第32話

「終わった……のか? いや、それより今は……」


 鋭い目付きで、ヒトキはクロヒを見据えた。

 血のように赤い稲妻が、黒火の周りを走る。

 ヒトキから見ても、その姿はクロヒに似合わず、不気味だった。


「まさか、魔力依存症じゃなかったか……。というか、そりゃそうだよな。元からここに住んでるやつが、魔力を持たないのは、明らかにおかしい」


「クロヒ……くん?」


「スノウ、ミナ。一旦離れよう。流石に俺達の手には負えない」


「……うん、分かった」


 オズワルドの言葉に、スノウは渋々頷いた。

 スノウ達は、暴走を止めるとは言ったものの、まさかクロヒがここまでの力を持っているは思ってもみなかった。

 流石にこれでは迂闊に近付けない。


「クロヒ……」


 だが、メイはフラフラとクロヒに近付いていく。


「メイ!! 止めろ! クロヒに近付くな!!」


 ヒトキがメイに慌てて注意するも、遅かった。

 クロヒはメイに鉤爪で斬りかかった。


「うっ!!」


 メイは何とか剣で抑えるも、あまりの衝撃に顔を顰めた。

 一瞬で手の感覚が失われるほど痺れた。握力も一気に奪われてしまう。だが、クロヒ攻撃は止まない。


「クロヒ! 起きて! 寝てたらダメだよ!」


 何とか攻撃をいなしながら、必死にクロヒに呼びかける。

 その声が届いているのか、全く分からない。だが、それでもメイは必死に訴え続けた。


「なんでこんなことしてるの!? なんで! 私、こんなに頑張ったのに。クロヒか守られるだけじゃなくて、助けられるようになりたかったのに……」


 だが、クロヒの攻撃が鈍った。先程までの重い攻撃とは違い、何とかメイでも対応できるようになってきた。

 メイはそこに希望を持ち、更にクロヒへ訴える。


「クロヒ、クロヒなら私を助けてくれるって信じてる。守ってくれるって信じてるから」


 メイは剣を捨てて、隙を見てクロヒに飛び付いた。


 ――途端、クロヒの攻撃が止まった。


「メイ……」


 そこには、黒い霧が漂っているも、いつものクロヒに戻っていた。


「クロヒ。私、強くなったよ。こんなに強くなった。私だって、クロヒを助けられるようになった」


 メイは、クロヒの見ていない場所で、ひたすら努力していた。

 聖剣使いとして覚醒してから、短期間で強くなる為に、ヒトキの元で厳しい特訓にだって耐えた。

 勉強も手を抜くことは決してなかった。魔法も学校で沢山勉強した。

 だから、メイの今があるのだ。


「そうだな。メイ、前と違って堂々としてる気がする」


 クロヒも、メイがどれだけ努力したのか。それは今のメイを見て理解した。


「でも、クロヒはもっと強くなったよね。これじゃあ、結局私は守られるだけだよね」


 それでも、クロヒはそれを超えて強くなっていた。それは単純な戦う強さだけでなく、精神面の成長だった。

 仕事をして、人とも繋がり、何度も窮地に立たされてはそれを跳ね返してきた。

 その一つ一つの積み重ねは、クロヒを人間として大きく成長させた。


「クロヒ、ありがとう。助けに来てくれて」


「おう! いつでも呼んでくれよ! 俺が、メイを絶対に守ってやるからな」


 ヒトキも、クロヒの姿を見て、クロヒが大きくなったことを実感していた。

 クロヒを弟子にした理由は、守りたいものがあったから。

 だがクロヒのそれは、どうしてもメイに依存している節があった。

 メイと一緒にいたい、離れたくない。そんな、子供染みた考えがずっと頭の中に残っていたのだ。

 それが、今は大切な人を失いたくない、メイに幸せでいて欲しいという思いがメイを守ろうと動いていた。

 それが、ヒトキにとって嬉しかった。

 

「あ、そうだクロヒ」


「……どうした?」


 突然、メイの雰囲気が変わり、クロヒは疑問を覚えた。


「――そういえば、あの女の子達と仲良いよね」


「……んん?」


 おかししい。魔王なのは……俺だよな……?

 クロヒがそんな疑問を抱くほど、今のメイの後ろには怪しい何かが渦巻いていた。今までぶつけられたことの無い、初めてメイから向けられた感情だった。

 

 ――クロヒは嫉妬という感情を知らない。


「私がさ、特訓してる間もだよね。ずっと、誰かのお見舞いに行ってたって。スノウって聞いたから、きっとあの子だよね」


「あ……ああ」


「酷い怪我してたみたいだし、最初は行くの分かったけど、何でそのあとも何度も何度も行くのかな……」


 メイ自身驚くほど、言葉が次々と浮かんできた。そして、それをひたすらタラタラと口から流れ出てくる。


「そりゃ、心配だし」


「心配……ねぇ」


 チラッと、メイはスノウの方を見た。

 クロヒは、少し寒気がした。


 そんな修羅場を、スノウは、こてんと首をかしげながら心配そうに見ていた。


「クロヒくん……。なんか、不穏な空気だけど、大丈夫なのかな」


「大丈夫。あれは全部クロヒの責任」


 ミナはバサッと斬り捨てた。


「そっかぁ。それなら仕方ないね」


「うん」


「……なんでだよ」


 スノウは、その原因が自分にあるとは知らない。今回はそのフレンドリー過ぎる性格がトラブルを呼び寄せてしまったようだ。

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無能の少年は異世界転移者の弟子 いちぞう @baseballtyuunibyou

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