第3話:幼馴染だってイチャイチャしたい!
大好きな幼馴染への
俺の十年以上抱いてきた淡い恋心の発露を遮るように弥生が放った言葉を俺は恐る恐る繰り返した。
「え? 幼馴染がイチャイチャする小説を書くのを手伝う? はぁ? どういう意味だよそれ?」
「どういう意味もない! そのままの意味だ! お前も憂いているんだろう? 幼馴染が虐げられている世界のことを!」
「いや、別にネット小説の世界を憂いているとかはないぞ? 俺が言いたいのは―――」
「皆まで言うな。わかっているとも。お前は虚構の世界の幼馴染も救いたいと思ったがその力がないことを嘆いているんだろう? 安心しろ、純平。私にはその力がある」
スイッチが入ると人の話を聞かなくなるのは弥生の数少ない欠点の一つだ。だがそれを補って余りあるほどの魅力があるのだが。
「何を隠そう、この私はそのサイトに投稿していてね! それなりに人気もあるんだ!」
ほら、と自慢げにかざしてきたスマホ。その画面に映し出されていたのはつい先ほどまで俺が見ていたサイトのユーザーページ。そこに表示されている作品名を見て俺は驚いた。何故なら、最激戦区のファンタジー部門で上位に食い込んでいるタイトルだからだ。
「フフフ。驚いたか? これでもそれなりに売れっ子なんだぞ、私は。だが……そんな私も現実恋愛のジャンルを見て絶望したんだ」
どや顔で胸を反らす弥生。やめろ、無駄に胸を張るな。その凶器がぷるんと揺れて俺の理性がガリガリ削られる。
「……弥生も見たのか? あの、絶望的な世界を? 幼馴染が次々と踏み台にされていく、あの残酷な世界を……?」
「あぁ。それも一か月程にすでにな。私もなんとかしてこの暗黒時代を切り開きたいと思っていたのだが……この波はすでに全体を覆うほどにまで成長してしまったんだ」
「な、なんだってぇ!?」
我ながら安いリアクションだ。
「この闇はとてつもない、我々の常識をはるかに超えた速度で
「そ、その方法って………なんなんだ?」
ゴクリ、と俺は思わずツボを飲み込んだ。弥生は無駄に溜を作ってからおくびれもせず、堂々と胸を張って言い放つ。
「それは―――幼馴染とひたすらイチャイチャする作品を書くことだ!!」
期待した俺が馬鹿だった。こいつは本気で何を言っているんだ。それと先ほどの至福の時間、もとい過剰なスキンシップとどう繋がるというのか。
「フッフッフッ。純平はまだWeb小説童貞だから知らないと思うが、こういう同じような題材の作品が跋扈する時にそれとは真逆の路線の作品を投下することで読者の視線を集中させることができるのだ! 純平だっていくら好きだと言っても毎日ミートソーススパゲティを食べていたら飽きるだろ?」
「そりゃそうだろう。毎日同じもの食べられるわけないだろう? って、なるほど、そう言うことか!」
「フッ。気付いたか。そう、幼馴染ざまぁが横行するのなら、幼馴染とひたすらイチャイチャ甘々する作品を書けば読者をごっそり取り込めると同時に幼馴染という存在に希望を齎すことができる!」
拳を空に掲げて熱弁する弥生。一見すると馬鹿なようでよく考えられていると思ってしまったのは幼馴染大好き補正がかかっているからだろうか。
「だがここで一つ。この作戦には致命的な欠陥があることが判明した。それは―――」
「それは―――?」
「幼馴染とのイチャイチャを私が
なんだってぇ。と口に出すのも憚られる程。何言ってんだこいつと感想を抱いた。
「何言ってんだこいつ」
心の中で思っていたことがそのまま口をついていた。
「口に出ているぞ、純平。この危機的状況を打開すべく、私は行動を起こすことにしたのだ。というわけで純平。御免!」
呆れて油断していた俺は弥生の接近への対応が遅れる。そしてあれよあれよという間に俺は彼女に強引に胸ぐらをつかまれ、くるりと回転しながらベッドに押し倒された。
「お、おい! いきなり何をする……ん…………だよ」
「フフ。どうした、純平? 顔を真っ赤にして。恥ずかしいのか?」
弥生の顔が、少しでも俺が頭を持ち上げればその艶とした桜色の唇に俺の唇が触れてしまうのではないかというそんな距離にある。
「や、弥生……俺は……」
そっと彼女の頬に手を伸ばす。これは、先ほどの告白をやり直すことが出来るのではないだろうか。そしてあわよくば、俺の初めてのキスを。そこから先の。世の男どもが触れたくても触れらない、蠱惑的かつ一度味わったなら忘れることはできない禁断の果実を思うがまま味わうことができる。そんな期待を込めて俺は―――
「純平! お願いだ! 多くの幼馴染を救うため、私とその……恋人っぽいことをしてくれないだろうか! こんなこと頼めるのはお前しかいないんだ!」
「……………はい?」
「私には純平しかいないんだ! だから……そのこうして多少強引かと思ったんだが……どうだろうか? ダメか?」
冷静に考えてほしい。押し倒されているのは俺で、押し倒しているのは弥生だ。その状況でするお願いが恋人っぽいことをしてほしいって。
「お願いだよ、純平! たくさんの幼馴染を救うためだと思って私に力を貸してくれ! もし力を貸してくれるというなら……その、なんでもするから!」
「ほぉ。なんでもする、か。そうか……」
俺は
弥生の身体が緊張のせいかわずかに震えている。怯えるくらいなら、そんなことを言わなければいいのに。俺は一度おろした手を再び伸ばして今度こそ弥生の頬に触れてそのまま優しく撫でる。
「お前のやりたいことに付き合うよ。その、見返りの話は、だな。その……今度遊園地に遊びに行かないか? もちろん金は俺が出すから! 弥生ともっとその一緒に…………」
「フフッ。なんだ、そんなことでいいのか? それに遊園地に遊びに行くのは私の計画に含まれているから、できればそれ以外がいいぞ? まぁ今すぐじゃなくていいからゆっくり考えておいてくれ」
弥生ははにかんだ笑みを浮かべてそう言った。普段は凛々しい弥生が時折見せるこの笑顔に、俺は心を奪われている。目が離せなくなるのだが、見つめ続けているとゆでだこになるので、そうなる前に俺はさっと顔をそむける。
「相変わらず、照れ屋だな。いきなり押し倒してすまなかった。今離れるから待っていて―――きゃっ!」
「―――弥生!」
ベッドから降りようとして。どこからわざとらしく弥生はバランスを崩して転びそうになった。俺は咄嗟に華奢な彼女の手を取って転び落ちないように強引に抱き寄せるように引っ張った。
ぽすっ、と俺は弥生を胸の中に収めた。まず去来したのは弥生が怪我をしなくて済んだことへの安堵。次に抱いたのは極度の緊張。好きが過ぎる幼馴染のイケメン美女を自分の部屋のベッドの上で半ば寝転んでいる状態で抱きしめている。心臓が壊れるほど鐘を鳴らしている。
「じゅ……純平……その、痛いんだが……」
ほんのり火照っている弥生の体温が心地よくて、俺は思わず力いっぱい抱きしめてしまっていたようだ。慌てて彼女を解放した。
「わ、悪い。つい……その……ごめん」
「あっ…………」
だが何故だかそれをどこか惜しむようなか細い声を上げる弥生。どうしたというのだろう。もっと抱きしめていてよかったのか?
「フフッ。それは
「そういえば……もう昼過ぎか。そりゃ腹も減るわな」
腹の虫が文句の合唱はしていないものの、確かに起きてからというのも何も口にしていないしなんなら水分すら摂っていない。その上で今し方までの行為による緊張で喉は痛みを覚えるほどに乾いている。
「フフッ。時間もいい頃合いだ。一緒に昼ご飯を食べないか? そこで改めて、じっくりと、ねっとりと、世の幼馴染を救うための作戦会議をしようではないか」
「よし、わかった。お前に任せていたら世の幼馴染がイチャイチャ甘々に加えてエチエチされるということがよくわかった。そんなことは俺がさせない」
弥生の数少ない欠点の一つに時折見せる脳内ピンク色がある。なんと言っても弥生は男の俺から見てもカッコイイと思う美少女であるため、男子生徒のみならず女子生徒からの人気が高い。
それにかこつけて弥生は同級生に飽き足らず、先輩後輩に対して、それはそれはストロベリーなことをしていることで有名になっている。しかもそれが『被害』ではなく『ご褒美』として認識されているのだから一層質が悪い。とは言えつい今しがたの強烈かつ至福のスキンシップをされれば認めざるを得ないのだが。
「さぁ、それではいくぞ! 冷蔵庫にトマトソースの残りがあったからお昼は純平のお手製トマトスパゲッティがいいな! 作ってくれるんだろう?」
俺の手を引いて台所へと急かす弥生。人の家に来てそのまま飯にありつく気なのかこの女は。そもそもの話、どうして弥生がここにいるのか。
「私がここにいる理由か? 決まっているだろう。純平のご両親に頼まれたからだ。証拠は……ほれ。ここに書いてあるから読んでみろ」
弥生はスマホを操作してメッセージアプリを起動。俺の両親との会話履歴を選択してから俺に渡してきた。
「どれどれ……ふむ―――」
―――弥生ちゃんへ。前に弥生ちゃんがオススメしてくれたプランで一泊二日の小旅行に行くことにしたから純平のことよろしくね! あの子まだ寝ていると思うから起きてきたらご飯は純平に作らせてね! それ~……煮るなり焼くなり抱くなり好きにしていいからね!―――
「―――って、なんだよこれ!? 何考えてんだ、うちの親は!?」
「フッフッフッ。わかったか? 純平の生殺与奪の権は私が握っているということだ。どうだ、私みたいな美女に好きにされるのは嬉しいだろう?」
「いや……それはまぁ、嬉しいっちゃ嬉しいけど……ってそう言うことじゃなくて! っえ、一泊二日で旅行!? そんなの聞いてないぞ!」
「ふむ。まぁそうだろうな。純平には内緒で計画していたことだからな。これも全ては幼馴染を救うための私の計画だ」
腕を組み、うんうんと一人頷く弥生。その組んだ腕にメロンを乗せてくれるな。その大きさと弾力がどうしても目についてしまって色々耐えられない。この羞恥から脱出するため、俺は顔を横に向けながら、
「わかった。お前がどんなことをしたいのかは飯を食べながら考えてやるからとりあえずリビングに行くぞ。そこで大人しく座っていてくれ。スパゲティ、
頬を掻きながら、俺は弥生に提案した。
「うん! お前のスパゲティは絶品だからな! 楽しみにしているぞ!」
満開の桜のような美しさの中に確かにある可憐さ。そんな笑顔を俺にだけ見せてくれることが何よりも嬉しいし、より独占したいとも思うのだ。
弥生の言う恋人っぽいこととは何なのか。それは昼ご飯を食べながらゆっくり聞けばいい。
『ありがとう、
【了解。引き続き検討を祈る】
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