プリン食い逃げ事件

夜長 明

犯人は誰?

 天気も良く散歩に行きたくなるような気持ちのいい暖かさの5月某日。D大学クイズ研究会の部室に悲惨な叫びが響き渡った。

「ちょっと誰よ私のプリン食べたのー!?」


 その日、相田あいだは四限の講義をいつものように聞き流し、チャイムが授業の終わりを告げると教科書を適当にリュックに放り込んで教室を後にした。一人で校内を何も考えずにぼけーっとしながらゆっくり歩く。向かうのは相田が所属しているクイズ研究会の部室。D大学の敷地はかなり広いので、行先によってはけっこうな距離を歩くことになる。クイズ研究会の部室もさきほどの教室から歩いて10分以上かかる場所にあった。


「こんちわーす。って誰もいないのか」

 今までは早めに来た誰かが騒いでいることが多かったので、静かな部室というのは新鮮だった。部屋の中は相変わらず食べかけのお菓子やら何やらで散らかっている。真剣に活動に励んでいる部室というよりかは、部員が気ままに屯する拠点だった。というのも部屋の中には冷蔵庫やポット、テレビやゲーム機があり、暇つぶしにはもってこいの空間と化しているのだ。

 何の気なしに目をやると、ごみで溢れている机の上に白い皿と空のカップがある事に気づいた。近づいて見るとそれはプッチンプリンを食べた後の状態であるとわかる。皿にはプリンのカラメルの色が残っていた。特に気にするようなことではないので相田は近くの椅子に適当に座る。他の部員が来るまでツイッターでも見ることにした。

 しかし、それからすぐにドアが開けられて一人の男が入ってきた。

「あ、相田さんおはようございますー」

「おーす」

 相田の一つ下の後輩である伊藤いとうは相田の正面の椅子に座った。

「皆さん遅いですね」

「そうだな」

 常に怠そうにしている相田は話しかけにくい雰囲気を醸し出しているが、人嫌いという訳ではなくただ眠いだけの場合がほとんどだった。

 何か話すことはないかと会話を続けようとした時に再びドアが開けられた。

「やっほー伊藤くん、相田も元気かー?」

 上機嫌にやってきた近藤こんどうは手に何かを持っていた。なんだろう、と思った直後、近藤の顔がまるでミイラでも見たかのような驚いた表情に変わった。そして、

「ちょっと誰よ私のプリン食べたのー!?」

 小さいプラスチックの透明なスプーンを片手に近藤は叫んだ。

「まさか、あんた達じゃないでしょうね!?」

 消えたプリンの恨み、とでも言いたそうな顔で近藤は問い質した。

「俺じゃない」

「い、いや僕でもないですよー!?」

「本当なの?」

「本当だ」

「そそ、そうですよ!」

「ふーん……まあいいわ」

 近藤は素直に相田と伊藤の言葉を信じたが、落ち着きを取り戻した訳ではなかった。どこにいるかわからない犯人に向けて呟くように静かに言った。

「絶対に見つけて、プリン2個奢ってもらうまで許さないからね……」


「まず状況を整理しよう」

 そう言って相田は四限終了後に部室に来たこと、その時は部屋に誰もおらず、すでにプリンが食べられていたこと、それから伊藤、近藤の順で部室に入ってきたことを説明した。

「なるほどね。私は四限に授業なかったから部室で過ごそうと思ったの。でものんびりしてたらお腹すいちゃって、冷蔵庫みたらプリンがあったから取り出して。それからお皿にプチッと載っけて食べようとした時に気づいちゃったの。そう、スプーンがなかったってわけ」

 それで部室に戻ってきた時にスプーンを持っていたことに納得がいった。では犯人はいつプリンを食べたのだろうか。

「スプーンを探しにこの部屋を出たのは何時くらいだ?」

「うーん、正確にはわからないけど多分16時ちょうどくらいだったと思うわ」

 四限が終わる時間が16時10分だから、相田が部室に来たのはおよそ16時20分。そして近藤が部室を出たのが16時ちょうどだとすると、犯行はこの20分間のうちのどこかで行われたことになる。

「犯人はやっぱりウチの部員の誰かってことですかね……」

「部外者の可能性もないことは無い。けど他の部室に勝手に入ってあまつさえプリンまで食っていくようなやつはいないと思う」

「そうね。つまりこれからやって来る内の一人もしくは複数がプリン泥棒で、そいつは素知らぬフリをして部室に戻ってくるってわけね」

 近藤はまるでターゲットを見定める肉食獣のように見えた。


 16時30分にドアが開けられて三人の部員がぞろぞろと入ってきた。近藤の睨みつけるような視線を感じた三人は困惑を隠せない。

「正直に白状すれば今ならプリン2個で許してあげるわ。だから名乗り出たらどう?」

 三人の中で一番背の低いミッチーが質問に質問で答えた。

「白状ってなんのことっスか? 近藤さん」

「とぼけるつもり? 私のプリン食べた犯人がいるでしょー!」

「待て待て落ち着けって近藤。……よくわからんが簡単さ、プリン食べた犯人っつったらそりゃモッチーだろ」

 三人の中で最も背の高いトッポがとぼけた。

「えええっ、ちょっと待ってくださいよトッポさん〜」

「確かにモッチーは怪しいわね……」

 近藤にじっと見つめられてぽっちゃり体型のモッチーが僕じゃないですと顔をぶんぶんと横に振る。

「モッチーには無理じゃないっスか? 四限が授業同じっス。そんで終わってからここまで一緒に来たっス」

 ミッチーがモッチーを庇うことで自分のアリバイも証明すると、トッポも続いた。

「ついでに言っとくと俺でもないぜ。いつプリンが食われたか知らんが、俺はたった今学校来たとこだからな。こいつを調べれば俺の乗った電車の時刻はわかるぜ」

 そう言ってトッポは右手に持った交通系ICカードをひらひらさせる。

「むう……」

 これで部員全員に犯行は不可能ということになった。プリンがなくなった怒りの矛先をどこに向けたらいいかわからず、近藤は唸った。


 全員で事件の成り行きを共有すると、この中の誰にもに犯行は出来ないという結論になりつつあった。悩むメンバーをよそにトッポが言った。

「まあ、待てよ。まだ俺は全員にアリバイがあるとは思ってねーぞ」

「え? どうゆうことなのトッポ?」

 自信ありげなトッポの態度に近藤は期待をこめて訊いた。

「今までの話じゃー相田が怪しい。一番最初に来た時に誰もいなかったっつーことは相田にはアリバイがない。無人の部屋に残されたプリンを食べるなんてのは簡単だ」

「そうだな。まあだから俺は信じてくれとしか言えない。あとアリバイってことなら伊藤にもアリバイはない。ただ部室に来たのが俺の次なだけで犯行予想時刻にどこにいたかを証明できない」

「いや、相田さん勘弁してくださいよ……僕はやってませんよ……」

 トッポからかけられた嫌疑を相田は上手くすり替えて伊藤は面食らった。トッポはそれもそうか……、と再び考え込んだ。

「そういえばこの部屋に猫が住み着いてるっスよね? 猫のしわざって可能性はどうっスかね?」というミッチーに、

「いやー猫はあんなに綺麗にプリン食べられないでしょー」と近藤。

「あー猫かー。僕は以外とありそうだと思うなー」とモッチー。

「猫……そうですよ! そう、猫! 猫に決まってますよ!」と伊藤。

「ミケが犯人の可能性……十分にあるな」とトッポ。

 小さなトッポの呟きに近藤は「でもミケは最近ここに来てないじゃない」と切り返す。

 近藤の言う通り、ここにいる全員がここしばらくはミケとは会っていなかった。

「まあ猫ではないな。常識的に考えて、猫がプリンを食べると思うか?」

 相田のこの一言が決定的だった。


 クイズ研究会の部員六人は講師待機室を訪れていた。もちろん、プリンを奢ってもらうために、である。

 目的の人物はすぐに見つかった。

「あ、あれ近藤ちゃんのプリンだったの? ごめ〜ん食べちゃった〜。だってプリンが誰もいない部屋にあるんだも〜ん。今度買ってあげるから許して〜。ね?」

「プリン2個でお願いしますね」

「おっけ〜近藤ちゃん。それから最近は仕事が忙しくてさ〜。なかなかみんなと一緒に部活するのは厳しいんだよね〜。ほんとにごめんね〜」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます三上先生」

 近藤は笑顔で講師待機室を後にした。


 帰り道、六人で駅まで向かう途中でミッチーが呟いた。

「まさか先生が犯人だったんスね……」

 相田は怠そうな顔のまま答えた。

「あの人がウチの顧問の三上恵子みかみ けいこ。一年の君らは会ったのは初めてだろう? あんな感じでテンションが常に高くて授業も楽しいって評判だな。まあそのおかげで学生からあだ名で呼ばれてるわけだ。苗字と名前の頭文字をとってミケ。猫みたいだよな」

「今日はやけに喋るわね、相田。なんかあったの?」

 近藤の質問は面倒だったので適当に誤魔化した。

「最近はクロが部室にこないからな。モフれるやつが居ないと落ち着かないんだ」

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