#9 異能者としての自覚

「天断! 蜘蛛を倒すぞ!」


「ええ! 五月雨よ、我らに力を!」


 洋館の中だが、天断の異能によってしとしとと雨が降り始める。俺も異能を発動させ、白虎を呼び出す。


「グルオオォッ!」


 その勢いに圧倒されたのか、零さんに襲いかかろうとしていた蜘蛛の動きが、ピタリと止まる。その隙に、零さんに声をかける。


「零さん、奴の弱点はどこですか? 俺はそこを狙います!」


「胴体だ! そこが一番柔らかくて弱いらしい。お前の異能でめちゃめちゃに引っ掻いてやれ!」


「了解です! 白虎、ねらえ!」


「グルアッ!」


 白虎が洋館の天井を体当たりで木っ端微塵に粉砕し、二階へと到達する。それから、一気に急降下し――落下途中の蜘蛛の背中にダイレクトヒット。ガンガラガッシャン! という派手な音と共に、一頭と一匹は落ちてくる。


「キシャアァァァ――⁉」


 天井から突き落とされた蜘蛛は、床でジタバタもがいているだけだ。体中に水色のスパークが走り、それが蜘蛛を苦しめている。


「よし、天断……雨系の異能で攻撃するんだ」


「わかったよ! 展開――霧雨!」


 天断の足元から、レーザーのような細い光が伸び上がり、蜘蛛に向かっていく。クモは糸を吐いて抵抗しようとするが、一瞬遅れた蜘蛛を光は逃さなかった。


「キシャ……シャアァ……」


 蜘蛛の足を縛り、ぐるぐる巻きにしていく。バキバキと容赦なく蜘蛛の足を折っていくサディスティックさは、流石虫嫌いと言ったところか。


「天断さん……蜘蛛のこと、かわいそうだと思ったりしないんですかね……? 足ボッキボキなんですけど……」


「私を怖がらせた罰よ。私がおった傷を思い知りなさい……」


 あ、だめだ。完全にスイッチが入っている。虫嫌いの女子は二タイプに分かれる。逃げ回るか、徹底的に退治するかのどちらかだ。もちろん、天断は後者である。


 蜘蛛には悪いが、女の子を怒らせると怖いということは身をもって学んでもらえただろう。かわいそうだとは思うが。


「いやー、二人とも助かったぜ。それじゃ、最後の仕上げといくか」


 零さんが俺たち二人の肩をポンと叩き、前に歩み出る。かと思うと、瞬間転移をして蜘蛛のすぐそばへと瞬時に移動する。見れば、蜘蛛が最後の力を振り絞って零さんに襲いかかろうとしているところだった。


「零さん、危ない!」


 俺は零さんを守るために、白虎を向かわせようとした。だが、零さんは頭を横に振って、それを制する。


 蜘蛛がどうにか動く足を使って、零さんに決死の攻撃を行おうとした、その時だ。


「遅い。――散れ、紅蓮」


 異能の式句が唱えられると、零さんの手のひらから無数の椿の花弁が飛んでいく。


 そして、蜘蛛の全身に縦横無尽に傷が走り、体が細かく切り刻まれていく。この前戦った時と同じように、一瞬の出来事だ。


 蜘蛛の体が膨張し――次の瞬間、爆発。断末魔の叫びを洋館の中に窓ガラスが震えるほど叫ばせてから、蜘蛛は姿を消した。


「……零さん、一つ聞いていいですか?」


「おう、何でもいいぜ。……大体聞きたいことはわかるがな」


 天断と顔を見合わせて、せーのと声を揃える。


「どうして最初から本気を出さなかったんですか⁉ あんな異能があれば蜘蛛や他の敵たちだって一発で討伐できるはずなのに……」


「あー……まあ簡単な話さ。俺に頼ってばっかりじゃ、いつまでたっても成長しないだろ? 弟子の成長は、お前らよりも師匠である俺の方が見たいもんなのさ」


 零さんによって、子供二人はわしゃわしゃと頭のてっぺんを撫でられる。大きな手に包まれてしまうと、それ以上は何も言えなくなってしまった。


「……」


「お前らには悪いと思っている。でもな。これからは異能が、こんな依頼事ばかりじゃなくなるかもしれないからな……もしも戦闘なんかに駆り出されても文句は言えない」


「それは外国みたいに、国に軍事利用されるって事ですか?」


「そこまでいかないにしても、異能を悪用してくる輩がいるかもしれない。突然タイマンをふっかけられても、実力さえあれば太刀打ちできるだろ? 俺はそれを見込んでお前たちを育てているんだ」


 確かに、異能者を取り巻く環境は悪くなっていく一方だ。研究が進められていくにつれ、扱い方も徐々に判明してきている。零さんが言うように、悪用でもされたら大変だ。


「それは……そうですね」


「俺も、この方法はずるい気がするから、あまり使いたくはないんだけどな。お前たちがピンチになっているのを見たいわけじゃないし、すぐにでも助けてやりたい気持ちはある」


 でも、と零さんは続ける。


「異能を扱いきれないっていうのはこれから先、命取りになる。異能者でないなら異能を使えなくても大丈夫だが、異能者ならばそれなりに責任を持たなくちゃならない。一応、普通の人はできない特別な仕事なんだからな」


「はい」


 そうだ。忘れてはいけない。これは遊びなどではなく、脅威から日常を守るという任務なのだから。それを心に留めて、日々過ごさなければならないのだ。


「なんとなく顔つきも変わったような気がするな……まあ、いい。分かってくれたなら、それでいいんだ」


 零さんはポケットからマッチ箱とタバコを取り出し、ふかしだす。


「さぁ、こっから大変だぞ。蜘蛛に囚われていた奴が何人かいるみたいだからな。気配を感じる」


「気配って……ハンターにでもなったんですか」


「北海道で鍛えられたんだよ。あそこは苦しかったが、いい実践にはなったさ。おかげで、この洋館探索も楽に済みそうだ……なぁ、そこの嬢ちゃんよ」


 零さんが指差した方向を目で追うと、そこに立っていたのは――。


「あはっ、気づいちゃったんだね。じゃあ、一緒に遊ぼうか」


 洋館の前で会った、白いワンピースの少女だった。


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