第4話:幼馴染は手作り料理を独占したい

 トマトソースがすでに完成している以上、スパゲティを作る工程の8割は終了していると言っていい。パスタの茹で加減とかこだわれとか言われそうだが、当人たちが美味しく食べられればいいのだ。そうは言っても最低限はこだわるのだが。


 パスタ用の茹で鍋に大量の水に塩とオリーブオイルを加えてからIHの電源を入れる。近年のIHは途上当初より中のコリルやセンサーの改良によって、ガスより早くお湯が沸くし自動で火力調節もしてくれるから料理も捗る。


 特に弥生の好きなホットケーキを何枚焼いても全て同じ焼き加減に出来るのもいい。ガスだと焼けば焼くほど焦げやすくなるから大変なんだよ。


 ボーとしながら俺は鍋の前に立ち、カウンター越しにリビングに置いてあるソファに座ってテレビをいじっている弥生を見つめる。ネットに繋がっている上に母が複数のネット配信サービスと契約しているのでどこで、何を観るか悩んでいるようだ。


「う……ん。どれがいいか。なぁ純平。君のオススメは何かあるかぁ?」


 どうやらピンとくるものがなかったようで。足をバタバタさせながら、ソファの背もたれに身体を預けて首だけこちらに向けて尋ねてきた。それならと俺はとっておきのコレクションを提案した。


「ピンとくるものがなければテレビ台の下の引き出しに、小学生探偵が大活躍する映画のブルーレイが揃っているから観たらいいんじゃないか?」


「なに!? それは本当か!? 観る観る! もしかして全部揃っているのか!?」


「もちろん。記念BOXも買ったからな。VRを題材にした作品、弥生好きだったろ?」


「あぁ! 仮想世界のロンドンに行く話だな! あれは何度観ても面白い、私の一番のお気に入りと言っても過言ではないぞ。もちろん最近の作品も好きだがな。っと、あった! うわぁ……限定デザインのパッケージかぁ。カッコいいな……」


 もう十年以上前から、俺は弥生と春に必ず公開される新作映画を毎年観に行っている。去年の舞台、シンガポールのマリーナベイサンズが散々な目にあったけれど、久しぶりにミステリー要素もあって俺個人としては楽しめた。弥生はやりすぎではないかと苦笑いしていたが。


「やっぱり昔の方がいいな! なんていうか……こう、サスペンスしてて! 誰が、どうやって犯行を行ったのか! それを解き明かしていく感じがあってさ! 最近はとにかく派手すぎる……」


「まぁ仕方ないさ。それを求めている観客がいるってことだからな。その辺の要素は漫画に期待しよう」


 そうだな、少し寂しげな表情で言いながら弥生はディスクをセットした。すぐに再生される映像。何回かテレビ放送されているので観ているはずなのに、まるで初めて映画館で観るようなキラキラした瞳で画面に見入る弥生。


「はぁ……」


「ん―――? どうした、純平? 盛大にため息ついて。幸せが逃げるぞ?」


「うるせえよ。大人しく画面に集中しとけ」


 こうしてお前が同じ空間にいて幸せが逃走したら、俺はもう二度今の人生の中では幸福を得ることはできないだろう。その確信がある。


 我ながら若干憂鬱な気分になっていると湯が沸いたので、そこに三人分のパスタを投入する。俺が空腹ということもあるが弥生はスタイルの割によく食べるのだ。だから量は多めでいい。


 茹で時間は指定されているよりも一分ほど短く。この時点では少し硬さが残るがこの後ソースと和えることでちょうどよくなる。


 フライパンを用意してそこにオリーブオイルとトマトソースを加えて火にかける。バターを手元に準備しておく。


 茹で上がったパスタを手早く投入。同時にゆで汁をお玉一杯分加えて余分な水分を飛ばすように一気に和えていく。最後にバターとチーズを加えたら完成だ。それを二人分に皿に取り分けて食卓のテーブルに持っていく。


「弥生! 出来たぞぉ! 冷めないうちに早く食べちまおうぜ。映画ならこっちからでも観られるだろう?」


「ん―――ちょっと待ってくれよ、純平。今いい所なんだ。具体的に言えば社長がグサッとするシーンで―――」


「よしわかった。お前の分まで俺が全部食べるからな。答えは聞いてない」


「あぁ! そんな殺生な! 今行くから少し待て!」


 リモコンで一時停止にしてから食卓に着き、再生ボタンを押した。あっ、グサッとされた。息も絶え絶えになりながら死に際にメッセージを残している。


 フンフンと鼻歌まじりに映画に集中している弥生の彼女の前にフォークとスプーンを添えてトマトソーススパゲッティ、粉チーズとバジルソースも合わせて置く。


「う―――ん。いい匂いだ。さすが純平だな! 早く食べよう!」


「そうだな。俺もいい加減腹ペコだ。それじゃ―――」


「「いただきます!」」


 手を合わせてから食事を始める。


 トマトソースに僅かに残る酸味とチーズのコクが見事に合わさっている。シンプルな味付けで簡単に作れるわりに美味しいからこのソースは時折両親から作ることを強制させられる。ちなみにこれ以外だとミートソースも時々作らされている。


 閑話休題。


 弥生はくるくるとフォークとスプーンを器用に使ってスパゲッティを食べていく。すでにその皿の半分近くを平らげている。それでいて視線は画面に釘付けだから決して行儀がいいわけではないが、その表情は柔らかい。


「ん? どうした? なんだ、これは私の分だからな? 分けてあげないぞ?」


「いや、それは弥生のために作った分だから取ったりしないさ。ただ……口にあったか心配なだけだよ。どうだ、美味いか?」


「うん! すごく美味しいぞ! 店を出してもいいレベルだと思う!」


「さすがにそれは言い過ぎだろう……」


「いや、待て! やっぱり止めろ! お前が店を出したら私がお前を独占できなくなる! それはいけない!」


「……お前が独占したいのは俺の料理、の間違いだろう?」


 行儀が悪いとわかっているが、テーブルに肘をつき、顎を乗せて呆れた口調で弥生に言葉を返した。自分が発言した内容を思い出したのか、弥生の顔が朱に染まる。


「―――ッツ!! そ、そうだな! 純平の料理は私だけのものだからな! だから……気安く誰かに振る舞うなよ?」


「はいはい……わかってるよ。俺が料理を振る舞う相手なんてお前くらいしかいないんだから安心しろ」


 まぁ弥生以外に料理を作る気なんて微塵もないんだけどな、とは恥ずかしいから口にできない。だから俺はまだ弥生に気持ちを伝えることが出来ていないのだ。


 俺は食べ終えた自分の皿と弥生の皿をもって台所に行って水に浸ける。本当ならさっさと洗ってしまったほうがいいのだか、俺だって映画が観たいんだ。


「何してんだ、弥生。ソファに座ってゆっくり観ようぜ? もうすぐ劇場が爆発するシーンだろう? ここからがいい場面じゃないか。ほら、行くぞ」


 気持ち頬を赤くしている弥生の手を引っ張ってソファに腰掛ける。


「す、すまない、純平! ちょっとお手洗い借りるな! 申し訳ないんだが―――」


「わかってるよ。一時停止しておくから安心しろ」


「うぅ……ありがとう。すぐに戻って来るから待っててくれ!」


 慌てて立ち上がって逃げるように化粧室に向かう弥生の背中を見送ったところで俺は一息ついた。画面はちょうど主人公たちが犯人を捕まえるために入った劇場が盛大に爆発するところで止まっている。


「というか……なんで俺達はのんきに映画を観ているんだ? 弥生が幼馴染とイチャイチする小説書くため恋人っぽいことするじゃなかったか……? いや、すでにしているか? もうわけがわからん」


 俺は天井を仰ぎ見る。俺の幼馴染は美人でイケメンだが、時々わからなくなるミステリアスガール。ずっと一緒にいるから弥生の好き嫌いも、話の話題も冗談を言うタイミング、それを返すタイミング、全てが呼吸同然に理解している。我ながら気持ち悪いと思うのだが、生まれてからずっと一緒に過ごしていれば、それくらいわかる。唯一わからないのはあいつの恋心くらいだ。


「でもいつか……ちゃんと……告白したいなぁ」


 俺の呟きは誰にも聞かれることもなく。静かなリビングに流れて消えた。





『どうしよう、谷川原! 非常に困ったことになった!』


【落ち着け、杜若。何があった?】


『純平がな! 《俺が料理を振る舞う相手なんてお前しかいない・・・・・・・》って言ったんだ! これは最早告白を通り越してプロポーズではないか!? そうだよな!?』


【うし、落ち着け杜若。話を飛躍するな。どうせあいつの悪い癖だ。まずは一度落ち着いてだな―――】


 いい加減にしろよ、お前ら。という怒りの叫びを聞いた者は、残念ながら休日のため誰もいない。

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