かえってくる場所

蒼狗

違和感

 何年ぶりの故郷だろうか。

 手に持っていた荷物を傍らに置き、思い切り背伸びをする。

 相も変わらず寂れたままの駅と駅前。子供の頃からずっとそこにある小さな商店。何もかもがあの頃のままだ。

 都会とは完全に切り離された、この独特の時間の流れが懐かしい。

 周囲を見渡しているとメールの通知音が鳴った。送り主は迎えに来る親だった。どうやら少しばかり遅れるそうだ。

「時間潰せそうな場所あったかな?」

 バスロータリーには人も車も誰もいない。必然的に都会で時間を有効活用できそうな場はここにはない。

「相変わらず何もないな」

 景色を見渡すために後ろを振り返ったその時だった。駅の向こう側に小高い山が目に入ったのは。

 山といっても子供だけでも登れるほどの高さしかなく、近所の子供にとっては公園代わりの遊び場となっている場所だ。

 そういえばあの山には小学校の頃よく遊びに行ったものだ。あの頃は楽しかったな、と思いを馳せるとある違和感を感じた。

「そういえば最後にあの山へ入ったのはいつだったっけ」

 どれだけ記憶を遡っても出てくるのは山へ向かう記憶だけ。何をしたか。いつ帰ったかの覚えがいっさいない。

「……行ってみるか」

 時間はいくらでもあるのだ。どんな物だったか見て来るくらいならそれほどかからないだろう。荷物もそこまで多くないから邪魔にもならないだろう。

 荷物を持ち、人の居ない駅を後にする。

 違和感を感じたが気のせいだろう。




 山道を一歩踏み込むと空気が変わったような気がした。神社や寺があるわけではないが、何か気持ちの良い言葉に言い表せない清々しさがある。

「なんでこんな場所に遊びに来たのかな?」

 訪れても昔の思い出が沸いてこない。

 山の入り口までの記憶が朧気にあるだけ。だからこそこうして山道を登っている今が新鮮に感じた。風になびく木の葉が擦れる音。鼻につく土の匂い。

 道に草が生えていないのを見るとそこそこ人の往来があるのだろうか。それほど人が行き来している雰囲気ではなかったのだが。

「不思議だな」

 ついて出た言葉だった。

 来た記憶はない。だが進む度に懐かしさで溢れてくる。

 一歩、また一歩と進む。はやくこの先にある場所へ。

 恐怖。

 一番高い場所の広場に来た瞬間だった。

 我に返ってみて、謎の高揚感におそわれていた事実が降りかかってきた。

「なんだここ」

 目の前にあったのは沼だった。感じていた清涼感は今はない。藻の茂った沼から漂う湿っぽい匂いが鼻腔を刺激する。

 陰鬱とした雰囲気に飲まれてしまう。

 ふと、スマートフォンの画面に通知メッセージが来ていたのに気がついた。親からの到着を知らせる内容だった。

 私はそのスマートフォンを地面に投げ捨てた。

 何が起こっているのかわからなかった。気がついたら荷物もはるか後方へ置いたままになっていた。

 手に持っていた物は来た道に。身につけていた時計や服すらも来た道に脱ぎ捨てられていた。

「おいおい、待て、なんだこれ」

 足が勝手に沼へと進んでいく。ついには足首が浸かり、腰が、胸が、肩が、そして頭が沼のなかに入った。




 その場に音はなかった。叫び声も悲鳴も喜ぶ声も。

 一人の人間がその沼に入って数分も立たないうちに、その人間は沼からあがって来た。道に落ちてた服を身につけ、落ちていた物を広い、鞄を持ち上げる。

 何事もなかったような涼しい顔で山道を下ったその人間は、駅のバスロータリーに止まっていた親の車へと乗った。

「どこに行ってたの?」

「久しぶりだったからそこら辺を見ていたんだ」

 そんな久しぶりに会った親子の会話をしながら車は発進した。




 そこは沼から生まれた生き物の住処。その生き物は周期的に沼へ帰り、また新しくなって沼から出てくる。

 人にそっくりなその人間は、沼から戻ってくるその瞬間に何を思っていたのだろうか。彼らにもわからない。

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かえってくる場所 蒼狗 @terminarxxxx

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