王子さまの花嫁選び

西芹ミツハ

王子さまの花嫁選び

 あるところに、両親を亡くし、貧乏ですが美しい三姉妹がいました。


 長女と次女は自分の美しさを鼻にかけ、怠け者で、教会にお祈りにも行かず、いつか素敵な王子さまを射止めてみせると意気盛んで、末の妹だけは物静かでお祈りにも行く娘でした。そんな末の妹を、いつも姉たちは使用人のようにこき使っていました。


 そんな三姉妹の家に、ある夜、薄汚れた男の人が訪ねました。死人のように真っ青な顔、土で汚れた髪に、ぼろぼろの服。目は落ちくぼんで、饐えた臭いがするその人を見るや否や、長女と次女は化け物だと悲鳴を上げました。唯一、末の妹だけは怯えずにしっかりと男の人に対応しました。男の人は、見た目に反してとても礼儀正しく、末の妹と同じように物静かな人でした。


「こんな夜に、どうなさいましたの?」


「わたしはとある国の王子なのですが、旅をしている最中に、供の者とはぐれてしまいました。どうか一晩、わたしを泊めてはくれませんか」


 怯えて震えていた長女たちは、その言葉に、男の人をじいっと見ました。二人は確かに男の人が着ている服は、ぼろぼろでも質の良い布であることを見抜きました。それに、王子さまは自分が王子である証だと言って、綺麗な宝石で作られたペンダントや、金貨がぎっしり詰まった袋をいくつも三人に見せました。


 これは本当に王子さまに違いない。それを認めるや、長女と次女はくるりと手のひらを返して、王子さまにぺちゃくちゃと話しかけました。


「まあまあ、王子さま。それは大変でしたでしょう。お寒くはありませんか? 狭い家ですが、どうか寛いでくださいまし。ほら、早く火をおこして!」


「粗末ですが、今、温かい食べ物を用意いたしますわ。ほら、お前、早く作るんだよ!」


 姉たちの言葉に、末の妹は反抗もせず、素直に頷きました。暖炉に火をおこし、そして温かい料理を作りました。


 その間に、姉たちは王子さまにどこの国の王子さまなのか、どうして旅をしているのかと聞きました。王子さまは、やはり物静かな人で、口数は少なくありました。国についても、訳あってどこの国かは話せないと、かたくなに言い続けました。ただし、旅の理由は教えてくれました。


「わたしは今、国を出て自分にふさわしい花嫁を探しているのです」


 その言葉に、長女と次女はより色めき立ちました。この王子さまの心を射止めれば、こんな貧乏な暮らしから抜け出せる! そう思い、王子さまに好かれようと、いっそう二人は話を続けました。


「お待たせして申し訳ありません、王子さま。お食事の用意ができました」


 末の妹がそう言うと、長女はお皿をひったくって王子さまの前に渡しました。次女は古い毛皮を持ち出すと、王子さまにかけてやりました。


「作っていただいたのに、すみません。冷ましてから、いただきます。わたしは熱いものが苦手なのです」


 そう言って、王子さまは食事にはなかなか手を付けませんでしたが、三人のもてなしに微笑みを浮かべました。


「皆さん、ありがとうございます。見ず知らずのわたしに良くしてくださって。わたしは明日一度、国へ戻ります。

 お嬢さん、あなたにはこのペンダントを渡します。七日後、わたしはまたこちらに訪ねてきますから、そのとき、このペンダントを持っていた人と、わたしは結婚します」


 王子さまは、そう言って末の妹に王子さまの証であるペンダントを手渡しました。末の妹は驚きましたが、王子さまは、おしゃべりな姉たちより、物静かで働き者な妹がとても好きだと思ったのです。姉たちはショックでなにも言うことができず、すごすごと部屋に戻りました。みんなが眠りにつき、翌朝には、王子さまはいなくなっていました。


 ですが、王子さまが言っていたことに、姉たちは気づきました。王子さまは『このペンダントを持っていた人と結婚します』と言っていたことに。

 つまり、ペンダントを持っていれば王子さまは結婚してくれるのです。どうして末の妹と結婚する、と言わなかったのかはわかりませんでしたが、言ったのは王子さまです。この手を利用しないわけにはいきません。


 それからペンダントの奪い合いが始まりました。末の妹は、長女にペンダントを出せと言われ、仕方なく渡しました。渡さなくても、きっと盗まれることはわかっていましたから。そしてその日に、次女が長女からペンダントを盗みました。末の妹は、そんなことをする姉たちから離れようと、近くの教会にお祈りに行きました。


 ペンダントを盗まれたことに怒った長女が、今度は次女を何べんも箒で叩きつけました。叩きつけられたはずみで、次女は頭を打って死んでしまいました。


 末の妹は、神父さまに姉たちのペンダントの奪い合いのことを話すと、神父さまは姉たちに説教をするために末の妹と一緒に家に行きました。

 そこには、次女を殺してしまった長女が呆然と立ち尽くしていました。末の妹は静かに涙を流し、神父さまは事態を把握すると怒って、長女を殺人の罪で訴え、次の日に長女は絞首刑にされました。


 そして一人残された末の妹は、次女の部屋からペンダントを見つけ出し、手に取ると、笑いながらこう言いました。


「ああ、お姉さんたちって本当に馬鹿ね! 予想通りの結果だわ!」


 末の妹はきっとペンダントを奪い合って、二人が自滅することを予想していたのです。きっとお互いが、文字通り死に物狂いで争うことを予想し、ともすれば最初からペンダントから離れるのが一番だと考えていました。そうすれば、自ずとペンダントは自分の手に戻ると考えついていました。


「これでわたしが王妃さま、こんな貧乏な暮らしとはさよならだわ。うんと贅沢な暮らしをしてやるわ」


 末の妹は、驚くほど上手くいったことにほくそ笑むのでした。そう、末の妹は姉たちより強かで、本当は働くのも嫌いでした。

 末の妹は、ペンダントを万が一にも盗まれないように肌身離さず、ポケットにしまいました。


 七日後、ついにペンダントを首にかけ、末の妹は王子さまの来訪を待ちました。不思議なことに首にかけたペンダントは、末の妹の首を苦しいくらいに締め付けるようになりました。

 そしてあの王子さまの使いだと言う人が訪ねてきました。使いの人は真っ黒い服に身を包み、花嫁衣裳を持って、ここから北にある洞穴で王子さまが婚礼の儀式の準備をして待っていると言うのです。


 末の妹は、婚礼なのに喪服のような服を着た使いの者に首を傾げましたが、正反対の真っ白い花嫁衣裳を着ると、嬉しさに飛び跳ねたくなりました。末の妹は高鳴る胸を押さえながら、洞穴へ向かいました。洞穴の奥は暗く、深い穴が開いていて、そこにいると冷たい風が吹き上げてきました。吹き上げる風は悲鳴のようにも聞こえ、足が竦みます。


 ですが、見違えるように立派な姿をした王子さまが松明を持って立っていました。


 王子さまは、一瞬不思議そうな顔をしましたが、すぐに晴れやかな笑みを浮かべます。


「ああ、わたしの可愛い花嫁さん。やっとあなたと一緒にこちらの国へ行けるのですね」


 王子さまは嬉しそうに言いました。その笑みに、末の妹も笑います。


「さあ、早くいきましょう。わたしはこの国に、これ以上は長くいられない」


 そう言って、王子さまは末の妹の手を取りました。そのとき、なんだかなにかが腐ったような、とても嫌な臭いがしました。狩りでもしたのかしら、と思いながら、それでも王子さまに嫌われないよう微笑みます。


 そして何気なく王子さまの手を見ると、その手は腐り果てた肉と骨が見えました。悲鳴を上げようと口を開いた末の妹を、王子さまは一気に引っ張り、穴へ突き落としました。ようやく末の妹が悲鳴を上げて、ぐしゃっと音がするや、ぶつんと声が切れました。


「ああ、これであなたはわたしの本当の花嫁だ。死者の国の王妃となるのです」


 そう、王子さまは死者の国の王子さまだったのです。


 王子さまは、末の妹が欲深い姉たちに、きっと殺されるか、ペンダントにかけた魔法で一夜で首が絞まって既に死者になっていると思っていたのですが、末の妹は生きていましたから、驚いていたのでした。


 こうして末の妹は、死者の国の王妃さまとなりました。死者の国の王妃さまとなった末の妹は、生者の国へ帰ろうとしましたが、お日さまの光を浴びることができませんでした。


 そうやって帰りたがる末の妹が、姉たちと同じように王子さまの財産を狙っていたことに王子さまは気づきました。愛想を尽かした王子さまにお城を追い出され、結局、末の妹は永遠に死者の国をさ迷いながら過ごすしかありませんでした。

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