第7話:幼馴染は朝起きれない
迎えた月曜日の朝。
結局昨日は弥生と会うことはなかった。連絡してみていたら一日執筆活動をしていたらしい。早速幼馴染を救う物語が思いついたようで何よりだ。
そして俺はこの日もいつものようにまだ空気がひんやりしている早朝に杜若家のチャイムを鳴らす。
「いつもありがとうね、純平君」
おっとりした性格で髪が長いところ以外は弥生そっくりの彼女の母、
「ごめんね、純平君。いつもなら弥生も起きてくるはずなんだけど、昨日は随分と遅くまで起きていたみたいでまだ寝ているみたいなの」
「そうなんですか。週初めなのに夜更かしとは……弥生らしいですね」
「そうなのよぉ。だから純平君。弥生のこと起こしてくれないかしら?」
「……へ? 佳代さん、今なんて?」
聞き間違いであることを祈るのだが。佳代さんは口元に手を当ててうふふと笑いながら同じセリフを繰り返した。
「だからね。夜更かしして起きれない
聞き間違いじゃないどころか一層ひどかった。寝ている実の娘に男をけしかける親が現実に存在しているとは。いや、逆の立場になればうちの親は間違いなく弥生をけしかけてくるだろう。あの刹那的快楽主義者め。
「そういうわけだから、さっ、上がってちょうだいな。純平君、朝ごはんはもう食べた? 食べてなければ一緒に食べない?」
「いえ、食べてきましたから大丈夫です。というか佳代さん、手を引っ張らないでください。俺がお越しに行くのは確定なんですか!?」
「えぇ―――たまにはいいじゃない。昔はよく一緒の布団で寝た仲でしょう? 今更変わらないわよ」
「変わりますよ! 一体いつの話をしているんですか……」
この母にしてあの娘ありとはこのことだ。性格は弥生とは正反対の穏やかな人なのだが、強引なところとか突拍子もないことを言い出すところとかは本当に弥生にそっくりだ。こうなった以上、従うしかない。
「じゃぁ、よろしくねぇ。私は弥生の分の朝ごはん作っておくから」
ひらひらと検討を祈るとばかりに手を振って、佳代さんは台所へと姿を消した。俺は災難なのか幸福なのかわからないこの事態にため息をつきながら、二階にある弥生が寝ている彼女の部屋へと階段を登った。
可愛い丸文字で『やよい』と書かれた札を持っているのは彼女がよくメッセージのやり取りで使っているスタンプで二足歩行しているデフォルメされた白うさぎのキャラクターだ。
「こういう少女趣味みたいなところも……弥生の可愛い所だよな」
などと呟くのは好きな女の子の部屋を前にして昂る心臓の高鳴りを意識しないため。しかもまだ弥生は寝ているとなれば朝から俺の頭はショート寸前だ。
「弥生―――? 起きてるかぁ? そろそろ起きる時間じゃないのかぁ―――?」
トントンとノックをしながら扉の向こうにいる弥生に声をかけるが一切の返答はなし。もしかして本当にまだ寝ているのか。
少し強めにドンドンドンと叩くが結果は同じ。俺は深く重いため息を吐く。なんで月曜の朝7時前から手が震え程に緊張をしないといけないのか。いくら佳代さんの許可があると言ってもこれからすることは寝ている獅子の檻に考えなしに飛び込むことに他ならない。
「入るぞ……弥生……」
恐る恐る扉を開けて中の様子を伺う。ベッドでスヤスヤと眠っている弥生。何かを抱えているように見えるが、この距離からではよく見えない。
なるべく音を立てないように忍び足で。視界に入れるのはあくまで弥生が眠るベッドだけ。その他の勉強机とかそこに本棚とか、その所々に置かれている写真立てには目を向けてはいけない。
「弥生……起きろ。朝だぞ」
「んぅ……ん………じゅん……ぺぇ?」
「そうだぞ、純平さんだぞ。今日からまた一週間が始まりますよぉ―――起きて下さい、弥生さ―――ん」
ベッドに腰掛けて未だ夢の中で迷子になっている弥生の肩を軽くゆする。だが弥生を引き戻すことはできず、
「じゅんぺぇの声……ゆめ……」
むしろ俺が彼女の胸の中に引きずり込まれてしまった。
「えへへ……じゅんぺいの匂いだぁ‥…」
聞いたことのないだらしのない蕩けた声。そして俺の頭は弥生の桃源郷に押し付けられている。押さえつけられているというのに痛みはない。それどころかどこまで沈み込んでいけるような心地いい最高級の天然枕。
しかも、弥生の寝間着は女性に人気のモコモコなパジャマ。薄い肌着の上から春にぴったりなモコモコのカーディガンを羽織っているが、なにせそのジッパーは半ばまでしか上がっていない。
つまり何が言いたいと言えば。俺の顔は弥生の胸肌にダイレクトに押し付けられているということだ。
「弥生……弥生! 起きろ! 起きてくれ!」
布団に入っているため彼女の肌から伝わる温もりは朝のひんやりとした空気を浴びた俺の身体を芯から温めていく。
「んッ……いいじゃないか……もう少し。もう少しだけ……お前を感じさせてくれよ……夢なんだから……」
さらに俺を抱きしめる弥生の力が強まる。それはまるで離さないと主張しているかのように。なんとか首を横に動かすと、そこには俺の代わりについ先程まで抱きしめられていた大きなぬいぐるみを見つけた。
それは弥生が以前、可愛いと言っていたカワウソの等身大サイズのぬいぐるみだ。ウサギのキャラクターも好きだが同じくらいのこのカワウソも好きと公言しており、スマホでこのぬいぐるみの存在を知った時の弥生のテンションの上りようは尋常ではなかった。
「うぅ……ぬんちゃん……可愛いよぉ……」
弥生の喜ぶ顔が観たくて。俺は小遣いをやりくりしてこの等身大サイズのぬいぐるみをプレゼントした。その時の弥生の顔は、生涯忘れることはないだろう。
「弥生。俺はぬんちゃんじゃない……純平さんだ。お願いだからいい加減起きてくれよ。頼むから……」
「――――んんぅ。あと五分だけ。いいでしょう純平さん? 純平さん? んぅ? っへ? じゅ……純平!!!???」
うん、そうなることはわかっていたよ。俺は思い切り弥生にベッドから突き飛ばされた。ドタンと派手な音を立てたが、幸いなことに腰を打っただけで頭はぶつけていない。それでも痛いことには変わりはないのだが。
「ど、ど、ど…………」
「ドレミフアドン?」
「違う! なんのイントロクイズだ! どうして! 純平が! 私の部屋にいるんだ!? あまつさえ! どうして! 私の布団の中にいた!?」
「よし。まずは落ち着こうか。話はそれからだ」
「私は! 落ち着いてるぞ!? だから早く納得のいく説明をしろ! 馬鹿純平! 助平! エロ助!」
弥生は手近にあった枕を凶器のように振り回して床で胡坐をかいた俺の頭に容赦なく振り下ろした。
俺は成すがまま。弥生の気が落ち着くまで待つことにした。その間、魅惑の果実の感触を思い出しては忘れるを繰り返した。
一つ言えるのは。朝から堪能してはいけない禁断の果実だったということだ。
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