年上の彼女が僕にいう「君と咲かしたよ」

玉椿 沢

第1話

 たまたま晴れた。


 たまたま晴れの日が休みだった。


 たまたま僕も家にいた。


 たまたまが3回続いたから、ちょっと幸せ――と考える程、五つ年上の彼女は、単純じゃないと思う。


「お天気で、ちょっと涼しいくらいが丁度いい」


 顔には出さないけど。どこか態度には出てるのが、その五つ年上の彼女・孝代たかよさん。


 四阿あずまやでバスケットを広げていた孝代さんは、素焼きのビスケットにマーマレードを塗っていく。


藤棚ふじだなの方から風が来ると、涼しくて本当に気持ちが良い」


 この涼しいというのが孝代さんにとっては大事らしくて、実は暖かいという事が殆どない。春先の暖かい日に何かいう事は本当に少なくて、夏前、また秋口の涼しい頃が一番、過ごしやすいらしい。


 風上に顔を向けて目を細めながら、紙皿にマーマレードを塗ったビスケットを並べていく。


「カナッペ?」


 そういっていいのかどうか分からないけれど。


 ただ僕は孝代さんの手元や、紙皿に乗っているビスケットよりも、バスケットに入っているマーマレードの瓶に目が行ってしまう。


 開封してある小瓶が大量にあるけれど、そのどれもこれもがマーマレードなんだ。


「ジャムカナッペ……っていっていいのかな? いや、マーマレードだけど」


 孝代さんは、その少しずつ残ってるマーマレードの瓶を取り、器用に塗っていく。


「でも何で使いかけのマーマレードが、こんなにあるの?」


 趣味みたいにおやつ作ってる孝代さんだけど、使いかけで放置するような性格じゃない。


「いやいや、正確には全部、違うマーマレードなのよ。例えば――」


 孝代さんがひょいひょいと瓶を取り、僕の目の前に並べていく。


「これは甘夏あまなつ、これはネーブルオレンジ、これはポンカン、これは柚子ゆず


 確かにいわれてみると、色が少しずつ違う。甘夏は明るいイエローで、ネーブルオレンジやポンカンは濃いイエローだ。


「ジュレ作ってみたり、柚子湯や柚子ソーダ作ったりで、ちょっとずつ使っていくと、時々、こうして余っちゃうのよ。だから、ジャムカナッペにしてみようかなって」


 また風が髪を撫でてきて、孝代さんは風上に顔を向ける。


「こういう日に、こういう風にピクニック気分で食べるの、最高でしょ」


 そういって並べているジャムカナッペは、なかなか凝ってる。


 素焼きのビスケットは丸ではなく、切れ込みが入っていて花形。



 真ん中に黄色いジャムを載せていると、小さな花が咲いているように見える。



「そういえば、孝代さんって花、好きだったっけ?」


 花より団子の人だって事は知ってるけれど。


「大好きって飛びつく程じゃないし、お花見とかもしない方だけど、好きというなら好きよ」


 そういう難しい方、難しい方へ行く人だからこそ、単純にたまたまが重なったから幸せとは考えない人だ。


 少しずつストレスが溜まって、だから今日、こうして僕とピクニックなんてしてる。


 けど、わかっていても僕は心配しない事にしてる。


 お互い、一緒になって馬鹿ができるからこそ、なんだと思ってからだ。


「好きな花は?」


 だから僕はそっちを訊ねた。


「ホウセンカ」


「……色とりどりで綺麗だから?」


 ホウセンカの季節は6月から9月――孝代さんが好きだと思っている季節と重なる。


 でも季節とは関係なかったらしい。



つつくと弾けるから。私そっくり」



「自分でいうか、それ!」


 吹き出した僕に、孝代さんも笑う。


つついて弾けたから、こうして拡散した種が花を咲かしました。ドヤァ!」


 笑う、笑う。


 花が咲いたように笑う。


 それだって、孝代さんが拡散させた種がしてくれたのかも知れないし。

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