を押し殺して言う。こんな嫌味な奴のペースに巻き込まれるのは癪だ。
「何をしに来たんですか?」
「散歩がてらに寄っただけよ。迷惑だった?」
「・・・・・・別に。ただ意外だと思っただけです」
「そ、リンゴむいてあげるね」
少女は勝手に椅子に座り、勝手にリンゴをむき始める。アゲハは今すぐ叩き出してやりたい衝動にかられていたが、状況を待つ方が得策だと考え本に目を戻した。
リンゴをむきながら少女が言う。
「風邪の方は思ったよりたいしたことないみたいだね。お薬はちゃんと飲んでる? 苦いからって嫌がっちゃ駄目よ」
「わたしを誰だと思っているんですか? あなたのような子供といっしょにしないでください」
「そ、最近のウイルスはたちが悪いって聞くから注意しないと駄目よ。軽いと思って油断しているとあとでこじらせて大変な目にあったりするんだから」
「あなたのような人に電子世界の支配権を握られていることの方がよっぽどたちが悪くて大変ですよ。そろそろ引退を考えても良いんじゃないですか?」
「またまたアゲハは真顔で冗談を言う。あたしが統治しなくて誰がみんなを導くって言うの。それに、あたしには夢があるんだから。世界中の不幸な人達にあたしの世界に来てもらって、みんなを幸せにしてあげるの。あたしはみんなを助けてあげる女神様なのよ。アゲハもあたしの夢に協力してくれればいいのに」
「あなただけの世界じゃないんですよ。あなたの子供じみた妄想に付き合う気はありません」
「アゲハはつれないなあ。もっと軽く考えた方が人生楽しいよ」
「あなたが軽すぎるんです。少しは考えるということをしたらどうですか? 馬鹿馬鹿しい」
「あ~、風邪の時ぐらいかわいくしていれば良いのに、あははん」
「・・・・・・」
しばらくしてまた誰かが扉をノックした。
「お姉ちゃん、入るね」
「どうぞー」
あの声はアリスだ。魔法使いの少女達はいけすかない少女の勝手な返事を聞いてさっさと部屋に入ってきた。今日は珍しいお供を連れている。あの男は河原崎一馬。
「珍しい所に珍しい人が来るものですね」
「アゲハの恋人?」
「違います」
「えーと、このお兄ちゃんがお姉ちゃんに用があるんだって。このお姉ちゃんは?」
アリス達が横でリンゴをむいている少女に目を向ける。お互いににこやかに一礼しあう。
「この人は」
「あたしはイルヴァーナ。このお姉ちゃんの友達よ」
アゲハが言うより早く当の少女の方が言ってしまった。
「誰が友達だと」
「あたしはアリス、こっちはぺテル。このお兄ちゃんは一馬さんだよ」
自己紹介会場になってしまった。アゲハはつと視線をそらせる。めんどくさい。
「みんな暇なんですか?」
心からため息を吐いてしまった。
〈イルヴァーナだって!?〉
一馬は驚いてその少女を見た。アゲハの横で椅子に腰掛けて鼻歌交じりに器用な手付きでリンゴをむいている白いワンピースの少女。
この娘がハノンの言っていた最悪の敵だというのか。一馬は訊いてみたい衝動にかられたが、さすがに敵陣のまっただなかにあり、アゲハの面前でもあっては躊躇するものがあった。今はとにかくハノンの杖を取り戻すことが先決だ。
「リンゴ、食べる?」
一馬の思いも気にせずに少女が切り終わったリンゴを皿に載せて差し出してくる。きれいなうさぎさんの形に並んでいるその中の一つを一馬はつまみとった。続いてアリス、ぺテル、アゲハに渡していく。
「ありがとう。器用なもんだね」
「どういたしまして」
「この人は無駄なことに労力を注ぐのが趣味なんですよ」
イルヴァーナの言葉にアゲハが横から槍を入れてくる。昨日は黄色い着物姿だった彼女は、今日はうさぎと人参模様のゆったりとしたパジャマを着ていた。正直意外にもかわいいと思ってしまった。なんか普通の女の子に見える。
「アゲハ・・・・・・」
一馬は意を決して言葉を出そうとした、が。
「む~、無駄なことなんかじゃないよ。一馬さんからもこの仏張面の馬鹿になんとか言ってやってよ」
「いや、あの」
「用が無いのならこの話はこれで終わりです。さようなら」
「ちょっと待ってよ! 重要な話があるんだ!」
彼女らしくなくふて寝を決め込もうとする(?)アゲハを一馬は慌てて呼び止める。
「話?」
「愛の告白?」
「そうじゃなくって!」
「なんなんですか」
なんでこんな話になっているんだろう。一馬は話を戻そうとして言葉を出す。
「ハノンの杖を返してもらいに来た」
「ただで返すと思っているのですか?」
「どうすれば返してくれるんだ」
アゲハは不敵に唇の端に笑みを浮かべた。
「わたしに勝てれば。勝負の方法はあなたに選ばせてあげましょう」
「僕は・・・・・・」
何だ。何なら勝てるんだ? 一馬は考えた。
喧嘩・・・・・・ならどう考えても彼女の方が強い。昨日勝てたのはハノンがいたおかげだ。
知識・・・・・・でも分が悪いと思う。自分は学校の勉強以外のことにはとんとうといのは身にしみて分かっている。
一馬は無言でリンゴをかじる。
「それで、何にしますか?」
周囲の観衆の中、アゲハがせっついてくる。心無しか顔色が悪い気がする。やはりなんでもないように見えて体の調子が悪いのかもしれない。
〈本当に風邪をひいているのか〉
一馬は決めた。
「・・・・・・ジャンケンだ」
「ジャンケン?」
「ジャンケンって何?」
「ジャンケンというのはね・・・・・・」
「説明は不要です」
質問の声をあげるアリスとぺテルに一馬が説明してあげようとすると、アゲハがぴしゃりとさえぎってきた。イルヴァーナは何か珍しい物でも見るように笑って見ている。状況を楽しんでいるのか。
「ジャンケンねえ・・・・・・」
ぽつりと呟く。
「この子達には実践で見せてあげればいいでしょう。運なら勝てるとでも思いましたか?」
「あ・・・・・・ああ、悔しいけど他のことでは勝てそうにないしね。それに戦いが長引くと君の体にもよく無いだろうし」
「甘いですね。ジャンケンは運ではありません。相手の心理を分析し、ありとあらゆる可能性から一つの答えを弾き出す思考、摂理が物を言うのです。人間が電子妖精に計算で勝てるとでも思っているのですか?」
「うだうだ言ってないで早く始めたら?」
「あなたは黙っていなさい」
横から口を出してくるイルヴァーナにアゲハが睨むように言う。イルヴァーナは軽く肩をすくめて一馬を見た。一馬は考えながらも決意をする。
「それでも・・・・・・僕は負けるわけにはいかないんだ」
「そうですか。では、勝負は三回勝負。先に二勝した方の勝ちです」
「三回!? ・・・・・・ああ、三回勝負だ!!」
一回より三回の方がまだチャンスはありそうな気がする。
一馬は拳を固めて最初に出す攻撃を考える。アゲハはいつもの無表情に戻ってベッドに腰掛けているだけだ。こちらに思考を読ませない作戦か。
アリスとぺテルは真剣な目で二人の勝負を見つめている。イルヴァーナはリンゴをかじりながら足をぶらぶらさせている。
「行儀が悪いよ!」
とでも言ってやりたい気分だ。
イルヴァーナははっとしたようにスカートを押さえて足の動きを止めた。声に出てしまっていた。
一馬は考える。最初に出す手を決めた。
「ジャンケンポン!」
パーとグー。一馬の勝利だった。
「やったーーーーーーー!!」
硬直の雰囲気が融け、一馬はばんざいをした。まさか最初から勝てるとは思わなかった。
「お兄ちゃん勝ったの!?」
「すごーーーーーい!!」
アリスとぺテルが褒め称える。アゲハはじっと自分の手を見ている。
「最初はグーでは無かったのですか?」
「え? いや、違うけど」
「そうですか。どうやらわたしの認識が誤っていたようですね」
「アゲハ~、ここで負けたらあなた電子妖精の恥さらしよ」
「うるさいっ!!」
イルヴァーナが茶々を入れるのに、アゲハは腕を振って黙らせる。相当いらだっているようだ。この二人は仲が良いのか悪いのか。
アゲハは一馬をにらみつけ、ベッドから立ち上がった。
「あ、無理しなくても」
一馬が軽い気持ちで言いかけるのを鋭い視線と気迫で黙らせる。
「軽くあしらってやろうと思っていたのが間違いでした。河原崎一馬! わたしを本気にさせたことを後悔するがいい!!」
アゲハの瞳に金色の光が宿り、背に蝶の翼が現れる。部屋中の空気が揺れて振動する。恐ろしい殺気にこの少女は改めて強敵だと言う認識を新たにする。
だが、勝負はこちらがリードしているのだ。
「勝負は後二回です。これ以上のあなたの勝ちは無い物と思ってください」
「僕は勝つ。絶対に勝つんだ!」
アゲハの金色の瞳と一馬の真剣な瞳が交錯する。お互いに引けない意地がある。勝負第二戦。
「ジャンケン! ポン!」
チョキとチョキ。
「このー!」
「ちいっ!」
一馬とアゲハがお互いに手を引き、次の攻撃に移る。アリスとぺテルは場にうずまく空気に完全に呑まれたように立ち尽くしている。
一馬は次に出す手を決めた。この一撃に全てをかける!
「あいこでしょ!!」
パーとパー。
「くたばりぞこないが!!」
「それは君だよ!!」
お互いに手を引き、次の攻撃に移る。
「あいこでしょ!!」
チョキとパー。場の空気が吹き抜けて止まった。アリスとぺテルはごくりと息を呑む。
「ど・・・・・・どっちが勝ったの?」
「お兄ちゃん? お姉ちゃん?」
緊張が去り、空気のゆるみが戻ってきた。一馬は両手を高々と天井へと掲げ上げた。
「勝ったぞおおおおおおおおおおおお!!!」
「わたしが・・・・・・負けるなんて・・・・・・」
光の翼が消え、アゲハは力無く床に座り込んでしまった。一馬は勝利者の余韻でもって手を差し伸べてやる。
「アゲハちゃん、君は強かったよ。ただ、僕の方が運が良かったんだ」
「・・・・・・そうかもしれませんね。ごほっ、ごほっ。くっ・・・・・・」
「ごめん、無理させちゃったね。大丈夫?」
「勝負を受けたのはわたしの責任です。あなたの気にすることではありません」
一馬はアゲハがベッドに戻るのに手を貸してやった。そっと掛け布団をかけてやる。
「ハノンさんの杖はそこの一番上の引き出しに入っています。持っていってください」
言われた場所を一馬が調べると、そこにはハノンの杖があった。
「ありがとう、お大事にね」
「いえ・・・・・・」
一馬はアリスとぺテルを連れて部屋を出ていった。
「負けちゃったね、アゲハ」
「生きていればこれぐらいのことは何度でもあります」
「そ、じゃああたしも帰るね」
「勝手に帰ればいいでしょう」
イルヴァーナは微笑みを残して部屋を出ていく。アゲハはベッドで寝転んでじっと手を見ていた。
一馬とアリスとぺテルは再び城の廊下を歩いていく。横を歩きながら少女達が笑顔を上げる。
「さっきの勝負凄かったね」
「ジャンケンっていうの、あたしたちにも教えてー」
「うん、今度ね」
一馬はハノンの杖を見て笑みを浮かべる。彼女のために出来ることがあった。それが嬉しかった。
後は魔法の力を得ることが出来れば。ハノンと一緒に戦うことが出来るのだろうか。
アリスとぺテルに案内されるままに歩いていき、突き当たりにあるドアを開ける。
そこは周囲を木々に囲まれた、さらにその外側を高い城壁に囲まれた場所――中庭だった。青い空から太陽が降り注ぎ、木々の梢では小鳥達が鳴き、小さな川からは水のせせらぎが聞こえる。
一馬達の気配を察したのか、庭園の中央に立っていたエノクが振り返った。
「やあ、アゲハちゃんとの用事は終わったかい?」
「はい」
一馬は力強く返事をした。いつの間にか太陽は朝と呼べる時間帯を過ぎつつあった。
兵悟とハノンを乗せた自転車は広い国道を北へと向かって走っていく。出発した辺りから比べたら雑多な建物は減ってのびやかな風景になった気がする。三度目ぐらいの橋を渡り、さらにしばらく走ったところで兵悟が声を上げた。
「見えたぜ、あれが緑山だ!」
「ええ!」
そこまで行けばハノンにも分かっていた。前方向こうの山の上にいかにもギルザス達が好みそうな大きな城が建っている。
〈あそこに一馬が〉
「行かせはしないぞ!」
「やはりお前らの目的は緑山か!」
ハノンが決意をみなぎらせていると、目の前に三匹の竜が降りてきて道を塞いでしまった。しゃがみこむ三匹の竜の間に隙間は無い。兵悟は急ブレーキをかけて自転車を止めた。騎士達が竜の背から跳び降りてくる。
「先回りかよ! くそったれが!」
「そう言うことだ。ここから先は通さん!」
「マルトー様の仇! とらせてもらうぞ!」
「覚悟しろ!」
三人の騎士達は距離を取ったまま攻撃の構えをとる。一斉に飛び掛ってこないのは昨日公園でなぎ払われたことの二番善事を恐れているのだろうか。相手も馬鹿では無い。
ハノンがどう突破しようかと考えていると、兵悟がかばうように前に進み出た。
「ハノン! ここは俺にまかせて先に行け!」
「でも!」
「急ぐんだろ。俺の力も信じてくれよ!」
「うん! ありがとう!」
ハノンは道をふさぐ竜に向かって突破をかける。阻止しようと騎士達が動く。
「行かせるものか!」
「お前らの相手は俺だーーー!!」
兵悟は騎士達に向かってここまで乗ってきた自転車を投げつけた。騎士達の間にわずかに動揺が起きる。その隙にハノンは竜の背を昇り越えて行ってしまった。
騎士達の怒りの視線が兵悟に向かう。
「おのれえ! まずはお前から片付けてやる!」
「しゃらくせえ! やってやるぜ!!」
兵悟は騎士達に向かって殴りかかっていった。
ハノンが緑山のふもとまで来たという報告は城で待つギルザスの耳にも入った。広間にて伝令からの報告を受け、満足気にほくそ笑む。
「そうか。やはり来たか」
「それからマルトー様がやられたそうです」
「マルトーが・・・・・・惜しい奴をなくしたな。キム!」
「はっ」
ギルザスは側にいる若い騎士を呼んだ。ひざまずく彼にギルザスは告げる。
「お前を新たにわたしの副官に任命する。我が竜騎士隊を率い、ハノンを倒してこい!」
「よろしいのですか?」
キムは驚いて顔を上げた。自分にそのような大役がまかされるのも意外なら、ガルドックを使うためにわざわざ誘い出したハノンを倒しに行けと言われるのも意外だった。
「構わん。若いとは言えお前の実力はマルトーにも匹敵するもの。また、ハノンが我が竜騎士隊にやられるようならしょせんガルドックを使うほどの相手では無かったということだ。手柄を上げてこい! キム!」
「はっ、必ずや将軍の期待に答えてみせましょう!」
輝くような笑顔を見せ、キムは退室していく。ギルザスは一人椅子に座ってほくそ笑む。
「ハノン、お前ならわたしの期待を裏切りはしまい。良い準備運動をさせてやるぞ。フッフッフッ」
中庭に立った一馬をエノクはじっと見つめた。続いて彼の視線が一馬の持つ杖に留められる。
「それはスピナーロッドだね」
「はい。アゲハに・・・・・・預けていたのを返してもらいました。ハノンの杖です」
「そうか・・・・・・それでは君にはスペルスピンを教えてあげよう」
「スペルスピン?」
「スペルスピナーが使う物の名前を紡ぎ存在力を現す魔法のことさ。この世にある物には全て名前がある。名前は存在を司る重要な物の一つなんだ。それを紡ぎ、力とするのがスペルスピン。それを扱う術者をスペルスピナーという」
「スペルスピナー」
ハノンの活躍を目にしながらも一馬は今ひとつそのことが理解できないでいた。そのことが悔しくもあり、だからこそ頑張りたいとも思う。
「スペルの紡ぎ方にはいろいろある。攻撃の力として打ち出す攻撃スペル、対象となる物に別の存在力を掛け合わせる付加スペル、周囲の地形状況に働きかける領域スペル。そしてこれは上級者向けになるが、複数の存在力を順番に紡ぎ合わせることで発動させる順列スペル合成というものがある」
「・・・・・・ハノンはそんなことは教えてくれませんでした。存在の認識と補強のことだけで」
僕はハノンに信用されていなかったのだろうか。供に戦う仲間として。そうでは無いとは思いたいけれど。
迷う一馬にエノクは優しく言う。
「スペルスピナーの基本はイルヴァーナからの世界防御だからね。ハノンちゃんも戦うことにはあまり乗り気ではなかったんだろう」
「それは・・・・・・そうだけど・・・・・・イルヴァーナに本当に世界を破滅させるほどのとんでもない力があるのですか? だとしたらどれほど防御を固めても無駄なんじゃないですか?」
先ほどアゲハの部屋で出会った少女の姿に思いを馳せる。それほど強い奴とも悪い敵とも思わなかったが、そうだと言われればそうかと頷いてしまう捕らえどころの無さは感じていた。だからこそ見逃してしまったと言える。いや、それは理由の一つでしか無い。
ハノンはイルヴァーナとの対決を望んでいない。刺激することで起こる事態を恐れているのかもしれない。そう思ったから・・・・・・
エノクは言葉を告げる。
「それは僕には分からない。ただ、世界が自分の存在を意識し、生きる意志を失わなければイルヴァーナの世界吸収能力に対抗できると言われている」
〈ハノンの言ったことと同じだ・・・・・・〉
「僕は負けない。必ずハノンといっしょに世界を守る!」
「良い心がけだ。では、魔法の授業を始めようか」
「はいっ!」
「と、その前にこれを君に渡しておこう」
エノクは一つのノートを取り出し、一馬に渡した。
「これは・・・・・・スペルブック?」
見ると、すでにいろいろな名前が記してある。道や草原から、ミサイルやロケットまでどこでトレースして来たのかよく分からない物まで。ただ分かるのは、ハノンと似たような匂いを感じるということだ。
「前に将軍と戦った時にハノンちゃんが落としていった物だよ。君の手から返してあげるといい」
「ハノンが・・・・・・!」
ページを繰りながら一馬は思う。
〈ハノン・・・・・・僕の知らない頃からずっと戦っていたんだな・・・・・・〉
それなのに正確な名前がどうだとか偉そうなことを言って悪いことをしたかもしれない。いや、二人でともに頑張れるならそれは前進だ。ハノンはあれからもずっと頑張ってきているし、僕だって頑張れる。
「それでは授業を始めるよ。まずはこれをスペル認識してみなさい」
エノクは手の平を地面へと向けると、そこに魔法の火を作り出した。
「スペル認識のやり方はハノンちゃんに教えてもらったんだったね?」
「はい」
一馬は杖の先を炎に向ける。
「スペル認識炎!」
・・・・・・何も起こらない。神経を集中してじっとふんばっていると、エノクが声をかけてきた。
「ただやみくもに思うだけじゃ駄目だよ。この炎のことをまごころから思いやり、一つの存在として理解してやるんだ。本来スペル認識というのはお互いの相互理解から始めるんだが、君は初心者だからね。この炎は君になつくように作り出してある。後は君の意志だ」
「はいっ!」
一馬は再び神経を集中し、炎のことに思いをはせる。
「スペル認識!」
こうして束の間の授業は始まった。
ハノンは緑山の入り口へ向かって正面から走って突っ込んでいく。ちゃんと舗装された道路はくねって続いているが、回り道をするのは面倒だ。木々と落ち葉の並ぶ上り坂を駆け上がっていく。
その様子は上空を飛ぶ偵察隊から山の中腹辺りで竜騎士隊をまとめるキムの耳へと入った。
「ハノンめ、森の中からやってくるか。これでは木が邪魔をして我が竜騎士隊では自由に戦えんな」
「少数の攻撃隊を編成して、奴を広い場所へと追い立ててはどうだ?」
指揮官になりたてのキムに、友人のトーマスが助言する。
「よし、そうしよう」
作戦は決定した。
数分の時間が経過した――
伝令からの報告がもたらされる。
「攻撃隊は全滅しました! 少数の兵力では全く歯が立たず!」
「むむ、やはり部隊を分けたのは失敗だったか。だが、多数の兵力を投入しても効率は上げられまい。どうする?」
「それではトラップを仕掛けよう。奴の通りそうな場所にわなを張り巡らせるんだ」
「通りそうな場所と言っても緑山は広いぞ。どこに仕掛けるというのだ」
「多数の兵力を投入してたくさん仕掛けよう」
「うむ、そうしよう」
数分経過――
「トラップ突破されました! 奴は鬼です! 悪魔です!」
「誰が悪魔だってのよ!」
「ぐふっ!(気絶)」
報告を持ってきた騎士を殴り飛ばし、恐い顔をした少女が姿を現す。トラップを受けたのだろう、頬が煤けている。
キムは思わず後ずさった。
「なんだ! お前はいったい何者なんだ!」
と言っているうちにハノンはキムを殴り飛ばして行ってしまった。風が去り、トーマスははっと我に返った。
「キムはもう駄目だな。ここからはこの俺が指揮を執る! トラップを仕掛けに行った奴らを集結させろ! 奴を追撃するぞ!」
新たにトーマスが号令をかけ、ハノン追撃へと兵をすすめていく。
さわぎは中庭にいる一馬達の耳にも入った。エノクが顔を上げ、一馬に視線を戻す。
「来たようだね。場所を移そう」
「ハノンが?」
「ああ、君を助けに来たんだろうね。あの子らしいと言えばあの子らしい」
エノクが呪文を唱えると足元に赤い光の魔法陣が現れ広がり、彼らの体を城壁の上まで運び上げた。見晴らしの良い高い場所に上がったことで外への展望が開ける。
一馬が塀の端に駆け寄ってみると、山の下の方で飛び回っている竜達が見えた。ハノンの姿は見えないけれど、きっとハゲタカのように群がっているあの竜達の下にいるのだろう。
〈ハノン・・・・・・〉
杖が無くて苦戦しているのでは無いだろうか。あの竜騎士の数は昨日戦ったマルトー達の数倍はいる。思いに沈む一馬の後ろでアリスとぺテルが声をあげる。
「師匠!? あたしたちも手伝いにいかなくていいんですか?」
「エルちゃんなら並の飛竜の数倍は有利に戦えるよ!」
「必要ないよ。戦うのは騎士達の仕事だ。それに将軍の邪魔をしたら悪いからね」
「うん、分かった」
「じゃあ、見物だけ」
二人はさっさとエルシオンに乗って飛び立とうとする。一馬は慌てて呼び止めた。
「待ってくれ! あそこに行くなら僕も連れていってくれ! 僕も行かなきゃ。ハノンにこの杖を渡さなきゃいけないんだ!」
困り顔をするアリスとぺテルの代わりにエノクが答える。
「それは出来ないね。君には彼女が将軍のもとにたどりつくまでここにいてもらわなきゃ」
「でも・・・・・・」
竜が飛び回っている。ハノンはきっと苦戦を強いられているだろう。一馬は覚悟を決めた。
「僕は行かなきゃいけない」
「それじゃ、僕は君を止めなきゃいけないね。アリス、ぺテル、君達は離れていなさい」
アリスとぺテルは無言でうなずくと上空へと向かって飛び立っていった。一馬には止めることが出来なかった。
エノクから感じる無言の威圧。彼はごく何気ない動作でマントの下から何かを取り出した。魔法のように伸びて彼の手に収まるその杖を見て、一馬は驚愕に目を見開いた。
「それはスピナーロッド! 何故!?」
ハノンの使っていた物は今自分の手の中にある。それでは、あれは・・・・・・
エノクは落ち着いて杖を一振りしてから答えた。
「スペルスピンを知っている僕がこれを持っていても不思議じゃないだろう。魔界ではスペルスピナーはわりとメジャーなんだよ。僕達の世界の魔法使いに比べたらね。さあ、僕に勝てるかな」
「・・・・・・勝ってみせるっ!」
相手の力は計り知れないが、これに勝たなければハノンの元に行くことが出来ない。アゲハに勝った意味も無くなってしまうし、ここで負けたら体調が悪いのに勝負をしてくれた彼女も良い顔をしないだろう。
なんとしても勝たなければいけない。一馬は決意に目を燃えたぎらせて杖を構えた。
「その心意気は良いが、果たしてどこまで通用するかな」
エノクは杖を持ち上げ、自分のスペルブックへとかざしていく。
一馬も同じように杖を上げて、ハノンのスペルブックにかざした。
攻撃の動作は・・・・・・エノクの方がずっと速い! 一馬が何をする余裕もなく一瞬で言葉を紡ぎあげてしまう。
「順列攻撃スペル合成! 火炎竜巻!」
一馬の見ている前で、エノクの杖に炎の竜巻が巻き起こり天へと昇る。
「これに焼かれるとただの火傷では済まないよ。さあ、敗北を認めるかね」
「僕は・・・・・・そのスペル存在を排除する!」
存在認識に対する反撃。一馬はアゲハのやっていたことを思い出して、エノクの炎に存在を否定する意思を力任せに叩き込んだ。
エノクの杖から炎がかき消える。彼はゆっくりと杖を降ろして、それを軽くなでさすった。
「君に消されるなんてもっと火炎竜巻の攻撃存在を信じてあげればよかったかな? もっとも存在否定はあまり賢い方法とは言えないけれど」
「僕は負けるわけにはいかないんだ! 攻撃スペル炎!」
一馬の持つ杖の先に炎が起こる。
「炎だけでは飛ばすことは出来ないよ」
「なら! うおおおおお!!」
一馬はエノクに向かって正面から突っ込む。炎の存在を強く意識して。エノクは再び杖を振ってスペルを手早く紡ぎあげてしまう。
「若いね。もっと広い場所があることを知った方が良いよ。領域スペル宇宙!」
エノクの杖から激しい風が吹き出し、周囲の景色をかき散らすように一変させていく。視界を奪われ、一馬は思わず立ち止まってしまった。気が付けば、彼は広大な宇宙の中にいた。
「うわあああ!」
息が、出来ない。足が、付かない。このリアルな存在感は・・・・・・本物なのか!
上下の感覚さえあやふやな中を、エノクは平然と浮遊している。
「今度は簡単に消させはしないよ。僕もちょっとむきになったからね。存在は大切にしてあげないと相手に対しても申し訳が立たないんだよ。順列攻撃スペル合成! ガルーダマグマ輝きの砂!」
宇宙空間の中を炎の輝きをまとい撒き散らせながら巨大な鳥が向かってくる。一馬は何もすることも出来ず、
「うわああああああ!」
ハノン・・・・・・ハノン・・・・・・僕達は・・・・・・
一馬の脳裏にハノンの姿が蘇る。ずっと頑張ってきた彼女。一緒に笑って、一緒に過ごした短い日。僕だって・・・・・・
「頑張るんだああああああ!!!!!!」
二人でともに戦っていく。それは秘めた思い。そして、これからも。
一馬は炎をエノクのスペルに向け、強く・・・・・・思った!
ハノンは次々と襲ってくる竜騎士達を殴り飛ばしながら山頂の城へと向かって走って行く。あともう少しでたどりつく。
さっきから上空を青い飛竜が飛んでいるのが気になるが、向かってくる様子は無いので気にしないことにする。今は一馬を助けることが先決だ。
森を走りぬけ、やおら開けた場所に出た。突然広がる視界とふりそそぐ陽光に思わず手をかざして目を細める。
「ここは・・・・・・?」
「よく来たな、ハノン。ここはわたしたちの決戦の場所だ」
正面の向こうからいつか聞いた風な男の声がする。目が慣れ、ハノンは手を降ろして数歩歩いた。
場所は平原。緑山の頂に場違いな運動場のように広く広がっている。丈の低い草々は歩くのに邪魔になるほどの物でも無い。
その平原の向こうに建つ城の前には妙な巨大な機械物体が鎮座している。そして、その上では腕組みをしてギルザス将軍が笑っていた。マントが風にはためいている。
「何? その悪趣味な鉄のかたまりは」
ハノンはギルザスの足元の奇怪な戦車に目を向ける。戦車は巨大。離れた場所からでも見上げるほどの高さがあり、横はそれの二倍はある。まるで緑山の上の小さな山のよう。
周囲には刺か何かのように複数の砲塔が突き出し、正面には一際大きな巨大砲塔。足回りはくすんだ鋼鉄のキャタピラ、今は止まっている。戦車本体の上部の煙突からは蒸気の煙が噴出している。
将軍は笑って答える。
「これはガルドック。われらが裏月世界に古の時代より伝わる禁代兵器だ。そしてお前の息の根を止める。お前達は手を出すな!」
ギルザスが手を振って命令する。何事かと思ってハノンが振り返ると、追ってきていた竜騎士達が引き返して森の上で静止した。青い飛竜はまだ上空高くを旋回している。
ハノンは視線をギルザス将軍に戻した。
「一馬はどこ!?」
元はと言えばこんな奴らに用は無いのだ。さっさと用件を済ませてしまいたい。ギルザスはハノンの言葉を一笑に伏した。
「あんな少年のことなどどうでもいい。行くぞ、ハノン! これは一対一の神聖な戦いだ!」
ギルザスが戦車に乗り込み、キャタピラが動き出す。ハノンは相手の出方を待たずに攻撃に打って出た。
「速攻で片付けてやるわ! 先手必勝!」
ここまで来る途中でかっぱらった剣を構えて突撃する。
「こっちはあんた達なんかに用は無いんだからね!」
戦車の前面に向かって二回打ち付ける。しかし、それの装甲はびくともしない。余りやりすぎるとまた折れてしまうだろうけど・・・・・・
「このーっ!」
ハノンは距離を取って引き下がり、渾身の力にまかせて再度突撃しようと剣を振り上げる。だが、彼女の再びの攻撃よりも戦車の砲撃の方が早かった。
「禁代兵器の力を見せてやれ! 主砲発射!」
ギルザスが戦車に同じく乗り込んでいる部下の騎士達に命令する。彼らにはこの戦車の操作を昨日と今日とで信念と執念を持ってして教育した。未来へと続くこの戦いのために。
「っ!?」
ハノンは思わず防御の構えを取る。だが、この貧弱な剣でどれほどの効果が期待できるものでもない。ハノンは考えを改めて回避に移る。
そのわずかな遅れが隙となり、背後で舞い上がった爆風に彼女は転がり飛ばされた。
「こんな剣なんていらないわよ!」
起き上がったハノンは剣を投げ捨て戦車に向かって今度は拳を握って突撃する。
「ハノンが来るぞ! 攻撃しろ!」
ギルザスは命令するがハノンの動きは速い。もたついている間に、彼女の拳は戦車の前面をとらえ、そのままハノンは戦車を力任せに城の門が突き破れるまで押し込み、内部の壁の中までめりこませた。ばらばらと落ちるがれきの中で戦車の動きが止まる。
「どう?」
「甘いぞ、ハノン!」
戦車前面の四門の小型砲塔がハノンに向けられる。
「!?」
ハノンは反射的に後方に跳躍することでなんとか直撃は回避したが、目の前の地面をえぐりとった爆風は彼女の体を外の草原まで吹き飛ばし返した。
「キャアアア!!」
「どうだ! これこそが禁代兵器の装甲! そして、パワーだ!」
城から歩み出てくる戦車の主砲がハノンに向けられる。ハノンはなんとか立ち上がろうとするが、重なるダメージに体の自由が効かなくなっていた。
「くっ!」
絶望? このわたしが! こんなわけの分からない奴らに!
わたしはイルヴァーナから世界を守るためにずっと戦ってきたというのに。守る? 守れるわけが無いのに・・・・・・
ハノンは悔しさにぎゅっと唇を噛み締める。戦車はなかなか攻撃を仕掛けてこない。
戦車の中でギルザスは椅子から身を乗り出して部下の方を伺った。
「どうした? 何故発射しない?」
「弾が出ません!」
「馬鹿者! 弾をこめろよ! そこの箱に入っているだろ! 寝ぼけるな!」
「は、はいっ!」
「主砲は発射準備を急げ! 奴に隙を与えるな! 体当たりだ!」
キャタピラがうなりを上げてハノンの眼前に迫ってくる。彼女は起き上がるのをやめて、草原の上にうつぶせになって伏せてキャタピラとキャタピラの間に潜り込んだ。
豪快な音を上げて、戦車が上を通り抜けていく。
「一馬・・・・・・」
昨日ともに戦ってくれた少年がいる。自分の知らないことを知っていて、頼りにした少年がいる。彼ならきっとこんな時あきらめるなと言ってくれるだろう。きっと、なんとかなるから。
ハノンはくじけまいと心に誓って次の打つ手を考えた。
何かの衝撃か、空間が派手に揺れ、一馬とエノクは元の城壁の上へと戻ってきていた。
「はあ、はあ・・・・・・」
気力を振り絞り、一馬はなんとか杖を構えてエノクに向かって歩いていく。
〈ハノン・・・・・・〉
「うわああああああ!!」
大きく振りかぶり、振り下ろした杖はエノクの手から杖を払い飛ばした。エノクは自分の手を見、一馬の姿に視線を移してため息をついた。
「やれやれ、君には参ったよ。僕の仕事は終わりだ。ハノンちゃんのところへ行くと良いよ」
「はあ、はあ・・・・・・う」
一馬は一つ大きく息を吸い、ハノンの元へと向かって走っていった。エノクは静かに少年を見送り、落とした杖を拾い上げた。
「ハノンちゃん、君にも強く思ってくれる仲間が出来たんだね。だが・・・・・・ずっと古の時代から攻撃の意思をたぎらせてきたガルドックの存在力を上回ることは容易では無いよ」
地を揺らし、戦車が上を通り過ぎていく。
視界が開け、上からの圧迫感を感じなくなるとともに、束の間の回復した体力でハノンは立ち上がって振り返った。
「っ!? な」
戦車の後方に備えられた砲塔がすでにハノンに狙いを定め発射の態勢に入っていた。
回避も防御も間に合わない! そう悟った時、飛んでくる砲弾を何者かの光のシールドが防御していた。広がる爆風がハノンの左右をV字型になぎ払っていく。
振り返る少女の顔をハノンは知っていた。いつもは気にくわない無表情で、怒る時は思いっきり調子に乗りやがって、やられたらさっさと帰っていったその少女の名は、
「アゲハ!!」
昨日は黄色い着物姿で暴れまわっていた彼女は、今日はうさぎと人参模様のパジャマを着てあからさまに不機嫌そうな顔をして立っていた。
「なんなんですか、あのでか物は。うるさくてゆっくりと休めもしないじゃないですか」
「アゲハ! 全部あんたのしわざなんでしょ! 一馬を返しなさい!」
「方向転換、急げ!」
アゲハの背後では、ガルドックが狭い路上で方向転換に手間取る自動車のようにじたばたと前後にいびつな動作を繰り返している。
「ハノンさん、あなたの存在は不愉快です。消え失せろ!!」
聞く耳を持たないアゲハの背に光の翼が広がり、至近距離のハノンに向かって触手が飛び、落ちてのたうち回った。
「?」
「ハノンさん、あなたと言う人は」
なんだろう、アゲハの様子がおかしい。まぶたをとろんとさせて元気が無い。
「・・・・・・喧嘩ならよそでやってください」
アゲハはそれだけ言ってさっさと姿を消してしまった。
「・・・・・・なんだったの?」
首を傾げるハノン。何はともあれ体力回復の時間稼ぎにはなった。そして・・・・・・
「ハノン!」
そこへ杖を持って一馬がかけつけてきた。城の崩れた門から走ってくる。ハノンは喜びに顔を輝かせた。
「一馬!」
「これとこれ、取り戻してきたよ!」
「ありがとう! アゲハをとっちめてくれたのも一馬なのね!」
「ああ、うん、そうだよ。僕が正々堂々と勝負を挑んで勝ったんだ!」
お互いにお互いの分かる範囲で納得する。こんなにもお互いの存在を嬉しく思う二人がいる。
ついに方向転換に成功したガルドックが巨大な砲身をこちらへと向けてくる。
「あれが古の禁代兵器ガルドック!」
「ええ! すぐやっつけちゃうから待っててね」
「主砲発射――――!!」
「付加スペルうさぎ!」
飛んでくる砲弾を、ハノンは一馬を連れて見事な跳躍で背後に回ることで回避する。
「また後ろかよ!」
「大丈夫です、将軍! もうコツはつかめました!」
「速射砲でけん制をかけます!」
戦車がさっきよりもずっとスムーズな動きで、しかも弱いながらも多数の砲撃をまきちらしながらこちらを振り向いてくる。
「待ってなんかいないわよ。攻撃スペルミサイル!」
ハノンがスペルを紡ぎ上げ発射する。敵の砲撃を蹴散らしガルドックの本体にミサイルが命中して爆風を上げる。・・・・・・無傷!
「効かない!?」
「ハノン、信じるんだ。自分の力を! 今ここにある存在を!」
「一馬・・・・・・?」
「やれば出来る! 僕も・・・・・・やるから!」
一馬はハノンの手にそっと優しく自分の手を重ね合わせる。この世にある存在を、スペルを、自分達の力を信じ・・・・・
「うん! 順列攻撃スペル合成!」
「雷ロケット竜巻ーーーーー!!」
二人で杖をとり、ガルドックに向けてスペルを放つ。
「無駄だ!」
主砲が発射され、スペルの存在を弾き返した砲弾はハノンと一馬をまとめて吹き飛ばした。二人は草原の上を転がっていき倒れる。
「そんな! 通用しないなんて・・・・・・」
「ガルドックの存在力が強すぎるんだ! 古の時代から、ずっと伝わってきた戦車だから・・・・・・」
「わたしたちの力じゃ・・・・・・勝てない・・・・・・?」
「いや、きっと勝てる・・・・・・この世に絶対なんて無いんだ・・・・・・あきらめなければ・・・・・・」
「うん・・・・・・わたしも・・・・・・頑張るよ・・・・・・」
ハノンと一馬は立ち上がる。目の前には圧倒的な存在感を持つガルドックの巨体が迫ってくる。
「あきらめろ! お前達はわたしには勝てん! 帝国の勝利だ!」
「あきらめるものかーーーーー!!!」
ハノンがかつて魔界で授業を受けていた時、先生が言っていたことがある。
「ハノン、物の声を聞くんだよ。この世に存在する物はみんな意思を持っている。そう、感じて。心を通わせるんだよ」
「分かんない。在るとか意思とか、みんなただ在るだけじゃない。意思なんて無いのよ」
「そんなことはないよ。心を開いて、感じるんだ」
「やーよ。もうやめる」
また、アゲハは言っていた。
「この世にあるのは『0か1か』『無いか在るか』それだけです」
そんなことは無い。一馬といっしょに戦って分かった。この世にある思い、広がり、つながりを。自分は一人だけじゃない。
「信じて戦うんだ。みんなとともに」
・・・・・・
「ハノン! もう一度やるよ!」
「うん! 一馬!」
再び杖を構える。その時だった。
「河原崎―――――! ハノンーーーーー!」
不意に後方から誰かの声が聞こえてきた。近づいてくるざわめき。振り返ると、背後の森の中から見慣れたクラスメイト達がやってくるのが見えた。先頭を進んでくるのは千香子と兵悟だ。
「友達連れてきたよ!」
「河原崎! 加勢するぜ!」
一斉に群がってくる彼らを見て、ギルザスは腰を浮かせた。
「ええい、なんだあいつらは! ガルドックに近づけさせるな!」
「将軍の神聖な戦いを汚す奴らを始末せよ!」
トーマスの指揮の下、竜騎士達が一斉に兵悟達の前に立ちはだかる。そのトーマスの頭上を不意に黒い影が覆った。見上げると黒いタイヤ。
「わたしの生徒に手を出すんじゃないわよ!」
次の瞬間、トーマスは空から降ってきたバイクに跳ねられて竜から転がり落ちて気絶してしまった。
巧みなテクニックで颯爽と地上に降り立ったバイクのライダーは手早くヘルメットを取り、髪をかきあげる。
「千香子ちゃん、先生にも声かけてくれても良いんじゃない? みんな来ないから探したのよ」
「朝霧先生!」
「兵悟君、これを使いなさい! 先週没収した木竜よ!」
「ありがてえ!」
「今回だけの特別よ。さあ、みんな! やっちゃいなさい!」
「わああああああ!!!」
みんなと竜騎士達が激突し、たちまちのうちに乱闘になってしまう。
「河原崎君! こっちはわたしたちにまかせて!」
「ボスを倒せ!」
「一馬! お前なら出来る!」
「ハノンちゃん! また凄いところ見せて!」
「負けたらしょうちしないぞ!」
「みんな・・・・・・」
一馬とハノンは再びガルドックに向き直る。こんなに応援してくれる人がいる。今まで思いもしなかった。存在の強さを感じる。
「ハノン、行くよ!」
「ええ!」
「スペルトレース!!」
みんなの声が届く。熱い思い。ともに在るから戦える。
「こしゃくな! 踏み潰せ!」
みんなの意思が紡ぎあう、心の形。そう、こんな形が在ったんだ。
「順列スペル合成!!」
「狙え! 主砲を撃て!!」
「うわあああ!!」
そして、光となった。
――三ヶ月後――
空は厚い雲に覆われ天は真っ白に染まっている。
季節は冬となり、緑山には今年始めての雪が積もった。元気よく外へと飛び出していき、アリスとぺテルはその幼い顔を無邪気に輝かせていた。
「わあ、すごい雪~。積もってるよ~!」
「アリス、雪合戦やろ、雪合戦!」
「うん! 負けないよ~!」
雪の積もる平原で雪玉を作って投げあう二人。平原の隅にはガルドックの残骸が雪に埋もれつつある。
エノクは城門のそばに立ってそんな景色を見守っている。
「子供は元気だね。ガルドック、君も暴れることが出来て満足だったろう。今はお休み」
「師匠~! 師匠も雪合戦やりましょうよ~!」
平原の向こうからアリスとぺテルが声をかけてくる。エノクは手を振って大声で答えた。
「僕は遠慮しておくよ~! それよりもアゲハちゃんを誘ってやりなさいー!」
「うん! そうする~!」
城の中へ走っていく二人。エノクは穏やかに見送っていた。
朝のひんやりとする城の廊下をギルザスは急ぐでもなく歩いていく。窓の外では雪が降り積もり、山の景色は真っ白に覆われている。
〈もう冬か。いつまでもこうしているわけにもいかんな〉
ハノンに敗れたギルザスは考え迷っていた。このままおめおめと恥をさらしたまま本国へ帰るわけにはいかない。かと言ってここでじっとしていても始まらない。だからと言ってガルドックを破壊するほどのハノンにどう対抗できるだろう。
あれから部下の騎士達にはより一層の訓練をさせてはいるが、しょせんは付け焼刃の域を出ないだろう。
「帰りたいなら道を開いてもいいですよ」
歩いていると聞き覚えのある声がして、ギルザスは考えから立ち戻った。進む先の廊下の壁際にいつもの黄色い着物姿の少女が立って冷静な瞳でこちらを見つめていた。
「わたしがあなた達に望んだ用件はもう済みました。後はどうしようとあなた達の自由です」
「・・・・・・アゲハ、お前はこれからどうするつもりなんだ?」
ギルザスは気になって訊いてみた。思えば彼女とは目的も行動も違う他人同士と言っても等しい関係だったが、それでも今では仲間であることには違いはない。ギルザスは不思議な感慨を抱いていた。
「わたしはもう少しこの世界を見てみようと思います。この世界には何か・・・・・・在るような気がしますから」
「そうか・・・・・・そうだな・・・・・・」
〈世界、か・・・・・・〉
ギルザスは考える。自分は今まで目の前の小さなことにこだわりすぎていたのかもしれない。もっと広い世界的視野に立って戦況を見る。直接叩けないなら、周りから攻めるのも手か。
回りくどい手法は騎士である自分が取るに好ましいことでは無いが、まずは勝利を模索することも大切か。
「礼を言うぞ、アゲハ。マルトー!」
ギルザスは声を上げて副官を呼んだ。あの戦いの日から数日が過ぎて戻ってきた彼は、呼ばれてすぐにやってきた。
「はい、将軍!」
「これから旅に出るぞ、みなに仕度をさせろ!」
「ハッ、それで行き先はどこへ?」
「どこ・・・・・・どこか・・・・・・」
ギルザスはしばし考え、思いついて顔をあげた。
「敵を倒すにはまず敵を知ることだ。ハノンの城を探しに行くぞ!」
「はっ」
マルトーはすぐに部下達に指令を伝えに走り去っていった。
「長い旅になりそうですね、がんばってください」
ギルザスの横で興味なさげにアゲハが呟く。
「お前もな!」
「はい」
静かに答える彼女の背後から子供達の声が飛んでくる。
「アゲハお姉ちゃーーーん! 一緒に雪合戦やろーーーー!」
「雪合戦ーーーー!」
ギルザスは立ち去ろうとする足を止めて、アゲハに向き直った。
「お前の役目はまだ終わっていないようだな。子供達の世話はまかせたぞ!」
「何故わたしが」
「子供は子供同士で遊ぶ! それが仕事だ!」
ギルザスはアゲハの肩をぽんと叩くと笑いながら去っていった。アゲハはただ黙って見送った。アリスとぺテルはすぐにとたとたとやってきた。
「お姉ちゃん、雪だよ雪! いっしょに雪合戦やろー!」
「雪合戦って知ってるよね?」
「当然です。が・・・・・・もっと知っている人も誘った方が良いかもしれませんね」
「へー、そんな人がいるんだ」
「はい。あなた達もよく知っている人ですよ。あの人は・・・・・・」
アゲハはかすかに笑みを浮かべて窓の外の景色を見やった。遠い誰かのことを思い起こすように。
一馬とハノンはいつもと変わらない日常を過ごしている。
いつも通りいっしょに家を出て、いっしょに朝の道を学校へと歩いていく。道は積もった雪で覆われ、昨夜から降っていた雪は今では止んでいる。
「雪を見るなんて久しぶりね」
「マカイにも雪は降るの?」
「ええ、この街もわたしの住んでた所も気候は似たような物よ。もっとも同じ世界でも場所によって状況はかなり代わってくるけど」
「そうなんだ」
「この街は良いところね。いつまでも居座っていそう」
「いつまでもいたらいいよ」
「・・・・・・うん」
歩きながら彼女は曖昧に表情を曇らす。やはり使命のことを考えているのだろうか。ハノンはスペルスピナーとして世界を守るために戦っている。今でこそ世界のことを学ぶために一緒に勉強しているけど、いつまでも一箇所に留まっているわけにはいかないんだ。
でも、僕は彼女と別れたくない。いつまでも一緒にいたい。
「一馬?」
呼ばれて一馬は我に返る。ハノンがきょとんとしたようにこちらを見つめている。
「どうしたの? ぼーっとして」
「あ、ううん・・・・・・もうすぐクリスマスだなと思って」
一馬はとりあえず話題をそらせることにする。
「ふーん、この街にもクリスマスってあるのね」
「マカイにもあるの?」
「う~ん、魔界には無いけど、この世界で前にいたところにはあったわ。みんなでパーティーする日でしょ? プレゼント交換したり、さわいだり」
「うん、合ってるけど。・・・・・・それだけじゃないよ」
「キリスト様の誕生日」
「それもそうだけど」
「・・・・・・他にあったっけ?」
考えるしぐさを見せるハノン。
〈恋人同士がいっしょに過ごす日だよ〉
一馬は言おうとしたけど照れくさくてやめた。
「あっ、そうか! 大事なことを忘れてたわ!」
何かを思いついたのかハノンはぽんと手を叩く。驚く一馬の横で、嬉しそうに指を立てて言う。
「サンタさんが来る日ね!」
「あ・・・・・・うん、それを忘れちゃ駄目だね」
一馬はとりあえずその答えで妥協することにする。クリスマスのことはまたその時が来たら考えればいい。
「えへへ~、わたしの知識もなかなかのもんでしょ」
「そうだね。ハノンはよく頑張ってるよ」
彼女は僕のそばで笑ってくれているのだから。
学校につき、いつもの授業が始まる。この時間は数学だ。
外では来る途中ではやんでいた雪がまたちらほらと降り始めている。
「はい、じゃあこの問題を・・・・・・ハノンさん」
「はい」
教壇に立つ朝霧先生に当てられ、ハノンは黒板の前に歩いていってチョークを持って考える。最初はどこか違和感のあった彼女の姿も、今では随分とこの景色になじんだものだ。
〈がんばれハノン〉
一馬は心の中で応援する。
「えーと、これがこうだから・・・・・・こうね!」
ハノンはさらさらと答えを書いていく。
〈違うぞ、ハノン〉
一馬は言いたい心境をこらえ、次に手をあげることにする。
「んー、ちょっと違うわね。じゃあ、東堂君」
「おう」
あー、なんでそっちにいくんだ。一馬は歯噛みしながらも渋々手を降ろす。
兵悟はぶっきらぼうに歩いていき、少し考えてつっかえつっかえながらも式を書いてなんとか答えを書いた。悔しいが正解だ。
「やるわね、東堂君」
「たいしたことじゃねえよ」
確かに全然たいした問題じゃないけど、なんか悔しい。
兵悟はさっさと自分の席に戻っていく。最近彼は真面目に授業を聞くようになった。
今では友達となった千香子の話では彼はハノンのことが好きで勉強にも熱を入れるようになったとのことだが、一馬にはそれがどう結びつくのか分からない。
兵悟がどう勉強しようとそれで何かが変わるわけでもないのに。
〈おっとこうしている場合じゃない。僕も授業に集中しないと〉
一馬は教科書に目を戻す。
そうして授業が終わった。
「ハノンさん、後で職員室に来るように」
朝霧先生は最後にそう言い残して教室を出て行った。なんだろう。この前の期末テストのことかな。ハノン絡みの先生の呼び出しとなるとどうしても秋の中間テストの時のことを思い出してしまう。
あの時の成績はひどかったからな。今では本人の努力のかいもあってかなり出来るようになってきているけど、それでも心配なラインだ。
「また補習のことかな。行ってくるわね」
一緒に話をしようと思ったのにハノンはそれだけ言ってさっさと行ってしまう。もうすぐクリスマスだけど一緒にいられるのかな。
彼女の姿が消えたのを見計らったかのように、クラスメイト達が声をかけて来る。
「なあ、河原崎。いつイルヴァーナって奴を倒しに行くんだ?」
またそれか。
「ハノンが狙ってる最強の敵なんだろ。喧嘩を売りに行く時は声をかけてくれよ」
「ああ、うん」
ハノンのスペルスピナーとしての仕事はすでにクラスのみんなが知っていた。
〈イルヴァーナからの世界防御。この世に在る物の存在強化〉
一馬や兵悟が言ったのでは無い。ハノンが自分で喋ったのだ。まあ隠すことでも無いんだけど。でも、ことあるごとに行け行けと急き立ててくるのは勘弁してほしい。
「相手は世界を一撃で破壊するようなとんでもない奴だよ。どこにいるのだって分からないし、気楽に言わないでよ」
言いながら、リンゴをウサギさんの形に並べて差し出してきた彼女の笑顔を思い出す。心理的にも強さ的にも戦いたくない相手だ。少なくともアゲハより強いのは確からしいし、平和にすむならそれにこしたことはない。
そんなこっちの気持ちも知らずに友達は言ってくる。いや、本当は知っててこちらを挑発しているのだろう。
「男が彼女のために命を張らないでどうする」
「東堂君は毎日放課後に特訓しているらしいよ」
千香子までやってきて声をかけてきた。
「うるせえぞ、皐月。勝手なことを言うな!」
兵悟が自分の席からどなってくる。聞いていたのか。
「ただいま、一馬」
そうしてみんなと喋っているとハノンが戻ってきて、教室に入ったところで驚いたように息を呑んで立ち止まった。
「逃げて、一馬!」
「え?」
とっさのことに一馬には事態が分からない。次の瞬間、背後の壁が吹き飛び一馬は何かにひきずられるように外へと連れ出されていた。
「なになに!? なんだあ!!」
校庭の地面が遠い。教室は二階、ここはちょうどその正面の窓の外だ。寒い。微妙に降っている雪が顔に当たる。
上からいつか聞いたような少女達の声が聞こえる。
「物知りで強いお兄ちゃんを捕獲!」
「やったね、エルちゃん! お兄ちゃん久しぶり!」
「ま、また君達か!」
一馬は足をじたばたさせながら上を振り返る。彼は今度は聖竜エルシオンの口にくわえられて外へと連れ出されていた。風が冷たい。
「迎えに来たよ、お兄ちゃん!」
「いっしょに雪合戦やろー!」
「アリスちゃん! ぺテルちゃん! 僕は今学校なんだ!」
「一馬!」
ハノンが走ってくる。一馬は安心させてやろうと口を開きかけたが、竜が首を振って大車輪のごとくぶんぶん振り回すと一馬はあっけなく気絶してしまった。
「ああ、河原崎」
「なんてあっけない」
「いいや、きっとここから逆転するぞ!」
「河原崎! お前の根性を見せろ!」
クラスメイト達が口々に勝手な応援の声をあげる。一馬は気絶していて聞いていない。竜はさっさと引き上げようと大きく翼を揺らす。
「このお兄ちゃんは借りていくよ!」
「遊びが終わったら帰しに来るから、お姉ちゃんは安心して待っててね!」
「待てるわけがないでしょ! 付加スペル疾風!」
ハノンは風となって竜が空けた穴から外へと飛びかかる。が、聖竜とも呼ばれるエルシオンのスピードはそれよりも速くハノンの突撃をあっさりとかわしてしまった。
「このーっ!」
雪を蹴散らし校庭に降り立ったハノンは頭上へと振り返って再び攻撃の構えをとる。クラスメイト達から応援と喝采の声があがる。そこへさらに別の聞き覚えのある声がして、ハノンはしぶしぶ視線を移動させた。
「見つけたぞ、ハノン! ここがお前の城か!」
「ギルザス将軍! また?」
ハノンは疲れたためいきを吐く。いつもの将軍がいつもの竜騎士達を引き連れて我が物顔で空を飛んでいた。
「将軍、どうされますか?」
彼の横にはいつか見たマルトーまでいる。ギルザスはうなずく。
「敵と敵が出会ったのならもはや戦いは避けられまい。勝負だ、ハノン! 全軍突撃せよ!」
「あんた達って奴らは・・・・・・いいわよ、まとめて相手してあげるわ! 順列攻撃スペル合成!」
みんなが応援する中で、戦いの火蓋は再び切って落とされた。
スペルスピナー けろよん @keroyon
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