#2 きつねのおつかい
天断の背を追い、草むらを踏み分けて、俺は進む。
さらさらと静かに水が流れる音がかすかに聞こえる。気付けば俺は、町のはずれにある小川近くまでやってきてしまっていた。ずいぶん歩いたとは思っていたが、これほどとは。
歩道の左右には桜並木が続いている。空は少し曇っていたが、桜のピンク色でほとんど見えないぐらいだ。散り始めてはいるが、今年は遅咲きだったので、四月前半でも花が残っている。
前まではソメイヨシノという品種が植えられていたらしいが、今ではジンダイアケボノに変わっている。
なぜそんなことになったのかと言うと、ソメイヨシノの寿命が来たために、全国各地で植え替えが行われたからしい。
ジンダイアケボノはソメイヨシノよりも小ぶりで、花の色が微妙に違うのだ、と祖父が話していたのを思い出す。少しピンクの色が鮮やかなのだそうだ。
「あれぇ……おかしいな……」
今まで、脇目も振らずにずっと歩き続けていた彼女の足がピタリと止まる。俺は桜を眺めながら歩いていたため、危うくぶつかりそうになった。
どうやら、道が開けているようだ。辺り一面に芝生が広がっており、虫も飛んでいる。桜並木もそこで終わっており、なにかが出そうな雰囲気だ。
「どうしたんだ?」
「依頼の場所はここで合っているはずなんだけど……何も起こらないね」
普通、依頼の場所では何かアクションがおきるはずなのだ。だが、何もない。しびれを切らした俺は、彼女の手から依頼書を奪い取る。そして、依頼書の下の方――地図を見た。
「……やっぱりか。反対方向だぞ、これ」
「ええーっ‼ いつの間に反対になったんだろう……さっき見たときまで合っていたのに!」
「幻術系だろうな。俺も一回やったことあるけど、ポイント付近でギミックが発動して三回ぐらい同じようなところを歩いたことがある。この依頼もそんなもんだろう。俺達の異能は看破系の異能じゃないからな……相性が悪かったって感じだ」
その言葉に、天断はがっくりと肩を落とす。それはそうだ。二人でここに来るまでに何分歩いたか。多分三十分以上は歩いただろう。
反対方向となるとこの三倍の距離を歩かなければならない計算になる。そうなると夜の依頼をこなす体力がなくなってしまう。
「はあぁ……そっか。面倒だけど、やるしかないね」
「止めようぜこの依頼……疲れたし。そんなに報酬も多くなかっただろ?」
「嫌だ。あぶらあげもちゃんと買ったのに」
安っぽいスーパーの袋には、大量のあぶらあげが入っている。目的地に着くまでに立ち寄った店で買っておいたものだ。
そんなに買わなくても、と思ったが彼女は聞く耳を持たなかった。帰ったら割り勘させよう……とチャットで請求書を飛ばし、今にいたる。
「それにしてもきつね一匹どころかスズメすら見ないぞ? どうなっているんだ?」
「確かにそうだね。なんか、寒いし……」
どうやら冷たく湿った風が吹いているようで、薄ら寒さを覚える。二人で顔を見合わせて、うなっていたその時だ。
耳に綺麗な花を挿したきつねが、俺達の前をぴょんと通り過ぎるのが見えた。
「あ、あれ! 依頼に書かれてたきつねじゃない?」
「本当だ。ここは依頼のポイントじゃないのに……何でいるんだ? 地図がバグって逆方向に誘導したのか?」
「よく分からないけど、とりあえず追いかけよう。すばしっこいから見失いそう。あ、もう逃げたよ!」
「ああ、そうだな!」
きつねの後を追って、俺は来た道をまた戻る。途中で通行人たちの驚く声が聞こえるが、今はそれに構っている場合ではない。息を切らしながらもなんとか追いつく。
「よし、袋小路に入ったな。天断、あぶらあげを」
「うん! 大丈夫だよ。怖くないよ」
天断はガサゴソとスーパーの袋を漁り、油揚げを何個か取り出す。
しかし、当のきつねはなかなかあぶらあげを受け取ろうとしない。ビクビクと震えており、しっぽや耳が垂れている。どうしたのだろうか。
「きゅ……きゅうぅぅ……」
「何だか様子がおかしいな。天断、どこか怪我がないか調べてやれ。お前の治癒異能だったらどうにかなるかもしれない」
「うん、わかった。やってみるよ」
彼女の手がきつねの小さな体に触れた、その時だ。ポオォォン! と何かが弾けたような音がした。慌てて俺たちが飛び退くと、きつねの体はみるみるうちに霞んでいく。
アクション映画で使われる煙幕のようなものが一面に貼られていて、周りがよく見えない。
「げほっ、ごほっごほ……くそ……何が起こっているんだ?」
「見て! あの花のかんざし……」
十メートルあるかないかぐらいの大きさまで巨大化したキツネの耳には、大きな花のかんざしがつけられたままになっていた。間違いない。これが本当の依頼の姿なのだ。
「ああ……デカイこいつを討伐しろって話だな。依頼とあらばやるしかない。だから言っただろう……俺達の所には普通の依頼は届かないんだって」
「ごめんなさい。でも、困っているって聞いたら助けたくなっちゃって……」
「お人好しなのはいいけれど、判断はしっかりしろよ。いいな」
ポンと彼女の肩に手を置いて励ます。しかし、それは少し恥ずかしかったらしい。天断は顔を赤らめて下を向いてしまった。
「あー……ごめんな。なんか、子供扱いしたみたいになって」
「い、いや、別に大丈夫だよ。それより狐をどうにかしないと」
「ああ。俺は、前で狐に攻撃するから……天断は後ろの方でサポートしてくれ! 頼んだぞ」
「任せて! 五月雨よ、我らに力を‼」
天断が天に向かって叫ぶと、彼女の足元から水色の光が伸び上がり、四散する。それに応えるように、しとしとと雨が降り始めた。この雨は戦闘が終わるまで継続し、一定の回復効果が得られる。
ゲームのように HP などの表示がされるわけではないが、たとえ敵の攻撃によって地面に叩きつけられたとしても、さほど重傷にはならないので、補助役の異能だと推測されるというわけだ。
俺も負けていられない。全身にスパークのようなものを纏わせて、攻撃態勢に入る。
「よし、じゃあ俺も頑張るか……!」
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