第8話:幼馴染と朝食を

 羞恥に怒り狂う弥生をなんとか宥めることに成功した俺は、打ち付けた腰をさすりながら一度帰宅しようとしたところで佳代さんに捕まった。そしてそのままなし崩し的に弥生の朝食に同席することとなった。


 佳代さんは俺の分も用意しようとしてくれたが、」先刻伝えた通り朝食は家で食べてきているので丁重にお断りした。


「えぇ―――? 食べ盛りの男の子ならこれくらいペロッと食べられるんじゃない? それに、さっきまで弥生と運動・・したからお腹空いていると思ったんだけど……」


 ウフフと口に手を当てながら含みを持った言い方をする佳代さん。


 呆れて何も言えず。俺は黙ってフレッシュジュースを飲んだ。せっかく来てくれたのだからと佳代さんが作ってくれたのはリンゴとレモン、そしてニンジンで作られたコールドプレスジュースだ。

 リンゴとニンジンの甘味の中にほのかに混ざるレモンの酸味がこのドタバタした朝の疲れを癒しつつ爽やかさを届けてくれる。


「ゴフッ、ゴフッ! ちょっとママ・・! 言い方! 言い方がおかしい! 朝から運動はしてない! 気付いたら純平が布団に潜り込んできていて、私はそれを撃退しただけ! 断じて運動ではない!」


「あらあら、ウフフ。私はそのことを運動・・と言ったのだけれど。弥生ちゃんはどんな運動・・を想像したのかしら。私、気になるわぁ。純平君も気になるでしょう?」


 そこで俺に振らないで欲しい。ほら、ギッと睨みつけてくる弥生の視線は余計なことを言ったら許さん、と俺を脅しているのがわかる。だから俺は黙ってジュースを飲み続けて誤魔化そうとしたのだが、


「ウフフ。純平君、コップの中身が空っぽよ? おかわりが欲しかったらさっきの質問に答えてね。弥生が、どんな運動を想像したのか、純平君も気になるわよね?」


「純平……わかっているよな?」


 花の女子高生が出してはいけないような殺気交じりのドスの効いた声音で俺に言う。しかし目の前に立つ佳代さんも視線もまた、「わかっているよな?」と訴えている。前門の虎後門の狼とはまさにこのこと。なら俺が選ぶべき答えは―――


「そうっすね。俺も弥生がどんな運動を想像したのか気になります、はい、とっても。ものすごく」


「さっすが純平君! わかってるぅ! はい、お・か・わ・り。まだたくさんあるから遠慮しないで飲んでね」


 従うべきは欲求と本能。すなわち美味しいジュースが飲みたいという欲求と、気になる幼馴染の女の子が『運動』という一言からナニを想像したのか知りたいという思春期男子の本能。一つの対価は得た。ならもう一つはどうだ。


「純平の……スケベ」


 答えは得た。頬を朱に染めて、口を尖らせながら拗ねるように呟く弥生の可愛い表情。普段凛としているからこそ照れたときの破壊力はまさに一騎当千。朝から素晴らしいものが見れたことで俺の心は晴れやかだ。


「弥生……今のお前は……最高に可愛いぞ」


 グッとサムズアップした瞬間。俺の肝臓に突き刺さる弥生の拳。日本チャンピオン顔負けのレバーブローの痛みに俺は呼吸が出来なくなる程悶絶した。まぁここまでは所謂お約束という奴だ。


 フンと鼻を鳴らして弥生はそっぽを向いて、バターがたっぷり塗られたトーストを齧った。


 

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