どっぺる/いんがおうほう
『これ、コウスケって……』
『やめろよ』
『もう、消されたんだよね……これって、そういうことだよね』
『だからやめろって』
それきりコメントが途絶えた画面を凝視して、キミは毛布を頭からかぶって震えている。
とても怖がっている。教室であったことが恐ろしくて、自分もああなるんじゃないか、そうなりたくないと思っている。
生き延びたい。だからキミはあのとき、近くにいた友達の背中を突き飛ばした。みんなで階段を下りた先にいた『ドッペルゲンガー』たち。彼らは外への道を塞いでいた。そのなかに、キミの『ドッペルゲンガー』を見つけたキミは、一瞬でどうするべきか理解した。自分が助かるためには、そうするしかないと。だから、目の前の背中を押した。
その友達は『ドッペルゲンガー』に捕まって、弾けて消えた。その隙に、キミはみんなと一緒に学校から逃げ出した。
ごめん、とキミは言った。
逃げるうちに、仲の良いグループと一緒になった。そして、ハンバーガー店で一息つくことにした。これで安心、と思ったとき、店の窓がゆらゆらと揺れて、そこからキミたちの『ドッペルゲンガー』が出てきた。悲鳴を上げてバラバラになって逃げて……キミは、サキと二人で店の奥、トイレの個室に隠れようとした。一足先に飛び込んだキミが見たものは、サキのすぐ後ろまで迫ったキミ自身とサキの『ドッペルゲンガー』だった。
そしてキミは、サキの鼻先でドアをぴしゃりと閉め、鍵をかけた。
「まって、あけてあけてあけてよ!!ねえ!!」
扉を叩きつける音、必死の呼びかけ、そしてすぐに聞こえなくなった断末魔。
とてもとても長い間息を潜めて、キミがドアを開いたとき、そこには誰もいなかった。テーブルから落ちたフライドポテトが床に散らばり、ところどころケチャップで汚れていて、はやりの曲が虚しく響いていた。客も店員も、すべてそれぞれの『ドッペルゲンガー』といっしょに消えていた。
キミはまた、友達を裏切って、自分だけ生き残った。
陽気なチャイムで開く自動ドアをくぐって、街に踏み出した。夕暮れの迫る街並みはとても静かで、車は一台も走っていない。街灯の光が、誰も歩いていない道路を照らす。
もう、だれもかれもが消されてしまったみたいだった。
キミは恐る恐る足を運び、ちょっとした物音にも震え上がった。怯えて振り向き、そこに誰もいないことを何度も確認して、また歩き出す。
そして、ある建物の裏に三人ほどの同じ学校の制服を着た生徒と、二人の知らない大人がひとかたまりになっているのに気付いた。近くの鏡やショーウィンドウはたたき割られている。彼らは『ドッペルゲンガー』ではなかった。
「あの、みんな……」と声をかけた。一人でいることが不安で、耐えられなかった。
キミを見た大人たちは心配して近づいてこようとしたが、学生たちがそれを止めた。そして、キミを睨みつけた。
「よしたほうがいいです。こいつは、人を裏切って自分だけ助かろうとしたやつです」
「そう、きっとまた『あいつら』が出たら、あたしらをおとりにするつもりなんだって」
「そ……そんなこと……」
力なく首を振るけれど、一人がスマホを取り出し、画面を突きつける。そこには、グループチャットでキミが友達の背中を押したところの写真が貼り付けられ、キミへの非難と、「見つけたら絶対に近づくな」ということが語られていた。
「ちゃんと証拠だって回ってるんだからね」
大人二人は顔を見合わせ、ためらっている風だったが、キミは気おされてしまって、そろりそろりと何歩か下がると、弾かれたように走って離れた。
途中、なんどか『ドッペルゲンガー』に襲われる人々を見た。けれどもキミは目もくれずに、ひたすら家を目指した。
家に帰り付くと、鍵は何故か開きっぱなしになっていた。まっくらな部屋の明かりをつけと、自分の姿が映る鏡や窓ガラスが目に入る。
『ドッペルゲンガー』が、姿が映ったものから出てきたのをキミは思い出した。そう、家のなかでも『ドッペルゲンガー』はやってくる。
悲鳴を一つあげると慌てて鏡から遠ざかる。そして、新聞紙やガムテープを取り出してきて、かたっぱしから鏡という鏡を、窓という窓に貼り付け、ふさいだ。
それが終わると、キミは毛布を引っ張り出して頭からかぶる。そのまま、寒くもないのに震えが止まらない。
ごめん、とキミは言った。そして、自分を追い払った高校生たちに、写真をとった誰かに、情報を広めた学生たちを呪い、言い訳をし、自分の正当化を始めた。
「だって……だってしょうがないじゃない! あそこで誰も動けなかったらみんな死んでたじゃない! わたしが逃げられるようにしたからみんな助かったんじゃないの!? あそこでサキが入るの待ってたらわたしまで死んじゃってた!! 誰だってああなったらそうしてた!! どうしてわたしだけ、みんな悪く言うの!!!」
そして、声をあげて泣きじゃくりはじめた。
突き飛ばした相手、見捨てたサキに対して、
キミはごめん、ごめんなさい、ゆるして、となんどもなんどもつぶやく。
でも、キミは本当にそれで許されるなんて思っているの?
そんなわけないよね。
キミはきっと、裁かれるべきだと思う。
でもあの子は、サキはもういない。
だから、私が――キミの、「レイカ」の『ドッペルゲンガー』が、キミにお仕置きしてあげるね。
気がつかなったみたいだけれど、キミが帰ってきたときにはもう部屋にいたんだよ。
「いや! やめて! 死にたくない、しにたくないぃ!!」
「ごめんなさい。、ごめんなさあいぃい、ゆるしてぇ!」
「こないで……こないで、お願いだからこないで、わたし!!」
どっぺる/こないで わたし 地崎守 晶 @kararu11
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