生存競争
庵字
生存競争
昨夜までの嵐が嘘みたいですね。こんなに気持ちの良い青空になって。山の天気が変わりやすいって本当なんですね。
あっ、見て下さい。そこに黄色い花が群生していますよね。あれは「オオキンケイギク」といって、外来種なんですよ。「外来種」ってご存知ですよね。海外から持ち込まれた、日本に本来生息していない動植物のことです。オオキンケイギクは鑑賞用として輸入されたんですけれど、野生化して在来種を駆逐してしまうことで問題になっています。元々鑑賞用だっただけに、一見きれいな花であることが
あと、私、思うんですけれど、どうして外来種のことを、わざわざ和名で呼ぶんでしょうね。「
そもそも、どうして外来種が問題化するのかというと、それはもう、生息地や餌が競合する在来種を駆逐してしまったり、その土地になかった病原菌を持ち込んだりしてしまうからですよね。例えば、ハチに関して言えば、日本の在来種であるオオスズメバチは、ハチ界最強の生物です。だから、外来種のハチであるセイヨウミツバチは、日本に入ってきても、すぐにオオスズメバチに迎撃されてしまうので、日本で野生化することはないわけです。
――あ、はい。すみません、どう話を切り出したらよいか分からなかったもので、つい、目についたオオキンケイギクのことを話題にしてしまって……。
はい、単刀直入に言います。私、犯人が分かったんです。……ええ、そうです、
私たちの間で散々問題になりましたよね、殺すにしても、どうして、こんな外界との連絡手段が断ち切られて孤立してしまった山荘で実行しなければならなかったのかが。……はい、その謎も解けています。ここが世間と隔離されてしまったのは、完全なアクシデントです。意図して嵐を起こすなんて出来るわけありませんからね。携帯電話が圏外なのは最初から分かっていたことです。こんな状況で殺人事件が起きたら、そこにいる人たちはどう思うでしょう。「犯人は自分たちの中にいる」と、そう思って当然ですよね。そうした場合、真っ先に犯人候補に挙がるのは誰でしょう。……木久見さんですよね。彼だけが、あとからひとりだけ私たちのグループに加わった、いわば部外者だからです。あのときは驚きましたね。熊が出たのかと思ったら、道に迷った登山者――木久見さんだったなんて。――ええ、はい。分かっています。にも関わらず、実際に殺されたのは、その部外者であるはずの木久見さんでした。ここも問題になりましたね。昨夜が初対面だった木久見さんを殺す動機を持つ人なんて、私たちの中にいませんから。彼の死に方は、事故や自殺ではなく明らかな他殺でしたからね。胸に深々と斧を突き立てられて……。
……黙っていたんですけれど、私、実は見てしまったんです。何者かが、木久見さんを
私、余程このことを口にしようかと思ったのですが、思いとどまりました。そんなことを言えば、私が犯行現場を目撃したことが犯人に分かってしまいますから。……いえ、私、犯人の顔は見ていないんです。照明が灯っていなくて薄暗かったですし、先ほども言ったように、私はすぐに逃げ出してしまいましたから。
どうして犯人は、ナイフで刺したあとに死体に斧を突き立てたのか。確実にとどめを刺すためにしては変です。あの斧は屋外の納屋にしまってあったものですからね。あの嵐の中、わざわざ外に出て斧を持ってくるよりも、手にしていたナイフで充分殺傷能力は保証できます。このことが私、ずっと疑問だったのですが、その答えが分かりました。――同時に、犯人も分かったのです。というのもですね……犯人の部屋で、血痕の付着したナイフを発見してしまったからです。はい……
どうしてあなたが木久見さんを殺害したのか。昨日が初対面であるはずのあなたに、どういった動機があったのか。それも分かっています。あなたは、獲物を横取りされそうになったから殺したのですよね。
木久見さんは、何者かに雇われた殺し屋でしたね。私の部屋に侵入しようとしていた現場を、あなたに見られた木久見さんは、報酬の半分を渡すことを条件に見逃すよう提案してきました。ですが、あなたはその申し出を突っぱね、さらに木久見さんを殺してしまった。……そうなんです。私、殺害現場を目撃しただけでなく、あなたたちの会話も全部聞いていたんです。もちろん、「あいつは俺の獲物だ!」というあなたの言葉も、です。でも、木久見さんを殺したあと、私の部屋に入って驚いたのではないですか? 私のベッドがもぬけの殻だったから。私は夕食後部屋に戻り、明かりを消してベッドにもぐりこんだはいいものの、この状況が心配で、どうにも寝付けずに、ベッドの中でまんじりともせずにいたのです。だから、部屋のドア越しに交わされた、あなたと木久見さんの会話が全部聞こえてしまったのです。犯行現場を見たというのも、だから、ドアの鍵穴越しにです。あなたが木久見さんを殺した直後、私は窓から逃げて、夜が明けるまでずっと屋根裏部屋に隠れていたのです。さすがのあなたも、山荘を家探ししてまで私を見つけようとはしませんでしたね。他の人たちを起こしてしまうことになるかもしれませんから。
それにしても、おかしなこともあったものですね。私を殺そうとしている人間が、たまたま二人も同じ山荘に同居して、さらに殺害を実行するタイミングもバッティングしてしまうだなんて。まるで、同じ餌を得るために競合する在来種と外来種ですね。いえ、そもそもあなたも、私を殺すためにこの集まりに急遽参加したのですから、外来種みたいなものですね。あなたも恐らく木久見さんと同じですよね? あの強欲な親族たちの誰かに雇われたんですよね。私を殺したものが、私が祖父から受け継ぐはずの莫大な遺産の管理権を得るという、勝手な競争を始めるだなんて……本当に困った人たちです。
――あっ、やっぱり、あのナイフを持ってきていたのですね。でも、無理だと思いますよ。……ほら、顔色が悪くなってきましたね。凄い汗です。手も震えてますよ。そろそろ効いてくる頃合いじゃないかと思ったんです。あなたの朝食だけに、こっそりと毒を入れておいたんです。もう立っているのもやっとなんじゃないですか? ほら、ナイフまで取り落としてしまって。そんな状態じゃあ、私の力でも、あなたを簡単に、そこの崖から突き落としてしまえそうですね。
生存競争 庵字 @jjmac
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