第30話

 木々の密度が少しづつ小さくなり、視界が段々と開けてきた。

 そして、草原はもう目の前。この草原を抜ければ、バンジェンバーグ荒野。

 だが、ここが最後にして最大の難関だ。

 クロヒは深呼吸をして、唾を飲み込んだ。


「……空、飛んでる。出るタイミングは気をつけて」


 空中にはドラゴンが3体飛んでおり、どれも獲物を探して旋回している。

 どのドラゴンも、地上に睨みを効かせており、何時でも降りてきそうだった。


「クロヒくん。最悪夜まで待ってもいいんじゃない?」

 

「いや、ここで一日無駄にして、距離が離れるのは厳しい。大丈夫、ドラゴンは頭が良いから、牽制で手強いと判断させれば、それだけで戦闘は回避出来る」


「……ねぇ、それって失敗したらどうするの?」


 スノウが恐る恐る聞いた。そして、クロヒはスノウの不安を払拭するかのように強く頷いた。


「失敗は絶対しない。大丈夫」


「……うん」


 まだスノウの声が震えていたが、スノウも覚悟を決めたようで、空を見上げてドラゴンを見据えた。


「いいか? 絶対にドラゴンを近づけさせるなよ。離れた場所から遠距離攻撃で迎撃しよう」


「大丈夫」


「……うん、頑張るね」


「よし、行こう」


 そろそろと、4人は森の外へ出た。走ることは無い。走るとあからさますぎて直ぐに襲ってくる可能性がある。だから、あくまで堂々と歩く。

 その作戦は効果があったようで、ドラゴンはクロヒ達に気付いたものの、警戒して未だ襲ってこない。

 ただ、じわじわと高度を下げてきている。相手の力量を測ろうと、プレッシャーを与えてきた。

 内心、心臓バクバクだが、それが外見に出ないように我慢する。

 まだ、ドラゴンは襲ってこない。

 そのまま、何十分もの長い時間を、ドラゴンと共に過ごしている。

 

 ――そして、一体が急激に降下してきた。


「スノウ!!」


 スノウはドラゴンに慌てふためくことなく、冷静に魔法を放った。


「いっけぇぇぇぇぇ!!」


 何十もの魔法を展開し、その一つ一つ全てがドラゴンに襲いかかった。


◇ ◇ ◇


 ……凄い魔物の数だな。

 ヒトキは荒野に集まる魔物たちを見て、圧倒された。

 一体どれだけの時間をかけてこれだけの魔物を集めていたのか、テロリストたちの気が知れない。


「テロリスト集団、ドクトル……。何が世界を治すだ。異世界ファンタジーの定番だよな。頭の狂った集団は」


 その昔、超巨大魔法帝国として繁栄していた。それを復活させるという大義の下行動しているが、実際のところは違う。

 国外に住む人間以外の種族を奴隷とした人身売買や、薬物などの生産。それに加えて王都でのテロ活動。

 ただ、単純に、自身の私腹を肥やそうとしているようにしか見えなかった。

 

「ヒトキさん。私、出来るでしょうか?」


 メイは腰に付けた長剣を握りしめで言った。

 所々金色の刺繍をあしらった白いローブに、膝下まである皮のブーツ。

 いつもは着ないような服で、もしクロヒが見たら驚くことだろう。


「何がだ?」


「クロヒは、いつも自分から動いてました。自分から行動を起こして、追い込まれてもなんだかんだ解決してしまう。何か不思議な力を持ってる子でした。でも……私は運命という成り行きで、ここに立っているだけです。私じゃ、クロヒみたいには……」


「確かに、クロヒみたいには、出来ないだろうな。当たり前の話だ」


 緊張と不安に苛まれるメイに、ヒトキは思っていることをそのまま告げた。


「でも、メイにしか出来ないこともあるんだ。いいか、別に誰かみたいになりたいとか、そういう思いなんて無くてもいいんだ。今、自分が本当にしたいことは、願っていることは何なのか。それを信じて動けばいい」


 ヒトキは柔らかい笑みをメイに向けた。


「ヒトキさん……。ありがとうございます。少し、楽になった気がします」


「それは良かった。なら今からは気合い入れろよ。あいつら、気が立ってるから直ぐにでもこっち来るぞ」


 王都襲撃がバレていることくらいなら、ドクトルも分かっていたことだろう。

 だが、まさか先に動いて迎え撃ってくるとは思わなかった筈だ。

 だから向こうはかなり焦ってるし、気も立っている。

 そして、ヒトキの言った通り、魔物達は一斉に突撃してきた。


「っ!!」


 メイは恐ろしいほどの圧に思わず身震いした。だが、ゆっくりと剣を抜いて、走り出した。

 ついに、戦いは幕を開けた。


◇ ◇ ◇


「オズワルド! 頼む!」


「分かってるっ!!」


 珍しく、オズワルドが声を荒らげた。

 そして、オズワルドが放った渾身の魔法に、ドラゴンは怯みを見せる。しかし、分厚い鱗はそう簡単に攻撃は通さない。体制を立て直すと、すぐさま攻撃を仕掛けてくる。

 クロヒはドラゴンの強さを甘く見ていた。近づけさせないなんて、初めから無理だったのだ。


「クロヒくん! 魔法はまだ使える!?」


「まだ問題ないぜ。でも無駄打ちは出来ねぇ」


 思ったよりドラゴンがしつこく、軽い脅しくらいでは逃げようとしてくれない。

 だが、このドラゴンさえやり過ごせば、他のドラゴンも警戒して襲って来なくなる。

 クロヒ達の踏ん張りどころだ。


「グアァァァァ!!」


 ドラゴンはちょこまかと動く人間が不快なのか、怒り狂いながら何度も突撃してきた。


「くそ……っ。んな所で消耗するわけには行かねぇのに……!」


 クロヒは必死に打開策を考える。

 俺達の使える属性、魔法の量と、特徴は……!!


「オズワルド、なんでもいいからでっかい氷作ってくれ!」


「何か考えがあるんだな」


「ああ!」


 オズワルドはクロヒの返事を見て、人1人分程の大きな氷の塊を生成した。

 最早、オズワルドでも射出出来ない大きさだ。


「オズワルド、氷を離せ!」


 叫びとともに、ゆっくりと落ちる氷の塊。

 クロヒは、それに近付き、風魔法を放った。


風車サイクロン!!」


 巨大な風の渦を発生させて、その風に乗り氷の塊は一直線でドラゴンの元へ飛ぶ。

 そして、その氷の塊は見事宙を舞うドラゴンの腹部へぶつかった。


「ギャァァァァ!!」


 悲鳴を上げて地面へ叩きつけられる。まだ、ドラゴンに元気はあったが、相当驚いたのか空へ飛び去った。


「や……った……ってヤバい……! 頭がっ!!」


 魔法を使いすぎたのか、クロヒの頭が割れるように痛む。思わずその場でしゃがみこみ、頭を抱えた。


「クロヒくん!? ……これ、は?」


 また、メイを助けた時のように黒い霧がクロヒを覆った。

 しかし、今度は収まり、暴走することは無かった。


「大……丈夫なの?」


「はぁ、はぁ……。危ねぇ、これ以上魔法使ってたらヤバかった」


「でも、その様子じゃ暴走は時間の問題だな」


 ギリギリで耐えることが出来たクロヒは、にっと笑った。

 クロヒは楽観的なようだったが、他の3人は、何か見てはいけないものを見ている目をしていた。


「クロヒ」


「なんだ?」


 ミナが、声を震わせながら恐る恐る言った。


「――これは、魔力依存症みたいな、そんな生易しい表現のモノじゃない」


「……なんだよ、それ」


「分からない。でも、これだけは言える。クロヒが魔法を使えなくなったのも、魔力を持っていないのも、全部これが原因。そして、これが本当のクロヒの力」


 本当の、力。

 クロヒはにわかに信じられなかった。

 そんな恐ろしい力がある俺は一体なんなんだ……?

 クロヒは自分という存在を想像して、鳥肌が立った。



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