政治的に正しすぎる いばら姫

白川嘘一郎

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 塔に住む魔女のところに、招待状が届きました。

 国のお姫様が十五歳になる、その祝いの宴席への招待です。


「どこかの別の魔女のせいで、招待しないと呪いをかけられるとか風評が広がってしまって、本当に困ったものだわ。

 どうしてみんな、下らない噂をすぐ真に受けてしまうのかしら」


 買い込んできた大量のトイレットペーパーを空飛ぶホウキから降ろしながら、魔女はそう言いました。


「パーティーのためにわざわざドレスを用意するのも面倒だし、ご祝儀の贈り物だって安くないのに……」


 しかも、参加したあとから、「これは政治的な賄賂に当たるのではないのか。領収書を出せ」などと文句を付けられたりするのです。

 かと言って行かなければ行かないで、右翼団体が塔の下にやってきて、「我が国の王女の慶事を祝わない不敬者が!」などと大声で騒ぎ立てたりするのでした。


 魔女は仕方なく、招待状の『ご出席』のところを○で囲み、カラスの足にくくりつけてお城に送り返しました。

 もちろんマナーとして『ご』の部分を消すことも忘れませんでした。


 ところで、『魔女』というこの呼称は、政治的に正しくありません。『魔士』と呼ぶべきですね。

 エリザベス女王クイーンもエリザベスキング陛下とお呼びすべきでしょう。女性であることがアイデンティティであってはならないのです。

 トランプの絵札も変えましょう。Kが8枚になって、ペアやブラックジャックの確率も上がり、良いことずくめです。




 そうして宴の当日、魔士はホウキにまたがってお城にやってきました。


 実は、この魔士が生物学的・戸籍上の女性であることが、このあとの物語において重要な意味を持ちます。そこで、ここでは女性魔士と書くことにします。

 おや、しかし待ってください。女性魔士などと書いてしまうと、まるで魔士という職業が本来は男性のものであったかのような、誤った印象を与えてしまいますね。

 やはり魔女と呼ぶことにしましょう。


 魔女の姿を見とめると、お姫様はパッと顔を輝かせました。

 お姫様がまだ小さかった頃、森の中で家来とはぐれて迷子になり、ゴブリンに襲われそうになったところを、魔女に助けてもらったことがあったのです。


 この姫も、本来なら王の子と表記すべきですが、さきほど書いたように女性であることに大きな意味があります。

 森で助けられたあの日以来、姫はずっとこの魔女に恋をしていたのです。


 一方の魔女も昔から、森で迷子になった幼い女の子を保護しては、性的なイタズラをする妄想を繰り返したりしていたのですが、これは彼女が生まれつき持っているどうすることもできない性的指向ですので、非難されるべきことではありません。


 さて、美しく成長した姫の姿を見て、魔女の心臓は大きく高鳴りました。

 姫がもしブスな貧乏人であればこんな気持ちにはならなかったと思いますが、世間の偏見にも負けずに同性を愛そうというその気持ちは、世の中に腐るほど転がっている男女のカップルよりはるかに高等で、とても美しく尊いものなのです。


 しかしながら、互いに見つめあう姫と魔女の姿を見て、面白く思わない者たちもおりました。

 この国の大臣たちです。


「穢らわしい魔女め! 贈り物を置いてとっとと立ち去れ!」


 その無礼な野次を聞いた姫は、怒って言いました。


「この魔女さまは、ゴブリンを追い払ってわたしを助けてくれた恩人よ!」


「なに? なんということだ! この魔女は、ゴブリンをゴブリンだからというだけの理由で排斥しようとする差別主義者だ!」


 他の大臣も口々に同調します。


「そうだ! すべてのゴブリンが人を襲うわけではない! ゴブリンだって同じ地上に生きる仲間だ!」


「かつて某国の非道な独裁者もゴブリン退治をしたらしいぞ!」


「こんなゴブリン以下の糞ヘイト魔女など牢に放り込んでしまえ!」


 魔女は弱々しくも反論します。


「で、でも実際に、人を襲わないゴブリンなんて見たことが……」


「ええいうるさい、ワシは差別と魔女が大嫌いなんだ!」


 姫は、そんな大臣たちに向かって一喝しました。


「――お黙りなさい! 魔女さまへのこれ以上の侮辱は、わたしが許しません!」


 男権社会の中で長らく深夜まで身を粉にして働かされて既得権益を牛耳ってきた大臣たちより、マイノリティな若い女性である姫の意見のほうが常に正しいに決まっているのです。


「魔女さまは、長時間ホウキにまたがって空を飛ぶため、椎間板ヘルニアになってしまったのですよ!

 そんな持病にもかかわらず、こうしてわたしの誕生日を祝いに来て下さったのです!」


 これには大臣たちも黙ってしまいました。

 何しろ相手は病気を抱えた弱者なのですから、どんな重罪人であろうと牢に投獄するなど人権的に許されるはずがありません。


 姫は、魔女の手を取って、叫びました。


「こんな古臭い思想に縛られたファシストばかりの国なんて、もう知らないわ!

 きっとわたしたち王族以外は、先天的に脳が劣った人種なのね!

 わたしは城を出て、この魔女さまといっしょに暮らします!」


「そ、それでは、この国のお世継ぎはどうなってしまうのです」


「うるさいわね、私は産む機械じゃないわ」


「お待ちください姫! 姫のそのドレスも、これまで食べてきた食事も……

 全ては我が国の民が、結婚して子を産んで人口を拡大し、経済を成長させ、そうして納められた税金で賄われております!

 それをさんざん享受しておきながら自分だけは身勝手な自由を主張するなど、はき違えてはおりませんか」


「社会や制度を根本から変えようというのであればそれも結構。

 しかしそれならば議会を通し、然るべき手続きを踏まなければ――」


 姫はいつまでもグダグダとうるさい老害の大臣たちを、こん棒で政治的に正しく殴り倒しました。


 筋の通った正論によるロジカルハラスメントより、純粋に魔女を愛する姫のお気持ちのほうが尊重されるべきものに決まっているではありませんか。


「さあ魔女さま、行きましょう!」


 姫は魔女のホウキの後ろにまたがると、国民の血税で作られたお城の窓をブチ破って、空へと飛び出しました。




 こうして魔女と姫は、性的なパートナーとして、魔女の塔で共に生活することになりました。


 彼女たちのベッドの上で、夜ごと茨と紡ぎ車を用いて行われるプレイが、

 題名にもある『いばら姫』という名の由来なのですが、

 青少年の健全な育成上、ここでは具体的な詳細を語ることができません。


 とにかく魔女とお姫様は、それからいつまでも仲睦まじく幸せに暮らしたそうです。

 ソースやエビデンスは特にないけど事実だと思います。

 めでたし、めでたし。

(※感想には個人差があり、価値観を押し付けるものではありません)

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