見つけた、小さな恋の花

無月兄

見つけた、小さな恋の花

 文化祭終了を告げる打ち上げ花火が上がった瞬間、手を繋ぎそれを見ていた二人は結ばれる。うちの高校には、そんな噂がある。


「──って言ってもその噂、泉達が考えたんだよな」

「なんだ、知ってたの?」


 文化祭が間近に迫った、ある日の軽音部。同部員である有馬優斗ありまゆうとくんに噂の話をしたところ、そんな言葉が帰ってきた。

 そう。何を隠そうこの噂は、今年に入ってできたもの。そして私、大沢泉おおさわいずみは、この噂の発信元の一人だった。


「せっかくの文化祭なんだし、何か盛り上げられないかなって思ってね。友達何人かで、話を作って広めてみたのよ」

「俺達一年だけならともかく、二年や三年の先輩だって知ってたぞ。いったいどうやったんだ?」

「部活のキャプテンとか、影響力のある人達に広めてほしいってお願いしたの。けどまさか、ここまで広がるとは思わなかったわ」


 ほんの遊び心で始めてみた事だったけど、私達の撒いた噂の種は瞬く間に拡散し、気がつけば学校中の人が知ることとなっていた。ここまで大きくなるなんて自分でもビックリだ。


「って言っても、話自体はどこにでもあるようなものだし、本気で信じる人がいるとは思えないけどね。有馬君、気になる人がいるならやってみる?」


 イタズラっぽく言ってみたけど、彼は苦笑しながら首を横に降る。


「今の話を聞いた後でやる気はないよ。それに、気になる相手もいないしな」

「あら、寂しいわね」


 とはいえその答えを聞いて、やっぱりねとも思ってしまう。


 言っておくと、有馬くんは決して女の子受けが悪いタイプじゃない。むしろ物静かで落ち着いていて、どっちかって言うとモテそうなタイプ。もし彼にその気があるなら、今ごろ彼女の一人でもできているんじゃないかと思う。


 だけど実際は、今の本人のセリフからもわかる通り、彼女どころかそういう話の一つも聞いたことがなかった。


「元々恋愛にそこまで興味があるわけじゃないし、今はみんなと一緒に音楽やっていればそれで十分かな」


 ほらこれだ。有馬君をいいと思っている女の子がこれを聞いたら、さぞかし落胆するに違いない。


 そんなことを思っていると、部室のドアが勢いよく開かれ、一人の男子生徒が入ってきた。軽音部員、最後の一人だ。


「悪い、遅くなった。さあ、文化祭本番も近いし、ジャンジャン練習するそ!」


 彼もまた恋愛とは無縁なタイプで、とてもあんな噂に左右されるとは思えない。


 これだけ大きな噂になったんだから、もし実行する人がいたら見てみたい。けど少なくとも、この軽音部でそれは難しそうだ。


 もっとも、実行したところでなんの効果もないんだけどね。









 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇








「終わっちゃったね」


 文化祭当日。軽音部の発表が終わり、ステージを降りた私達。

 すると隣で、満足げな表情を浮かべた有馬くんが言う。


「緊張したけど、楽しかったな」

「有馬くんは、これからどうするの?」

「特に決めてないけど、少し休むか、色々見て回るかな」


 私も有馬くんも、クラスの仕事はとっくに終わっていて、これから先は完全な自由時間になっている。

 暇な者同士、もう少し一緒にいようかな。そう思っていると、不意に弾むような元気のいい声が飛んできた。


「ユウくん!」


 振り向くとそこにいたのは、小学校二~三年生くらいの小さな女の子。髪を肩くらいまで伸ばした、可愛らしい子だった。


 近くの子が遊びに来たのかな。そう思っていると、隣にいる有馬君が、輝くくらいの笑顔を見せていた。


あい、来てたのか?」

「うん。演奏しているユウくん、凄く凄くカッコよかった!」

「おっ、ありがとな」


 嬉しそうに、女の子の頭を撫でる有馬くん。いや、ユウくんか。

 多分この呼び名は、彼の名前であるから優斗から来ているんだろう。


 そして、女の子の名前は藍ちゃん。私は初めて見る子だけど、その名前には聞き覚えがあった。


「君が藍ちゃんね。有馬君、いつもあなたの話してるのよ」

「ユウくんが! 本当ですか!?」

「ええ。近所に住んでる、可愛い女の子だってね」


 自分を兄のように慕って懐いてくる子がいる。有馬君からそんな話を聞かされたのは、一度や二度じゃない。そして有馬くんも、その子のことをまるで本当の妹みたいだと、楽しそうに話していた。

 あまりに何度も聞かされたものだから、なんだか初めて会った気がしないくらいだ。


「一人で来たのか? 迷子にならなかったか?」

「ならないよ。そこまで子どもじゃないんだからね」


 ちょっぴり剥れる姿も、なんとも微笑ましい。

 なるほど。有馬くんが可愛いと言っていたわけが、今分かった。


「有馬くん。これから予定もないんだし、案内してあげたら?」


 もうしばらく有馬君と一緒にいようかとも思ってたけど、どう考えてもその役は彼女の方が適任だ。


「ああ、そうするよ。藍、いつ頃までいるつもりなんだ?」

「えっ──」


 有馬くんが屈みながら訪ねると、なぜか藍ちゃんはすぐには返事をしなかった。だけど少しのためらいの後、ほっぺたを赤く染めながら言う。


「さ、最後に花火が上がるんでしょ。それ、ユウくんと一緒に見たいの」

「花火? でもそれまで残ろうとすると、帰るのが遅くなるぞ。おじさんやおばさん、心配するんじゃないか?」


 藍ちゃんの言葉を聞いて、有馬君はちょっとだけ困った顔をする。確かに、子どもが保護者なしでいるには少し心配な時間かもしれない。

 だけど藍ちゃんは引き下がらない。


「お願い。どうしても花火が見たいの」

「うーん、そうだな…………」


 藍ちゃんからのお願いに、困った様子の有馬君。だけど可愛い妹分からの懸命な頼み。どうなるかなんて、最初から決まっていたのかもしれない。


「分かったよ。だけど、ここにいる間は俺から離れずにいい子にしておくこと。それが約束できるなら、俺からおじさん達に頼んでみるよ」

「ほんと? 約束する。いい子でいるし、ユウくんから絶対離れない!」


 ついさっきまで不安げな顔をしていたのに、飛び上がって喜ぶ藍ちゃん。

 そんな彼女を見て、それと、最後の花火と言う言葉を聞いて、私の中である思いが沸き上がってきた。


 それを確かめるため、有馬君がケータイで藍ちゃんの両親に連絡をとっている間、そっと彼女に聞いてみる。


「ねえ、どうしてそんなに花火が見たいの?」

「えっ……」

「もしかして、あの噂のこと知ってるの?」

「────っ!?!?」


 この子は本当に表情がコロコロ変わる子だ。今度は、顔中を茹でダコのように真っ赤にしていた。


 質問の答えはまだ聞けてないけど、それだけで十分に分かる。

 花火が上がった時、手を繋いでいた二人は結ばれる。この子はどこかでその噂を知って、それを有馬君相手に試そうとしているんだと。


「あ、あの。このこと、ユウくんには……」

「大丈夫。黙っておくから」


 クスリと笑いながら、口に指を当てナイショのポーズをとる。


 自分を兄のように慕って懐いてくる。有馬君はそう言っていたけど、どうやらそれだけじゃないらしい。兄のように思っているだけなら、こんな噂を試そうとはしないだろう。 


「好きなのね、有馬くんのこと」

「────はい」


 またも照れながら、だけど確かに頷く藍ちゃん。 


 有馬くんにはきっと、この気持ちにはちっともきづいていないだろう。だけどそれを鈍感だとは言うまい。何しろ相手は小学生で、彼にとっては妹みたいな子だ。そこにある恋心を見落としていたって仕方ない。


 だけど女の子は、このくらいの年齢から、ちゃんと女の子をやっている。


「わたしはまだ子どもだし、ユウくんの妹だし……だけど一緒に花火を見られたら、ちょっとは違うかなって思って……」


 それは、本当かどうかも分からないただの噂。ううん、全くのデタラメだってのは、作った本人であるわたしが一番よく分かってる。

 だけどそんな、ちょっとした遊び心で広めた噂を、真剣に受け止めている子がここにいる。

 そんな子にむかって、私は言う。


「そうね。もしかしたら、急に全部良くなるのは無理かもしれない。だけど、それだけ強く想っているなら、ちょっとずつ変わっていくことはできると思う」


 この子が頼ろうとしている噂は、全くのデタラメだ。そんなことをしたって、それだけじゃ恋は叶わない。


 だけどそこに込めた思いが真剣なら、それはきっと、この子は自身が頑張るだけの力になる。それに今はまだ子どもでも、いつか成長し、『女の子』から『女性』に変わる時が来る。もしもそれまで想い続けることができたのなら、きっとその気持ちは届くだろう。この子を見ていると、なぜかそんな確信にも似た予感があった。


 なら私はその想いを、この小さな恋を応援したいと思った。


「頑張ってね」

「────はい!」


 今度の返事は、今まで一番力強いものに思えた。


 間も無くして、電話を終えた有馬君が戻ってくる。藍ちゃんが、花火が上がるまでここにいていいか。その結果を、有馬くんは両手で大きな丸を作って答えた。






「それじゃ、俺は藍と一緒に色々回ってくるから」

「二人とも、楽しんできてね」


 少しだけ話をした後、私は二人と別れる。せっかく一緒にいられるんだし、邪魔しちゃ悪いよね。


 最後に、藍ちゃんに向かって小さく手を振ると、彼女も笑って同じように手を振ってくれた。


「二人とも、いつの間に仲良くなったな。俺が電話してる間、なに話してたんだ?」

「それは、女同士の秘密。ねえ、藍ちゃん」

「えっ──う、うん」


 私達の様子ややり取りを聞いた有馬君は、「藍が俺に隠し事を」と少し寂しそうだったけど、何を話していたか言うわけにはいかない。


 去っていく二人の後ろ姿に向かって、私はもう一度、頑張ってと呟いた。





 それにしても、私達の撒いた噂の種が、まさかこんな事になるとは思わなかった。

 これがやがて、大きな恋の花を咲かせるのか。それが分かるのは、きっと遠い未来の話になるんだろうな。

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