タンポポ

味噌わさび

第1話 タンポポ

「……は?」


 俺が家に帰ってくると、信じられないことに、家の中にタンポポが咲いていた。しかも、玄関の片隅……その下は石のタイルになっていて、とても植物が生えてくるような場所ではない。


「おいおい……どうなってんだ?」


 確かに今の季節、タンポポは外のあらゆるところに咲いている。風に乗って拡散する種が家の中まで入り込んできて、そこで芽を出したとでも言うのだろうか?


 俺は困ったが……どうせ、すぐに枯れるだろうと思って放置しておくことにした。家の玄関の片隅にタンポポが生えているというのも中々趣があるような気がする。


 だとするならば、少し放って置いても問題はないだろう……そう思って、その日は放って置いた。


 だが……それは間違いだった。


「……なんじゃこりゃ」


 次の日、家に帰ってくると、玄関辺り一面にタンポポが咲いていた。


 いくつかのタンポポは綿毛になっている。どうやら、この綿毛によって種が拡散したらしい。


 さすがに放っておくわけにはいかない。俺は手当り次第タンポポを引っこ抜こうとした……だが、抜けないのだ。確かに茎を引きちぎることはできるのだが、根っこの部分が抜けない。


 そういえば、タンポポの根はかなり深くて、容易には抜けないことを聞いたことがある……俺はとりあえず、タンポポをできる限り引きちぎって、その日は眠ることにした。


 そして、次の朝。


「……ん? なんだ?」


 目を覚ますと、なんだか部屋全体が黄色く見える。明らかな異常と思って俺はそのまま目を開いた。


 部屋中に黄色いタンポポが開花していた。


「……逃げよう」


 俺は家から逃げることにした。すでに玄関までの道もタンポポ畑になっている。玄関はすでに足の踏み場もない程にタンポポだらけだ。


 半分泣きそうになりながら、俺は玄関の扉を開けた。その先にあったのは……


「……タンポポだ」


 玄関から飛び出す。しかし、それでもタンポポは俺を開放してくれなかった。家の前の道にはタンポポが咲き誇っていた。


 俺はその時理解した。俺の家がタンポポに侵略されていたのではない……この世界が、タンポポに侵略され始めてたのだと。


 とにかく俺は走った。誰かに助けを求めたい……と、しばらく走ると、少し先に人影があった。


「す、すいません! これ、何がどうなって――」


 俺はそこまで言って絶句した。俺の前にいた人影……人影だと思っていたものは、巨大なタンポポだった。


 俺は思わず座り込んでしまう。と、いつのまにか俺の周りには複数の人影……ではなく、巨大なタンポポが咲いていた。


 タンポポ達は俺を取り囲むようにして生えている。俺はあまりの恐怖に動けなかった。


 そして……タンポポの花の部分が瞬時に綿毛になる。その綿毛はまるで自分から飛び立つようにフワフワと浮かんだかと思うと……俺の方に向かってくる。


「く……来るなぁ!」


 もう遅かった。周りの巨大タンポポの花はすべて綿毛になっており、それが浮遊した状態で俺に迫ってくる。


 綿毛はそのまま俺の鼻や耳の穴に無理やり入ってきた。想像を絶する苦しみとともに、俺はこの後自分がどうなるか理解していた。


 俺は……タンポポになってしまうのだと。


 気づいた時には、俺は地面に深く根をおろしていた。


 しかし、とても落ち着いていた。おそらく、何をすべきか、自分の使命を理解していたからだろう。


 俺も……種を拡散させなければならないということを。

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