不思議な種

卯月あと

不思議な種

「そこの若いの、有名になりたいかい?人気者になりたいかい?それならこの種を自宅の庭に蒔いてみな。七日目に芽が出て、十日目に花を咲かし、十二日目には枯れてしまうが、あなたは有名になれるだろう。ただし、思いを間違えると大変なことになるから気をつけるんだね。」


突然、背後から声を掛けられ、わけのわからぬ種を押し付けられた。

僕は有名になりたいものなどないが、あの老婆は何だったのだろうか。

僕はどうしたらいいのだろうか。

この種は捨てても大丈夫なのだろうか。

思いを間違えるととか何とか言っていたような気もするけれど、捨てるだけなので関係ないか。

僕は、気味の悪い種を近くの公園に設置されたゴミ箱に捨て、その日は家に帰った。


あの種を捨ててから七日経った朝のことだった。

家の庭に芽が出ていた。

僕の家には花も木も植えておらず、一面芝生という庭だった。

しかし、そこに見たことのない芽が出ていた。

母さんや父さんに聞いても知らないと、草だろうから引き抜いておけと言われたため、言われた通りに芽を根っこから引き抜き処分して家を出た。


家を出て、公園の横を通ったとき、あの老婆のことを、捨てた種のことを思い出した。

もしかして、今日庭に出た芽はあのとき捨てた種のものだろうか。

僕はきちんと捨てたはずだ。

だから、家の庭にあのときの種が植えられるはずがないと、気分が悪くなるも気持ちを切り替えた。


しかし、翌朝も同じように芽が出ていた。

場所は昨日とまったく同じ場所だった。

違ったことは、昨日よりも芽が大きかった。

母さんたちに聞くまでもないだろうと昨日と同じように処分し、家を出た。


そんなことが二、三日続いたある日の朝。

いつものようにと言えるほど習慣化してしまった芽の処分をしに庭に出ると母さんがいた。


「母さん、今日も昨日と同じだろう?」


母さんに処分すればいいのだろうという意味で話しかけると、思ってもいない返答がくる。


「そのつもりだったんだけれど、これ見て。すごく綺麗なお花じゃない?」


「どこかで見たことあるような感じの花だ。」


「ねぇ、こんなにも綺麗な花が咲いてるのに処分だなんてかわいそうだわ。このままにしておきましょう。」


この庭の運営に関する決定権は母さんであるため、母さんが下したものには従うしかないため、僕は頷いてから家を出た。




ー・ー・ー




翌日、朝から外が騒がしかった。

夜勤明けで眠りを妨げられた父さんは、文句を言いに外へ出て行くもすぐに戻って来たその顔には戸惑いの色が窺えた。

はっきりものを言い過ぎるきらいの父さんがそんな顔をして戻ってきたことに異変を感じた母さんはリビングにある、まだカーテンを開けていない庭へ続く掃出し窓から外の様子を伺う。

窓から顔を離し僕たちへ振り返った母さんの顔には困惑の色が浮かんでいた。


「どうしよう。私たち何かしてしまったのかしら?あんなにも庭の周りに人が集まっているはおかしいことよね?」


「?庭の周りに人が集まっているの?」


「えぇ。それにカメラとかケータイを手にしている人も何人かいたし。ちょっと怖いわね。」


「僕、ちょっと様子を見てくるよ。」


僕は玄関ではなく、勝手口から外に出て庭の方へ敷地の外からでは見にくいように周って様子を伺った。

確かにカメラをこっちに向けて構えている人が何人かいるのが見え、カメラの向けられた先を見る。

昨日は一輪しか咲いていなかった花が庭一面に咲いていることに声を上げそうになるもつばを呑み込むことで絶えた。

集まっている人たちに見つからないうちに中へ戻ろうと来た道を戻って家の裏に着いたとき、例の老婆がそこに立っていた。

花を見たとき以上に叫び声を上げそうになったが、なんとか口を手で押さえることがでくぐもった小さな音に抑えることができた。

老婆はそんな僕の様子など関係がないと言わんばかりに話し始めた。


「若いのよ。お主、儂が渡した種をどうした。捨てたのではあるまいな?」


老婆の言葉にドキリとするも、冷静さを保とうと気づかれないように深呼吸をする。

さらに老婆は続ける。


「若いの。お主、これからは災難しか訪れんよ。」


老婆の言っている意味がわからない。

災難しか訪れないなんて人生があってたまるかよ!絶対回避する方法があると思って、その先の老婆の話を聞くことなく出たときと同じ勝手口から中へ入った。


家の中へ戻って一番先に目に飛び込んできた光景に空いた口が塞がらなかった。


「なんだよこれ?母さん?父さん?」


庭に面した窓から花が室内に侵食し、母さんと父さんの姿は見当たらなかった。

すると、僕のあとをついて入ってきたのだろか、後ろから老婆の声がした。


「もう手遅れじゃ。回避なぞできん。お主は受け入れるしか道はない。」


「なあ、どういうことだ?」


「お主に言っていなかったことが幾つかある。」


老婆が隠してた内容は以下のものだった。


1.老婆は有名になりたいと望む人間の前には現れない

2.むしろ、そういった面では無力の人間の前に現れる

3.種に願いをしなかったり、途中で願いを変えたり、または捨てたりした場合は災いを呼ぶ花になる

4.一途に願いを込めた種は成功へ導いてくれる花になる

5.この種は一部では『拡散の種』別の一部では『災厄の種』と呼ばれている

6.『拡散の種』は願いが成就した者は自然と有名人になることから

7.『災厄の種』はそうでなかった者の末路から


「これまでにもたくさんの者に種を与えてきたが、災厄の種が育ったものが回避できたことは一度もなかったと思うが…。災厄の程度を言うなれば、軽いもので精神の崩壊、重いものが死だったか?ま、お主がどちらに転ぶかは知ったこっちゃないがの。」


老婆のその言葉を僕が聞き終えるのを待っていたかのように、不思議な花は僕を食べた。




ー・ー・ー




あやつもダメだったか。

拡散の種になるものはなかな見つからんのう、童よ。

すまんのう、願いを叶えてあげられんで。

次こそは拡散の種だといいのじゃがな……

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不思議な種 卯月あと @ato_uzuki

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