#3 煌めく雷
風がごうと俺の体に吹きつける。まるで台風のようだ。お気に入りの T シャツの袖も狐の攻撃によって裂かれてしまったらしく、いくつか穴や裂け目が開いていた。
俺は暴風の中、なんとかその場に踏みとどまりながら、反撃に転じる。
「雷虎! 疾風の陣!」
途端に、俺の周りに白く輝くスパークが生まれた。それらは次第に集まっていき、ひとつの形を取り始める。光が収まると、そこには一匹の巨大な肉食獣が存在していた。
白虎――雪のように白い体毛を持つ雷獣だ。俺の異能は、雷を自在に操り攻撃に利用するというものなのだ。
暴風の中を突っ切るように、相手へと向かって飛びかかっていく白虎。まるで流星のような煌めきを放つ雷光をまといながら、相手の胴体へと頭を直撃させる。
「キュオオォォ――!!」
「よし! うまく決まったな!」
相手が苦悶に満ちた声を上げながら、よろめく。俺は手ごたえを感じ、思わずガッツポーズをした。
しかし、喜んだのもつかの間だ。狐は怒り、一度高く吠えてから、口からいくつもの火の玉を吐き出したのだ。
幻の炎だと俺は理解した。だが、俺の異能はその火の玉を本物だと思ったらしい。白虎の爛々と輝く目が火の玉を追いかけ、俺の方へと飛びかかってくる。
どうやら混乱しているようだ。俺は虎に襲われないように懸命に逃げる。だが、流石はネコ科の動物。すばしっこい。
「俺、これでも異能使い始めて一年ちょいぐらいしか経っていないんだよな……もう少しレベルを考えて依頼を任せてほしいもんだなっと……!」
「そんなこと言っても、異能者は数が少ないからしょうがないよ……ほら、また来るよ!」
「ああ、もうきりがない! 虎は暴れるし、狐は強いし!」
俺は虎から逃げるために、あえて吠える狐のもとへとダッシュする。狐の大きな尻尾が俺を打とうとぶんぶん振り回されるが、なんとかバックステップで回避する。
だが、回避してばかりではいつまでもこの戦いは終わらない。どうにかして、突破口を開かなければ。落ち着け、と自分に言い聞かせて頭を回す。焦りは禁物だ。
「近づけねぇ……何か方法があれば……そうだ! 天断、お前の異能は雨だけじゃなくて、風もあるだろう?」
「なるほど、分かったよ。風封――迅雷よ! 怒りを鎮めよ!!」
彼女の足元から黄緑色の光が発生し、風の玉がいくつも浮かび上がる。狐が送る風と、黄緑色の玉がぶつかり合い、威力を相殺する。
また、虎の体も風と同じ色の光に包まれていく。白虎も最初は戸惑っていたが、無害であることが分かったらしい。気持ち良さそうに目を閉じて治癒を待つ。
「援護サンキュー! これでいける!」
天断の異能のおかげで虎も混乱が解け、勢いを取り戻したようだ。金色の双眸が見開かれ、再び大地を蹴り、狐の方へと駆け出した。
「グルアアァッッ!」
咆哮をあげた虎は、そのまま狐の巨体へと躍りかかった。
「キュガアアァァ――!!」
狐の悲鳴があがる。喉元に虎の鋭い牙が深々と突き刺さっているため、猛烈な痛みが狐の全身を駆け回っていることだろう。
狐は体を振って跳ね除けようとする。だが、虎はその抵抗をものともしない。今度は筋肉質の四肢を使って、がっちりと巨体にしがみつくと、黒々と輝く爪を狐の体に突き立てた。
雷でできているとはいえ虎は虎。その膂力は凄まじい。狐の巨体を苦にすることなく、白虎は完全に狐の行動を封じてしまった。
「今だ! 白銀の獣よ、応えよ――神雷!」
白虎の体から、糸のように細いスパークが無数に放たれ、狐の断末魔の叫びがあたり一帯に響き渡る。だんだんと体の力が抜けていき、四肢がだらんと垂れ下がる。
そして、みるみるうちに巨大な狐は小さくなり、耳につけられていた花のかんざしだけがその場に残された。これで依頼は完了だ。
白虎を労い、異能を解除。戦闘の疲れがどっと俺の体にのしかかってくる。思わず、俺は大の字になって寝転がってしまった。いくら異能を使い続けているとはいえ、このだるけにはいつまでも慣れない。
「ああ、疲れた……こんなはずじゃなかったんだが……」
「ごめんってば。この依頼のお礼で何かおごるよ。こうなったのも私のせいだし」
「そりゃ楽しみだ。焼き肉食べたいかな……九十分食べ放題で二千円ぐらいのやつ」
「それは勘弁かなぁー。マックならいいよ? 上限五百円で」
「それ、ほとんど食わせる気ないよな? ディナーどころかランチも怪しいぞ」
俺のツッコミに、彼女はふふっと笑みを浮かべた。ロングの黒髪が、春の風にふわりと揺れる。
狐を供養するためか、天断はしゃがんで残されていた花のかんざしを取り、黙って手を合わせる。本当に、どこまでも優しい奴だ。俺もそれにならって、手を合わせる。短い黙祷を捧げた後、俺たちは立ち上がった。
「それにしても大きなきつねだったな……真正面から見たら結構怖かったぞ。動物園とか行ったら、思い出してトラウマになるかもしれないな」
「本当だね。迫力もあったし、びっくりしちゃったよ。この余っちゃった油揚げどうしようか?」
「今日の晩飯の味噌汁にでも入れたらどうだ。半分は俺がもらうよ。家族で分けてもちょっと多いだろ?」
スーパーの袋からいくらか取り出して、分ける。分けてもまだずっしりと重いが、消費ができない量ではないので大丈夫だろう。
「そうだね……これで半分ぐらいになるかな。今日はありがとう」
「いやいや、こちらこそ……お前のサポートがなかったら、深手を負っていただろうし。夜の洋館の件は警察には申し訳ないが、三日後にしよう。残りのメンバーも確保しておきたいし、依頼の日数にはまだ余裕があったはずだから」
「了解。それならちょっとゆっくりできるね。他のメンバーにも連絡しておくよ」
「サンキュー。じゃあ、また明日」
「また明日。今日はお疲れ様ー!」
今日も俺たちはこの街を守るために走り回る。それが異能力特別調査隊の任務だからだ。夕焼けを見ながら、二人で笑いあう。
真っ赤に燃える太陽が地平線の奥に少しずつ沈んでいくなか、俺たちは幼き日と同じように、他愛もない話をしながら家に帰った。
だが、そんな日常が毎日続くわけではない。一応現役高校生である俺たちは学校の中でも日々戦っている――。そう、学校に行っていないぶん、いろいろなところで問題が出てくるのだ。
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