【KAC2020】拡散する種、あるいは収束する狂気

白川嘘一郎

【閲覧注意】

 オレはね、世間で言うところの殺人狂や殺人鬼ってやつですよ。

 今となっては、「狂ってる」とか「鬼」だとか、それはオレじゃない、あいつのほうがよっぽどそうだって思いますけどね。


 ……いい女をね、見つけたんですよ。高校生ぐらいかな、髪が長くって、身体は細くて白くて。

 まぁベタですけど、やっぱ好みなんですよ、そういうのが。


 だからあとをつけて、人気のないところで暗がりに引っ張り込んで、首を絞めました。

 イヤらしいことはしなかったかって? そりゃあしませんよ。

 するわけないでしょう。“アレ”ってのはつまり、生に向かう欲求じゃないですか。

 男にとっちゃ、自分の種を撒いて広げたいっていう本能でしょ。

 殺したいっていう、どうしようもない衝動とは、まるで真逆だ。


 ドラマやなんかじゃ、よくそこを勘違いしている。そりゃあ現実でもたまにそういう事件はありますよ。でも別に犯したいから殺してるわけじゃない。

 オレが思うにありゃあね、抵抗してほしいからやってんですよ。「抵抗されたから仕方なくっやちまったんだ」って、自分への言い訳がほしいんです。殺人者としても小心者の、そういうクズのやる手口。

 まぁ、人殺しのたわごとですがね。



    *    *    *


 どこまで話しましたっけ。

 そうそう、それでその女を車で運んで、山の中に埋めました。

 何がいいかっていうと、本当はこの瞬間なんですよ。

 動かなくなった女の身体を持ち上げたときの、軽くて重いあの手ごたえ。

 少しずつ熱が抜けて、人とモノの中間になった体温。

 自分の腕に絡むさらさらとした髪の感触。

 たまらなくいとおしく価値あるものが、自分の手の中にある――ええ、わからないでしょうね、オレ以外には。


 開いた目を閉じさせてやってから、土をかけるんですよ。

 え? いやいや、別にそこまで深い意図なんてないですよ。

 自分の目の中に土が入ることを想像しちゃうと、イタタタタってなっちゃうじゃないですか。それだけの理由です。


 足のほうから順番に、最後に顔に土をかけるとき、女の目が開いたんです。

 別に驚きゃしませんよ、そんなことで。死後硬直か何かだろうと思って、そのまま最後まで埋めて帰りました。



    *    *    *


 それからね、その女と街ですれ違うようになったんですよ。何度も、何度も。

 ついさっきまで前の方には確かにいなかったはずなのに、すれ違った瞬間にアッと思って、そして後ろを振り返った時にはもう消えている。

 ノイローゼでおかしくなったんじゃないかって思うでしょ? でも、人を殺したてのペーペーならまだしも、今さらそんなワケないんですよ。見るならもっと前から何人も何人も見てるはずです。


 家に帰って、まず玄関と廊下の電気をつけて、薄暗い奥の部屋のカーテンに女の人影が浮かび上がったときは、さすがに声を上げてしまいましたよ。

 部屋を明るくしてカーテンをめくってみても、そこには誰もいなかったんですけどね。

 ただ、長い髪の毛が一本落ちてただけで。


 しばらくして、趣味のデスゲームを開催したときのことです。

 マスクをかぶってカメラのスイッチを入れて、さらってきた連中に向かって『これから君たちには殺し合いのゲームをしてもらう』って、例のアレをやろうとしたときですよ。

 ディスプレイの真ん中には、他の参加者たちを皆殺しにしたあの女が立ってて、返り血を浴びた顔でじっとこっち側のカメラを見てるんです。

 あわてて機材のスイッチを切って逃げ帰りましたよ。


 次は、夏休みの避暑地のペンションに馬鹿な大学生グループを誘い込んで、まぁ、いつものように楽しもうと計画してたんですけどね。

 ところが、準備を整えていざその避暑地に到着してみたら、あの女がペンションに火をかけていた。

 燃え盛るペンションの中で黒い人影が躍って、断末魔が聞こえ、その炎と悲鳴をバックにしてあの女は笑って立っていました。


 次も、その次も、とにかくあの女が現れて邪魔をするんです。

 死体を解体するそばから、切断された手や足や頭部が、あの女のものに変わっていく、そのときの気分がわかりますか?



    *    *    *


 やがて、すれ違うどころではなくなりました。

 外に出ると、必ずあの女がいて、こちらに歩いてきます。それも、デスゲームの参加者や、焼死した大学生たちを後ろに引き連れて。

 あの女に殺された連中は、あの女の仲間になるんです。

 その人数は、日に日に増えていきます。


 とうとう部屋に籠るしかなくなりました。

 ドンドン、ドンドン、ドンドン。部屋の扉が激しく乱暴に叩かれます。明らかに大勢の人数で、でもどう考えてもドアの外にそんなに立てるわけがないのに。

 ドアならまだマシです。そのうち床からも、天井からも、ドンドン、ドンドン――次は、誰もいないはずの浴室やトイレの中からドンドン、ドンドン。

 最後には、俺が寝ているベッドを、下からドンドン叩かれだしましたよ。

 覗き込む度胸なんてありませんでした。人間だったら殺してやるだけですけどね。あいつらはそうじゃないんだから。


 カーテンの隙間から、窓の外を覗いてみたことがあります。

 誰もいませんでした。

 真昼間なのに、誰一人、歩いていないんです。


 きっと、みんなあの女の仲間にされてしまった。

 まともな人間は、もうこの世にオレひとりしか残ってない。



    *    *    *


「こんなこと、聞ける立場じゃないのはわかってますよ。

 でもどうか教えてほしい。

 ――オレが殺してしまったあれは、いったい何だったんです?」


 黒いままの液晶テレビの画面に向かって、男はブツブツとつぶやいている。

 ディスプレイに映り込んだ男の背後には、黒髪の少女が立っている。


「あなたは“死”を殺したのよ」


 男には聞こえているのだろうか。少女は静かな声でそう言った。


「だからもう誰にも死は訪れない。あなたは誰も殺すことは出来ない。残念だったわね。あなたはこれから、死ぬまでずっと私たちに追い回される」


 そして少女は、ニヤリと唇をゆがめて笑った。



 ――死ねないけどね。

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