悪意を拡散する種

秋野トウゴ

悪意を拡散する種

「フハハハハハハっ」

 荒野のど真ん中。

『漆黒に塗りつぶされし者』は高笑いは響かせる。

 見下ろす先には、血まみれでうずくまる少年。

「異世界から召喚された勇者というから、多少は楽しませてくれるのかと期待していたのだが、大したことはなかったな」

 勇者と呼ばれた少年――カズは、グッと歯を食いしばる。

 体中が悲鳴を上げる。

 けれど、ここで諦めるわけにはいかない。

 右手を地に突き立て、体を起こす。

「ほう、まだ起き上がる力が残っていたか」

 カズは瞳に力を入れて、『漆黒に塗りつぶされし者』を睨みつける。

「……俺は、させない。悪意を拡散する種をまかせたりなんかしないっ!」

 剣を杖代わりにして、よろよろと立ち上がる。

「フン、だが、その有様でどうするつもりだ?」

『漆黒に塗りつぶされし者』は、カズの眼前に右手を広げ衝撃波を放つ準備をする。

 ギュイっと音がして、その手の前に空気が圧縮される。

「根性だけは褒めてやろう」

 衝撃波が手を離れようとしたその時。

「サンダーボルト!」

 雷撃が『漆黒に塗りつぶされし者』を襲う。

 思わず後方へ跳んで避ける『漆黒に塗りつぶされし者』。

「まだ、生きていたのか?」

 一瞥する先には、赤い魔胴衣に身を包んだ少女――レジーナ。

「勝手に人を死んだと思わないでほしいわね?」

 強がる言葉と裏腹に、絶え絶えな声。

 だが、隙をつくることができた。

「ヒールっ」

 レジーナが倒れているのとは逆方向から、回復魔法がカズへ向かって飛ぶ。

「えへへ、これで私の魔法は最後ですぅ。カズさん、あとはお願いしますねぇ?」

 カズは、ヒールをかけてくれた少女――キャロルの方を見て頷く。

「あぁ、あとは任せてくれ」

「あまり調子に乗ってもらっては困るな。お前らの寿命はわずかに伸びただけだろう?」

 体勢を整えた『漆黒に塗りつぶされし者』。

 再びカズと対峙する。

 カズは右手に持った剣の切っ先を『漆黒に塗りつぶされし者』に向けて言い放つ。

「悪かったな」

「……何を言っている?」

「期待していたって言ってただろ? そのことだよ」

「あぁ? 今度は楽しませてくれるとでも言うのか?」

「俺が異世界から来たことは知ってるんだよな?」

「それがどうした?」

「異世界から人間は、特別な力を持っている。もちろん俺も、だ」

「フンっ、その片鱗すらさっきは感じなかったがな」

「そりゃそうだな。さっきは使ってなかったからな」

「馬鹿にしてくれるなよ」

『漆黒に塗りつぶされし者』の声音には怒りがにじむ。

 カズは小さくフっと笑ってから言う。

「だってさ、面白くないだろ? 圧倒的な力で弱者を蹂躙するなんて、さ?」

「貴様ぁ、いい加減にしろよっ!」

「そうカッカするなよ。冥途の土産に俺の力を見せてやるから」

 もはや『漆黒に塗りつぶされし者』は話をする余裕すら失っていた。

 カズに飛びかかろうと、軸足に一瞬だけ力を込める。

 だが、カズにはその一瞬で十分だった。

 

 カズは右手の剣を天高くかざす。

 切っ先から天頂へ光が伸びる。

 光が到達した雲が霧散。

 逆に地上へと光が降る注ぐ。

 剣が、それを構えたカズが、まばゆい光に包まれる。


 カズはゆっくりと口を動かす。

「じゃあな」

 右手を振り下ろす。

 天とつながった光が『漆黒に塗りつぶされし者』を真っ二つに切り裂く。

「なん、だと?」

「おぉ、半分に切れてるのにしゃべれるのか? なかなか面白い奴だな、お前」

 だが、『漆黒に塗りつぶされし者』は徐々に黒さを失い、輪郭がぼやけていく。

 最後の言葉は、「これで、終わったと思うなよ」だった。

 事実、すっかり消え失せようかと思われた最後の時。

 黒い何かが遠くへと飛んでいった。

「終わっちゃったな」

 カズはどこか名残惜しそうにつぶやき、頭をかく。


 一人感慨に浸っていると、その頭を思いっきりはたかれた。

「何が『終わっちゃったな』よ?」

 振り向くと、レジーナが顔を真っ赤にしていた。

「あんたが余裕を見せるせいで、毎回大変なことになるんだからっ!」

 ビシっと、カズを指差す。

「悪い、悪い」

「思ってないでしょっ? さっき飛び散ったのはきっと悪意を拡散する種だよ。おかげでまだ旅が続くのよ?」

「まぁまぁ、いいじゃないですかぁ」

 会話に割り込んできたのはキャロル。

 白いローブについた砂埃を払いながら近付いてくる。

「もぅ、あんたが甘やかすからカズがこんななんだよっ!」

「えぇ? 私はこんなカズさんが好きですけどぉ」

 キャロルは首を小さく傾けている。

「……っ! 好きって? もうっ、知らない。さっさと行くわよっ!」

「フフフ、レジーナさんもかわいいですね?」

 背中を怒らせながら歩くレジーナを、キャロルはテクテクと追いかける。


「……おーい、俺のこと忘れてませんかね?」

 2人に視線を送るカズ。

 返事は返ってこない。

「まっ、いいか」

 天を見上げて独り言ちると、口角を上げる。

「俺たちの戦いはこれからだからな」

                                           (了)

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悪意を拡散する種 秋野トウゴ @AQUINO-Togo

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