第31話

 クロヒ達が荒野へ向かっている中、戦場は激化の一途をたどっていた。

 メイやヒトキを先頭に、魔物達を倒していく。2人とも広範囲攻撃を駆使して、数をどんどん減らしていった。

 形勢は明らかにヒトキ達が優勢。だが、ヒトキは疑問が拭えなかった。


 何故、魔物しか居ないのだろう。ドクトルのメンバーで1人くらい指揮をとっても良かったのに、ただ魔物が暴れているだけだ。

 ……何か別の狙いがあるのか?

 様々な可能性を、ヒトキは模索した。別方向からの奇襲は、それらしき気配が一切なかった。

 王国へ奇襲は問題ない。戦力の大半は国に残してある。

 それなら一体……。


「うっ!」


 ヒトキが考えていると、突然メイの腕が突然誰かに掴まれた。


「見つけましたよ。次期聖剣使い」


「離してっ」


 メイが剣を振り、掴んでいた腕は解かれる。


「いやぁ、まさか奇襲とはね。お陰で、魔物も滅茶苦茶。もう、数も殆ど居ませんね」


 丁寧な言葉遣いに、独特な容姿。メイはその姿に見覚えがあった。


「もしかして、村を襲った……!?」


 勘づいたメイに対し、嬉しそうに指を鳴らしてから、ピエロは指をさした。


「そうです! 覚えてらっしゃいましたか。しかし、名前を言ってませんでしたね。私はドクトルのナンバー2。ヨハンと申します。さて、今度こそついてきてもらいましょうか」


「メイ今行く……くそっコイツら!!」


 ヨハンの姿を見たヒトキがメイを助けに行こうとするが、魔物達が邪魔をして前へ進めない。


「貴方に邪魔をされると困るのでね……さて、今なら手荒な真似はしませんが?」


「……ついて行くわけないですよね」


 メイの言葉に、ヨハンは溜息を吐いた。


「仕方が無いですね。勝てると思っているのなら大間違いですよ」


 そう吐き捨てて、ヨハンは2振りの細身の剣を使ってメイに襲いかかった。


「速っ!?」


 メイはあっという間に防戦一方へ、何とか反撃しようと隙を見つけるも、仕掛けた攻撃はことごとく鞣されていく。

 魔法を使っても、差は縮まることは無い。それどころか、余計な攻撃の隙を与えてしまった。


「ああっ!!」


 ヨハンはメイを容赦なく蹴り飛ばす。そして、追撃を仕掛けるヨハンから、メイはすぐに距離を取った。


「弱いですね」


「……」


「折角聖剣使いとして復活したのに、これでは宝の持ち腐れですよ。降参したらどうです?」


「――やだ」


 ヒトキは未だに魔物たちに襲われている。このままだと誰もメイを助ける人が居ない。

 戦局全体でいえばヒトキ達が圧倒的に有利。だが、メイとヨハンに対しては圧倒的にヨハンが強かった。

 メイも、それは分かっている。それでも、諦めなかった。


「クロヒなら、ここは絶対に諦めない。だから私も、まだ頑張れる!」

 

「まあ別にいいですけど」


 ヨハンは次の攻撃を仕掛けに来る。今度はさっきよりも強い攻撃。

 当たったら何も残らないだろう。それでも、メイは諦めない。

 

 ヨハンは攻撃の構えに入った。一瞬で勝負を決めるつもりらしい。

 ――そして、そのまま腕でメイを叩き飛ばした。


「きゃああ!!」


 悲鳴を上げて、その場にメイは倒れ込む。ヨハンはまだ攻撃の手を緩めるつもりは無い。


「早く諦めてくださいよ。こっちも疲れるんですから」


 そう言いながら、作業のように攻撃を続ける。その動作に心はない。

 手加減をしているようだが、それでもメイからしたら重い攻撃だ。


「リーダーは貴方の魔力を、力を欲しがっています。現代の魔王に成りうる貴方の力に」


「う……」


「そう、聖剣使いの力こそ、現代の魔王にふさわしい力だ!! そして、その力を使い他種族を飲み込み、超巨大魔法王国を復活させる」


 蹴飛ばしたメイへゆっくりと近づいていく。


「さあ。私達と共に行きましょう。この世界を支配するのですよ」


「……」


 反論しようにも、メイは体に力が入らなかった。

 だが、それでも心は決して折れていなかった。

 流石、クロヒと共に過ごしていただけある。普段からは想像できないほど、根は図太いようだ。


「待て待て待てぇぇぇ!!」


「……今度はなんなんですか?」


 突然大きな声が大地を震わせた。

 その声は、メイにとって妙に心地いいものだった。


「え……クロ、ヒ?」


 突然現れたクロヒを見て、メイは思わず目を見開いた。

 

「追いついたぜ、メイ」


 クロヒはフラフラの体を何とか気合いで立たせていた。

 しかし、それもそろそろ限界に近いはずだ。

 頭痛はまだ残っていて、力を抜いてしまえばすぐに持っていかれそうなほどだ。

 恐らく、どう足掻いても暴走は時間の問題だろう。


「クロヒくん、大丈夫……?」


「ごめん。さすがにキツイぜ」


「……大丈夫。クロヒが暴走したら、私達が止めてみせる」


 旅をしている間に、クロヒ達は色んなことがあった。魔物と戦ったり、一緒にご飯を食べたり、眠ったり。

 メイ以外とここまで生活を共にしたのは初めてだった。

 そして、そのお陰でクロヒは信頼出来る仲間を手に入れられた。だから、ここまで来れた。


「――お話してるとこ悪いですが、主役はこっちなんですよね」


 ヨハンがクロヒ達の目の前に一瞬にして現れた。突然のクロヒの登場で、頭に血が上っているようだ。

 クロヒはヨハンと一瞬目が合うと、ふっと力を抜き、意識が深く沈んでいく。

 そして、おぞましい何かが変わりにゆらゆらと浮かんできた。

 

「……何?」


 突然豹変したクロヒを見て、ヨハンは退く。一瞬後、そこを黒い霧で出来た巨大な鉤爪が通り過ぎた。


「ふっ。ふはははっ。ふはははは!! なるほど、そうかそうでしたか。いやあ、なるほど。君は、そんなものを内に飼っていたのですね。なんだ、これでは現代の魔王など居なくとも充分じゃないですか。ねぇ? 


「……」


「なるほど、私の顔はもう覚えていないと……。いえ、それでも構いません。そこに存在するということ自体が私にとっての幸福。それも受け入れましょう」


 クロヒは、ヨハンへ物凄い速さで攻撃を続けた。

 ヨハンの額には汗が浮き出て、明らかに焦りが生まれている。つまり、それだけクロヒの力が上回っているということだ。


「魔王……って」


 クロヒが……?

 メイは、恐る恐るクロヒを見つめた。聖剣使いとして目覚めたから分かる、凶悪な気配。しかも、人間の殺意や悪意とは全く異なる次元だ。

 これを、魔王と言わずしてなんと言うのか。そのくらい、今のクロヒは異常だった。


「いやはや、手厳しい。流石に、これは退散するしか無さそうだ。私だって、命が惜しい」


 芝居染みた動きと口調でヨハンは言い、ヨハンもクロヒと同じような黒い霧が浮かび出し、そして霧が収まった頃にはヨハンはどこかへ消え去っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る