#7 Crossing Shibuya

「しっかし、ここはいつも人が多いなぁ……俺は人が少ないほうが好きなんだが。若者がまぶしいよ」


 東京のカルチャーが集まる渋谷区は、区の中には2020年の東京オリンピックで使用された国立競技場が位置している場所だ。渋谷区には表参道や原宿といった、流行の最先端が楽しめる地域も含まれている。


「人が連続で失踪している割には、あまり普段と変わらないような気がしますね……」


「もしかして、皆は事件について知らないとか? 依頼が来たのは……三日前か。それより前に事件は起きているはずだよね。ニュースでも見た覚えがないし、警察が隠しているのかな?」


「うーん……とりあえず転移して事件現場に来てみたけど、ここで待ってても洋館に行けるとは限らないし。どうしたもんかなぁ……」


「あっ、そうだ。渋谷のスポットといえば交差点もあるけどハチ公もあるよね」


「ああ、確かに。渋谷で待ち合わせするならハチ公の前っていうぐらいだよな」


「うん。そこも調べてみようよ」


 ハチ公像は、スクランブル交差点のすぐそばにある。俺たちが向かうと運良く人だかりは少なかった。あまり多いと、目立って噂にされてしまうので、こういうところは慎重に行きたいところだ。


「んー。特に変わったところはねぇなぁ」


「そうですね……あとはどこを調べればいいのかな……絶対何かあると思ったんだけ……きゃあっ⁉」


 突如、ハチ公の灰色の瞳が鈍く光る。と、思ったら次の瞬間には天断の姿が消えていた。


「天断! 一体何が……!」


「チッ……これが転移ギミックかよ。でも、こんなにわかりやすいのに証言をまとめた依頼書には転移の方法が一切書かれていなかったのはなぜだ?」


「記憶操作を使用する敵の可能性もありますね。とりあえず、天断を助けないと!」


「ああ! 続くぞ!」


 ハチ公の背に俺たちの手が同時に触れ、青色の光が二人を包み込む。


 ハチ公によってどこかに飛ばされた俺たちは、転移直後にそろって尻もちをついた。よく物語の異世界転移などで見かける戸惑いからのスタートではなく、結構現実的なスタートだ。


 もちろん、面倒見のいい少女が道案内をして、物語が始まるというのもなし。横にいるのはファンタジーよりもミステリーが好きなおっさんだ。地面は芝生だったので立ち上がれないほどではないが、痛いものは痛い。


「くぅ……ここはどこだ……?」


「おい、天断!」


 零さんの呼びかけに反応した天断が、一瞬肩をびくっと震わせる。誰か知らない人に声をかけられたと思ったのだろう。後ろを振り向いて見知った顔であることを確認した彼女は、ほっと胸をなでおろす。


「雷に零さんまで! どうやって来たんですか?」


「どうやらハチ公に触ることが転移の条件だったみたいなんだ。スクランブル交差点で失踪したというより、ハチ公で失踪したってことだな」


「そ、そうなんだ。じゃあ私が触らなかったら気付けなかったかも……?」


「そういうことになるな。サンキュー、天断。突然いなくなったからびっくりしたけど、結果オーライだ。しっかし、本当に洋館だな……」


「ああ、日本のどこかって聞かれてもよく分かんねぇな。俺も全国各地を飛び回っているが、こんな場所は記憶にないし」


 俺たちの前に立ちはだかる洋館は、枯れ木やツタがあらゆるところに絡みつき、まさに廃墟といった感じだ。辺りを見回しても鬱蒼とした木々に囲まれていてよくわからない。


「こんなところに人なんているのかよ……」


「うーん。とりあえず、入り口を探さないとね。ここは裏庭みたい」


「確か、扉が開いて吸い込まれるんだったよな。異能の発動も考えておこう」


「そうだね。注意していかないと」


 人が吸い込まれるとは聞くが、その割に声や音がしない。耳をすませても気持ち悪い湿った風が吹き、獣のような鳴き声が聞こえるだけだ。地面は湿っており、踏むと水がじゅわりとしみだす。


 三人で洋館の回りを半周し、表に回る。エントランスにあるワインレッド色の扉は固く閉ざされており、開く気配はない。


「これも勝手に開くって情報は間違いで、なにか特殊ギミックが必要なのか? さっきは天断がたまたまハチ公に触ったからよかったものの……」


 窓は粉々に割れており、壁をよじ登って中に入ることは簡単そうだが、それでは依頼の通りにならない。どうするべきかと困っていると、ガチャリと扉が開く音がした。


「あ、開いたよ⁉」


「ああ、準備はできてる!」


 だがしかし、何も起こらない。俺達が吸い込まれる代わりに、一人の少女が扉の間から出てきた。


「人、いたんだ……」


「小さいな、どれぐらいだろう?」


 ぱっと見て十歳に満たないくらいだろうか。白いフリルのワンピースに、同じ色の肌。服や靴にシミや汚れは一切なく、廃墟にいたとは思いがたい格好だ。


 少女は俺たちの前まで来ると、不思議そうにぐるぐると三人の周りを回った後、口を開いた。


「どうしてここに来たの?」


「あー……渋谷にいるハチ公って知ってる? その銅像に触ったらいつのまにかここに飛ばされていたんだけど……君こそ、どうしてここにいるんだい? そしてここはどこなの?」


 だが少女は何も答えない。ぷくっと可愛らしい頬を膨らませて、洋館の中へと駆け出してしまった。再び、扉がバタンと閉められる。この謎の行動には俺たちも戸惑うしかなかった。


「まあ、いいさ。とりあえずあの扉は開けられるみたいだし、もしも何か霊的な力が働いているんだったら、異能で開ければいいだろう?」


「零さん……そうですね。こっから先に進まないと事件も解決できませんし」


「うん、ちょっと怖いけど……何も解決できなかったら、異能者である意味がないもんね。他の能力を持たない人のためにも、頑張らないと」


 俺たちは、洋館の方に足を進める。一歩、一歩とワインレッドの扉が近づいて行く。扉と俺たちの距離が残りニメートルほどになった、その瞬間。勢いよく扉が開き、洋館が俺たちを歓迎する。


「くそ、ただ単に距離が遠すぎただけか!」


 毒づいても、洋館にその叫びが届くことはない。四つん這いになって抵抗するが、吸引力が強すぎてまるで葉が立たない。あっという間に、俺たちは中へと吸い込まれてしまった。


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