第10話 ジパング文永九年(完結篇:春日姫)+♪主題歌作曲♪

●ジパングへの旅(承前)


 結局、バットゥータ殿のジパング行きは実現しなかった。故国から使者が来て、国王の健康がすぐれず、跡目争いが起こりそうだから至急帰国するように、言ってきたからだった。

 俺にとって恩人であり師でもあったバットゥータ殿と別れるのは辛かったが、俺はそのままインドに残り、宋からの留学僧の従者となった。

 蘭渓道隆らんけいどうりゅう殿は、いや、これからは禅師と呼ぶことにするが、故国の宋にもおそらく行き先のジパングにも、奴隷という身分の者は存在しないからと言って、俺を自由の身にしてくれた。

 ジパング行きを決めてからも、禅師の渡航計画はなかなか実現しなかった。いったん宋に戻って、そこから二度ほど出港したのだが、そのたびに嵐に押し戻されたりして、結局、宋の都に十年以上とどまることになってしまった。

 ようやく禅師のお伴でジパングの地を踏んだのは、インドを出てから十五年の後。俺が少年十字軍の一兵士としてマルセイユの港を出立してから28年、故郷の村を出てから30年という歳月が流れていた


●ジパング 文永九年


 「すごいぞ、キョン。故郷を出てから30年もかけて、日本にやって来たなんて。キョンこそ、サムライのなかのサムライじゃ」

 春日かすが姫は目にありありと賛嘆賛美の色を浮かべ、こう付け加えた。「わらわは大きくなったら、キョンのお嫁さんになるのじゃ」

 「姫さま。おこころざしはありがたいが、俺はすっかり老いぼれました。とても姫さまが大きくになるまでもちません。」

 「それなら来世ではどうじゃ。来世にも来来世にも、そのまた次にも、転生しては夫婦の契りを結ぶのじゃ。そうじゃ、千年後にはソフィア姫もこの日本に転生してくるのなら、楽しく遊べそうじゃ」

 「姫さま、そのソフィア姫のことですが、いったいソフィア姫とは何者だったのでしょうね」

 「キョン、わらわの考えでは、ギリシャとやらから来た薬売りのマドモワゼル・ユキこそ、ソフィア姫の本体だったと思うぞ」

 「やはり」俺は春日姫の頭の良さに感心した。

 「それに」と少女は推理を続ける。「ユキとは日本のおなごに多い名前。降る雪のことじゃ。千年後にソフィア姫はユキという名で、日本に生まれるのじゃ」

 俺は思わず、空を見上げた。季節はまだ秋だったし、ここ鎌倉では滅多に雪が降ることはなかったのだが。

 「姫さま、これを」

 俺は思いついて、首にペンダントにしてかけていた鏡を外し、少女に手渡した。

 「これが話に出た魔法の鏡じゃな」

 「俺が何をどうしても、さっぱり反応しないんですが。あるいは姫さまなら‥‥」

 春日姫は興味深そうに裏表を調べると、鏡面に顔を近づけて、こうささやいた。

 「鏡よ、鏡よ、世界でいちばん美しいのはだあれ」

 驚いたことに、鏡面がサアーッと流れて、降るような星空になった。

 無数の星屑を背景に、栗色の長い髪にこぼれ落ちそうな大きな目をした美少女が、一瞬、現れては消えた。

 代わりにこんな文字列が浮かんだ。

 --世界で一番美しいのはアサヒナのミクル姫ーー

 「アサヒナとはどこじゃ。そこに行けばミクル姫にあえるのか」

 --ずっと西の方。いま行っても会えない。誕生するのは千年の後ーー

 文字列が消えると、鏡は何をいっても反応しなくなった。

 「千年後には、アサヒナのミクル姫も生まれるのか。キョン、そろって千年後に転生しようぞ」

 鏡を返そうとする少女の手を、俺は押しとどめた。

 「姫さま、その鏡は持っていて下さい。俺は疲れた。少し休ませて下さい」

 猛烈な睡魔が襲った。

 「キョン、わらわの膝を枕にしてよいぞ」

 柔らかくて温かい感触が、後頭部に当たった。

 「キョン、顔色が悪いぞ、どうしたのじゃ」

 千年の後か。薄れゆく意識のなかで、思った。


●ジパング、平成某年

 『ソフィア姫と十字軍の伝説 完』

 最後の行にこう打ち込むと、わたしはファイルを隠しフォルダに保存し、パソコンの電源を切った。 

 同時に授業終了のベルが鳴る。

 今日は1年6組は最後の時限が自習になったので、いつもより一時間はやく文芸部室に来てこの小説を仕上げたのだった。

 千年前、正確には八百年ほど前の時代を舞台にしたけれど、SOS団の全員を登場させたつもりだった。

 キョンはギヨーム、涼宮ハルヒは春日姫、古泉一樹は時空をわたる吟遊詩人。もちろんわたしはソフィア姫。そしてーー

 部室のドアがひらいた。

 「あら、長門さん早いのね。あたしが一番乗りかとおもったのに」

 栗色の長い髪にこぼれ落ちそうな大きな目の美少女が、顔を覗かせる。

 魔法の鏡の言葉がよみがえる。世界で一番美しいのはアサヒナのミクル姫。

 そう思って見ると、少し眩しい。

 「あたしの顔になにか付いてるかしら」

 わたしは、黙って、目を逸らす。

 バタバタと騒々しく廊下を走る音が近づく。

 「みくるちゃあーん」

 また、SOS団の日常が始まるのだ。

 窓際の定位置に戻り、いつものように本を取り上げページをひらきながら、思った。

 次はどんな小説を書こうかな。

               <完>


(原作: Yuki Nagato /脳内口述筆記: Yuuki Agrippa)


●口述筆記者あとがき:本作品全般にわたって参照させていただいた主な文献は以下の通りです。

・『異端カタリ派の歴史』<講談社選書メチエ>ミシェル・ロクベール著、武藤 剛史訳、2016

・『オクシタニア』佐藤賢一著、集英社、2002

・『吟遊詩人』上尾信也著、新紀元社、2006

・『インノサン 少年十字軍(全3巻)』古屋兎丸著、太田出版、2006

・『少年十字軍』マルセル・シュウォッブ著、多田智満子 訳、王国社、1990

・「海と夕焼」(『三島由紀夫全集』第九巻(pp.565-578))三島由紀夫著、新潮社、1973

●本作品はこれで完結しましたが、本編『長門有希詩篇』https://kakuyomu.jp/works/1177354054888340059を近日中に「第11話 フランケンシュタインの乙女 外伝」として再開する予定なので、変わらずご愛読下さい。


♬主題歌「ソフィア姫と十字軍の伝説」をAI自動作曲システムOrpheusで作曲しました♬ 今ならOrpheus http://www.orpheus-music.org/の先頭ページ上欄に新作としてタイトルが載っているので、クリックしてぜひ視聴して下さい♪♪ソフィア姫にぴったりの悲しく甘美でミステリアスな歌に仕上がっています♬

♪♪見つからなければ、新作100曲一覧の頁を見るか、右上の作品番号欄に616908を入れるかすれば出てきます♬

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長門有希詩篇・外伝「ソフィア姫と十字軍の伝説」 アグリッパ・ゆう @fantastiquelabo

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